鳴海弦
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「あ、モリカだ」
長谷川に命じられボクの部屋を掃除していた部下の一人が、ぽとりと落ちたパッケージを見てそう呟いたのをボクは聞き逃さなかった。
あの有名ゲームシリーズ、ハイパーモリオブラザーズ。そのシリーズの中でも人気のレースゲームであるモリオカート。通称モリカ。
今は八作目まで発売されている幅広い世代で人気のタイトルだ。
それをどこか羨ましそうに見つめる部下に、これは使えるぞとピンと来る。
「やったことないのか?」
「子どもの頃友達の家でやったことはありますけど」
「新作は新コースも追加されてなかなか面白いぞ。もちろん昔ながらのコースもある」
ボクの言葉に彼女が揺れているのがわかる。さっきから片付ける手がすっかり止まっているのだ。
「やるか?」
「えっ」
「ただし、その没収しようとしている段ボールと交換だ」
ボクは彼女が手にしている段ボールを指差した。中には給料を注ぎ込んで買った新作ゲームの数々、モリオカートもその中の一つだが、長谷川が溜まった仕事を片付けるまで預かるなどと言い出したのだ。
「だ、だめですよ!」
「何故だ!? じゃあ隊長命令だ! そいつをこっちに寄越せ!」
「長谷川副隊長に鳴海隊長の言うことは聞かなくていいと言われています」
「ぐぬぬ、長谷川めぇ」
なぜ隊長であるボクの命令より副隊長である長谷川の命令が優先されるのか。全くもって意味がわからないが、真面目な部下は頑なに渡すまいと段ボールを抱え込む。まあいい。それならそれでこっちにも考えがある。
「なら、キミがそれをこっちに渡してくれたら、モリカを貸してやろう」
ボクの言葉にぴくりと彼女の眉が動く。やはり思った通りだ。一見ゲームをしそうにない真面目そうな彼女だが、おそらくモリカに特別思い入れがあるのだろう。
今まで数々のゲームをこなしてきたボクにはそれがわかる。彼女の目には確かに興味と何かしらの思い入れが見て取れた。
そこを突いてやれば、きっとこの交渉にも乗ってくるに違いない。
しかし彼女はボクの予想に反して首を横に振った。
「結構です。私、ゲーム機持ってないので」
「……は? はあぁぁぁ!?」
今、こいつは何て言った? ゲーム機を持ってない? ふざけてるのか。
「何で持ってないんだ。一家に一台、いや今や一人一台は必須だろ!」
ボクは交渉のことなどすっかり忘れ、彼女にビシッと指を突きつけた。興味がある癖にゲーム機がないからやらんとか、意味がわからん。
「いいか、ボクがキミにゲームの楽しさを教えてやる!」
***
それから部下の彼女とモリカをすることになったのは数日後のことだった。ボクとしてはすぐにでもゲームの楽しさを叩き込んでやりたかったのだが、彼女が仕事に支障が出るかもしれないからと頑なに首を縦に振らなかったのだ。本当にどこまでも真面目なやつ。
結果として彼女の非番の前日、勤務時間が終わった後なら時間を気にしなくていいとのことで、しばらく時間が空いてしまったのだ。まあ、彼女はボクが非番かどうかも気にしていたけれど。
徹夜も寝坊も当たり前だし、非番だろうがボクの出番があるなら長谷川が呼びに来るだろうから関係ない。そう説明すれば彼女は複雑そうな顔をしていたが、それを許される立場にボクはある。
そういうわけで彼女は勤務時間を終えてしばらくの後に、ボクの部屋へとやって来た。律儀にボクの好きなスナック菓子とエナドリを手土産に持って。
なかなかわかってるじゃないか。あのお堅い長谷川の部隊の人間にしては気が利いている。
「じゃあ、始めるぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
ボクの布団の横にちょこんと正座した彼女が嬉しそうにふわりと笑った。その目はキラキラと輝いていて「ガキかよ」と内心笑ってしまった。
「えっと、操作方法は……」
「知らん。やって覚えろ」
「ええっ!?」
初めて触るゲーム機のコントローラーに彼女はあたふたするばかり。その間にボクはレース設定を進めていく。けれどこういうのは実際にやって覚えるのが手っ取り早いのだ。
スタート前のカウントダウンが始まる。3、2、1ーー。我ながらスタートダッシュは完璧だ。コインを集めつつインコースを走り、早々にトップに躍り出る。
余裕だな。そう思いながら隣を見やれば彼女は「わわっ」と声を出しながらテレビ画面に集中していた。順位は下位。コースアウトしたり、バナナの皮に滑ったりしている。
カーブに差し掛かればコントローラーごと左右に振っていて、いるよなそういうやつと、一位をキープしつつ苦笑する。
そしてそれすらも気づかないほど、彼女は集中していて、何より楽しそうだった。
「だ、誰ですかこんなとこにバナナの皮を置いた人は!?」
「はっ、引っかかるやつが悪い!」
盛大にスリップした彼女は集めたコインをぶちまけながら、ジトリとボクを睨む。いや、弱いやつが悪いだろ。
そしてそのままボクが一位を独走し、彼女は最下位。勝ち誇った笑みを浮かべれば、彼女は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。仕事中は真面目な癖に、ゲームとなると途端に子どもっぽくなるな。それともこっちが彼女の素なのだろうか。
ただ油断は禁物だ。モリオカートは単純な走力だけでは勝敗がつかないという面白さがあるゲームだ。手に入れたアイテムによって順位が変動するなんてことは大いにあり得る。良いアイテムは下位に出やすいのだ。
レースを重ねるうちに彼女もそれに気づいたらしい。一位を邪魔するトゲトゲの甲羅や、雷、無敵モードになるアイテムを手に入れるとわかりやすく顔に出て、ボクを妨害してくるようになった。
「ふふふ、鳴海隊長覚悟!」
「ぐっ、だが無駄だ! この程度ではボクは止められん!」
デスコンを食らったのは痛いが、まだ彼女に追いつかれることはない。
デスコンことデスコンボは防ぎようがないアイテムによる連続コンボ攻撃なのだが、彼女が手当たり次第使ってくるので地味に足止めを食らっている。きっと彼女はそんな言葉すら知らないのだろうが、やられるほうは堪ったものではない。
さっきまで下位にいた彼女も少しずつ順位を上げていて、負けるつもりはないがそれも気に入らなかった。そして何より、
「……キミはいつもそうなのか?」
「はい?」
きょとんとした彼女がボクを見つめてくる。なるほど無自覚か。これは質が悪い。
「あ、アイテムゲット! 今度こそ鳴海隊長を抜きますからね」
再び彼女によるデスコンがボクを襲う。雷に避けきれない甲羅、そしてーー。
「っ!」
カーブを曲がろうとする彼女の身体がとんと軽くボクに触れる。最初はコントローラーだけを動かしていた彼女だが、白熱すると身体も一緒に動いてしまうらしい。いるよな、そういうやつ。と、笑えればよかったのだが。
カーブのたびに柔らかな身体がぶつかってくるし、ふわりと石鹸の香りが漂ってくるし(おそらく任務後にシャワーを浴びたのだろう)、正直全く集中できなかった。
「やったー! 勝った!!」
彼女の喜びの声が部屋に響いたが、一方のボクは無である。邪な考えは一切捨て、ただただ無。極力何も考えないようにしていたから、寧ろやっと終わったかと長い長いため息をついたくらいだ。
「……キミもデスコンの一つだったか」
「デス……何ですかそれ?」
きょとんとする彼女にますます頭が痛くなる。そんなボクをよそに、彼女は満足げに笑って言った。
「鳴海隊長ありがとうございました。すごく楽しかったです! 子どもの頃友達のお兄ちゃんが持っててみんなでやったんですけど、あの時より楽しくて」
コントローラーごと身体が動く癖はその時からだろうと容易に想像できた。
で、教えてくれたのが友達のお兄ちゃん、と。
「私も買おうかな。あ、これって友達も持ってたら一緒にできるんでしたっけ?」
「……それは友達のお兄ちゃんとやらも誘うのか?」
自分でも驚くくらい低い声が出た。機嫌の悪さをそのまま出したような声だ。それに彼女も気づいたようだが、理由まではわからなかったらしい。
「鳴海隊長、私に負けたのがそんなに悔しかったんですか?」
「は?」
「初心者の私に最後の最後で抜かれましたもんね」
序盤に散々負かされた腹いせのつもりなのだろう。にやりとわざとらしく彼女が笑う。
理由がそれならどれだけよかったか。
誰のせいで、と喉元まで出かかって、なんとか押し止まる。言い返せないボクに彼女は無邪気にまたやりましょう、次も私が勝ちますけどと笑って、言葉を続けた。
「友達のお兄ちゃんは連絡先すら知らないですけど、かなりのゲーマーだからモリカも持ってるかもですね。人数が多いほうが楽しいし、予定が合えば誘おうかな」
ああ、やっぱりイライラする。
楽しみだと言わんばかりに語る彼女に、ぐちゃぐちゃの感情をそのままぶつけてしまいそうだ。
「買わなくていいだろ」
「でも、隊長だって一家に一台って」
「だから、必要ないと言ってるんだ」
自分でも矛盾したことを言っていると理解している。けれど彼女がゲーム機を買ったとして、友達のお兄ちゃんなり他の誰かなりがその隣でプレイするのは想像したくもなかった。
普段真面目なのにゲームとなると子どもっぽくなる彼女を、他のやつには見せたくない。
あんな風に彼女の無自覚デスコンを食らうのはボクだけで充分だ。
そんな降って湧いたような独占欲に、ボクが一番動揺している。
「あれはキミがあまりに下手だから手を抜いてやったんだ! 友達とやるにはまだ早い。こてんぱんにやられるのがオチだ。だから、上手くなるまでここで練習すればいい」
「鳴海隊長……」
彼女がぽつりと名前を呼んだ。それから真剣な顔で訊ねる。
「もしかして、負け惜しみですか?」
「なっ!?」
「それとも私が友達とやるって言ったから羨ましくなっちゃったんですか? 鳴海隊長、モリカも基本一人でタイムアタックかオンライン対戦しかしないって言ってましたもんね」
「ちがっ……」
違わなくはないが、それはボクについて来れるやつが周りにいないだけである。断じて友達がいないわけでは……ない。友達が必要と思ったこともないが。
しかし彼女はくすくすと笑うばかりで、ボクが何を言っても取り合おうとさはなかった。
「ふふ、鳴海隊長がいいならお言葉に甘えさせてください。友達も持ってないかもしれないし、鳴海隊長とゲームするの楽しかったので」
「……好きにしろ」
ふわりと目元を綻ばせる彼女から視線を逸らし、コントローラーを握り直す。
「まだ時間はあるな。レース回数はさっきと同じ4で。次は手を抜いてやらんからな」
「望むところです」
佇まいを直して彼女もテレビ画面に向き直る。その横顔はわくわくを隠せない子どものそれだ。
「鳴海隊長にアイテムぶつけまくってやりますから」
「キミ、打開狙いか」
「だかい?」
相変わらず言葉の意味はわかっていないようだったが、侮れないのは確かだ。
特に気をつけなければいけないのは、カーブ。雷や甲羅なら仕方ないと思えるが、どう足掻いても防ぎきれないデスコンが、ボクのすぐ隣に控えているのだから。
長谷川に命じられボクの部屋を掃除していた部下の一人が、ぽとりと落ちたパッケージを見てそう呟いたのをボクは聞き逃さなかった。
あの有名ゲームシリーズ、ハイパーモリオブラザーズ。そのシリーズの中でも人気のレースゲームであるモリオカート。通称モリカ。
今は八作目まで発売されている幅広い世代で人気のタイトルだ。
それをどこか羨ましそうに見つめる部下に、これは使えるぞとピンと来る。
「やったことないのか?」
「子どもの頃友達の家でやったことはありますけど」
「新作は新コースも追加されてなかなか面白いぞ。もちろん昔ながらのコースもある」
ボクの言葉に彼女が揺れているのがわかる。さっきから片付ける手がすっかり止まっているのだ。
「やるか?」
「えっ」
「ただし、その没収しようとしている段ボールと交換だ」
ボクは彼女が手にしている段ボールを指差した。中には給料を注ぎ込んで買った新作ゲームの数々、モリオカートもその中の一つだが、長谷川が溜まった仕事を片付けるまで預かるなどと言い出したのだ。
「だ、だめですよ!」
「何故だ!? じゃあ隊長命令だ! そいつをこっちに寄越せ!」
「長谷川副隊長に鳴海隊長の言うことは聞かなくていいと言われています」
「ぐぬぬ、長谷川めぇ」
なぜ隊長であるボクの命令より副隊長である長谷川の命令が優先されるのか。全くもって意味がわからないが、真面目な部下は頑なに渡すまいと段ボールを抱え込む。まあいい。それならそれでこっちにも考えがある。
「なら、キミがそれをこっちに渡してくれたら、モリカを貸してやろう」
ボクの言葉にぴくりと彼女の眉が動く。やはり思った通りだ。一見ゲームをしそうにない真面目そうな彼女だが、おそらくモリカに特別思い入れがあるのだろう。
今まで数々のゲームをこなしてきたボクにはそれがわかる。彼女の目には確かに興味と何かしらの思い入れが見て取れた。
そこを突いてやれば、きっとこの交渉にも乗ってくるに違いない。
しかし彼女はボクの予想に反して首を横に振った。
「結構です。私、ゲーム機持ってないので」
「……は? はあぁぁぁ!?」
今、こいつは何て言った? ゲーム機を持ってない? ふざけてるのか。
「何で持ってないんだ。一家に一台、いや今や一人一台は必須だろ!」
ボクは交渉のことなどすっかり忘れ、彼女にビシッと指を突きつけた。興味がある癖にゲーム機がないからやらんとか、意味がわからん。
「いいか、ボクがキミにゲームの楽しさを教えてやる!」
***
それから部下の彼女とモリカをすることになったのは数日後のことだった。ボクとしてはすぐにでもゲームの楽しさを叩き込んでやりたかったのだが、彼女が仕事に支障が出るかもしれないからと頑なに首を縦に振らなかったのだ。本当にどこまでも真面目なやつ。
結果として彼女の非番の前日、勤務時間が終わった後なら時間を気にしなくていいとのことで、しばらく時間が空いてしまったのだ。まあ、彼女はボクが非番かどうかも気にしていたけれど。
徹夜も寝坊も当たり前だし、非番だろうがボクの出番があるなら長谷川が呼びに来るだろうから関係ない。そう説明すれば彼女は複雑そうな顔をしていたが、それを許される立場にボクはある。
そういうわけで彼女は勤務時間を終えてしばらくの後に、ボクの部屋へとやって来た。律儀にボクの好きなスナック菓子とエナドリを手土産に持って。
なかなかわかってるじゃないか。あのお堅い長谷川の部隊の人間にしては気が利いている。
「じゃあ、始めるぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
ボクの布団の横にちょこんと正座した彼女が嬉しそうにふわりと笑った。その目はキラキラと輝いていて「ガキかよ」と内心笑ってしまった。
「えっと、操作方法は……」
「知らん。やって覚えろ」
「ええっ!?」
初めて触るゲーム機のコントローラーに彼女はあたふたするばかり。その間にボクはレース設定を進めていく。けれどこういうのは実際にやって覚えるのが手っ取り早いのだ。
スタート前のカウントダウンが始まる。3、2、1ーー。我ながらスタートダッシュは完璧だ。コインを集めつつインコースを走り、早々にトップに躍り出る。
余裕だな。そう思いながら隣を見やれば彼女は「わわっ」と声を出しながらテレビ画面に集中していた。順位は下位。コースアウトしたり、バナナの皮に滑ったりしている。
カーブに差し掛かればコントローラーごと左右に振っていて、いるよなそういうやつと、一位をキープしつつ苦笑する。
そしてそれすらも気づかないほど、彼女は集中していて、何より楽しそうだった。
「だ、誰ですかこんなとこにバナナの皮を置いた人は!?」
「はっ、引っかかるやつが悪い!」
盛大にスリップした彼女は集めたコインをぶちまけながら、ジトリとボクを睨む。いや、弱いやつが悪いだろ。
そしてそのままボクが一位を独走し、彼女は最下位。勝ち誇った笑みを浮かべれば、彼女は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。仕事中は真面目な癖に、ゲームとなると途端に子どもっぽくなるな。それともこっちが彼女の素なのだろうか。
ただ油断は禁物だ。モリオカートは単純な走力だけでは勝敗がつかないという面白さがあるゲームだ。手に入れたアイテムによって順位が変動するなんてことは大いにあり得る。良いアイテムは下位に出やすいのだ。
レースを重ねるうちに彼女もそれに気づいたらしい。一位を邪魔するトゲトゲの甲羅や、雷、無敵モードになるアイテムを手に入れるとわかりやすく顔に出て、ボクを妨害してくるようになった。
「ふふふ、鳴海隊長覚悟!」
「ぐっ、だが無駄だ! この程度ではボクは止められん!」
デスコンを食らったのは痛いが、まだ彼女に追いつかれることはない。
デスコンことデスコンボは防ぎようがないアイテムによる連続コンボ攻撃なのだが、彼女が手当たり次第使ってくるので地味に足止めを食らっている。きっと彼女はそんな言葉すら知らないのだろうが、やられるほうは堪ったものではない。
さっきまで下位にいた彼女も少しずつ順位を上げていて、負けるつもりはないがそれも気に入らなかった。そして何より、
「……キミはいつもそうなのか?」
「はい?」
きょとんとした彼女がボクを見つめてくる。なるほど無自覚か。これは質が悪い。
「あ、アイテムゲット! 今度こそ鳴海隊長を抜きますからね」
再び彼女によるデスコンがボクを襲う。雷に避けきれない甲羅、そしてーー。
「っ!」
カーブを曲がろうとする彼女の身体がとんと軽くボクに触れる。最初はコントローラーだけを動かしていた彼女だが、白熱すると身体も一緒に動いてしまうらしい。いるよな、そういうやつ。と、笑えればよかったのだが。
カーブのたびに柔らかな身体がぶつかってくるし、ふわりと石鹸の香りが漂ってくるし(おそらく任務後にシャワーを浴びたのだろう)、正直全く集中できなかった。
「やったー! 勝った!!」
彼女の喜びの声が部屋に響いたが、一方のボクは無である。邪な考えは一切捨て、ただただ無。極力何も考えないようにしていたから、寧ろやっと終わったかと長い長いため息をついたくらいだ。
「……キミもデスコンの一つだったか」
「デス……何ですかそれ?」
きょとんとする彼女にますます頭が痛くなる。そんなボクをよそに、彼女は満足げに笑って言った。
「鳴海隊長ありがとうございました。すごく楽しかったです! 子どもの頃友達のお兄ちゃんが持っててみんなでやったんですけど、あの時より楽しくて」
コントローラーごと身体が動く癖はその時からだろうと容易に想像できた。
で、教えてくれたのが友達のお兄ちゃん、と。
「私も買おうかな。あ、これって友達も持ってたら一緒にできるんでしたっけ?」
「……それは友達のお兄ちゃんとやらも誘うのか?」
自分でも驚くくらい低い声が出た。機嫌の悪さをそのまま出したような声だ。それに彼女も気づいたようだが、理由まではわからなかったらしい。
「鳴海隊長、私に負けたのがそんなに悔しかったんですか?」
「は?」
「初心者の私に最後の最後で抜かれましたもんね」
序盤に散々負かされた腹いせのつもりなのだろう。にやりとわざとらしく彼女が笑う。
理由がそれならどれだけよかったか。
誰のせいで、と喉元まで出かかって、なんとか押し止まる。言い返せないボクに彼女は無邪気にまたやりましょう、次も私が勝ちますけどと笑って、言葉を続けた。
「友達のお兄ちゃんは連絡先すら知らないですけど、かなりのゲーマーだからモリカも持ってるかもですね。人数が多いほうが楽しいし、予定が合えば誘おうかな」
ああ、やっぱりイライラする。
楽しみだと言わんばかりに語る彼女に、ぐちゃぐちゃの感情をそのままぶつけてしまいそうだ。
「買わなくていいだろ」
「でも、隊長だって一家に一台って」
「だから、必要ないと言ってるんだ」
自分でも矛盾したことを言っていると理解している。けれど彼女がゲーム機を買ったとして、友達のお兄ちゃんなり他の誰かなりがその隣でプレイするのは想像したくもなかった。
普段真面目なのにゲームとなると子どもっぽくなる彼女を、他のやつには見せたくない。
あんな風に彼女の無自覚デスコンを食らうのはボクだけで充分だ。
そんな降って湧いたような独占欲に、ボクが一番動揺している。
「あれはキミがあまりに下手だから手を抜いてやったんだ! 友達とやるにはまだ早い。こてんぱんにやられるのがオチだ。だから、上手くなるまでここで練習すればいい」
「鳴海隊長……」
彼女がぽつりと名前を呼んだ。それから真剣な顔で訊ねる。
「もしかして、負け惜しみですか?」
「なっ!?」
「それとも私が友達とやるって言ったから羨ましくなっちゃったんですか? 鳴海隊長、モリカも基本一人でタイムアタックかオンライン対戦しかしないって言ってましたもんね」
「ちがっ……」
違わなくはないが、それはボクについて来れるやつが周りにいないだけである。断じて友達がいないわけでは……ない。友達が必要と思ったこともないが。
しかし彼女はくすくすと笑うばかりで、ボクが何を言っても取り合おうとさはなかった。
「ふふ、鳴海隊長がいいならお言葉に甘えさせてください。友達も持ってないかもしれないし、鳴海隊長とゲームするの楽しかったので」
「……好きにしろ」
ふわりと目元を綻ばせる彼女から視線を逸らし、コントローラーを握り直す。
「まだ時間はあるな。レース回数はさっきと同じ4で。次は手を抜いてやらんからな」
「望むところです」
佇まいを直して彼女もテレビ画面に向き直る。その横顔はわくわくを隠せない子どものそれだ。
「鳴海隊長にアイテムぶつけまくってやりますから」
「キミ、打開狙いか」
「だかい?」
相変わらず言葉の意味はわかっていないようだったが、侮れないのは確かだ。
特に気をつけなければいけないのは、カーブ。雷や甲羅なら仕方ないと思えるが、どう足掻いても防ぎきれないデスコンが、ボクのすぐ隣に控えているのだから。