鳴海弦
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深夜、暗い室内に若い男女が二人きり。
それだけ聞くとつい甘い夜を想像してしまうものだが、私たちの間にそんなものは欠片も存在しない。室内に響くのはカチカチと忙しないプッシュ音と、長谷川副隊長に怒られるからと気持ち小さめに設定したテレビの音。今は凶暴そうなモンスターの咆哮が轟いている。
ちらりと隣を見遣ると、そこにはこんもりと膨らんだ布団。コントローラーを持つ手だけが布団から顔を覗かせていて、テレビ画面が明滅するたびに白い肌が照らされる。
「ねえ、鳴海」
「うるさい。狩りに集中しろ。キミの素材集めだろ」
「そうだけどさー」
数時間ぶっ通しでプレイしてさすがに疲れてきたのだが、鳴海は私の弱音を許してくれそうにない。これはもうしばらくこのままだなと諦めた私は一度大きく伸びをして、コントローラーを握り直した。
日本防衛隊第一部隊隊長、鳴海弦。彼は私の同期であり、数少ないゲーム仲間だった。
本当はゲーム好きだということを隠し通すつもりだったのだが、入隊初日に後ろにいた彼に突然手を掴まれ「キミ、なかなかのやり手だろ」とゲームだこを指摘された。憧れの第一部隊に配属され、華々しい高校デビューならぬ部隊デビューを目論んでいた私の夢はこの男の一言に呆気なく散ったのである。まあ、そのおかげで今も楽しくゲームができているわけだけども。
ひたすらモンスターを倒し、目当ての素材を集め終えたところで鳴海の手がコントローラーを離れた。もそりと布団から頭が出てきて、今度は飲みかけだったエナジードリンクに手が伸びる。
「なにかボクに言うことはないのか」
「あ、素材集め手伝ってくれてありがとう」
お礼を言うと鳴海は私を一瞥して、当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
ここしばらく触っていなかったけれど、やっぱりゲームは楽しい。鳴海が付き合ってくれたおかげでレベルも随分上がったし、素材も潤沢だ。
「もう少しレベルを上げたいところだけど、今日はこの辺にしておこうかな」
「なんだ、帰るのか」
「夜遅いしね。また付き合ってよ」
「ボクは別に構わんが……」
布団に横たわったまま頬杖をつく鳴海がじぃっと私を見上げた。標的を前に爛々と輝く不思議な虹彩は、今は長い前髪の下に隠れている。
「キミ」
「なによ?」
「もしかしてまたフラれたのか」
投げられた言葉のナイフが容赦なく私の胸を抉る。ぐう、と押し黙る私に、デリカシーのない鳴海は「はは、当たりか!」と追撃してくる始末。仮に。仮に鳴海の言う通りだったとして、失恋した同僚を笑い飛ばすのは人としてどうなのだろうか。
「よかったじゃないか」
「全然よくない!」
つい大きな声が出て自分でもびっくりする。
「……ごめん」
「構わんさ。だがボクは訂正しないからな」
「なんでよ。そこはボクも悪かったって流れじゃないの」
鳴海は手近にあったスナック菓子を口に放り込みながら呆れたように肩を竦めた。また夜中にそんなものを食べて、と心配に思っていると「やらんぞ」と勘違いした彼はスナック菓子の袋を私の手の届かないところに持っていった。
「ボクは当然のことを言ったまでだ。キミはいつもダメな男に引っかかるからな。どうせ今回もろくでもない男だったんだろ」
「そんなことは……」
「じゃあどんな奴だった?」
「優しい人だったよ。紳士的で、お店のドアとか開けてくれたり。よくお財布忘れてくるうっかり屋さんではあったけど」
「そんなうっかりがよくあってたまるか。やっぱりろくでなしじゃないか!」
核心を突いた指摘に言葉が出てこない。でも最初は違ったのだ。今まで付き合った人はみんな優しくて、かっこよくて。ただ次第にお財布を忘れがちになったり、怒りっぽかったり、マウントを取ってくるようになっていっただけで。そして私が耐えられなくなって直して欲しいとお願いすると、「じゃあ、もういいよ」と別れを告げられる。私の恋はいつもそうやって終わるのだ。
「そんな奴、別れて正解だろ」
鳴海がスナック菓子の袋を傾けて言った。一枚一枚食べるのが面倒になったらしく、ざらざらとスナック菓子が袋内を滑り落ちる音が響く。
「キミは馬鹿だ。そんな奴らのために、一体どれほどの時間を無駄にしたんだか」
「はは。そう、だね。本当にそう」
「全くだ」
鳴海の言葉に鼻の奥がツンとした。確かにその通りだけど、今までの時間がすべて無駄だったと言われると、ずきりと胸が痛くなる。私はただ普通に恋がしたかっただけなのに、どうしてこうも上手くいかないのだろう。次こそは素敵な人と、と思っても毎回ダメな男に引っかかる。もしかしたら私には恋愛というものが根本的に向いていないのかもしれない。
「同じ時間を過ごすなら、ボクとゲームしてたほうがよっぽど有意義だろうに」
「へ?」
「聞こえなかったのか? ろくでなしに使う時間があったらその時間をボクに使えと言ったんだ」
鳴海は堂々とそう言い切る。でもその言い方はなんだかずるくないだろうか。言った本人にそんなつもりはないのだろうけど、まるで「ボクにしとけ」と言われてるみたいだ。一人で悶々として黙り込む私を鳴海は怪訝な顔で見つめ、すぐにハッとする。
「ち、違うからな! ゲームの話だ、ゲームの話! キミくらい実力があればボクもそこそこ楽しめるし、キミも素材集めやレベル上げができるし、ろくでなしに使うよりいい時間の使い方だろって」
「わかってる! わかってるから、みなまで言わないで」
改めて訂正されると、わかっていながらドキドキしてしまったこっちが恥ずかしくなる。
それからしばらくお互いに無言で、いたたまれない空気の中、先に沈黙を破ったのは鳴海だった。
「ともかくだ。どうせしばらく暇なんだろ? 失恋の傷はボクにどうこうできないが、ゲームならいくらでも付き合ってやる。まあキミのことだから、すぐに好きな奴ができてここに来なくなりそうだがな」
「うん。たった今、暇じゃなくなったかもしれない」
「……は? まさかキミ、もう好きな奴ができたのか⁈」
「たぶん」
もごもごと口ごもる私に、鳴海は信じられないものを見るような視線を向けた。
「はあ⁈ キミも懲りないな、どうせまたろくでなしだろ!」
「い、いいやつだよ! だらしなくて、金遣い荒くて、ひきこもりだけど」
「最悪の三拍子じゃないか! 絶対にやめておけ、そんな奴‼︎」
私だってできることならそうしたい。なんといっても相手は私が今まで出会った中で一番のろくでなしだ。そんなやつに恋をしただなんて信じたくはない。信じたくはないけど、胸の高鳴りが未だおさまらないのが何よりの証拠だった。恋愛ごとはことごとく上手くいかない私も、この恋に落ちる感覚は何度も経験してよく知っている。その相手が鳴海になるとは夢にも思わなかったけど。
「キミは本当に男を見る目がないな」
目の前に鏡を立ててやりたくなるのを我慢して、彼の言葉にうんうん頷く。
「私も同感。でも、すごくいいやつなんだ」
私が好きになった相手はとんでもないろくでなし。けど私を心配して怒ってくれるようないいやつで、何より一緒にいると恋人といた時より楽しい。そのことに今になって気づいてしまった。
「ボクは忠告したからな。またフラれて泣いても知らんぞ」
鳴海がこれでもかと眉間に皺を寄せて言う。やっぱりいいやつだなと思う。
「うん。そうならないよう頑張るから」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉はすんなり胸に落ちていった。
次に恋をするならろくでなしじゃない素敵な人と。そう思ってたはずなのに、結局私は、またダメな男に恋をした。
それだけ聞くとつい甘い夜を想像してしまうものだが、私たちの間にそんなものは欠片も存在しない。室内に響くのはカチカチと忙しないプッシュ音と、長谷川副隊長に怒られるからと気持ち小さめに設定したテレビの音。今は凶暴そうなモンスターの咆哮が轟いている。
ちらりと隣を見遣ると、そこにはこんもりと膨らんだ布団。コントローラーを持つ手だけが布団から顔を覗かせていて、テレビ画面が明滅するたびに白い肌が照らされる。
「ねえ、鳴海」
「うるさい。狩りに集中しろ。キミの素材集めだろ」
「そうだけどさー」
数時間ぶっ通しでプレイしてさすがに疲れてきたのだが、鳴海は私の弱音を許してくれそうにない。これはもうしばらくこのままだなと諦めた私は一度大きく伸びをして、コントローラーを握り直した。
日本防衛隊第一部隊隊長、鳴海弦。彼は私の同期であり、数少ないゲーム仲間だった。
本当はゲーム好きだということを隠し通すつもりだったのだが、入隊初日に後ろにいた彼に突然手を掴まれ「キミ、なかなかのやり手だろ」とゲームだこを指摘された。憧れの第一部隊に配属され、華々しい高校デビューならぬ部隊デビューを目論んでいた私の夢はこの男の一言に呆気なく散ったのである。まあ、そのおかげで今も楽しくゲームができているわけだけども。
ひたすらモンスターを倒し、目当ての素材を集め終えたところで鳴海の手がコントローラーを離れた。もそりと布団から頭が出てきて、今度は飲みかけだったエナジードリンクに手が伸びる。
「なにかボクに言うことはないのか」
「あ、素材集め手伝ってくれてありがとう」
お礼を言うと鳴海は私を一瞥して、当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
ここしばらく触っていなかったけれど、やっぱりゲームは楽しい。鳴海が付き合ってくれたおかげでレベルも随分上がったし、素材も潤沢だ。
「もう少しレベルを上げたいところだけど、今日はこの辺にしておこうかな」
「なんだ、帰るのか」
「夜遅いしね。また付き合ってよ」
「ボクは別に構わんが……」
布団に横たわったまま頬杖をつく鳴海がじぃっと私を見上げた。標的を前に爛々と輝く不思議な虹彩は、今は長い前髪の下に隠れている。
「キミ」
「なによ?」
「もしかしてまたフラれたのか」
投げられた言葉のナイフが容赦なく私の胸を抉る。ぐう、と押し黙る私に、デリカシーのない鳴海は「はは、当たりか!」と追撃してくる始末。仮に。仮に鳴海の言う通りだったとして、失恋した同僚を笑い飛ばすのは人としてどうなのだろうか。
「よかったじゃないか」
「全然よくない!」
つい大きな声が出て自分でもびっくりする。
「……ごめん」
「構わんさ。だがボクは訂正しないからな」
「なんでよ。そこはボクも悪かったって流れじゃないの」
鳴海は手近にあったスナック菓子を口に放り込みながら呆れたように肩を竦めた。また夜中にそんなものを食べて、と心配に思っていると「やらんぞ」と勘違いした彼はスナック菓子の袋を私の手の届かないところに持っていった。
「ボクは当然のことを言ったまでだ。キミはいつもダメな男に引っかかるからな。どうせ今回もろくでもない男だったんだろ」
「そんなことは……」
「じゃあどんな奴だった?」
「優しい人だったよ。紳士的で、お店のドアとか開けてくれたり。よくお財布忘れてくるうっかり屋さんではあったけど」
「そんなうっかりがよくあってたまるか。やっぱりろくでなしじゃないか!」
核心を突いた指摘に言葉が出てこない。でも最初は違ったのだ。今まで付き合った人はみんな優しくて、かっこよくて。ただ次第にお財布を忘れがちになったり、怒りっぽかったり、マウントを取ってくるようになっていっただけで。そして私が耐えられなくなって直して欲しいとお願いすると、「じゃあ、もういいよ」と別れを告げられる。私の恋はいつもそうやって終わるのだ。
「そんな奴、別れて正解だろ」
鳴海がスナック菓子の袋を傾けて言った。一枚一枚食べるのが面倒になったらしく、ざらざらとスナック菓子が袋内を滑り落ちる音が響く。
「キミは馬鹿だ。そんな奴らのために、一体どれほどの時間を無駄にしたんだか」
「はは。そう、だね。本当にそう」
「全くだ」
鳴海の言葉に鼻の奥がツンとした。確かにその通りだけど、今までの時間がすべて無駄だったと言われると、ずきりと胸が痛くなる。私はただ普通に恋がしたかっただけなのに、どうしてこうも上手くいかないのだろう。次こそは素敵な人と、と思っても毎回ダメな男に引っかかる。もしかしたら私には恋愛というものが根本的に向いていないのかもしれない。
「同じ時間を過ごすなら、ボクとゲームしてたほうがよっぽど有意義だろうに」
「へ?」
「聞こえなかったのか? ろくでなしに使う時間があったらその時間をボクに使えと言ったんだ」
鳴海は堂々とそう言い切る。でもその言い方はなんだかずるくないだろうか。言った本人にそんなつもりはないのだろうけど、まるで「ボクにしとけ」と言われてるみたいだ。一人で悶々として黙り込む私を鳴海は怪訝な顔で見つめ、すぐにハッとする。
「ち、違うからな! ゲームの話だ、ゲームの話! キミくらい実力があればボクもそこそこ楽しめるし、キミも素材集めやレベル上げができるし、ろくでなしに使うよりいい時間の使い方だろって」
「わかってる! わかってるから、みなまで言わないで」
改めて訂正されると、わかっていながらドキドキしてしまったこっちが恥ずかしくなる。
それからしばらくお互いに無言で、いたたまれない空気の中、先に沈黙を破ったのは鳴海だった。
「ともかくだ。どうせしばらく暇なんだろ? 失恋の傷はボクにどうこうできないが、ゲームならいくらでも付き合ってやる。まあキミのことだから、すぐに好きな奴ができてここに来なくなりそうだがな」
「うん。たった今、暇じゃなくなったかもしれない」
「……は? まさかキミ、もう好きな奴ができたのか⁈」
「たぶん」
もごもごと口ごもる私に、鳴海は信じられないものを見るような視線を向けた。
「はあ⁈ キミも懲りないな、どうせまたろくでなしだろ!」
「い、いいやつだよ! だらしなくて、金遣い荒くて、ひきこもりだけど」
「最悪の三拍子じゃないか! 絶対にやめておけ、そんな奴‼︎」
私だってできることならそうしたい。なんといっても相手は私が今まで出会った中で一番のろくでなしだ。そんなやつに恋をしただなんて信じたくはない。信じたくはないけど、胸の高鳴りが未だおさまらないのが何よりの証拠だった。恋愛ごとはことごとく上手くいかない私も、この恋に落ちる感覚は何度も経験してよく知っている。その相手が鳴海になるとは夢にも思わなかったけど。
「キミは本当に男を見る目がないな」
目の前に鏡を立ててやりたくなるのを我慢して、彼の言葉にうんうん頷く。
「私も同感。でも、すごくいいやつなんだ」
私が好きになった相手はとんでもないろくでなし。けど私を心配して怒ってくれるようないいやつで、何より一緒にいると恋人といた時より楽しい。そのことに今になって気づいてしまった。
「ボクは忠告したからな。またフラれて泣いても知らんぞ」
鳴海がこれでもかと眉間に皺を寄せて言う。やっぱりいいやつだなと思う。
「うん。そうならないよう頑張るから」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉はすんなり胸に落ちていった。
次に恋をするならろくでなしじゃない素敵な人と。そう思ってたはずなのに、結局私は、またダメな男に恋をした。