鳴海弦
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最近彼女の様子がおかしい。どこがと言われると説明が難しいのだが、何というか大人しいのだ。
いつもはああでもないこうでもないと、中身があるようなないようなことばかり話しかけてくる癖に、それがピタッとなくなって。今まで散々ゲームの邪魔をしてきた声がしなくなって、決して、決して寂しいわけじゃないがーー正直、調子が狂う。
彼女は変わらずボクの部屋に通っているから、怒っているということはないと思うが。この前のケンカはちゃんと許しをもらったしな!
けど、今日も彼女は静かだった。
布団に潜ってゲームをするボクにもたれ、彼女は彼女で黙々と携帯ゲーム機に向かっている。気づいているのかいないのか、ボクがテレビの電源を落としてもだんまりで。「おい」声をかけても返事は一向に返ってこない。
シカト、だと?! やっぱり怒っているのか?
だとしたら理由は部下にお金を借りようとしたことか、隊長会議をすっぽかしたことか。……だめだ、心当たりしかない。
「なあ、」
ボクは布団に横たえていた身体を起こした。その拍子にもたれていた彼女が「わっ」と驚きの声を上げてころんと床に転がり落ちる。それから「あーっ?!」と彼女の叫びが部屋にこだました。
「な、何だ急に叫んだりして」
「何だはこっちのセリフ! あーあ、あとちょっとで3000点だったのに」
「は?」
何の話だと首を傾げるボクに、彼女はずいっと手にしていた携帯ゲーム機を突き出してきた。そこに映っていたのは、キャラクターらしい顔の描かれたクッキーやプリン、シュークリームなどのお菓子。ゲームのようだが、これが何だと言うのか。眉を顰めると「知らないの?」と彼女が信じられないものを見るような目でボクを見た。
「今すっごく流行ってるんだよ、ドーナツゲーム」
「ドーナツ? 何だそれは。どうせ子ども向けのゲームだろ」
「うーわ、鳴海そんなこと言うんだ。これ結構頭使うし難しいんだよ」
彼女曰く、ルールは簡単なものの見かけに寄らず難易度の高いパズルゲームなんだとか。だがそれが何だというのか。色んなゲームをやり込んでいるボクからしたら、そんなもの子どもだましだ。
「はっ、くだらんな!」
鼻で笑うとムッとした彼女がゲームを手渡してきた。やってみろ、ということらしい。
いいだろう。一瞬でドーナツを作ってやろうじゃないか。どうせこんなもの、見た目がかわいいから流行っているだけのゲームで……と、思っていたのだが。
「ぐっぬぬぬ……」
何だこのゲームは。ドーナツゲームと言いながら全然ドーナツはできないし、勝手に暴発してゲームオーバーになるし、3000点が遠すぎる。そして彼女はそんなボクを見て、終始にやにや笑っていた。
「ね、侮れないでしょ」
「それは、そうだが……」
彼女がボクからゲーム機を取り上げる。どうやら3000点を目指し、リトライするつもりらしい。再びカチカチと彼女がゲームボタンを押す音がするだけの、いやに静かな時間が訪れる。この時間がどうにもつまらない。もう一度、やりかけのゲームを起動する気にもなれなかった。
ドーナツゲームは彼女が夢中になるのも頷ける、実によくできたゲームだった。けどだからといって、納得できるとは限らない。
ボクはゲームに集中する彼女の腰に腕を回し、後ろに引き寄せた。そして驚く彼女が何するのと怒るより先に、その肩に顔を埋めた。
「ちょ、鳴海?」
もがく彼女を逃すまいと腕に込めた力をぐっと強め、小柄な身体を両足の間に閉じ込める。するとしばらく身を捩っていた彼女は観念したように溜息を一つ落としてから、再びゲーム機を弄りだした。
「……おい。そこはゲームをやめてボクを構うところだろう」
「なぁに鳴海。構ってほしかったの?」
それくらいわかるだろ、と言ってやりたかったがボクにもプライドがある。しょっちゅう捨てている気もするが、それは金を借りる時だけだ。
否定も肯定もせず押し黙りぐりぐりと肩口に頭を擦り付けていると、「痛い痛い」と言いながら彼女が笑う気配がした。このままこうしていれば、彼女は構ってくれるだろうか。
「……少しは私の気持ち、わかった?」
言いながら彼女がボクの頭をぽんぽんと撫でた。その声が少しだけ寂しそうに聞こえたのはきっと気のせいじゃない。いや、気のせいで済ませてはいけないものだ。
「キミも、同じだったのか」
ボクがゲームをしている時にいつも話しかけてきた彼女。元々誰とでも明るく話す彼女は、お喋りが好きな性格なのだろうと思っていた。
それだけのはずないのに。
ボクはそんな彼女に、いつもどう接していただろう。ゲームをしながら適当に相槌を打つばかりで、ちゃんと目を見て話すことなんてほとんどなかったんじゃないか。実際にボクに話しかけてきた彼女が、適当にあしらわれた彼女がどんな顔をしていたのか、ボクは知らない。
顔を上げるといつの間に振り向いていたのか彼女と目が合った。真意を問うように見つめれば、にこりと微笑まれる。
「さあ? 私は鳴海が今どう思ってるか知らないし」
それだけ言って、彼女は再びゲーム機に視線を落とした。一人残されたボクはぐっと唇を噛むことしかできない。
「……くれ」
「ん?」
「いつもみたいに構ってくれ。キミが静かだと、その、つまらないんだ」
「ふふ、何それ。寂しかったってこと?」
揶揄うような声が腕の中で響く。こういう時に限って簡単に捨てられないプライドが、素直に頷く邪魔をする。
「……そうは言ってない」
「なら別にこのままでも平気だね」
「ぐっ」
腕の中で彼女の肩が小刻みに揺れていた。完全にボクのことを揶揄って遊んでいる。もしかしたら今まで適当にあしらっていたことに対するささやかな報復のつもりかもしれない。それならそれでよかった。だがずっとというのは、それなりに堪える。
「キミはボクのこと、好きじゃないのか」
「えー、好きだよ」
「なら構えよ。キミはボクとドーナツどっちが大事なんだ」
なんだか「仕事と私どっちが大事なの」みたいなセリフになってしまった。けど何だかんだボクに甘い彼女のことだから、こう言えばさすがにゲームより恋人であるボクを取るに違いない。
しかし彼女は予想に反して「うーん」と悩むような素振りをして、満面の笑みで振り向いた。
「今はドーナツかな。私が3000点取れたら構ってあげる」
「……はあ?!」
このボクがドーナツに負けた、だと?! しかも3000点取れたらって、さっきからスコアが全然伸びてないじゃないか。
「そんなのだめだ、今すぐ構え! ほら早く!!」
耳元でぎゃんぎゃん不平不満を訴えるも、彼女はもう取り合わないことに決めたらしい。ボクのことは完全に無視で、こっちを見ようともしない。
何でだよ。けど、その原因はボクにある。
「……悪かった。もうキミのことを適当にあしらったりしないから」
きっと何よりも最初に伝えるべきはこの言葉だったのだろう。縋るように、繋ぎ止めるように、彼女を抱きしめる腕に力を入れる。
そして長いようで短い沈黙を破ったのは彼女だった。
「それ、ほんとに?」
「っ、ああ! 本当だ!」
「信じられないなぁ。鳴海、すぐ約束破るし」
「それは……そうかもしれないが、これからはなるべく善処する、から。だから……」
「いいよ、構ってあげる」
彼女の言葉に思わず顔を上げた。本当かと問えば、笑顔で頷きが返ってくる。
やった。これでやっと、いつもの彼女にーー。
「たーだーし、あと一回やったらね」
「ぐぬっ」
ボクはまたしてもドーナツに負けた。文句を言ったところで彼女も譲らないだろう。
どうやら彼女はボクが思っていた以上に、ドーナツゲームに入れ込んでいるらしい。まあ一回くらいなら待ってやらんこともないが、「鳴海、苦しいからちょっと腕緩めて」「嫌だ。断る」その願いだけは、到底受け入れる気になれなかった。
いつもはああでもないこうでもないと、中身があるようなないようなことばかり話しかけてくる癖に、それがピタッとなくなって。今まで散々ゲームの邪魔をしてきた声がしなくなって、決して、決して寂しいわけじゃないがーー正直、調子が狂う。
彼女は変わらずボクの部屋に通っているから、怒っているということはないと思うが。この前のケンカはちゃんと許しをもらったしな!
けど、今日も彼女は静かだった。
布団に潜ってゲームをするボクにもたれ、彼女は彼女で黙々と携帯ゲーム機に向かっている。気づいているのかいないのか、ボクがテレビの電源を落としてもだんまりで。「おい」声をかけても返事は一向に返ってこない。
シカト、だと?! やっぱり怒っているのか?
だとしたら理由は部下にお金を借りようとしたことか、隊長会議をすっぽかしたことか。……だめだ、心当たりしかない。
「なあ、」
ボクは布団に横たえていた身体を起こした。その拍子にもたれていた彼女が「わっ」と驚きの声を上げてころんと床に転がり落ちる。それから「あーっ?!」と彼女の叫びが部屋にこだました。
「な、何だ急に叫んだりして」
「何だはこっちのセリフ! あーあ、あとちょっとで3000点だったのに」
「は?」
何の話だと首を傾げるボクに、彼女はずいっと手にしていた携帯ゲーム機を突き出してきた。そこに映っていたのは、キャラクターらしい顔の描かれたクッキーやプリン、シュークリームなどのお菓子。ゲームのようだが、これが何だと言うのか。眉を顰めると「知らないの?」と彼女が信じられないものを見るような目でボクを見た。
「今すっごく流行ってるんだよ、ドーナツゲーム」
「ドーナツ? 何だそれは。どうせ子ども向けのゲームだろ」
「うーわ、鳴海そんなこと言うんだ。これ結構頭使うし難しいんだよ」
彼女曰く、ルールは簡単なものの見かけに寄らず難易度の高いパズルゲームなんだとか。だがそれが何だというのか。色んなゲームをやり込んでいるボクからしたら、そんなもの子どもだましだ。
「はっ、くだらんな!」
鼻で笑うとムッとした彼女がゲームを手渡してきた。やってみろ、ということらしい。
いいだろう。一瞬でドーナツを作ってやろうじゃないか。どうせこんなもの、見た目がかわいいから流行っているだけのゲームで……と、思っていたのだが。
「ぐっぬぬぬ……」
何だこのゲームは。ドーナツゲームと言いながら全然ドーナツはできないし、勝手に暴発してゲームオーバーになるし、3000点が遠すぎる。そして彼女はそんなボクを見て、終始にやにや笑っていた。
「ね、侮れないでしょ」
「それは、そうだが……」
彼女がボクからゲーム機を取り上げる。どうやら3000点を目指し、リトライするつもりらしい。再びカチカチと彼女がゲームボタンを押す音がするだけの、いやに静かな時間が訪れる。この時間がどうにもつまらない。もう一度、やりかけのゲームを起動する気にもなれなかった。
ドーナツゲームは彼女が夢中になるのも頷ける、実によくできたゲームだった。けどだからといって、納得できるとは限らない。
ボクはゲームに集中する彼女の腰に腕を回し、後ろに引き寄せた。そして驚く彼女が何するのと怒るより先に、その肩に顔を埋めた。
「ちょ、鳴海?」
もがく彼女を逃すまいと腕に込めた力をぐっと強め、小柄な身体を両足の間に閉じ込める。するとしばらく身を捩っていた彼女は観念したように溜息を一つ落としてから、再びゲーム機を弄りだした。
「……おい。そこはゲームをやめてボクを構うところだろう」
「なぁに鳴海。構ってほしかったの?」
それくらいわかるだろ、と言ってやりたかったがボクにもプライドがある。しょっちゅう捨てている気もするが、それは金を借りる時だけだ。
否定も肯定もせず押し黙りぐりぐりと肩口に頭を擦り付けていると、「痛い痛い」と言いながら彼女が笑う気配がした。このままこうしていれば、彼女は構ってくれるだろうか。
「……少しは私の気持ち、わかった?」
言いながら彼女がボクの頭をぽんぽんと撫でた。その声が少しだけ寂しそうに聞こえたのはきっと気のせいじゃない。いや、気のせいで済ませてはいけないものだ。
「キミも、同じだったのか」
ボクがゲームをしている時にいつも話しかけてきた彼女。元々誰とでも明るく話す彼女は、お喋りが好きな性格なのだろうと思っていた。
それだけのはずないのに。
ボクはそんな彼女に、いつもどう接していただろう。ゲームをしながら適当に相槌を打つばかりで、ちゃんと目を見て話すことなんてほとんどなかったんじゃないか。実際にボクに話しかけてきた彼女が、適当にあしらわれた彼女がどんな顔をしていたのか、ボクは知らない。
顔を上げるといつの間に振り向いていたのか彼女と目が合った。真意を問うように見つめれば、にこりと微笑まれる。
「さあ? 私は鳴海が今どう思ってるか知らないし」
それだけ言って、彼女は再びゲーム機に視線を落とした。一人残されたボクはぐっと唇を噛むことしかできない。
「……くれ」
「ん?」
「いつもみたいに構ってくれ。キミが静かだと、その、つまらないんだ」
「ふふ、何それ。寂しかったってこと?」
揶揄うような声が腕の中で響く。こういう時に限って簡単に捨てられないプライドが、素直に頷く邪魔をする。
「……そうは言ってない」
「なら別にこのままでも平気だね」
「ぐっ」
腕の中で彼女の肩が小刻みに揺れていた。完全にボクのことを揶揄って遊んでいる。もしかしたら今まで適当にあしらっていたことに対するささやかな報復のつもりかもしれない。それならそれでよかった。だがずっとというのは、それなりに堪える。
「キミはボクのこと、好きじゃないのか」
「えー、好きだよ」
「なら構えよ。キミはボクとドーナツどっちが大事なんだ」
なんだか「仕事と私どっちが大事なの」みたいなセリフになってしまった。けど何だかんだボクに甘い彼女のことだから、こう言えばさすがにゲームより恋人であるボクを取るに違いない。
しかし彼女は予想に反して「うーん」と悩むような素振りをして、満面の笑みで振り向いた。
「今はドーナツかな。私が3000点取れたら構ってあげる」
「……はあ?!」
このボクがドーナツに負けた、だと?! しかも3000点取れたらって、さっきからスコアが全然伸びてないじゃないか。
「そんなのだめだ、今すぐ構え! ほら早く!!」
耳元でぎゃんぎゃん不平不満を訴えるも、彼女はもう取り合わないことに決めたらしい。ボクのことは完全に無視で、こっちを見ようともしない。
何でだよ。けど、その原因はボクにある。
「……悪かった。もうキミのことを適当にあしらったりしないから」
きっと何よりも最初に伝えるべきはこの言葉だったのだろう。縋るように、繋ぎ止めるように、彼女を抱きしめる腕に力を入れる。
そして長いようで短い沈黙を破ったのは彼女だった。
「それ、ほんとに?」
「っ、ああ! 本当だ!」
「信じられないなぁ。鳴海、すぐ約束破るし」
「それは……そうかもしれないが、これからはなるべく善処する、から。だから……」
「いいよ、構ってあげる」
彼女の言葉に思わず顔を上げた。本当かと問えば、笑顔で頷きが返ってくる。
やった。これでやっと、いつもの彼女にーー。
「たーだーし、あと一回やったらね」
「ぐぬっ」
ボクはまたしてもドーナツに負けた。文句を言ったところで彼女も譲らないだろう。
どうやら彼女はボクが思っていた以上に、ドーナツゲームに入れ込んでいるらしい。まあ一回くらいなら待ってやらんこともないが、「鳴海、苦しいからちょっと腕緩めて」「嫌だ。断る」その願いだけは、到底受け入れる気になれなかった。