鳴海弦
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腹が減っては戦ができぬ、とはよく言ったものだ。
深夜の給湯室で一人、先人の教えにうんうん頷きながら、ふつふつと音を立て出汁のいい香りを漂わせる鍋を見つめる。うん、いい頃合いだ。
琥珀色の水面にあらかじめレンジで解凍しておいたうどんを投入し、再び煮込む。うどんがほぐれたら弱火にして、水溶き片栗粉を入れて。とろみが出たら火を強め、溶き卵を回し入れる。ふわりと広がった卵に火が通ったら器に移し、仕上げに小ネギを散らす。
「よし、完成!」
出来上がったのは卵とじうどん。気持ち長めに茹でたうどんは深夜のこの時間でも消化しやすく、胃にやさしい味付けにしてある。我ながら良い出来栄えだ。
さて、ではでは。
「いただきます」
小さく手を合わせて、出来立てのうどんを啜る。「あちっ」ちょっと舌を火傷したかもしれない。でもそれよりも。「んまぁ」思わず口からこぼれたその言葉が全てだった。
夜勤の休憩時間に食べる夜食は、どうしてこんなにおいしいのだろう。簡単な材料で手早く作っているのにいつもよりおいしい気がする。こんな時間に一人でこっそり食べているという背徳感があるからだろうか。
今度は火傷しないように、ふーふーと冷ましてから一気に啜る。それからとろりとした出汁もひとくち。隠し味で入れた生姜がいい味を出している。
「はぁ、幸せ……」
防衛隊の仕事は過酷だ。特に夜勤の日は体内時計も狂うし、お腹も減るし、なかなかに辛い。夜勤者にはカップ麺や菓子パンが支給されるけど、それだと味気なくて。そんな時、自分で作ればいいのではと思い至った。
我ながら突拍子もないことを思いついたものだと思う。けれど長谷川副隊長に訊いたところ、わざわざそんなことをする奴はいたことがないが片付けも含め休憩時間を守るなら許可するとのことで。優しい上司には感謝しかない。
それからの私は、いかに簡単で手早くおいしい夜食作るかに心血を注いだ。憂鬱だった夜勤も前よりずっと楽しみになった。
カップ麺や菓子パンも好きだし、空腹は満たせる。でもやっぱり自分で作る夜食は満足感が段違いだ。時間がなくて談話室でゆっくりなんてことはできないけれど、それでも全然いい。給湯室のカウンターでの立ち食いも慣れたものだ。
お茶を飲んで一息つきつつ、再びうどんの入ったどんぶりに手を伸ばす。
早く食べなきゃ。でも食べ終わるのは名残惜しい。残りが半分になるといつもそう思う。
そんな時、ふと視線を感じた。夜勤時はいつもより人が少ないから休憩も交代制であまり人と被ることが少ないのだけど。
私はちらりと給湯室の入口に視線を移し、ひゅっと息を呑んだ。そこにいたのが余りにも予想外の人物で、その上余りにも恨みがましくこちらを見ていたものだから。
「な、鳴海隊長、なんでここに……」
「それはこっちのセリフだ! お前こそこんな時間にこんな場所で何をしている。金欠で飯を食えないボクへの当てつけか? 隊長のボクに飯テロとはいい度胸だな」
すごい言いがかりだ。金欠は自業自得だろうに。けれどそれを口にすればより面倒になることは目に見えていたので、休憩時に夜食を食べていただけだと正直に説明する。決して鳴海隊長への当てつけではないとも。
「夜食? お前が作ったのか」
「はい、長谷川副隊長には一応許可をいただいてます」
「ふぅん」
お気に入りの部屋着らしい「誠意」Tシャツを着た鳴海隊長は、自分の家のようにペタペタと裸足で給湯室に入ってきた。それからじぃっと私の手元にあるどんぶりを覗き込んでくる。
「美味そうだな」
「……あげませんよ」
これは私が私のために作ったとっておきの夜食だ。いくら鳴海隊長でもあげるわけにはいかない。
つつつ、とどんぶりを自分のほうに寄せれば、鳴海隊長はつまらなそうに鼻を鳴らした。けれどすぐにその顔に勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。……何だか嫌な予感がする。
「さっきの話だが、ボクは許可した覚えはない」
「でも長谷川副隊長にはちゃんと許可を取って……」
「長谷川は副隊長だ。隊長であるボクがダメと言えばダメに決まっている!」
「そ、そんなぁ」
もし夜食作りを禁止されたらーー。私は一体何をモチベーションに夜勤を頑張ればいいのだろう。想像しただけであからさまに青ざめる私に、鳴海隊長がニヤリと口端を吊り上げた。
「だがボクは優しいからな。今後お前がボクの分も夜食を作るというなら許可してやらんでもない」
「ず、ずるい、職権濫用だ!!」
「何とでも言え。隊長はボクだ。文句があるならお前が実力でボクから隊長の座を奪えばいいだろう」
私生活はあれだけど、鳴海隊長の実力は嫌というほど知っている。それに比べ私は第1部隊所属とはいえ一隊員に過ぎない。もちろんもっと強くなりたいと思ってはいるものの、鳴海隊長から実力で隊長の座を奪うなど不可能で。
きっと鳴海隊長もそう思っているのだろう。私がなんて答えるのかお見通しだと言わんばかりににやにやしていた。
「くっ、わかり、ました」
思ってもいないことを口にするのがこんなに辛いとは思わなかった。
「わかればいいんだ、わかれば。ではボクもお前が夜食を作ることを許可しよう。そしてさっさとそいつを寄越せ!」
私は泣く泣くうどんの入ったどんぶりを鳴海隊長に渡した。すぐにずずっとおいしそうにうどんを啜る音が耳に届く。
「ん。なかなか美味いな! 特に出汁がいい」
とろみをつけた出汁は冷めにくく、少し時間が経った今もおいしく食べられる。そこも計算して作ったのだから当然だ。それを味わっているのが自分じゃないのが心底悔しいけれど。
ああ、こんなことならさっさと食べてしまえばよかった。せめて鳴海隊長に見つかる前に食べ終えていればーー。
そんな後悔が頭をよぎったけれど、鳴海隊長があまりにもおいしそうに食べるものだから、彼が完食する頃には次の夜食は何にしようかと二人分のレシピで考え始めていた。
深夜の給湯室で一人、先人の教えにうんうん頷きながら、ふつふつと音を立て出汁のいい香りを漂わせる鍋を見つめる。うん、いい頃合いだ。
琥珀色の水面にあらかじめレンジで解凍しておいたうどんを投入し、再び煮込む。うどんがほぐれたら弱火にして、水溶き片栗粉を入れて。とろみが出たら火を強め、溶き卵を回し入れる。ふわりと広がった卵に火が通ったら器に移し、仕上げに小ネギを散らす。
「よし、完成!」
出来上がったのは卵とじうどん。気持ち長めに茹でたうどんは深夜のこの時間でも消化しやすく、胃にやさしい味付けにしてある。我ながら良い出来栄えだ。
さて、ではでは。
「いただきます」
小さく手を合わせて、出来立てのうどんを啜る。「あちっ」ちょっと舌を火傷したかもしれない。でもそれよりも。「んまぁ」思わず口からこぼれたその言葉が全てだった。
夜勤の休憩時間に食べる夜食は、どうしてこんなにおいしいのだろう。簡単な材料で手早く作っているのにいつもよりおいしい気がする。こんな時間に一人でこっそり食べているという背徳感があるからだろうか。
今度は火傷しないように、ふーふーと冷ましてから一気に啜る。それからとろりとした出汁もひとくち。隠し味で入れた生姜がいい味を出している。
「はぁ、幸せ……」
防衛隊の仕事は過酷だ。特に夜勤の日は体内時計も狂うし、お腹も減るし、なかなかに辛い。夜勤者にはカップ麺や菓子パンが支給されるけど、それだと味気なくて。そんな時、自分で作ればいいのではと思い至った。
我ながら突拍子もないことを思いついたものだと思う。けれど長谷川副隊長に訊いたところ、わざわざそんなことをする奴はいたことがないが片付けも含め休憩時間を守るなら許可するとのことで。優しい上司には感謝しかない。
それからの私は、いかに簡単で手早くおいしい夜食作るかに心血を注いだ。憂鬱だった夜勤も前よりずっと楽しみになった。
カップ麺や菓子パンも好きだし、空腹は満たせる。でもやっぱり自分で作る夜食は満足感が段違いだ。時間がなくて談話室でゆっくりなんてことはできないけれど、それでも全然いい。給湯室のカウンターでの立ち食いも慣れたものだ。
お茶を飲んで一息つきつつ、再びうどんの入ったどんぶりに手を伸ばす。
早く食べなきゃ。でも食べ終わるのは名残惜しい。残りが半分になるといつもそう思う。
そんな時、ふと視線を感じた。夜勤時はいつもより人が少ないから休憩も交代制であまり人と被ることが少ないのだけど。
私はちらりと給湯室の入口に視線を移し、ひゅっと息を呑んだ。そこにいたのが余りにも予想外の人物で、その上余りにも恨みがましくこちらを見ていたものだから。
「な、鳴海隊長、なんでここに……」
「それはこっちのセリフだ! お前こそこんな時間にこんな場所で何をしている。金欠で飯を食えないボクへの当てつけか? 隊長のボクに飯テロとはいい度胸だな」
すごい言いがかりだ。金欠は自業自得だろうに。けれどそれを口にすればより面倒になることは目に見えていたので、休憩時に夜食を食べていただけだと正直に説明する。決して鳴海隊長への当てつけではないとも。
「夜食? お前が作ったのか」
「はい、長谷川副隊長には一応許可をいただいてます」
「ふぅん」
お気に入りの部屋着らしい「誠意」Tシャツを着た鳴海隊長は、自分の家のようにペタペタと裸足で給湯室に入ってきた。それからじぃっと私の手元にあるどんぶりを覗き込んでくる。
「美味そうだな」
「……あげませんよ」
これは私が私のために作ったとっておきの夜食だ。いくら鳴海隊長でもあげるわけにはいかない。
つつつ、とどんぶりを自分のほうに寄せれば、鳴海隊長はつまらなそうに鼻を鳴らした。けれどすぐにその顔に勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。……何だか嫌な予感がする。
「さっきの話だが、ボクは許可した覚えはない」
「でも長谷川副隊長にはちゃんと許可を取って……」
「長谷川は副隊長だ。隊長であるボクがダメと言えばダメに決まっている!」
「そ、そんなぁ」
もし夜食作りを禁止されたらーー。私は一体何をモチベーションに夜勤を頑張ればいいのだろう。想像しただけであからさまに青ざめる私に、鳴海隊長がニヤリと口端を吊り上げた。
「だがボクは優しいからな。今後お前がボクの分も夜食を作るというなら許可してやらんでもない」
「ず、ずるい、職権濫用だ!!」
「何とでも言え。隊長はボクだ。文句があるならお前が実力でボクから隊長の座を奪えばいいだろう」
私生活はあれだけど、鳴海隊長の実力は嫌というほど知っている。それに比べ私は第1部隊所属とはいえ一隊員に過ぎない。もちろんもっと強くなりたいと思ってはいるものの、鳴海隊長から実力で隊長の座を奪うなど不可能で。
きっと鳴海隊長もそう思っているのだろう。私がなんて答えるのかお見通しだと言わんばかりににやにやしていた。
「くっ、わかり、ました」
思ってもいないことを口にするのがこんなに辛いとは思わなかった。
「わかればいいんだ、わかれば。ではボクもお前が夜食を作ることを許可しよう。そしてさっさとそいつを寄越せ!」
私は泣く泣くうどんの入ったどんぶりを鳴海隊長に渡した。すぐにずずっとおいしそうにうどんを啜る音が耳に届く。
「ん。なかなか美味いな! 特に出汁がいい」
とろみをつけた出汁は冷めにくく、少し時間が経った今もおいしく食べられる。そこも計算して作ったのだから当然だ。それを味わっているのが自分じゃないのが心底悔しいけれど。
ああ、こんなことならさっさと食べてしまえばよかった。せめて鳴海隊長に見つかる前に食べ終えていればーー。
そんな後悔が頭をよぎったけれど、鳴海隊長があまりにもおいしそうに食べるものだから、彼が完食する頃には次の夜食は何にしようかと二人分のレシピで考え始めていた。