鳴海弦
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広い部屋の隅っこで、それこそキノコでも生えてくるんじゃないかと思うほどいじけているのはこの部屋の主。彼はこの後、四ノ宮長官たちと大事な会議があるというのに部屋に引きこもり続けていた。
「鳴海」
名前を呼びながら反応のない彼の元へ歩み寄る。「長谷川副隊長が早く来いってさ」本来は隊長と呼ぶべきだが、私は同期のよしみということで、プライベートではこう呼ばせてもらっている。
「鳴海ってば」
体育座りで膝に顔を埋める鳴海の肩を叩く。思いのほかすんなり彼の元に辿り着いたのは、この部屋が綺麗に片付いていたからだ。
いつもは足の踏み場もないほど散らかっているが、今日は床に何も物が置かれていない。ゴミもゲーム機も布団も綺麗にしまわれていて、こうして見るとすごく隊長室っぽい。これが本来あるべき姿なんだろうけど。
長谷川副隊長たちによる大掃除が行われたのが今月の初め。それから二週間経っても散らかっていないのは、正直奇跡に近いと思う。長谷川副隊長は熱でもあるのかと心配していたが、実際鳴海は熱に浮かされていた。バレンタインという甘ったるい熱に。
『部屋に収まりきらなかったら困るからな!』
数日前、鳴海は広々とした隊長室を眺めて満足げに鼻を鳴らしていた。その時はまた通販で大量購入でもしたのかと呆れていたのだけど、どうやら彼はバレンタインにファンや隊員たちから置き場に困るほど大量にチョコを貰うと想定していたらしい。
結果はまあ、綺麗に片付いたこの部屋を見れば一目瞭然だけど。
「元気だしなよ、鳴海。そういうこともあるって」
「……ほっといてくれ」
「一般市民からの食べ物の差し入れは禁止されてるし、女性隊員に気を遣わせるから防衛隊内でもやめようってなったでしょ」
「プライベートならありって話だったろ。なのに見ろこの部屋を! 段ボールでいっぱいになると思っていたのに見事にゼロだ」
がらんとした部屋を指差され、何も言えなくなる。余計に鳴海が拗ねそうだから口にはしないけど、実際に防衛隊内でチョコレートのやり取りは行われていた。お世話になっているからだとか、それこそ好きな相手にだとか。かくいう私も後輩の女の子にチョコブラウニーをご馳走になった。鳴海の成果がゼロなのは、普段の、怪獣討伐時以外の彼を知る人間がうちの隊に多すぎるのが一因かもしれない。
「きっと亜白は山ほど貰ってるんだ。そうに決まってる。保科だって馬鹿にできん。クソ、最強はボクなのに」
そう言って鳴海はブツブツと呟きながら、息を吸うようにスマホでエゴサを始めた。どの隊も基本ルールは同じだし、SNSで調べたところで何もわからないだろうに。けれど鳴海は私がいくら慰めても聞く耳を持たなかった。それどころか突然くわっと目を見開き、
「あーもう! 同情するならチョコをくれっ‼︎」
吐き捨てられたのはどこかで一度は聞いたことのあるような、ないような台詞。
「必死すぎない?」
「うるさい、必死にもなる。年に一度のバレンタインにボクが誰からも貰えないとかありえないだろ! あとリア充爆発しろ!」
「あー、はいはい。ならこれでいい?」
キャンキャン喚き散らす鳴海の顔に小さな袋を押し付ける。
「……何だこれは」
「欲しかったんじゃないの?」
「な、あっ」
チョコか⁈ と興奮する鳴海は信じられないのか、私と手元の包みを交互に何度も見ていた。
「これで気は済んだ? なら、さっさと会議に……」
「……か」
「ん?」
「これは本命か?」
「……はあ⁈ 」
「だってこれ、手作りだろ」
鳴海がしっかりとその手に握りしめている透明の袋は百均で買える簡易ラッピング。中身も彼の言う通り、市販のチョコを溶かして固めて、丸めただけのトリュフだ。けれど今どき手作りだからといって、本命チョコとは限らない。義理であっても手作りすることは普通ある。
そう言えば済むはずが、何故か思ったように言葉が出てこなかった。思いがけず図星をつかれたからだろうか。さらりと何気なく渡して終わるつもりだったのに、完全にタイミングを失って、これでは肯定してるのとおんなじだ。
「そんなわけないでしょ。あれよ、ほら。同情チョコ」
何とか絞り出した声は気を抜いたら裏返ってしまいそうだった。「じゃあ私はもう行くから」こういう時はこれ以上ボロが出る前に立ち去るに限る。しかし逃げるように腰を浮かせると同時に鳴海に手首を掴まれて、その場に縫いとめられてしまった。早く振り解かないと。そう思うのにできなかったのは、彼に掴まれたところが異様に熱かったからだ。この熱は、私だけのものじゃない。
「もう一度訊く。これは本命か?」
低い声が鼓膜に響いた。真剣な時の鳴海の声だ。ゆっくりと顔を上げると、伸ばされた前髪から覗く瞳がまっすぐ私を見据えていて、心臓が止まりそうになる。
心の内までも射抜くような視線。それに堪えかねて逃げるように目を逸らせば、片手で容赦なく頬を掴まれて、無理やり顔を正面に戻された。
「言っておくが、無言の場合も本命として受け取るからな。もちろん嘘を吐いた場合もだ」
本命かと訊ねておきながら、鳴海は見事に逃げ道という名の選択肢を全部潰してきた。きっと最初から欲しい答えしか受け取るつもりがなかったのだろう。
私が渡したチョコレートは、もうどうしたって本命チョコにしかならないらしい。
「鳴海」
名前を呼びながら反応のない彼の元へ歩み寄る。「長谷川副隊長が早く来いってさ」本来は隊長と呼ぶべきだが、私は同期のよしみということで、プライベートではこう呼ばせてもらっている。
「鳴海ってば」
体育座りで膝に顔を埋める鳴海の肩を叩く。思いのほかすんなり彼の元に辿り着いたのは、この部屋が綺麗に片付いていたからだ。
いつもは足の踏み場もないほど散らかっているが、今日は床に何も物が置かれていない。ゴミもゲーム機も布団も綺麗にしまわれていて、こうして見るとすごく隊長室っぽい。これが本来あるべき姿なんだろうけど。
長谷川副隊長たちによる大掃除が行われたのが今月の初め。それから二週間経っても散らかっていないのは、正直奇跡に近いと思う。長谷川副隊長は熱でもあるのかと心配していたが、実際鳴海は熱に浮かされていた。バレンタインという甘ったるい熱に。
『部屋に収まりきらなかったら困るからな!』
数日前、鳴海は広々とした隊長室を眺めて満足げに鼻を鳴らしていた。その時はまた通販で大量購入でもしたのかと呆れていたのだけど、どうやら彼はバレンタインにファンや隊員たちから置き場に困るほど大量にチョコを貰うと想定していたらしい。
結果はまあ、綺麗に片付いたこの部屋を見れば一目瞭然だけど。
「元気だしなよ、鳴海。そういうこともあるって」
「……ほっといてくれ」
「一般市民からの食べ物の差し入れは禁止されてるし、女性隊員に気を遣わせるから防衛隊内でもやめようってなったでしょ」
「プライベートならありって話だったろ。なのに見ろこの部屋を! 段ボールでいっぱいになると思っていたのに見事にゼロだ」
がらんとした部屋を指差され、何も言えなくなる。余計に鳴海が拗ねそうだから口にはしないけど、実際に防衛隊内でチョコレートのやり取りは行われていた。お世話になっているからだとか、それこそ好きな相手にだとか。かくいう私も後輩の女の子にチョコブラウニーをご馳走になった。鳴海の成果がゼロなのは、普段の、怪獣討伐時以外の彼を知る人間がうちの隊に多すぎるのが一因かもしれない。
「きっと亜白は山ほど貰ってるんだ。そうに決まってる。保科だって馬鹿にできん。クソ、最強はボクなのに」
そう言って鳴海はブツブツと呟きながら、息を吸うようにスマホでエゴサを始めた。どの隊も基本ルールは同じだし、SNSで調べたところで何もわからないだろうに。けれど鳴海は私がいくら慰めても聞く耳を持たなかった。それどころか突然くわっと目を見開き、
「あーもう! 同情するならチョコをくれっ‼︎」
吐き捨てられたのはどこかで一度は聞いたことのあるような、ないような台詞。
「必死すぎない?」
「うるさい、必死にもなる。年に一度のバレンタインにボクが誰からも貰えないとかありえないだろ! あとリア充爆発しろ!」
「あー、はいはい。ならこれでいい?」
キャンキャン喚き散らす鳴海の顔に小さな袋を押し付ける。
「……何だこれは」
「欲しかったんじゃないの?」
「な、あっ」
チョコか⁈ と興奮する鳴海は信じられないのか、私と手元の包みを交互に何度も見ていた。
「これで気は済んだ? なら、さっさと会議に……」
「……か」
「ん?」
「これは本命か?」
「……はあ⁈ 」
「だってこれ、手作りだろ」
鳴海がしっかりとその手に握りしめている透明の袋は百均で買える簡易ラッピング。中身も彼の言う通り、市販のチョコを溶かして固めて、丸めただけのトリュフだ。けれど今どき手作りだからといって、本命チョコとは限らない。義理であっても手作りすることは普通ある。
そう言えば済むはずが、何故か思ったように言葉が出てこなかった。思いがけず図星をつかれたからだろうか。さらりと何気なく渡して終わるつもりだったのに、完全にタイミングを失って、これでは肯定してるのとおんなじだ。
「そんなわけないでしょ。あれよ、ほら。同情チョコ」
何とか絞り出した声は気を抜いたら裏返ってしまいそうだった。「じゃあ私はもう行くから」こういう時はこれ以上ボロが出る前に立ち去るに限る。しかし逃げるように腰を浮かせると同時に鳴海に手首を掴まれて、その場に縫いとめられてしまった。早く振り解かないと。そう思うのにできなかったのは、彼に掴まれたところが異様に熱かったからだ。この熱は、私だけのものじゃない。
「もう一度訊く。これは本命か?」
低い声が鼓膜に響いた。真剣な時の鳴海の声だ。ゆっくりと顔を上げると、伸ばされた前髪から覗く瞳がまっすぐ私を見据えていて、心臓が止まりそうになる。
心の内までも射抜くような視線。それに堪えかねて逃げるように目を逸らせば、片手で容赦なく頬を掴まれて、無理やり顔を正面に戻された。
「言っておくが、無言の場合も本命として受け取るからな。もちろん嘘を吐いた場合もだ」
本命かと訊ねておきながら、鳴海は見事に逃げ道という名の選択肢を全部潰してきた。きっと最初から欲しい答えしか受け取るつもりがなかったのだろう。
私が渡したチョコレートは、もうどうしたって本命チョコにしかならないらしい。