鳴海弦
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自覚はないけれど、私は運が良いほうらしい。まぁ確かに子どもの頃は当たり付きのお菓子やアイスはよく当たったし、母親の趣味の懸賞ハガキを一緒に応募すれば私だけ当選するなんてことも一度や二度じゃなかった。
そう考えればやっぱり私は運が良いのだろうか。比べたことがないから正直よくわからない。
けれど私の配属先、日本防衛隊第1部隊の先輩はちょっとした雑談のつもりで話したそれを、どうやら間に受けてしまったらしい。
真実を確かめるように最初はコンビニの当たり付きアイスを買わされ、次にスクラッチ。それからパチンコに競馬に宝くじに……。後半は「好きな数字教えて」と聞かれるがまま意味もわからず答えていただけだけど、結果付いたあだ名は『幸運の女神様』。先輩が呼ぶだけならまだしも、気づけば話したことない隊員たちにも浸透していて、正直穴があったら入りたい。
大体何よ、幸運の女神様って。これも全部、先輩があることないこと誇張して広めるからーー。
「キミか? 幸運の女神様とやらは」
ごめんごめんとこれっぽっちも思っていない様子で平謝りする先輩を思い出し、イライラしていたタイミングでそう呼ばれ、思わず舌打ちしそうになる。けど、何とか堪えた。ぎゅっと手のひらに爪を食い込ませ、怒りを我慢した自分を褒めてあげたい。
ただ声と表情までは制御できず、私は「なんですか」と不機嫌を隠すことなく振り向いた。それからすぐに、ずいと目の前に現れた人物に息を呑む。
目元が隠れるほどの長い前髪に、『誠実』と真ん中に書かれた少しヨレた白Tシャツ。エリートのみで構成される第1部隊に似つかわしくない恰好は、入隊当初は驚いたもののもう慣れた。彼は紛れもなく、この隊になくてはならない人物で。
「鳴海、隊長……」
前髪の奥で見え隠れする双眸が品定めするようにじぃっと見下ろしてくる。私はその視線から逃げるように半歩下がった。鳴海隊長がふんと鼻を鳴らす。
「女神様というよりは招き猫だな」
「…………なっ!?」
鳴海隊長の言葉を噛み砕くのに少し時間がかかった。でも、それはさすがに失礼では。確かに私は女神様なんて呼ばれる容姿ではないけれど、招き猫って……私、そんなずんぐりしてる!?
羞恥で顔を赤くし抗議しようとするも何も思いつかず口をパクパクさせていると、鳴海隊長が突然腕を掴んできた。そして「来い」と有無を言わさず引っ張ってくる。
「ちょっ……」
足をもつれさせながらずんずん進んでいく背中に声をかける。すると鳴海隊長はぴたりと足を止め、前髪の奥に鋭い視線を潜ませて言った。
「いいか。ボクはキミが女神だろが招き猫だろうがどうでもいいんだ。要求は一つ。圧倒的な実力で示せ」
***
連れてこられたのは隊長室という名の鳴海隊長の汚部屋だった。私はその中心にある、長谷川副隊長が干さない限り敷きっぱなしの布団の上に座らされていた。そして目の前には綺麗に土下座する鳴海隊長の姿。
「頼む、一生のお願いだ! ガチャを……キミの力でこの限定ガチャを引いてくれないか!!」
その瞬間、すん、と自分から表情が消えていくのがわかった。
なーにが、「圧倒的な実力で示せ」だ。あの瞬間、垣間見えた真剣な表情に、向けられた鋭い眼差しに、不覚にもドキリとしてしまった私が馬鹿みたいだ。
思わずはぁ、と溜め息が零れる。鳴海隊長に落胆したわけじゃない。この人は通常運転だ。
今のは、もしかしたらと少しでも期待した自分自身に向けてのもの。
憧れに近づきたくて染めた髪。認められたくて積んだ鍛錬。けれどエリートの集まる第1部隊ではみんなが当然のようにやっていることで、一隊員の私が実力主義の鳴海隊長の目に留まることはない。
そう、わかっていたのに。あの時鳴海隊長に声をかけられて、つい期待してしまった。私のことを『幸運の女神様』と認識している時点でそんな都合の良いことはないと気づくべきだったのに、浮かれていたのだ。鳴海隊長はきっと私の名前すら知らないだろうに。何て愚かなのだろう。
布団に座ってしばらく沈黙する私に、鳴海隊長が恐る恐る顔を上げた。
「これは本当にあった怖い話なんだが、先週入ったばかりの給料が何故かもう底を尽いていてな」
「……」
私はちらりと部屋に積まれた、届いたばかりと思しき段ボールの山を見つめた。
「そんなタイミングでSSRの限定ガチャがきたんだが課金する金がなくてな。そんな時、キミの噂を耳にした。どんな幸運をも引き寄せる女神様がいる、とな。まぁ実際は招き猫だったわけだが」
まだそれを言うかとムッとすれば、鳴海隊長は慌てた様子でごまを擦り始めた。
「ち、違うぞ! どちらかといえばマスコット的だなと……」
全然褒められている気がしない。どうせ私はちんちくりんのずんぐりですよ。でももういいや。
私は一つ息を吐いて、鳴海隊長へと手を差し出した。
「早くスマホ貸してください。訓練に間に合わなくなるんで」
端的にそう告げれば見るからに前髪の向こうで鳴海隊長の目が輝いた。
受け取ったスマホにはよくわからないキャラクターが映っていて、下のボタンを押せばガチャとやらが引けるらしい。
「かき集めた無償の石が三十連分なんだが、それで何とかしてくれ」
「はぁ」
鳴海隊長が何を言っているのか私にはさっぱりだったけれど、とりあえずボタンを押せばいいのだろう。それで鳴海隊長のお目当てのキャラが引ければラッキーだし、引けなければ私のあだ名が意味のないものだと証明できる。鳴海隊長のことだから基地中で喚いて広めてくれそうだ。
「これ押せばいいんですよね」
「ああ、ひと思いに頼む!」
そう言って鳴海隊長が祈るように両手を組みぎゅっと目を閉じた。そんな大袈裟なと思いつつ、ぽちっと指先でボタンを押す。
あ、なんかキラキラ虹色に光ってーー。
「ああああ!?」
気づけば鳴海隊長がすぐ傍にいて、距離にドキドキするより先に鼓膜が破れるかと思った。まだ耳がキンキンしている。
鳴海隊長はそんな私には目もくれずスマホ画面に夢中だった。
「二枚抜きだと!? いやSRの限定もいるから……何枚だ!?」
いっぱいキラキラしてるなとは思ったけれど、あれはそういう仕様ではなくどうやら特別な演出だったらしい。鳴海隊長は一頻りはしゃいだ後、くるりと振り向いて興奮のまま私の手を取った。そしてそのままぶんぶんと勢いよく上下に振られる。
「本当にすごいなキミは! さすがは招き猫……じゃなかった、幸運の女神様だな!」
「はぁ、どうも」
憧れの人に褒められているはずなのに、こんなに嬉しくないことがあるんだと驚いた。鳴海隊長が見ているのはあくまで『幸運の女神様』としての私で、私自身じゃない。私は隊員としての実力を認められていないのだ。そう思ったらひゅっと胸の奥に隙間風が吹いた。
「また何かあったら頼むぞ! おい、聞いてるのか、 」
「……え」
鳴海隊長の呼びかけに私はぽかんと口を開けた。今のは、聞き間違い?
「何だ、やっぱり聞いてなかったのか」
「いえ、聞いてました。けど今、私の名前……え、知ってたんですか?」
今度は鳴海隊長が「は?」と口を開けた。
「当たり前だろ。ボクを誰だと思っている」
何を当然のことをと呆れたようにそう告げられ、私はきゅっと唇を噛んだ。そうでもしないとじわりと迫り上がってきたものがこぼれてしまいそうだったから。
「……ずるいなぁ」
「何か言ったか?」
ぽつりと零した独り言は、幸い鳴海隊長の耳には届かなかったらしい。私は首を横に振り「訓練があるので失礼します」と布団から立ち上がった。憧れの人に近づくために、認めてくれた人のために、やるべきことがたくさんある。
「あ、おい、待ってくれ! もう十連……」
背後から縋るような声が聞こえた。けれどそれには気づかない振りをして、私は部屋を後にした。
そう考えればやっぱり私は運が良いのだろうか。比べたことがないから正直よくわからない。
けれど私の配属先、日本防衛隊第1部隊の先輩はちょっとした雑談のつもりで話したそれを、どうやら間に受けてしまったらしい。
真実を確かめるように最初はコンビニの当たり付きアイスを買わされ、次にスクラッチ。それからパチンコに競馬に宝くじに……。後半は「好きな数字教えて」と聞かれるがまま意味もわからず答えていただけだけど、結果付いたあだ名は『幸運の女神様』。先輩が呼ぶだけならまだしも、気づけば話したことない隊員たちにも浸透していて、正直穴があったら入りたい。
大体何よ、幸運の女神様って。これも全部、先輩があることないこと誇張して広めるからーー。
「キミか? 幸運の女神様とやらは」
ごめんごめんとこれっぽっちも思っていない様子で平謝りする先輩を思い出し、イライラしていたタイミングでそう呼ばれ、思わず舌打ちしそうになる。けど、何とか堪えた。ぎゅっと手のひらに爪を食い込ませ、怒りを我慢した自分を褒めてあげたい。
ただ声と表情までは制御できず、私は「なんですか」と不機嫌を隠すことなく振り向いた。それからすぐに、ずいと目の前に現れた人物に息を呑む。
目元が隠れるほどの長い前髪に、『誠実』と真ん中に書かれた少しヨレた白Tシャツ。エリートのみで構成される第1部隊に似つかわしくない恰好は、入隊当初は驚いたもののもう慣れた。彼は紛れもなく、この隊になくてはならない人物で。
「鳴海、隊長……」
前髪の奥で見え隠れする双眸が品定めするようにじぃっと見下ろしてくる。私はその視線から逃げるように半歩下がった。鳴海隊長がふんと鼻を鳴らす。
「女神様というよりは招き猫だな」
「…………なっ!?」
鳴海隊長の言葉を噛み砕くのに少し時間がかかった。でも、それはさすがに失礼では。確かに私は女神様なんて呼ばれる容姿ではないけれど、招き猫って……私、そんなずんぐりしてる!?
羞恥で顔を赤くし抗議しようとするも何も思いつかず口をパクパクさせていると、鳴海隊長が突然腕を掴んできた。そして「来い」と有無を言わさず引っ張ってくる。
「ちょっ……」
足をもつれさせながらずんずん進んでいく背中に声をかける。すると鳴海隊長はぴたりと足を止め、前髪の奥に鋭い視線を潜ませて言った。
「いいか。ボクはキミが女神だろが招き猫だろうがどうでもいいんだ。要求は一つ。圧倒的な実力で示せ」
***
連れてこられたのは隊長室という名の鳴海隊長の汚部屋だった。私はその中心にある、長谷川副隊長が干さない限り敷きっぱなしの布団の上に座らされていた。そして目の前には綺麗に土下座する鳴海隊長の姿。
「頼む、一生のお願いだ! ガチャを……キミの力でこの限定ガチャを引いてくれないか!!」
その瞬間、すん、と自分から表情が消えていくのがわかった。
なーにが、「圧倒的な実力で示せ」だ。あの瞬間、垣間見えた真剣な表情に、向けられた鋭い眼差しに、不覚にもドキリとしてしまった私が馬鹿みたいだ。
思わずはぁ、と溜め息が零れる。鳴海隊長に落胆したわけじゃない。この人は通常運転だ。
今のは、もしかしたらと少しでも期待した自分自身に向けてのもの。
憧れに近づきたくて染めた髪。認められたくて積んだ鍛錬。けれどエリートの集まる第1部隊ではみんなが当然のようにやっていることで、一隊員の私が実力主義の鳴海隊長の目に留まることはない。
そう、わかっていたのに。あの時鳴海隊長に声をかけられて、つい期待してしまった。私のことを『幸運の女神様』と認識している時点でそんな都合の良いことはないと気づくべきだったのに、浮かれていたのだ。鳴海隊長はきっと私の名前すら知らないだろうに。何て愚かなのだろう。
布団に座ってしばらく沈黙する私に、鳴海隊長が恐る恐る顔を上げた。
「これは本当にあった怖い話なんだが、先週入ったばかりの給料が何故かもう底を尽いていてな」
「……」
私はちらりと部屋に積まれた、届いたばかりと思しき段ボールの山を見つめた。
「そんなタイミングでSSRの限定ガチャがきたんだが課金する金がなくてな。そんな時、キミの噂を耳にした。どんな幸運をも引き寄せる女神様がいる、とな。まぁ実際は招き猫だったわけだが」
まだそれを言うかとムッとすれば、鳴海隊長は慌てた様子でごまを擦り始めた。
「ち、違うぞ! どちらかといえばマスコット的だなと……」
全然褒められている気がしない。どうせ私はちんちくりんのずんぐりですよ。でももういいや。
私は一つ息を吐いて、鳴海隊長へと手を差し出した。
「早くスマホ貸してください。訓練に間に合わなくなるんで」
端的にそう告げれば見るからに前髪の向こうで鳴海隊長の目が輝いた。
受け取ったスマホにはよくわからないキャラクターが映っていて、下のボタンを押せばガチャとやらが引けるらしい。
「かき集めた無償の石が三十連分なんだが、それで何とかしてくれ」
「はぁ」
鳴海隊長が何を言っているのか私にはさっぱりだったけれど、とりあえずボタンを押せばいいのだろう。それで鳴海隊長のお目当てのキャラが引ければラッキーだし、引けなければ私のあだ名が意味のないものだと証明できる。鳴海隊長のことだから基地中で喚いて広めてくれそうだ。
「これ押せばいいんですよね」
「ああ、ひと思いに頼む!」
そう言って鳴海隊長が祈るように両手を組みぎゅっと目を閉じた。そんな大袈裟なと思いつつ、ぽちっと指先でボタンを押す。
あ、なんかキラキラ虹色に光ってーー。
「ああああ!?」
気づけば鳴海隊長がすぐ傍にいて、距離にドキドキするより先に鼓膜が破れるかと思った。まだ耳がキンキンしている。
鳴海隊長はそんな私には目もくれずスマホ画面に夢中だった。
「二枚抜きだと!? いやSRの限定もいるから……何枚だ!?」
いっぱいキラキラしてるなとは思ったけれど、あれはそういう仕様ではなくどうやら特別な演出だったらしい。鳴海隊長は一頻りはしゃいだ後、くるりと振り向いて興奮のまま私の手を取った。そしてそのままぶんぶんと勢いよく上下に振られる。
「本当にすごいなキミは! さすがは招き猫……じゃなかった、幸運の女神様だな!」
「はぁ、どうも」
憧れの人に褒められているはずなのに、こんなに嬉しくないことがあるんだと驚いた。鳴海隊長が見ているのはあくまで『幸運の女神様』としての私で、私自身じゃない。私は隊員としての実力を認められていないのだ。そう思ったらひゅっと胸の奥に隙間風が吹いた。
「また何かあったら頼むぞ! おい、聞いてるのか、 」
「……え」
鳴海隊長の呼びかけに私はぽかんと口を開けた。今のは、聞き間違い?
「何だ、やっぱり聞いてなかったのか」
「いえ、聞いてました。けど今、私の名前……え、知ってたんですか?」
今度は鳴海隊長が「は?」と口を開けた。
「当たり前だろ。ボクを誰だと思っている」
何を当然のことをと呆れたようにそう告げられ、私はきゅっと唇を噛んだ。そうでもしないとじわりと迫り上がってきたものがこぼれてしまいそうだったから。
「……ずるいなぁ」
「何か言ったか?」
ぽつりと零した独り言は、幸い鳴海隊長の耳には届かなかったらしい。私は首を横に振り「訓練があるので失礼します」と布団から立ち上がった。憧れの人に近づくために、認めてくれた人のために、やるべきことがたくさんある。
「あ、おい、待ってくれ! もう十連……」
背後から縋るような声が聞こえた。けれどそれには気づかない振りをして、私は部屋を後にした。