橋田悠
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「あかんよ。狼には気ぃつけんと」
満月を背にうっそりと笑う彼は、紛れもなくーー。
***
「トリックオアトリート」
カラカラと廊下側の窓が開き、ひょこりと顔を覗かせた橋田が開口一番、そんなことを言った。席替えをして廊下側の窓際の席になってから、別クラスである彼の登場は毎度こんな感じだ。「声かけやすくてええわあ」って。突然声をかけられるこちらの身にもなってほしい。それももう、大分慣れてしまったけれど。
「何?」
「何って今日ハロウィンやん」
それは知っている。昼休憩の時にクラスのみんなとちょっとしたお菓子パーティーをしたところだ。けど私が聞きたいのはそこじゃない。
「違う違う。その耳! 化け猫?」
「んふふ、化け猫って言われたんは初めてやわあ。残念、こわーい狼男やで」
怖いかどうかは置いておいて、橋田の頭には灰色でふわふわの三角耳がピンと立っていた。ちょいちょいと手招きされて窓のほうへと身を乗り出すと、くるりと回って見せた彼のお尻にも耳と同じように灰色のもふもふが付いている。尻尾だ。
「これ手作りなんやって。すごいやろ? クラスにこういうの得意な子がおってな。せっかくやし美術コースのみんなで仮装しよってなって。今うちのクラスおもろいことになってるけど、来る?」
それはちょっと見たいかもしれない。好奇心を抑えられず席を立ちかけて、しかし時計を見て我に返った。
「気になるけど次移動教室だからやめとく。でもその耳は触ってもいい?」
「ええよええよ。好きなだけ触り」
私の要望に橋田は快く了承してくれた。いつも高いところにある頭が手の届くところまで降りてくる。今気づいたけれど、狼耳はカチューシャになっているらしい。壊さないようそっと耳に触ると、見た目以上にふわふわで、思わず「はわ」と声が漏れる。すごく柔らかくて触り心地が良い。まるで本当に動物の耳を触ってるみたいだ。手作りとは思えないクオリティについ夢中になっていると、下から「んふふ」と押し殺しきれていない笑い声が聞こえてきた。
「なんや君に撫でられとるみたいやなあ」
私が触れているのは作り物の耳。なのに橋田は妙に嬉しそうだった。そんな顔を見てしまうと、じゃあ実際に撫でたらどんな顔をするだろうと気になってくるもので。
狼耳に触れていた手を滑らせて頭のほうへ。ぴょんぴょんと癖のある髪を撫でつけるように手のひらを動かす。こんな感じでいいのかな? 人の頭を撫でるのなんて滅多にしないから正解がわからない。橋田は……と彼の表情を窺うと、夜の猫みたいに目を丸くして固まっていた。
「は、橋田?」
それは一体どういう表情だろう。もしかして嫌だったとか? しかし聞きたいことは何も聞けないまま、タイミング悪くチャイムが鳴った。
「あ! ごめん橋田、私もう行かなきゃ」
「……ん、せやったね。いってらっしゃい」
慌ただしく準備をして教室を飛び出す。こういう時に限って遠い教室だったりするものだ。
「なあ、今日一緒に帰らん?」
いつもより少しだけ大きく、そして遠くからかけられた声は橋田のもの。急いでいて振り返ることもできなかった私は、返事の代わりに後ろに向かって大きく手を振った。
***
この時期になるとぐっと日が短くなり、部活を終えて帰る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。空にはまだ低い位置だけど、綺麗な満月が浮かんでいる。
降りる駅が同じ橋田とは一緒に帰ることも多く、日が沈むのが早くなってからは遠回りにもかかわらず家の前まで送ってくれるようになった。
「別について来なくても大丈夫なのに」
「こんな暗い中女の子一人で帰らすなんてできる訳ないやろ」
「でも、」
「僕が送りたいだけやし、まあほんまは君ともうちょい話してたいだけなんやけど」
だから気にせんといて、と橋田は笑顔で言う。そんな風に言われると断る訳にもいかなくて、結局毎回家まで送られてしまうのだ。
今日もまた、送られてしまった。
「いつもありがとね、橋田。何かお礼ができればいいんだけど。そうだ、お菓子とか食べる? 貰い物の美味しいやつがあって」
「いや、お菓子はええよ。でもせやなあ……」
橋田が親指の腹で自身の唇をなぞる。彼が時折見せる仕草だ。きっと癖なんだろうけど、私はついその動きを目で追ってしまって、勝手にドキリとしていたりする。
「そういえば、まだやったねえ」
「え?」
「いたずら」
何の話? と顔を上げた瞬間、視界が一気に暗くなった。一際濃い影が降ってきたのだ。固まる私の唇に、ふに、と柔らかいものが触れて、数秒経たずして離れていく。
触れたそれが何だったか。今までにないほど早鐘を打つ心臓が一番よくわかっている。ぱくぱくと声にならない声を上げる私に、至近距離にいる橋田はうっそりと微笑み、
「あかんよ。狼には気ぃつけんと。僕が優しい狼男でよかったなあ。他のやつやったら、君なんて丸ごとぱくり、やで」
まあいつかは僕も食うけどね、と付け加える橋田の頭にもう狼の耳はない。けれど満月を背に笑う彼は、さっきよりもずっと、それらしかった。
満月を背にうっそりと笑う彼は、紛れもなくーー。
***
「トリックオアトリート」
カラカラと廊下側の窓が開き、ひょこりと顔を覗かせた橋田が開口一番、そんなことを言った。席替えをして廊下側の窓際の席になってから、別クラスである彼の登場は毎度こんな感じだ。「声かけやすくてええわあ」って。突然声をかけられるこちらの身にもなってほしい。それももう、大分慣れてしまったけれど。
「何?」
「何って今日ハロウィンやん」
それは知っている。昼休憩の時にクラスのみんなとちょっとしたお菓子パーティーをしたところだ。けど私が聞きたいのはそこじゃない。
「違う違う。その耳! 化け猫?」
「んふふ、化け猫って言われたんは初めてやわあ。残念、こわーい狼男やで」
怖いかどうかは置いておいて、橋田の頭には灰色でふわふわの三角耳がピンと立っていた。ちょいちょいと手招きされて窓のほうへと身を乗り出すと、くるりと回って見せた彼のお尻にも耳と同じように灰色のもふもふが付いている。尻尾だ。
「これ手作りなんやって。すごいやろ? クラスにこういうの得意な子がおってな。せっかくやし美術コースのみんなで仮装しよってなって。今うちのクラスおもろいことになってるけど、来る?」
それはちょっと見たいかもしれない。好奇心を抑えられず席を立ちかけて、しかし時計を見て我に返った。
「気になるけど次移動教室だからやめとく。でもその耳は触ってもいい?」
「ええよええよ。好きなだけ触り」
私の要望に橋田は快く了承してくれた。いつも高いところにある頭が手の届くところまで降りてくる。今気づいたけれど、狼耳はカチューシャになっているらしい。壊さないようそっと耳に触ると、見た目以上にふわふわで、思わず「はわ」と声が漏れる。すごく柔らかくて触り心地が良い。まるで本当に動物の耳を触ってるみたいだ。手作りとは思えないクオリティについ夢中になっていると、下から「んふふ」と押し殺しきれていない笑い声が聞こえてきた。
「なんや君に撫でられとるみたいやなあ」
私が触れているのは作り物の耳。なのに橋田は妙に嬉しそうだった。そんな顔を見てしまうと、じゃあ実際に撫でたらどんな顔をするだろうと気になってくるもので。
狼耳に触れていた手を滑らせて頭のほうへ。ぴょんぴょんと癖のある髪を撫でつけるように手のひらを動かす。こんな感じでいいのかな? 人の頭を撫でるのなんて滅多にしないから正解がわからない。橋田は……と彼の表情を窺うと、夜の猫みたいに目を丸くして固まっていた。
「は、橋田?」
それは一体どういう表情だろう。もしかして嫌だったとか? しかし聞きたいことは何も聞けないまま、タイミング悪くチャイムが鳴った。
「あ! ごめん橋田、私もう行かなきゃ」
「……ん、せやったね。いってらっしゃい」
慌ただしく準備をして教室を飛び出す。こういう時に限って遠い教室だったりするものだ。
「なあ、今日一緒に帰らん?」
いつもより少しだけ大きく、そして遠くからかけられた声は橋田のもの。急いでいて振り返ることもできなかった私は、返事の代わりに後ろに向かって大きく手を振った。
***
この時期になるとぐっと日が短くなり、部活を終えて帰る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。空にはまだ低い位置だけど、綺麗な満月が浮かんでいる。
降りる駅が同じ橋田とは一緒に帰ることも多く、日が沈むのが早くなってからは遠回りにもかかわらず家の前まで送ってくれるようになった。
「別について来なくても大丈夫なのに」
「こんな暗い中女の子一人で帰らすなんてできる訳ないやろ」
「でも、」
「僕が送りたいだけやし、まあほんまは君ともうちょい話してたいだけなんやけど」
だから気にせんといて、と橋田は笑顔で言う。そんな風に言われると断る訳にもいかなくて、結局毎回家まで送られてしまうのだ。
今日もまた、送られてしまった。
「いつもありがとね、橋田。何かお礼ができればいいんだけど。そうだ、お菓子とか食べる? 貰い物の美味しいやつがあって」
「いや、お菓子はええよ。でもせやなあ……」
橋田が親指の腹で自身の唇をなぞる。彼が時折見せる仕草だ。きっと癖なんだろうけど、私はついその動きを目で追ってしまって、勝手にドキリとしていたりする。
「そういえば、まだやったねえ」
「え?」
「いたずら」
何の話? と顔を上げた瞬間、視界が一気に暗くなった。一際濃い影が降ってきたのだ。固まる私の唇に、ふに、と柔らかいものが触れて、数秒経たずして離れていく。
触れたそれが何だったか。今までにないほど早鐘を打つ心臓が一番よくわかっている。ぱくぱくと声にならない声を上げる私に、至近距離にいる橋田はうっそりと微笑み、
「あかんよ。狼には気ぃつけんと。僕が優しい狼男でよかったなあ。他のやつやったら、君なんて丸ごとぱくり、やで」
まあいつかは僕も食うけどね、と付け加える橋田の頭にもう狼の耳はない。けれど満月を背に笑う彼は、さっきよりもずっと、それらしかった。