ツイステッドワンダーランド
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「ちょーっと染みるっスよー」
「ぅ、アイタっ!!」
「はーい、我慢我慢」
冷たい感触とともにおでこに激痛が走る。ぽんぽんと湿った綿が触れるたびにじんじん、ヒリヒリとした痛みが広がって涙が出そうだった。
「とりあえず消毒はこれでよし、と。あとはガーゼとテープっスね」
ラギー先輩はキョロキョロと辺りを見渡して近くの引き出しをいくつか開けていた。すぐにお目当てのものは見つかったようで、私と向かい合うように腰を下ろす。
「手慣れてますね」
「うちは血の気の多い奴がたくさんいて怪我もしょっちゅうっスからね。ただ誰も手当てができなくて、成り行きというか何というか。まあ覚えておいて損はないっス。今日みたいなこともあるっスからね」
「う、それは本当にご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げると手際よくガーゼと切るラギー先輩の手が見えた。本来なら今頃マジフトの練習をしているはずなのに、と申し訳なさで胸がいっぱいになる。
今日はサバナクローのマジフト練習にグリムと一緒に参加させてもらうことになっていた。とはいえ魔力のない私は練習自体には参加できず、主に遠くからグリムに指示を出しつつ見学なのだけど。
ウォームアップの最中はとくにやることもなくて、雑務くらいは手伝おうとドリンクやディスクを準備していたときのことだった。
「危ないんだゾー!」
グリムの声に振り向くと目の前に青色のディスクがすごい勢いで迫っていて、避ける間もなくそのまま私のおでこにクリーンヒットした。
ぐるりと世界が反転し、見上げた空がとても綺麗だったのは覚えている。
次に目を開けたときに視界に飛び込んできたのは涙やら鼻水やらでべしょべしょのグリムだった。
「ふなぁ、死んじゃイヤなんだゾ」
「生きてる。生きてるから」
小さく震える相棒の背を撫でる。状況はわからないけれど、すごく心配させてしまったみたいだ。必死に離れまいと爪を立てるグリムを剥がしながら「大丈夫か」と声をかけてくれたのはジャックだった。いつもは凛々しくピンと立つ耳がしゅんと垂れている。
「こいつの投げたディスクが当たって倒れたんだ。俺がペアを組んでいながらすまない」
なるほど、それで私は気絶していたのか。たんこぶでもできているのか頭はじんじんと痛んだけれど、我慢できないほどじゃない。
「大丈夫大丈夫、これくらい平気……」
起き上がろうとして、つっと何かが額を伝う気配がした。泣き止みかけていたグリムの瞳からまた大粒の雫が溢れそうになって、
(やばい……!)
慌てて袖で拭おうとして、後ろから柔らかいものに遮られた。タオルだろうか。ふわりと石鹸の香りがする。
「何やってんスか。そんなんで押さえたらばい菌入るっスよー」
「ラ、ギー先輩?」
おでこを押さえられていて振り向けないが、それはよく知る先輩の声だった。彼の明るい声音に重たい空気が軽くなる。
この人がいれば大丈夫だと、そう思ったのはきっと私だけじゃない。
「ほら散った散った、練習再開!俺は監督生くんを保健室連れてくんであとはよろしくっス」
私はいまだ泣きべそをかくグリムを安心させるようにひと撫でして、ラギー先輩に連れられるまま保健室へと向かった。
「おーい監督生くん、終わったっスよ」
呼ぶ声にはっと我に返った。額に手を伸ばすとガーゼが綺麗に貼られていて、さすがはラギー先輩だ。
「じゃあ俺はこれで。応急処置しただけなんで先生が戻ってきたらちゃんと診てもらうんスよ」
「はい、ありがとうございました」
「……」
「ラギー先輩?」
保健室の扉を開けかけていた先輩の動きが止まる。報酬の催促だろうか。お礼のドーナツは後日改めて持っていく予定だったけれど。
「……まだ痛むんスか?」
「ちょっとだけ。でも大丈夫ですよ」
少し切っただけだから血はもう止まっている。地味に痛むのはたんこぶくらいで、こちらはしばらく付き合いが続きそうだ。今日のお風呂と、グリムの寝相には気を付けなければならない。
ラギー先輩は何か言いたげに唸ってから、わしわしと頭を掻いて再び私の前に座った。
「今からアンタにばあちゃん直伝の魔法をかけるっス! ほら前髪上げて」
「ええ、何の魔法ですか⁈」
「えーと、古くから伝わる何かすごいやつっス。痛みが和らぐ的な?効果がなくなるからかけてるあいだは絶対に目を開けちゃダメっスよ」
早くと急かす先輩に言われるまま前髪を上げて目を瞑る。痛みを和らげるだなんてどんな魔法なのだろう。
「 」
ラギー先輩が呪文らしいものを唱えたのが聞こえ、両肩を押さえつけられる。
「え、ちょ⁈」
「そのまま」
耳元で低く囁く声に身体が強張る。固く目を閉じ直すと顔にふわふわとしたものが触れた。何だろう、くすぐったい。それからおでこにも。頬を掠めるふわふわとは違う何かが、ガーゼ越しにそっと触れる。
時間にしてほんの一呼吸分。あたたかな気配と肩に置かれていた手が遠ざかるのを感じて声をかける。
「あの、もう開けてもいいですか?」
「……いいっスよ」
ゆっくりと瞼を上げて部屋の眩しさに目を細める。見たかぎりでは身体に大きな変化はなさそうだ。
「どうっスか?」
「何だかとても優しい感じがしました」
くすぐったくて、あたたかくて、不思議と心が安らぐような、そんな魔法だった。怪我はまだ痛むけれど、強がりなしに大丈夫だと思えてくる。
笑顔で感謝を伝えると、ラギー先輩は私以上にいい笑顔で言った。
「シシシ、なら良かったっス。やっぱりアンタはその顔が一番『らしい』っスよ」
*
「腹減ったんだゾー……」
「ダメだよグリム。これはラギー先輩のだから」
両手で抱えた紙袋はほんのりあたたかくて、空腹を誘う甘い匂いが漂ってくる。綺麗に洗ったタオルと、トレイ先輩に付きっきりで指導してもらった手作りドーナツ。お礼の準備は万端だ。
肩に乗るグリムからはぐうぐうと無言の主張が聞こえてきたが、寮にある余りで我慢してもらうしかない。
「ねえねえ、それ食べたいなー」
「グリム、今は我慢してって……」
「オレ様じゃないんだゾ!」
そうだ、グリムは肩に乗っている。じゃあ制服の裾を引っ張っているのはーー。
視線を落とすとぴょこりと可愛らしい耳が揺れた。
「チェカくん!」
またレオナ先輩に会いに来てしまったのか。先刻すれ違ったときに魔法史の授業に出るというからおかしいとは思ってはいたが、虫の知らせでもあったのか、きっとわかっていて授業が終わったのに教室から出てこないのだ。
「チェカくん、これあげるから食べ終わったら一回帰ろうか。また夜においで。夜ならレオナおじたんも寮にいるだろうから」
「うん!」
人気の少ない裏庭に移動して三人で芝生に腰を下ろす。チェカくんにはチョコレートのかかったドーナツを、ずるいと騒ぐグリムには溶かした砂糖を纏ったさくふわドーナツを渡す。
二人して幸せそうに尻尾を振って食べるものだからつい頬が緩んでしまう。ラギー先輩の分が少し減ってしまったけれど二つくらいならバレないだろう。
「おいしかったー! ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「あれ、おでこけがしてるの? じゃあお礼にちゅーしてあげるね」
「うん?」
話の流れに首を傾げるとチェカくんも不思議そうに同じ方向に首を倒した。
「知らないの? きすいっとべたー」
「きすいっとべたー?」
「だいすきな人がいたいよーって泣いてたら、いたいのいたいのとんでけってちゅーしてあげるの。すごいんだよ!まほーじゃないのにいたくなくなるの。ママがよくやってくれるんだ」
ああ、どうりで。
知らない言葉のはずなのに、どこかで聞いたことがあるような気がしたんだ。包むように優しい声で、確かに私に向けられた言葉を思い出す。
「ふなっ、どうしたんだゾ⁈」
「おでこいたいの?」
怪我した箇所を押さえてうずくまる私を心配して二人が覗き込んでくる。大丈夫。大丈夫なのだけど、今顔を上げたら熱でもあるんじゃないかとびっくりさせてしまいそうだ。
「よし、出直そう」
このままではラギー先輩にどんな顔で会えばいいのかわからない。せっかく作ったドーナツも腕の中でぺしゃんこだ。だから、また今度改めて。
後回しにする口実ができて嬉々として立ち上がると、がっしりと腕を掴まれた。
「何がよし、なんスか。何が」
そこにはいつからいたのか、私と同じくらい真っ赤な顔をしたラギー先輩が立っていて。
その後のことはとりあえず、ぺしゃんこになったドーナツは一つ残らずラギー先輩の胃袋に収まったとだけ言っておこう。
「ぅ、アイタっ!!」
「はーい、我慢我慢」
冷たい感触とともにおでこに激痛が走る。ぽんぽんと湿った綿が触れるたびにじんじん、ヒリヒリとした痛みが広がって涙が出そうだった。
「とりあえず消毒はこれでよし、と。あとはガーゼとテープっスね」
ラギー先輩はキョロキョロと辺りを見渡して近くの引き出しをいくつか開けていた。すぐにお目当てのものは見つかったようで、私と向かい合うように腰を下ろす。
「手慣れてますね」
「うちは血の気の多い奴がたくさんいて怪我もしょっちゅうっスからね。ただ誰も手当てができなくて、成り行きというか何というか。まあ覚えておいて損はないっス。今日みたいなこともあるっスからね」
「う、それは本当にご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げると手際よくガーゼと切るラギー先輩の手が見えた。本来なら今頃マジフトの練習をしているはずなのに、と申し訳なさで胸がいっぱいになる。
今日はサバナクローのマジフト練習にグリムと一緒に参加させてもらうことになっていた。とはいえ魔力のない私は練習自体には参加できず、主に遠くからグリムに指示を出しつつ見学なのだけど。
ウォームアップの最中はとくにやることもなくて、雑務くらいは手伝おうとドリンクやディスクを準備していたときのことだった。
「危ないんだゾー!」
グリムの声に振り向くと目の前に青色のディスクがすごい勢いで迫っていて、避ける間もなくそのまま私のおでこにクリーンヒットした。
ぐるりと世界が反転し、見上げた空がとても綺麗だったのは覚えている。
次に目を開けたときに視界に飛び込んできたのは涙やら鼻水やらでべしょべしょのグリムだった。
「ふなぁ、死んじゃイヤなんだゾ」
「生きてる。生きてるから」
小さく震える相棒の背を撫でる。状況はわからないけれど、すごく心配させてしまったみたいだ。必死に離れまいと爪を立てるグリムを剥がしながら「大丈夫か」と声をかけてくれたのはジャックだった。いつもは凛々しくピンと立つ耳がしゅんと垂れている。
「こいつの投げたディスクが当たって倒れたんだ。俺がペアを組んでいながらすまない」
なるほど、それで私は気絶していたのか。たんこぶでもできているのか頭はじんじんと痛んだけれど、我慢できないほどじゃない。
「大丈夫大丈夫、これくらい平気……」
起き上がろうとして、つっと何かが額を伝う気配がした。泣き止みかけていたグリムの瞳からまた大粒の雫が溢れそうになって、
(やばい……!)
慌てて袖で拭おうとして、後ろから柔らかいものに遮られた。タオルだろうか。ふわりと石鹸の香りがする。
「何やってんスか。そんなんで押さえたらばい菌入るっスよー」
「ラ、ギー先輩?」
おでこを押さえられていて振り向けないが、それはよく知る先輩の声だった。彼の明るい声音に重たい空気が軽くなる。
この人がいれば大丈夫だと、そう思ったのはきっと私だけじゃない。
「ほら散った散った、練習再開!俺は監督生くんを保健室連れてくんであとはよろしくっス」
私はいまだ泣きべそをかくグリムを安心させるようにひと撫でして、ラギー先輩に連れられるまま保健室へと向かった。
「おーい監督生くん、終わったっスよ」
呼ぶ声にはっと我に返った。額に手を伸ばすとガーゼが綺麗に貼られていて、さすがはラギー先輩だ。
「じゃあ俺はこれで。応急処置しただけなんで先生が戻ってきたらちゃんと診てもらうんスよ」
「はい、ありがとうございました」
「……」
「ラギー先輩?」
保健室の扉を開けかけていた先輩の動きが止まる。報酬の催促だろうか。お礼のドーナツは後日改めて持っていく予定だったけれど。
「……まだ痛むんスか?」
「ちょっとだけ。でも大丈夫ですよ」
少し切っただけだから血はもう止まっている。地味に痛むのはたんこぶくらいで、こちらはしばらく付き合いが続きそうだ。今日のお風呂と、グリムの寝相には気を付けなければならない。
ラギー先輩は何か言いたげに唸ってから、わしわしと頭を掻いて再び私の前に座った。
「今からアンタにばあちゃん直伝の魔法をかけるっス! ほら前髪上げて」
「ええ、何の魔法ですか⁈」
「えーと、古くから伝わる何かすごいやつっス。痛みが和らぐ的な?効果がなくなるからかけてるあいだは絶対に目を開けちゃダメっスよ」
早くと急かす先輩に言われるまま前髪を上げて目を瞑る。痛みを和らげるだなんてどんな魔法なのだろう。
「 」
ラギー先輩が呪文らしいものを唱えたのが聞こえ、両肩を押さえつけられる。
「え、ちょ⁈」
「そのまま」
耳元で低く囁く声に身体が強張る。固く目を閉じ直すと顔にふわふわとしたものが触れた。何だろう、くすぐったい。それからおでこにも。頬を掠めるふわふわとは違う何かが、ガーゼ越しにそっと触れる。
時間にしてほんの一呼吸分。あたたかな気配と肩に置かれていた手が遠ざかるのを感じて声をかける。
「あの、もう開けてもいいですか?」
「……いいっスよ」
ゆっくりと瞼を上げて部屋の眩しさに目を細める。見たかぎりでは身体に大きな変化はなさそうだ。
「どうっスか?」
「何だかとても優しい感じがしました」
くすぐったくて、あたたかくて、不思議と心が安らぐような、そんな魔法だった。怪我はまだ痛むけれど、強がりなしに大丈夫だと思えてくる。
笑顔で感謝を伝えると、ラギー先輩は私以上にいい笑顔で言った。
「シシシ、なら良かったっス。やっぱりアンタはその顔が一番『らしい』っスよ」
*
「腹減ったんだゾー……」
「ダメだよグリム。これはラギー先輩のだから」
両手で抱えた紙袋はほんのりあたたかくて、空腹を誘う甘い匂いが漂ってくる。綺麗に洗ったタオルと、トレイ先輩に付きっきりで指導してもらった手作りドーナツ。お礼の準備は万端だ。
肩に乗るグリムからはぐうぐうと無言の主張が聞こえてきたが、寮にある余りで我慢してもらうしかない。
「ねえねえ、それ食べたいなー」
「グリム、今は我慢してって……」
「オレ様じゃないんだゾ!」
そうだ、グリムは肩に乗っている。じゃあ制服の裾を引っ張っているのはーー。
視線を落とすとぴょこりと可愛らしい耳が揺れた。
「チェカくん!」
またレオナ先輩に会いに来てしまったのか。先刻すれ違ったときに魔法史の授業に出るというからおかしいとは思ってはいたが、虫の知らせでもあったのか、きっとわかっていて授業が終わったのに教室から出てこないのだ。
「チェカくん、これあげるから食べ終わったら一回帰ろうか。また夜においで。夜ならレオナおじたんも寮にいるだろうから」
「うん!」
人気の少ない裏庭に移動して三人で芝生に腰を下ろす。チェカくんにはチョコレートのかかったドーナツを、ずるいと騒ぐグリムには溶かした砂糖を纏ったさくふわドーナツを渡す。
二人して幸せそうに尻尾を振って食べるものだからつい頬が緩んでしまう。ラギー先輩の分が少し減ってしまったけれど二つくらいならバレないだろう。
「おいしかったー! ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「あれ、おでこけがしてるの? じゃあお礼にちゅーしてあげるね」
「うん?」
話の流れに首を傾げるとチェカくんも不思議そうに同じ方向に首を倒した。
「知らないの? きすいっとべたー」
「きすいっとべたー?」
「だいすきな人がいたいよーって泣いてたら、いたいのいたいのとんでけってちゅーしてあげるの。すごいんだよ!まほーじゃないのにいたくなくなるの。ママがよくやってくれるんだ」
ああ、どうりで。
知らない言葉のはずなのに、どこかで聞いたことがあるような気がしたんだ。包むように優しい声で、確かに私に向けられた言葉を思い出す。
「ふなっ、どうしたんだゾ⁈」
「おでこいたいの?」
怪我した箇所を押さえてうずくまる私を心配して二人が覗き込んでくる。大丈夫。大丈夫なのだけど、今顔を上げたら熱でもあるんじゃないかとびっくりさせてしまいそうだ。
「よし、出直そう」
このままではラギー先輩にどんな顔で会えばいいのかわからない。せっかく作ったドーナツも腕の中でぺしゃんこだ。だから、また今度改めて。
後回しにする口実ができて嬉々として立ち上がると、がっしりと腕を掴まれた。
「何がよし、なんスか。何が」
そこにはいつからいたのか、私と同じくらい真っ赤な顔をしたラギー先輩が立っていて。
その後のことはとりあえず、ぺしゃんこになったドーナツは一つ残らずラギー先輩の胃袋に収まったとだけ言っておこう。
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