橋田悠
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「美術コースって研修旅行あるの⁈」
「せやで。しかも海外。ミラノ、フィレンツェ、ローマ……はぁ、楽しみやなあ」
うっとりとそう語る橋田は、遠いイタリアに思いを馳せているようだった。
私たちの通う学校には普通の高校とは違い、音楽コースや美術コースなるものが存在する。私は普通の高校と変わらない授業を受ける進学コースで、橋田は美術コース。進学コースとはまるで違う美術コースの授業は私にはとても新鮮で、橋田の話を毎回楽しみにしていたのだけど、海外研修旅行まであるとはさすがに驚きだ。
「いいなぁ、イタリア」
「楽しいで。美術館や歴史的建造物は多いし、君の好きそうな食べもんもいっぱいある」
「え、橋田行ったことあるの?」
「あるある。家族で何度か行ったなあ」
「すご!」
私はまだ一度も海外に行ったことがない。英語も苦手だから、行ける気もしない。橋田は「全然すごないで」と謙遜するけれど、話を聞けば海外の美術館でも一人でまわってしまうというのだから、やっぱりすごいと思う。
「もしかしてイタリア語ペラペラだったり?」
「そんなわけないやん。簡単な英語と、あとはジェスチャーやな」
「ジェスチャー……」
「意外と伝わるもんやで」
テレビでそういう企画を見たことがある。簡単な英単語とジェスチャーで意思を伝え、指定された目的地に向かう企画だ。テレビでは無事目的地に辿り着いていたけれど、実際伝わるものなのだろうか。
訝しむ私に橋田はにこにこしながら「なら、やってみよか」と一言告げた。
「何を?」
「ジェスチャー。一回やってみたら、言葉なんかなくてもちゃあんと伝わるってわかるやろ」
「んー、まあ」
ずいと顔を近づけてくる橋田に半ば押し切られるように私は首を縦に振った。橋田がジェスチャーする側で、私が何を言いたいのか当てる側だ。日本人同士でやったらただのジェスチャーゲームなのでは? という疑問が一瞬頭をよぎったけれど「頑張って当ててな」と橋田が始めてしまったのでもう何も言えない。
最初に橋田が自身を指差す。「僕」だろうか。今度は指先がこっちを向いて「私」? それから急に距離を詰めてきたかと思えば大きな身体を屈めて、ふに、と頬に柔らかな感触がした。
「え……あっ⁈」
「んふふ、伝わった?」
何をされたのか理解して、触れた箇所だけでなく全身が一気に熱を帯びていく。ぱくぱくと口を動かすことしかできない私に、橋田は「あれ、伝わらんかった?」と何度も同じところにキスを落としてくるので意地が悪い。もっと言えば、ちゅ、ちゅ、とわざとらしくリップ音までさせてくるので、耳にも心臓にも悪い。
「は、橋田。もう充分伝わったから……」
「そう? ならよかったわ」
震える声でそう言って、ようやく橋田の顔が離れていった。「顔、真っ赤やねえ」と頬を撫でられて、彼の手の冷たさに自分がどれほど赤くなっているのか自覚する。恥ずかしい。けど、
「橋田」
「んー?」
彼の服の裾を指先で引っ張る。
「今度は私の番」
顔は熱いし、心臓は今にも破裂しそうなほど脈打っている。それでもこのままでは終われなくて、なけなしの勇気を振り絞って顔を上げた。
橋田を見つめたまま、自分の唇に指先で触れる。つんつんと二度軽く突ついて見せると、彼がはぁ、と熱い吐息を零した。
「君、それはずるいわ」
「橋田にだけは言われたくない」
わざと唇以外のところにキスをして、私をその気にさせたのは紛れもなく橋田だ。けれどそこじゃないという抗議と、ちょっとした意趣返しのつもりでやった私のジェスチャーは思った以上に効果があったようで、珍しく彼の頬も赤く染まっていた。
「ふふ、橋田がかわいい」
「かわええのは君やろ。あーもう、おねだりしたんは君やからな。今更やっぱナシはナシやで」
橋田が再び身を屈め、ふっと影が降ってくる。つんと鼻先同士が触れ、伺いを立てるような眼差しが向けられた。
橋田の言うとおりだった。言葉はなくとも、伝えたいことは意外と伝わるもの。
そっと瞼を閉じれば、唇に求めていた熱を与えられ。
ーーああ。私たちは今、どうしようもなくお互いを欲している。
「せやで。しかも海外。ミラノ、フィレンツェ、ローマ……はぁ、楽しみやなあ」
うっとりとそう語る橋田は、遠いイタリアに思いを馳せているようだった。
私たちの通う学校には普通の高校とは違い、音楽コースや美術コースなるものが存在する。私は普通の高校と変わらない授業を受ける進学コースで、橋田は美術コース。進学コースとはまるで違う美術コースの授業は私にはとても新鮮で、橋田の話を毎回楽しみにしていたのだけど、海外研修旅行まであるとはさすがに驚きだ。
「いいなぁ、イタリア」
「楽しいで。美術館や歴史的建造物は多いし、君の好きそうな食べもんもいっぱいある」
「え、橋田行ったことあるの?」
「あるある。家族で何度か行ったなあ」
「すご!」
私はまだ一度も海外に行ったことがない。英語も苦手だから、行ける気もしない。橋田は「全然すごないで」と謙遜するけれど、話を聞けば海外の美術館でも一人でまわってしまうというのだから、やっぱりすごいと思う。
「もしかしてイタリア語ペラペラだったり?」
「そんなわけないやん。簡単な英語と、あとはジェスチャーやな」
「ジェスチャー……」
「意外と伝わるもんやで」
テレビでそういう企画を見たことがある。簡単な英単語とジェスチャーで意思を伝え、指定された目的地に向かう企画だ。テレビでは無事目的地に辿り着いていたけれど、実際伝わるものなのだろうか。
訝しむ私に橋田はにこにこしながら「なら、やってみよか」と一言告げた。
「何を?」
「ジェスチャー。一回やってみたら、言葉なんかなくてもちゃあんと伝わるってわかるやろ」
「んー、まあ」
ずいと顔を近づけてくる橋田に半ば押し切られるように私は首を縦に振った。橋田がジェスチャーする側で、私が何を言いたいのか当てる側だ。日本人同士でやったらただのジェスチャーゲームなのでは? という疑問が一瞬頭をよぎったけれど「頑張って当ててな」と橋田が始めてしまったのでもう何も言えない。
最初に橋田が自身を指差す。「僕」だろうか。今度は指先がこっちを向いて「私」? それから急に距離を詰めてきたかと思えば大きな身体を屈めて、ふに、と頬に柔らかな感触がした。
「え……あっ⁈」
「んふふ、伝わった?」
何をされたのか理解して、触れた箇所だけでなく全身が一気に熱を帯びていく。ぱくぱくと口を動かすことしかできない私に、橋田は「あれ、伝わらんかった?」と何度も同じところにキスを落としてくるので意地が悪い。もっと言えば、ちゅ、ちゅ、とわざとらしくリップ音までさせてくるので、耳にも心臓にも悪い。
「は、橋田。もう充分伝わったから……」
「そう? ならよかったわ」
震える声でそう言って、ようやく橋田の顔が離れていった。「顔、真っ赤やねえ」と頬を撫でられて、彼の手の冷たさに自分がどれほど赤くなっているのか自覚する。恥ずかしい。けど、
「橋田」
「んー?」
彼の服の裾を指先で引っ張る。
「今度は私の番」
顔は熱いし、心臓は今にも破裂しそうなほど脈打っている。それでもこのままでは終われなくて、なけなしの勇気を振り絞って顔を上げた。
橋田を見つめたまま、自分の唇に指先で触れる。つんつんと二度軽く突ついて見せると、彼がはぁ、と熱い吐息を零した。
「君、それはずるいわ」
「橋田にだけは言われたくない」
わざと唇以外のところにキスをして、私をその気にさせたのは紛れもなく橋田だ。けれどそこじゃないという抗議と、ちょっとした意趣返しのつもりでやった私のジェスチャーは思った以上に効果があったようで、珍しく彼の頬も赤く染まっていた。
「ふふ、橋田がかわいい」
「かわええのは君やろ。あーもう、おねだりしたんは君やからな。今更やっぱナシはナシやで」
橋田が再び身を屈め、ふっと影が降ってくる。つんと鼻先同士が触れ、伺いを立てるような眼差しが向けられた。
橋田の言うとおりだった。言葉はなくとも、伝えたいことは意外と伝わるもの。
そっと瞼を閉じれば、唇に求めていた熱を与えられ。
ーーああ。私たちは今、どうしようもなくお互いを欲している。
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