橋田悠
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「僕、君の絵好きやなぁ」
彼と話したのはそれが初めてだった。
***
「好きやなぁ」
はぁ、と熱を孕んだ溜め息が耳元で聞こえ、びくりと肩を震わせる。振り向くと声の主の顔がすぐ近くにあって、思わずのけぞった。そうだ、忘れていた。この男はいつも異様に距離が近い。男女問わず、誰に対しても。
「はーしーだー」
ジトっと睨みつけるとようやく近くにあった顔が離れて行った。
「いつも言ってるでしょ。びっくりするから近づく前に声かけてって」
「ごめんごめん。つい、なぁ」
おさげに白衣を着た友人、橋田は申し訳なさそうに両手を合わせたが、きっとまた同じことをするに違いない。出会って二年も経てば、そう確信できる。
「なあ」
「ん?」
「見せて」
「……またぁ?」
そう言いつつも、私は手元にあったノートを彼に差し出した。なんてことはない数学のノートだ。テスト勉強が捗らなくて、所々に落書きがある、ただのノート。
それを橋田はうっとりとした表情で見つめ、指先でなぞっていく。
「うん、ええね」
「ただの落書きだよ」
「僕は好きやで。小さくてかわいい、君らしい絵や」
美術の変態と呼ばれる橋田は、人の絵を見るのがすごく好きらしい。プロや、同じ美術コースの子たちの絵なら、その気持ちはわからなくもない。けれど彼は美術コースでもなく、頭の良い特進コースでもない、ごく普通の一般コースの私の絵まで好きだと言う。別段上手くもなく猫だか犬だかもはっきりしない、ゆるゆるとしたキャラクターの落書きを、だ。
「そんな絵のどこがいいんだか……」
「んー。好きなとこはいっぱいあるけど、一目惚れが一番しっくり来るかもなぁ」
一目惚れって……。また訳の分からないことを。
でも橋田に茶化している様子はないから本心で言っているのだろう。
初めて会った時もそうだった。高校一年の一学期。落としたノートを橋田が拾ってくれて、ペラペラとページを捲りながら「僕、君の絵好きやなぁ」って。
あの時の私は暇潰しに描いていた落書きがバレて死ぬほど恥ずかしかったのだけど、彼は今と同じで、冗談ではなく心から好きだと言ってくれていた。
あれがなければ。橋田が私の絵に一目惚れしていなければ。きっと私たちは一度も会話することなく学校を卒業していたことだろう。
「……まあ、よかったのかな」
「どないしたん?」
「んー、私も好きだなって」
「え」
ばさりと橋田がノートを落とす。
「ちょっと、何してんの」
「すまん、手ぇ滑った」
落ちたノートは幸いページが折れたりはしていなかった。汚れた様子もなく、まぬけな顔をした猫だか犬だかわからない生き物がこちらに手を振っている。こんなものに一目惚れするんだから、美術の変態の考えてることはよくわからない。
「なあ、今好きって……」
「ああ。私も橋田の絵、好きだよって。美術のことはさっぱりだけど」
「絵……絵ぇね。うん、ありがとう」
橋田は私の絵が好きで、私も橋田の絵が好き。本当は絵以上に橋田本人が好きなのだけど、それを伝える勇気はまだなくて。今の私には、絵の「好き」に気持ちを織り交ぜるので精一杯だ。
彼と話したのはそれが初めてだった。
***
「好きやなぁ」
はぁ、と熱を孕んだ溜め息が耳元で聞こえ、びくりと肩を震わせる。振り向くと声の主の顔がすぐ近くにあって、思わずのけぞった。そうだ、忘れていた。この男はいつも異様に距離が近い。男女問わず、誰に対しても。
「はーしーだー」
ジトっと睨みつけるとようやく近くにあった顔が離れて行った。
「いつも言ってるでしょ。びっくりするから近づく前に声かけてって」
「ごめんごめん。つい、なぁ」
おさげに白衣を着た友人、橋田は申し訳なさそうに両手を合わせたが、きっとまた同じことをするに違いない。出会って二年も経てば、そう確信できる。
「なあ」
「ん?」
「見せて」
「……またぁ?」
そう言いつつも、私は手元にあったノートを彼に差し出した。なんてことはない数学のノートだ。テスト勉強が捗らなくて、所々に落書きがある、ただのノート。
それを橋田はうっとりとした表情で見つめ、指先でなぞっていく。
「うん、ええね」
「ただの落書きだよ」
「僕は好きやで。小さくてかわいい、君らしい絵や」
美術の変態と呼ばれる橋田は、人の絵を見るのがすごく好きらしい。プロや、同じ美術コースの子たちの絵なら、その気持ちはわからなくもない。けれど彼は美術コースでもなく、頭の良い特進コースでもない、ごく普通の一般コースの私の絵まで好きだと言う。別段上手くもなく猫だか犬だかもはっきりしない、ゆるゆるとしたキャラクターの落書きを、だ。
「そんな絵のどこがいいんだか……」
「んー。好きなとこはいっぱいあるけど、一目惚れが一番しっくり来るかもなぁ」
一目惚れって……。また訳の分からないことを。
でも橋田に茶化している様子はないから本心で言っているのだろう。
初めて会った時もそうだった。高校一年の一学期。落としたノートを橋田が拾ってくれて、ペラペラとページを捲りながら「僕、君の絵好きやなぁ」って。
あの時の私は暇潰しに描いていた落書きがバレて死ぬほど恥ずかしかったのだけど、彼は今と同じで、冗談ではなく心から好きだと言ってくれていた。
あれがなければ。橋田が私の絵に一目惚れしていなければ。きっと私たちは一度も会話することなく学校を卒業していたことだろう。
「……まあ、よかったのかな」
「どないしたん?」
「んー、私も好きだなって」
「え」
ばさりと橋田がノートを落とす。
「ちょっと、何してんの」
「すまん、手ぇ滑った」
落ちたノートは幸いページが折れたりはしていなかった。汚れた様子もなく、まぬけな顔をした猫だか犬だかわからない生き物がこちらに手を振っている。こんなものに一目惚れするんだから、美術の変態の考えてることはよくわからない。
「なあ、今好きって……」
「ああ。私も橋田の絵、好きだよって。美術のことはさっぱりだけど」
「絵……絵ぇね。うん、ありがとう」
橋田は私の絵が好きで、私も橋田の絵が好き。本当は絵以上に橋田本人が好きなのだけど、それを伝える勇気はまだなくて。今の私には、絵の「好き」に気持ちを織り交ぜるので精一杯だ。
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