鳴海弦
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行かないで。
その一言はたとえ思っても口にしてはならない。
防衛隊の、特に前線に立つ隊員は常に死と隣り合わせで、彼らはそれを覚悟した上で戦場に向かっている。そこに「行かないで」などと、彼らの決意に水を差すような言葉は絶対に言うべきではない。だから思うだけ。本音は口を出ないように、ぐっと奥底に飲み込むのだ。
「鳴海隊長、お気をつけて」
敬礼をして最愛の人を戦場へと送り出す。スーツも武器も識別怪獣兵器(ナンバーズ)も不備はない。通信機もオールクリア。オペレーター部隊の私にできることはすべてやり終えて、あとできることといえばこうして笑顔で送り出すことくらいだった。
「ボクを誰だと思ってる」
私の言葉に対する鳴海隊長の返事はいつもおんなじだ。恋人関係になってからは、私の頭をぐしゃりと雑に撫でるまでがセットになった。けれど今日は、それがなくて。撫でられるのに備えて頭を下げていた私は不思議に思って顔を上げた。そこには宙ぶらりんのままの手と、怪訝な表情をした鳴海隊長。
「隊長?」
出撃しなくていいのだろうか。長谷川副隊長を含め周りの隊員も私と同じことを思っているのか、動かないままの鳴海隊長の動向を窺っている。
「長谷川、三分だ」
「は?」
「ボクの出撃時間を三分遅らせる」
「鳴海、お前はまた勝手なことを……」
「ボクの隊ならボクがいなくとも三分くらい持ち堪えられるだろ」
「舐めるな。何分だって持ち堪える」
「だろうな。まあ知ってたが」
鳴海隊長と長谷川副隊長のやりとりに、他の隊員たちもやれやれと肩をすくめている。話が見えていないのは私一人みたいだ。三分、何をするつもりだろう。カップラーメンを作るわけではないだろうし。
「そういうわけだ。手短に済ますぞ」
「え、私⁈」
どういうわけか全くわからない私の腕を掴んで、鳴海隊長が他隊員と別方向に歩き出す。他の隊員たちは長谷川副隊長の指示のもと出撃準備に取り掛かっていて、引きずられるように部屋を後にする私のことなど誰も気に留めてはくれなかった。
そしてーー。
「言いたいことがあるなら言え」
部屋を出てすぐのところで鳴海隊長が私を壁に押し付けて言った。「何の話ですか」抵抗とばかりに唯一自由に動く顔を背けるも意味はなく、片手で掴まれて正面に戻される。出撃前ということもあってかすでに掻き上げられている髪のせいで、刺さるような視線から逃げることもできない。この目が苦手だ。すべてを見透かすような鋭い眼光。使用者の寿命を削る識別怪獣兵器を装着した双眸。
「どうした、早く言え」
「い、嫌です。私は鳴海隊長の負担になるようなことは言いたくない!」
「キミは馬鹿か。そんな顔をした恋人に送り出されるボクの身にもなってみろ」
鳴海隊長が溜め息混じりにこつりと額を合わせてきた。そのままぐりぐりと左右に振られ、少し痛い。
「キミが何を我慢しているかは知らんが、戦いに出る以上それをこの先、一生聞けなくなる可能性だってある。ボクはそんなのはごめんだ」
吐息のように零されたそれは、鳴海隊長の本音に違いなかった。一瞬の間を置いてからすぐに「いや、ないな。ボクは絶対に戻ってくる。最強だから」と言い直してはいたけれど。
「でも、聞いたら私のこと嫌になるかもしれませんよ?」
「構わん。ボクが聞きたいと言っている」
鳴海隊長が私の背中を子どもをあやすようにぽんぽんと撫でた。普段は不遜で子供っぽい癖に、たまにこうやって歳上みたいなことをしてくるから困る。そんなことをされると素直に甘えていいと言われているみたいで、頑なに閉じ込めていたものが簡単に溢れ出してしまう。
「……で」
声が震える。飲み込んでいた感情が一気に迫り上がる。
「……行かないで。行かないでください。怖いんです。鳴海隊長が私を置いて遠くに行っちゃうんじゃないかって」
戦場に向かう隊員の覚悟を踏み躙るような言葉だと思う。それでも一度声に出してしまうと止まらなくて、視界も滲んで、鳴海隊長がどんな顔をしていたのかわからない。隊に籍を置く人間としても、恋人としても、幻滅されただろうか。それでも仕方がないくらいのことを言っている自覚はあった。
本当は識別怪獣兵器だって使ってほしくない。あれは強い力の代償に命を削る代物だ。私はそれを使用する恋人を誇りに思えるほど強くはなれない。四ノ宮夫婦みたいにお互いの覚悟を尊重し合えたらと思うものの、私には難しすぎた。だって大切な人には少しでも長く生きてほしいし、傍で一緒に生きていきたい。
ザザッとノイズが走る。
『鳴海、三分だ』
長谷川副隊長からの通信だった。こちらの音声は切っているから今のやりとりは聞こえていないはずだが、第三者の声は私の頭を冷静にするには十分で、同時に言ってしまったと後悔と羞恥で胸がいっぱいになる。
「ああ、わかった」
短く返事をして通信を切った鳴海隊長が私から離れていく。遠ざかるぬくもりは、これを最後に二度と感じることができないかもしれないもの。そう思ったら手を伸ばしたくなったが、それこそやってはいけないことだ。言いたいことは言ったからもう十分。鳴海隊長は十分私を甘やかしてくれた。
だから行ってくださいと、彼の身体を軽く押す。
「ボクは、行くなと言われても行く」
「はい」
「これからもキミにそんな顔をさせるかもしれん」
「はい」
「だがここには必ず戻ってくる。それだけは約束する。さっきも言ったがボクは最強だ。最強は絶対に負けない」
そう言って、ボクが一度でも嘘を吐いたことがあったか? と顔を覗き込んでくる恋人に私は苦笑した。この前長谷川副隊長に体調が悪いと嘘を吐いて、部屋でゲームをしてたのはどこの誰だっただろう。でもそれを除けば。鳴海隊長は任務に関してだけは、今まで一度だって嘘を吐いたことがない。彼は必ず怪獣を討伐して、必ずここに戻ってきている。
「だから、大丈夫だ」
「……はい!」
鳴海隊長の手がまっすぐ伸びてきて、くしゃくしゃと私の頭を撫でていった。気のせいかもしれないけれど、送り出す前のそれは、いつもよりほんの少しだけ長くて優しかったように思う。
「いってらっしゃい、鳴海隊長!」
「ああ。ボクの活躍、しっかりその目に焼き付けておけよ」
敬礼をして、今度こそ彼を送り出す。本音を伝えたからといって心が晴れるわけでも不安が消え去るわけでもないけれど、きっと私の恋人は、私に悩む時間など与えずに「ただいま」とここに戻ってくるのだろう。
その一言はたとえ思っても口にしてはならない。
防衛隊の、特に前線に立つ隊員は常に死と隣り合わせで、彼らはそれを覚悟した上で戦場に向かっている。そこに「行かないで」などと、彼らの決意に水を差すような言葉は絶対に言うべきではない。だから思うだけ。本音は口を出ないように、ぐっと奥底に飲み込むのだ。
「鳴海隊長、お気をつけて」
敬礼をして最愛の人を戦場へと送り出す。スーツも武器も識別怪獣兵器(ナンバーズ)も不備はない。通信機もオールクリア。オペレーター部隊の私にできることはすべてやり終えて、あとできることといえばこうして笑顔で送り出すことくらいだった。
「ボクを誰だと思ってる」
私の言葉に対する鳴海隊長の返事はいつもおんなじだ。恋人関係になってからは、私の頭をぐしゃりと雑に撫でるまでがセットになった。けれど今日は、それがなくて。撫でられるのに備えて頭を下げていた私は不思議に思って顔を上げた。そこには宙ぶらりんのままの手と、怪訝な表情をした鳴海隊長。
「隊長?」
出撃しなくていいのだろうか。長谷川副隊長を含め周りの隊員も私と同じことを思っているのか、動かないままの鳴海隊長の動向を窺っている。
「長谷川、三分だ」
「は?」
「ボクの出撃時間を三分遅らせる」
「鳴海、お前はまた勝手なことを……」
「ボクの隊ならボクがいなくとも三分くらい持ち堪えられるだろ」
「舐めるな。何分だって持ち堪える」
「だろうな。まあ知ってたが」
鳴海隊長と長谷川副隊長のやりとりに、他の隊員たちもやれやれと肩をすくめている。話が見えていないのは私一人みたいだ。三分、何をするつもりだろう。カップラーメンを作るわけではないだろうし。
「そういうわけだ。手短に済ますぞ」
「え、私⁈」
どういうわけか全くわからない私の腕を掴んで、鳴海隊長が他隊員と別方向に歩き出す。他の隊員たちは長谷川副隊長の指示のもと出撃準備に取り掛かっていて、引きずられるように部屋を後にする私のことなど誰も気に留めてはくれなかった。
そしてーー。
「言いたいことがあるなら言え」
部屋を出てすぐのところで鳴海隊長が私を壁に押し付けて言った。「何の話ですか」抵抗とばかりに唯一自由に動く顔を背けるも意味はなく、片手で掴まれて正面に戻される。出撃前ということもあってかすでに掻き上げられている髪のせいで、刺さるような視線から逃げることもできない。この目が苦手だ。すべてを見透かすような鋭い眼光。使用者の寿命を削る識別怪獣兵器を装着した双眸。
「どうした、早く言え」
「い、嫌です。私は鳴海隊長の負担になるようなことは言いたくない!」
「キミは馬鹿か。そんな顔をした恋人に送り出されるボクの身にもなってみろ」
鳴海隊長が溜め息混じりにこつりと額を合わせてきた。そのままぐりぐりと左右に振られ、少し痛い。
「キミが何を我慢しているかは知らんが、戦いに出る以上それをこの先、一生聞けなくなる可能性だってある。ボクはそんなのはごめんだ」
吐息のように零されたそれは、鳴海隊長の本音に違いなかった。一瞬の間を置いてからすぐに「いや、ないな。ボクは絶対に戻ってくる。最強だから」と言い直してはいたけれど。
「でも、聞いたら私のこと嫌になるかもしれませんよ?」
「構わん。ボクが聞きたいと言っている」
鳴海隊長が私の背中を子どもをあやすようにぽんぽんと撫でた。普段は不遜で子供っぽい癖に、たまにこうやって歳上みたいなことをしてくるから困る。そんなことをされると素直に甘えていいと言われているみたいで、頑なに閉じ込めていたものが簡単に溢れ出してしまう。
「……で」
声が震える。飲み込んでいた感情が一気に迫り上がる。
「……行かないで。行かないでください。怖いんです。鳴海隊長が私を置いて遠くに行っちゃうんじゃないかって」
戦場に向かう隊員の覚悟を踏み躙るような言葉だと思う。それでも一度声に出してしまうと止まらなくて、視界も滲んで、鳴海隊長がどんな顔をしていたのかわからない。隊に籍を置く人間としても、恋人としても、幻滅されただろうか。それでも仕方がないくらいのことを言っている自覚はあった。
本当は識別怪獣兵器だって使ってほしくない。あれは強い力の代償に命を削る代物だ。私はそれを使用する恋人を誇りに思えるほど強くはなれない。四ノ宮夫婦みたいにお互いの覚悟を尊重し合えたらと思うものの、私には難しすぎた。だって大切な人には少しでも長く生きてほしいし、傍で一緒に生きていきたい。
ザザッとノイズが走る。
『鳴海、三分だ』
長谷川副隊長からの通信だった。こちらの音声は切っているから今のやりとりは聞こえていないはずだが、第三者の声は私の頭を冷静にするには十分で、同時に言ってしまったと後悔と羞恥で胸がいっぱいになる。
「ああ、わかった」
短く返事をして通信を切った鳴海隊長が私から離れていく。遠ざかるぬくもりは、これを最後に二度と感じることができないかもしれないもの。そう思ったら手を伸ばしたくなったが、それこそやってはいけないことだ。言いたいことは言ったからもう十分。鳴海隊長は十分私を甘やかしてくれた。
だから行ってくださいと、彼の身体を軽く押す。
「ボクは、行くなと言われても行く」
「はい」
「これからもキミにそんな顔をさせるかもしれん」
「はい」
「だがここには必ず戻ってくる。それだけは約束する。さっきも言ったがボクは最強だ。最強は絶対に負けない」
そう言って、ボクが一度でも嘘を吐いたことがあったか? と顔を覗き込んでくる恋人に私は苦笑した。この前長谷川副隊長に体調が悪いと嘘を吐いて、部屋でゲームをしてたのはどこの誰だっただろう。でもそれを除けば。鳴海隊長は任務に関してだけは、今まで一度だって嘘を吐いたことがない。彼は必ず怪獣を討伐して、必ずここに戻ってきている。
「だから、大丈夫だ」
「……はい!」
鳴海隊長の手がまっすぐ伸びてきて、くしゃくしゃと私の頭を撫でていった。気のせいかもしれないけれど、送り出す前のそれは、いつもよりほんの少しだけ長くて優しかったように思う。
「いってらっしゃい、鳴海隊長!」
「ああ。ボクの活躍、しっかりその目に焼き付けておけよ」
敬礼をして、今度こそ彼を送り出す。本音を伝えたからといって心が晴れるわけでも不安が消え去るわけでもないけれど、きっと私の恋人は、私に悩む時間など与えずに「ただいま」とここに戻ってくるのだろう。