鳴海弦
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なるべく後悔がないように生きる。それが私のモットーだった。
いつ死ぬかわからない防衛隊という仕事柄、そういう考えが強かったとも言えるだろう。そして私は、概ねその通りに生き切ることができたと思う。もちろん思い通りにいかないことや上手くいかないこともあったけど、それを差し引いても納得のいく、良い人生だったと自負している。
その中であえて後悔していることを挙げるとすればーー最期に恋人と喧嘩別れしたことだろうか。
きっかけは、今思えば取るに足らないくだらない理由だ。それでも当時の私にとっては大事なことだったのだろう。
だらしない恋人に呆れて果てて口喧嘩になって。いつもは私が先に折れるのだけど、あの日ばかりはお互い一歩も譲らなかった。あんなに喧嘩がヒートアップしたことは一度もなかったから止め方もわからなくて、私は感情のままに相手を傷つける言葉を吐いた。そして私も相手の言葉にたくさん傷ついた。
最後には同じ空間にいることすら堪えられなくなって、私は「もう知らない」と彼の部屋から飛び出し、彼もまた「勝手にしろ」と私を追ってくることはなかった。
彼とはそれきりだ。喧嘩の続きも、仲直りもしていない。
なぜなら私はその後すぐに発生した怪獣の討伐で、あっけなく命を落としたから。
***
「ギャーッ?!」
有明りんかい基地、深夜の隊長室に一際大きな悲鳴がこだまする。まさか人の悲鳴を聞いて心地いいと思う日が来るとは思わなかった。ぞくぞくと味わったことのない感覚が背筋を走る。楽しいの一言では言い表せないような不思議な感覚、これは病みつきになりそうだ。
心霊写真に映る幽霊もこんな気持ちだったりするのだろうかなんて思うのは、私がそちら側の存在になったからかもしれない。
「おい、どうした?!」
程なくしてばん、とドアが開き、悲鳴を聞きつけた長谷川副隊長と数人の隊員たちが隊長室へとやって来た。その拍子に部屋に積んであった段ボールの山が崩れ、先程悲鳴を上げた人物が再び「ギャッ」と声を上げた。
彼はぴゃっと長谷川副隊長の背に隠れてこちらを恐る恐る見てきたけれど、単に汚部屋の一角が崩れただけで私は何もやっていない。ただの自業自得だ。
「何があった鳴海」
状況を確認しようと長谷川副隊長が周囲を警戒しながら後ろを振り向く。すると鳴海と呼ばれたタオルケットで全身をすっぽり覆った人物が、ガタガタ震えながら宙を指差した。
「で、ででで、出たんだよ!!」
「出た? 一体何が」
「ユーレイだよユーレイ! ほら、まだあそこにいる!」
「……」
一瞬の間を置いて、緊迫した空気が生あたたかいものに変わる。長谷川副隊長は「お前な」と呆れたように溜息を吐き、駆けつけた他の隊員たちも「夢でも見てたんじゃないですか?」と口々に言った。
「嘘じゃない、いるだろそこに! 何とかしろ長谷川ァ!」
「無茶を言うな。例えいたとしても俺にはどうにもできん」
「ハァ?! お前のそのツルツル頭は見かけだけか? 除霊くらいできるだろ!」
ごつっ、と鈍い音して、すぐにばたりと倒れ込む音がした。長谷川副隊長の鉄拳がタオルケットの塊にクリーンヒットしたのだ。これまた自業自得で、周りも苦笑いを浮かべている。本当にどうしようもない男だ。
「ゲームばかりしてないでさっさと寝ろ。もう騒ぐんじゃないぞ」
痛みに悶え苦しむタオルケットの塊にそう言い残し、長谷川副隊長たちは部屋を後にした。一人取り残されたことに気づいた男が「ま、待て!」と慌てて顔を上げたけれど、ドアが閉まった今となってはその声が彼らに届くことはない。
あーあ、ぜんぶ本当のことだったのに。嘘なんて吐いてなかったのに。だぁれも信じてくれない。
『かわいそうにね、弦』
震えるタオルケットの塊に近づいてそう囁けば、「ひぃっ」と喉に張り付いたような悲鳴が返ってきた。
あー、可笑しい。日本防衛隊第1部隊の隊長さんともあろう人が、元カノの幽霊如きにそんなに怯えちゃって。
けらけらとお腹を押さえて笑っていると、恐怖に震えていた彼もさすがにカチンときたらしい。
タオルケットからほんの少しだけ顔を出して、こちらを睨みつけてくる。
「なな、なんでお前がここにいるんだ! お前はもう、その、とっくに死んでるだろ!!」
必死に声を張り上げているけれど、震えているのはバレバレだ。やっぱり私のことが怖いみたい。
私はにこりと目を細めて、彼の言葉に頷いた。
『なんでだろ。気づいたらここにいたんだよね』
なるべく後悔がないように生きる。それが私のモットーで、そういう風に生きて、そういう風に死んだ。なのに気づけばここにいて、ちゃんと未練たらたらで笑ってしまう。
『弦』
「な、なんだよ」
『ごめんね』
あの日言えなかった言葉を口にする。案外するりと出た言葉はいくらか心を軽くして、もっと早く言っていればよかったななんて今更ながら思う。
ひどいことを言ってごめん。仲直りできなくてごめん。先にいなくなってごめん。
言い尽くせない謝罪の代わりにもう一度ごめんと謝ると、弦は呆れたように鼻を鳴らした。
「お前まさか、それを言うためだけにボクの前に化けて出たのか?」
『なっ、人が真剣に謝ってるのに! だったら何だって言うのよ』
「別に。だが、そうか。そんなにボクが恋しかったか」
『違っ、私はあの日のことを謝りたかっただけで……』
そう、それさえできればもうこの世に未練はない。あとは、成仏するだけ。
「じゃあ何故まだここにいる。他にも未練があるんじゃないのか?」
『それは……』
考えて私は首を振った。霊感がないはずの弦に私の姿が見えた。声が届いた。それだけでもう充分だ。これ以上を望んだらきっとバチが当たってしまう。
そんな私の様子を見て弦は深く息を吐いた。
「そうか。じゃあボクは一生お前を許さない」
『え?』
「謝られたところで許せるわけないだろう。勝手にボクの手の届かないところに行って、久々に会えたと思ったら言いたいことだけ言って成仏? ふざけるな! 自分勝手すぎるだろ!」
つかつかと距離を詰めてきた弦が私の両肩を掴む。けれど触れることはできず、弦の両手は空を切った。短く悪態が聞こえる。
「いいか、お前の謝罪は一生認めないからな! だからずっと未練を残したまま、ボクの傍にいろ」
ああ、困った。自分勝手はそっちも同じなのに。
泣きそうな顔でそんなことを言われたら、もう何も言い返せなかった。
いつ死ぬかわからない防衛隊という仕事柄、そういう考えが強かったとも言えるだろう。そして私は、概ねその通りに生き切ることができたと思う。もちろん思い通りにいかないことや上手くいかないこともあったけど、それを差し引いても納得のいく、良い人生だったと自負している。
その中であえて後悔していることを挙げるとすればーー最期に恋人と喧嘩別れしたことだろうか。
きっかけは、今思えば取るに足らないくだらない理由だ。それでも当時の私にとっては大事なことだったのだろう。
だらしない恋人に呆れて果てて口喧嘩になって。いつもは私が先に折れるのだけど、あの日ばかりはお互い一歩も譲らなかった。あんなに喧嘩がヒートアップしたことは一度もなかったから止め方もわからなくて、私は感情のままに相手を傷つける言葉を吐いた。そして私も相手の言葉にたくさん傷ついた。
最後には同じ空間にいることすら堪えられなくなって、私は「もう知らない」と彼の部屋から飛び出し、彼もまた「勝手にしろ」と私を追ってくることはなかった。
彼とはそれきりだ。喧嘩の続きも、仲直りもしていない。
なぜなら私はその後すぐに発生した怪獣の討伐で、あっけなく命を落としたから。
***
「ギャーッ?!」
有明りんかい基地、深夜の隊長室に一際大きな悲鳴がこだまする。まさか人の悲鳴を聞いて心地いいと思う日が来るとは思わなかった。ぞくぞくと味わったことのない感覚が背筋を走る。楽しいの一言では言い表せないような不思議な感覚、これは病みつきになりそうだ。
心霊写真に映る幽霊もこんな気持ちだったりするのだろうかなんて思うのは、私がそちら側の存在になったからかもしれない。
「おい、どうした?!」
程なくしてばん、とドアが開き、悲鳴を聞きつけた長谷川副隊長と数人の隊員たちが隊長室へとやって来た。その拍子に部屋に積んであった段ボールの山が崩れ、先程悲鳴を上げた人物が再び「ギャッ」と声を上げた。
彼はぴゃっと長谷川副隊長の背に隠れてこちらを恐る恐る見てきたけれど、単に汚部屋の一角が崩れただけで私は何もやっていない。ただの自業自得だ。
「何があった鳴海」
状況を確認しようと長谷川副隊長が周囲を警戒しながら後ろを振り向く。すると鳴海と呼ばれたタオルケットで全身をすっぽり覆った人物が、ガタガタ震えながら宙を指差した。
「で、ででで、出たんだよ!!」
「出た? 一体何が」
「ユーレイだよユーレイ! ほら、まだあそこにいる!」
「……」
一瞬の間を置いて、緊迫した空気が生あたたかいものに変わる。長谷川副隊長は「お前な」と呆れたように溜息を吐き、駆けつけた他の隊員たちも「夢でも見てたんじゃないですか?」と口々に言った。
「嘘じゃない、いるだろそこに! 何とかしろ長谷川ァ!」
「無茶を言うな。例えいたとしても俺にはどうにもできん」
「ハァ?! お前のそのツルツル頭は見かけだけか? 除霊くらいできるだろ!」
ごつっ、と鈍い音して、すぐにばたりと倒れ込む音がした。長谷川副隊長の鉄拳がタオルケットの塊にクリーンヒットしたのだ。これまた自業自得で、周りも苦笑いを浮かべている。本当にどうしようもない男だ。
「ゲームばかりしてないでさっさと寝ろ。もう騒ぐんじゃないぞ」
痛みに悶え苦しむタオルケットの塊にそう言い残し、長谷川副隊長たちは部屋を後にした。一人取り残されたことに気づいた男が「ま、待て!」と慌てて顔を上げたけれど、ドアが閉まった今となってはその声が彼らに届くことはない。
あーあ、ぜんぶ本当のことだったのに。嘘なんて吐いてなかったのに。だぁれも信じてくれない。
『かわいそうにね、弦』
震えるタオルケットの塊に近づいてそう囁けば、「ひぃっ」と喉に張り付いたような悲鳴が返ってきた。
あー、可笑しい。日本防衛隊第1部隊の隊長さんともあろう人が、元カノの幽霊如きにそんなに怯えちゃって。
けらけらとお腹を押さえて笑っていると、恐怖に震えていた彼もさすがにカチンときたらしい。
タオルケットからほんの少しだけ顔を出して、こちらを睨みつけてくる。
「なな、なんでお前がここにいるんだ! お前はもう、その、とっくに死んでるだろ!!」
必死に声を張り上げているけれど、震えているのはバレバレだ。やっぱり私のことが怖いみたい。
私はにこりと目を細めて、彼の言葉に頷いた。
『なんでだろ。気づいたらここにいたんだよね』
なるべく後悔がないように生きる。それが私のモットーで、そういう風に生きて、そういう風に死んだ。なのに気づけばここにいて、ちゃんと未練たらたらで笑ってしまう。
『弦』
「な、なんだよ」
『ごめんね』
あの日言えなかった言葉を口にする。案外するりと出た言葉はいくらか心を軽くして、もっと早く言っていればよかったななんて今更ながら思う。
ひどいことを言ってごめん。仲直りできなくてごめん。先にいなくなってごめん。
言い尽くせない謝罪の代わりにもう一度ごめんと謝ると、弦は呆れたように鼻を鳴らした。
「お前まさか、それを言うためだけにボクの前に化けて出たのか?」
『なっ、人が真剣に謝ってるのに! だったら何だって言うのよ』
「別に。だが、そうか。そんなにボクが恋しかったか」
『違っ、私はあの日のことを謝りたかっただけで……』
そう、それさえできればもうこの世に未練はない。あとは、成仏するだけ。
「じゃあ何故まだここにいる。他にも未練があるんじゃないのか?」
『それは……』
考えて私は首を振った。霊感がないはずの弦に私の姿が見えた。声が届いた。それだけでもう充分だ。これ以上を望んだらきっとバチが当たってしまう。
そんな私の様子を見て弦は深く息を吐いた。
「そうか。じゃあボクは一生お前を許さない」
『え?』
「謝られたところで許せるわけないだろう。勝手にボクの手の届かないところに行って、久々に会えたと思ったら言いたいことだけ言って成仏? ふざけるな! 自分勝手すぎるだろ!」
つかつかと距離を詰めてきた弦が私の両肩を掴む。けれど触れることはできず、弦の両手は空を切った。短く悪態が聞こえる。
「いいか、お前の謝罪は一生認めないからな! だからずっと未練を残したまま、ボクの傍にいろ」
ああ、困った。自分勝手はそっちも同じなのに。
泣きそうな顔でそんなことを言われたら、もう何も言い返せなかった。
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