鳴海弦
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人生で土下座を見ることはあれど、自分がする側になるとは思わなかった。いや、土下座を見ることも早々ないはずなんだけど。
「どうか……どうかお願いします! 後生だから!!」
「断る! バカなのかお前は!」
深夜の隊長室に怒号が響く。私はそれを土下座しながら一身に浴びた。でもここで引くわけにはいかない。
「だって私見てないんですよ、鳴海隊長のメイド服姿。見たかったー!」
悔しがるように床をドンドン叩けば、鳴海隊長が意味がわからんとばかりに半歩身体を引いた。
ドン引きされようが、見たいものは見たい。数日前のお花見の日に任務が長引いて遅刻してしまったのが本当に悔やまれる。
今年の第1部隊のお花見は、ジャンケンで負けた鳴海隊長が場所取りをしていた。そして何の因果か、隣を陣取っていたのが犬猿の仲である第3部隊。場所取りをしていたのはよりにもよって保科副隊長だったという。
それだけで大変なことになるのではと私はそわそわしてしまうのだけど、聞く話によるとそこからどちらが場所を移動するかを賭けて三本勝負することになったらしい。本当にどうして。
そしてその勝負の中の一つに、メイド服早着替えがあったのだとか。意味がわからない。けどそんなの、絶対に面白いに決まっている。
勝負の結果は鳴海隊長の圧勝だったらしい。というか、保科副隊長は勝負すらしなかったとか。保科副隊長のメイド姿も見たかったから残念ではある。
任務を終えお花見会場に到着した私は、すでに出来上がってへべれけになった先輩にその話を聞きてすぐに「写真はないんですか!?」と食いついた。
ふにゃふにゃと呂律の回らなくなった先輩曰く、女の子が写真を撮っていたよ、と。しかし残念ながら私が着いた頃には日も暮れていて、その子どもは帰ってしまっていた。
「というわけで、もう一度メイド服を着てもらえませんでしょうか?」
「どういうわけだ!? 嫌だと言っているだろう! 第一ボクに何のメリットもないじゃないか」
「別にいいじゃないですか。減るものじゃないし」
「いいや減るね! ボクの見えない何かしらが減る!」
くっ、なかなか鳴海隊長も強情だ。こっちがこんなにも頭を下げてお願いしているというのに。
「メリットがあればいいんですね」
「は?」
「メイド服着てくれたら、私も何でも一つお願いを聞くっていうのはどうですか?」
私の言葉に鳴海隊長の喉がごくりと動くのが見えた。いいぞいいぞ、もう一押しだ。
「土下座なしでお金を貸すでも、長谷川副隊長にお願いして部屋の掃除期間を延ばすでも。何だっていいですよ」
「……言ったな」
こくりと頷けば、鳴海隊長が少しの間出ていろと私に退出を促した。素直にそれに従ってから、扉を背にして思わず飛び跳ねる。
やったやったやった! 鳴海隊長のメイド服!
買いたいゲームがあるけどお金がないと嘆いていたから、きっと私の提案は鳴海隊長にとってメリットしかなかったのだろう。我ながら策士である。
「入っていいぞ」
しばらくウキウキしながら外で待機していると、中からテンションの低い声がした。
「失礼しまーす、わぁ!」
散らかって部屋の中央、唯一の足場ともいえる鳴海隊長の寝床である布団の上に不機嫌そうに立つクラシカルメイド。紛れもなくあの鳴海隊長なのだけど、黙っていれば絵になり、つい息を呑む程度には目を奪われる。
「お、お似合いですね」
私の言葉に鳴海隊長は嬉しくないとばかりに鼻を鳴らした。
「写真撮ってもいいですか?」
「好きにしろ」
もっと嫌がられるかと思ったのに、案外素直で拍子抜けしてしまった。鳴海隊長はメイド服に身を包んだ時点で全てを諦めているのか、さっさとしろと顎で催促するばかり。それなら気が変わらないうちにと、お言葉に甘えて好きなだけ連写させてもらった。うん、良い写真が撮れた。
「これで満足か?」
「はい、ありがとうございました。もう思い残すことはありません」
「ボクには何がいいのかさっぱりわからんが……。そうか、ならよかった。じゃあ次はお前の番だな」
「へ?」
意味がわからずきょとんとする私に、鳴海隊長が勝ち誇ったように笑う。
「お前が言ったんだろ。何でも一つ言うことを聞くと」
言った。言ったけども! なぜその手にもう一着メイド服があるんですか鳴海隊長!
「オカッパが着なかったやつをガキどもに持たされたが、まさかこんなところで役に立つとはな」
ああ、今ならわかる。保科副隊長が勝負を捨てた理由が。あのメイド服、鳴海隊長が着てるのより丈が短くてヒラヒラしているのだ。今風の可愛らしいデザインだけど、自分が着るとなるとちょっと……。
こうなったら隙をついて逃げよう。そう思いじりじりと後ずさるも、勘付いた鳴海隊長にぐっと腕を掴まれてしまった。
「おい、逃げるな」
「だってそんなの着れませんよ! 絶対似合わないし」
「着てみないとわからないだろ。それにボクはお前の言うことを聞いてやったのに、お前は逃げるのか? フェアじゃないだろ」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。でもまさか鳴海隊長がそんなお願いをしてくるとは思わなかったのだ。てっきりお金を貸してくれと言われるとばかり。こんなことになるなら、好奇心のままにお願いなんかするんじゃなかった。
「っ、わかりました」
逃げられないことを悟り、腹を決める。こうなったらさっさと着て、さっさと脱いでしまおう。それでチャラ!
しかしこの時の私は、自分が鳴海隊長にしたように気の済むまで写真撮影されるなどとは微塵も思っていないのだった。
「どうか……どうかお願いします! 後生だから!!」
「断る! バカなのかお前は!」
深夜の隊長室に怒号が響く。私はそれを土下座しながら一身に浴びた。でもここで引くわけにはいかない。
「だって私見てないんですよ、鳴海隊長のメイド服姿。見たかったー!」
悔しがるように床をドンドン叩けば、鳴海隊長が意味がわからんとばかりに半歩身体を引いた。
ドン引きされようが、見たいものは見たい。数日前のお花見の日に任務が長引いて遅刻してしまったのが本当に悔やまれる。
今年の第1部隊のお花見は、ジャンケンで負けた鳴海隊長が場所取りをしていた。そして何の因果か、隣を陣取っていたのが犬猿の仲である第3部隊。場所取りをしていたのはよりにもよって保科副隊長だったという。
それだけで大変なことになるのではと私はそわそわしてしまうのだけど、聞く話によるとそこからどちらが場所を移動するかを賭けて三本勝負することになったらしい。本当にどうして。
そしてその勝負の中の一つに、メイド服早着替えがあったのだとか。意味がわからない。けどそんなの、絶対に面白いに決まっている。
勝負の結果は鳴海隊長の圧勝だったらしい。というか、保科副隊長は勝負すらしなかったとか。保科副隊長のメイド姿も見たかったから残念ではある。
任務を終えお花見会場に到着した私は、すでに出来上がってへべれけになった先輩にその話を聞きてすぐに「写真はないんですか!?」と食いついた。
ふにゃふにゃと呂律の回らなくなった先輩曰く、女の子が写真を撮っていたよ、と。しかし残念ながら私が着いた頃には日も暮れていて、その子どもは帰ってしまっていた。
「というわけで、もう一度メイド服を着てもらえませんでしょうか?」
「どういうわけだ!? 嫌だと言っているだろう! 第一ボクに何のメリットもないじゃないか」
「別にいいじゃないですか。減るものじゃないし」
「いいや減るね! ボクの見えない何かしらが減る!」
くっ、なかなか鳴海隊長も強情だ。こっちがこんなにも頭を下げてお願いしているというのに。
「メリットがあればいいんですね」
「は?」
「メイド服着てくれたら、私も何でも一つお願いを聞くっていうのはどうですか?」
私の言葉に鳴海隊長の喉がごくりと動くのが見えた。いいぞいいぞ、もう一押しだ。
「土下座なしでお金を貸すでも、長谷川副隊長にお願いして部屋の掃除期間を延ばすでも。何だっていいですよ」
「……言ったな」
こくりと頷けば、鳴海隊長が少しの間出ていろと私に退出を促した。素直にそれに従ってから、扉を背にして思わず飛び跳ねる。
やったやったやった! 鳴海隊長のメイド服!
買いたいゲームがあるけどお金がないと嘆いていたから、きっと私の提案は鳴海隊長にとってメリットしかなかったのだろう。我ながら策士である。
「入っていいぞ」
しばらくウキウキしながら外で待機していると、中からテンションの低い声がした。
「失礼しまーす、わぁ!」
散らかって部屋の中央、唯一の足場ともいえる鳴海隊長の寝床である布団の上に不機嫌そうに立つクラシカルメイド。紛れもなくあの鳴海隊長なのだけど、黙っていれば絵になり、つい息を呑む程度には目を奪われる。
「お、お似合いですね」
私の言葉に鳴海隊長は嬉しくないとばかりに鼻を鳴らした。
「写真撮ってもいいですか?」
「好きにしろ」
もっと嫌がられるかと思ったのに、案外素直で拍子抜けしてしまった。鳴海隊長はメイド服に身を包んだ時点で全てを諦めているのか、さっさとしろと顎で催促するばかり。それなら気が変わらないうちにと、お言葉に甘えて好きなだけ連写させてもらった。うん、良い写真が撮れた。
「これで満足か?」
「はい、ありがとうございました。もう思い残すことはありません」
「ボクには何がいいのかさっぱりわからんが……。そうか、ならよかった。じゃあ次はお前の番だな」
「へ?」
意味がわからずきょとんとする私に、鳴海隊長が勝ち誇ったように笑う。
「お前が言ったんだろ。何でも一つ言うことを聞くと」
言った。言ったけども! なぜその手にもう一着メイド服があるんですか鳴海隊長!
「オカッパが着なかったやつをガキどもに持たされたが、まさかこんなところで役に立つとはな」
ああ、今ならわかる。保科副隊長が勝負を捨てた理由が。あのメイド服、鳴海隊長が着てるのより丈が短くてヒラヒラしているのだ。今風の可愛らしいデザインだけど、自分が着るとなるとちょっと……。
こうなったら隙をついて逃げよう。そう思いじりじりと後ずさるも、勘付いた鳴海隊長にぐっと腕を掴まれてしまった。
「おい、逃げるな」
「だってそんなの着れませんよ! 絶対似合わないし」
「着てみないとわからないだろ。それにボクはお前の言うことを聞いてやったのに、お前は逃げるのか? フェアじゃないだろ」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。でもまさか鳴海隊長がそんなお願いをしてくるとは思わなかったのだ。てっきりお金を貸してくれと言われるとばかり。こんなことになるなら、好奇心のままにお願いなんかするんじゃなかった。
「っ、わかりました」
逃げられないことを悟り、腹を決める。こうなったらさっさと着て、さっさと脱いでしまおう。それでチャラ!
しかしこの時の私は、自分が鳴海隊長にしたように気の済むまで写真撮影されるなどとは微塵も思っていないのだった。