鳴海弦
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『私にだってちゃんと名前があるんです!』
そう訴えたのはもうどれくらい前のことだろう。入隊して割とすぐだった気もする。鳴海隊長がまだ鳴海先輩だった頃の話で、いつまで経っても後輩である私のことを「おい」とか「お前」としか呼ばないから、私はそんな名前じゃないと徹底して無視を決め込んで。
それでも無理やり振り向かせようと肩を掴んできたものだから、思い切り振り払って言ってやったのだ。いい加減にしてほしい、と。
そうしたら彼は目をぱちくりさせて、慣れない様子で私の名前を呼んだ。あまりにもたどたどしくて、一瞬自分のことかわからなくなったくらいだ。それでもその時は、ようやく先輩に認知されたと、その他大勢から指導相手の後輩に昇格したと嬉しく思ったものだけど。
「……おい、こっちを向け」
耳元にかかる吐息が熱くて思わず肩を竦める。駄目押しとばかりに下の名前を呼ばれては応じないわけにもいかなかった。くすぐるように頬を撫でる鳴海隊長の指先が冷たくて……違う、これはただ、私が真っ赤になっているだけだ。その証拠に下された前髪の隙間から覗く鳴海隊長の瞳は、いつになく楽しげに見える。
私はくっと唇を噛んで、揶揄うような指先と視線から逃れるように再び鳴海隊長から顔を逸らした。けれどそれがどうやら不服だったようで、さっきよりももっと近くに低い声が落とされた。
「なんで逃げる。ちゃんと名前呼んだだろ」
「それは……」
当時指導係だった先輩に認められたかったから。いつまで経ってもその他大勢のままではプライドが許さなかったから。
頭の中にいくつか並べた理由は嘘ではない。けれどそれはあくまで昔の話だ。今とあの頃とでは関係性が違いすぎる。
「あんなに呼ばれたがってただろ。ほら、好きなだけ呼んでやる」
そう言って、鳴海隊長の唇が再び私の名前を紡いだ。少し掠れた声が鼓膜を震わせる。耳からぶわりと体温が上がるのを感じて、私は抵抗するように首を振った。
初めて名前を呼ばれた時は確かに嬉しかった。私個人を認知してくれたのだと誇らしさすらあった。
けれど私は知らなかったのだ。鳴海隊長が恋人の名前をこんな風に呼ぶだなんて。呼び方が名字から下の名前に変わっただけで、こんなにも甘さを含んだ響きになるだなんて。
鳴海隊長と恋人になって数か月。プライベートの時くらい下の名前で呼んでくれてもいいんじゃないですかなんて、軽い気持ちで言うんじゃなかった。
私はただ、昔みたいにたどたどしく私の名前を紡ぐかわいい姿が見たかっただけなのに。
あの鳴海隊長が、恋人に対してこんなにも甘くなるなんて聞いてない。
いつまでも視線を合わそうとしない私に焦れたのか、鳴海隊長の指がつっと下へと移動していく。耳のふちをなぞって顔の輪郭を辿り、肩で跳ねる髪を弄って、首筋へ。
ああ、きっともう、トクトクと早鐘を打つ心臓もバレているに違いない。
鳴海隊長はそんな私にひとつ笑みを零し、身を屈めた。ふに、と首筋に柔らかいものが押し当てられる。それが鳴海隊長の唇だと気づいて驚きで飛び上がるより先に、柔い肌に歯を立てられた。
「っ、なるみたいちょ……」
痛くはない。甘噛みだ。けれどあぐあぐと繰り返されるとくすぐったさとは別の感覚が迫り上がってきて、私は耐えるように鳴海隊長の服を掴んだ。
「不公平だと思わないか」
「……え?」
「ボクはお前の名前を呼んだのに、お前はまだボクの名前を呼んでない」
こんな時に何を言ってーーいや、こんな時だからか。私の肩に頭を預けたまま、視線だけこちらに移して鳴海隊長が私の言葉を待っている。
「……ん」
「聞こえないな」
「っ、げん」
初めて呼んだ彼の名前はどうにも慣れなくて、口の中で何度か転がすも違和感しかない。けれど鳴海隊長はそれがいたくお気に召したようで、何度も何度も、私に自身の名前を呼ばせたのだった。
そう訴えたのはもうどれくらい前のことだろう。入隊して割とすぐだった気もする。鳴海隊長がまだ鳴海先輩だった頃の話で、いつまで経っても後輩である私のことを「おい」とか「お前」としか呼ばないから、私はそんな名前じゃないと徹底して無視を決め込んで。
それでも無理やり振り向かせようと肩を掴んできたものだから、思い切り振り払って言ってやったのだ。いい加減にしてほしい、と。
そうしたら彼は目をぱちくりさせて、慣れない様子で私の名前を呼んだ。あまりにもたどたどしくて、一瞬自分のことかわからなくなったくらいだ。それでもその時は、ようやく先輩に認知されたと、その他大勢から指導相手の後輩に昇格したと嬉しく思ったものだけど。
「……おい、こっちを向け」
耳元にかかる吐息が熱くて思わず肩を竦める。駄目押しとばかりに下の名前を呼ばれては応じないわけにもいかなかった。くすぐるように頬を撫でる鳴海隊長の指先が冷たくて……違う、これはただ、私が真っ赤になっているだけだ。その証拠に下された前髪の隙間から覗く鳴海隊長の瞳は、いつになく楽しげに見える。
私はくっと唇を噛んで、揶揄うような指先と視線から逃れるように再び鳴海隊長から顔を逸らした。けれどそれがどうやら不服だったようで、さっきよりももっと近くに低い声が落とされた。
「なんで逃げる。ちゃんと名前呼んだだろ」
「それは……」
当時指導係だった先輩に認められたかったから。いつまで経ってもその他大勢のままではプライドが許さなかったから。
頭の中にいくつか並べた理由は嘘ではない。けれどそれはあくまで昔の話だ。今とあの頃とでは関係性が違いすぎる。
「あんなに呼ばれたがってただろ。ほら、好きなだけ呼んでやる」
そう言って、鳴海隊長の唇が再び私の名前を紡いだ。少し掠れた声が鼓膜を震わせる。耳からぶわりと体温が上がるのを感じて、私は抵抗するように首を振った。
初めて名前を呼ばれた時は確かに嬉しかった。私個人を認知してくれたのだと誇らしさすらあった。
けれど私は知らなかったのだ。鳴海隊長が恋人の名前をこんな風に呼ぶだなんて。呼び方が名字から下の名前に変わっただけで、こんなにも甘さを含んだ響きになるだなんて。
鳴海隊長と恋人になって数か月。プライベートの時くらい下の名前で呼んでくれてもいいんじゃないですかなんて、軽い気持ちで言うんじゃなかった。
私はただ、昔みたいにたどたどしく私の名前を紡ぐかわいい姿が見たかっただけなのに。
あの鳴海隊長が、恋人に対してこんなにも甘くなるなんて聞いてない。
いつまでも視線を合わそうとしない私に焦れたのか、鳴海隊長の指がつっと下へと移動していく。耳のふちをなぞって顔の輪郭を辿り、肩で跳ねる髪を弄って、首筋へ。
ああ、きっともう、トクトクと早鐘を打つ心臓もバレているに違いない。
鳴海隊長はそんな私にひとつ笑みを零し、身を屈めた。ふに、と首筋に柔らかいものが押し当てられる。それが鳴海隊長の唇だと気づいて驚きで飛び上がるより先に、柔い肌に歯を立てられた。
「っ、なるみたいちょ……」
痛くはない。甘噛みだ。けれどあぐあぐと繰り返されるとくすぐったさとは別の感覚が迫り上がってきて、私は耐えるように鳴海隊長の服を掴んだ。
「不公平だと思わないか」
「……え?」
「ボクはお前の名前を呼んだのに、お前はまだボクの名前を呼んでない」
こんな時に何を言ってーーいや、こんな時だからか。私の肩に頭を預けたまま、視線だけこちらに移して鳴海隊長が私の言葉を待っている。
「……ん」
「聞こえないな」
「っ、げん」
初めて呼んだ彼の名前はどうにも慣れなくて、口の中で何度か転がすも違和感しかない。けれど鳴海隊長はそれがいたくお気に召したようで、何度も何度も、私に自身の名前を呼ばせたのだった。