鳴海弦
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観なければよかった、と後悔するのはわかっていた。でももう観てしまったのだから、どうしようもない。
「バカかキミは」
電話の向こうで鼻で笑われるのがわかった。それを聞いて、無意識に指先が通話を終了しようと動く。
……おっと、いけない。正直イラッとしたけれど、私はまだこの電話を切るわけにはいかないのだ。苛立つ心を落ち着かせるように深呼吸をして、何とか会話を続ける。
「……うるさい」
「そうか。なら切るぞ。ボクは忙しいんだ」
「ま、待って鳴海! お願い切らないで」
「ハッ、それが人にものを頼む態度か? 前に教えただろ。こういう時は?」
「オネガイシマスナルミサマ」
「何だって? よく聞こえんな」
「〜っ、お願いします鳴海様!」
「ふん、いいだろう。もう少しだけ付き合ってやる」
くっ、なんて屈辱。今度お金をせびられたら絶対に同じことをさせてやるんだから。
そう決意するも、鳴海はお金を借りるためならプライドをやすやすと捨てる男だ。私が同じことを要求したところで、けろっとした顔でやってのけるに決まっている。土下座ももう飽きるほど見た。
他に何か、あいつをギャフンと言わせる良い手はないだろうか。そうだ、第3部隊の保科副隊長にも手伝ってもらってーー。
そんなことを考えていると、不意に鳴海が話しかけてきた。
「どうせまた頭まで布団被って震えてるんだろ」
その言葉に、どきりとする。私はすかさず「震えてないし」と返したものの、強くは言い返せなかった。だって、図星だったから。
私はいま鳴海の言う通り、夏だというのに頭のてっぺんから足先までをすっぽりと薄手の布団で覆っていた。何故なら、そうしていないと不安で仕方がないからだ。もしどこか一か所でも肌が出ていたら、そこから奴らに、幽霊やらおばけやらに襲われかねない。うっかり出ていた足を掴まれて引きずり出されたり、目が合った瞬間に理不尽に襲われたり。
そんな考えばかりが頭に浮かぶのは、ついさっきそういうホラー映画を観てしまったからなのだけど。
「こわいなら観なきゃいいだろ。キミ、もしかして学習能力がないのか?」
「ぐっ」
正論がぐさりと胸に突き刺さる。ダメ人間代表みたいな鳴海に正論を説かれると、よりダメージが大きい。
こわいのが苦手なら、ホラー映画なんて観なければいい。それはわかっている。でもこわいもの見たさでつい、なんて時が人間にはあるものだ。ドキドキびくびくしながら映画を見て、面白かったとその時は満足して。いざベッドに入ると観た映画の内容が脳裏にちらついて、こわくて眠れなくなる。どうして観てしまったのだろう、そう後悔するのはいつものことだった。
誰かが一緒にいてくれれば安心できるのだけど、残念ながら深夜に呼び出して駆けつけてくれるような相手は私にはいなかった。恥を忍んで同じ第1部隊の誰かに泣きつくという手もあるけれど、私の事情に付き合わせて翌日の任務に支障を来しては意味がない。
ーーどうしよう。
今からちょうど一年程前、寮を出て基地近くのアパートで新生活を始めたばかりの私は、深夜に一人頭を抱えていた。
その日、私は今日と同じように深夜にホラー映画を観てしまい、案の定こわくて眠れなくなってしまったのだ。実家にいた時は家族が、寮にいた時はルームメイトがいたからよかったものの、一人暮らしを始めた今、頼れる相手は誰もいない。
幽霊に襲われないよう全身を布団ですっぽり覆い、誰かに助けを求められないかとスマホでメッセージアプリを開く。駆けつけてもらえなくても、せめて私が眠りにつくまで通話できればと思ったのだ。お母さん、妹、友達はすでに寝ているのかメッセージに既読がつかない。同僚は誰が非番かわからず連絡すらできない。
それからしばらく連絡先を遡り、ふと目を留めた。そこに表示されていたのは入隊したばかりの頃に交換した同期の連絡先一覧。そして私は藁にも縋る思いで、その内の一人に電話をかけた。
鳴海弦。
我らが第1部隊隊長であり、私の同期でもある男。とはいえ入隊したばかりの頃に数回話した程度で、念のため連絡先を交換したものの、今まで一度だって連絡を取ったことはなかった。そんな相手に電話をかけるのは一か八かの賭けのようなもので、そして私は賭けに勝った。
『……誰だ』
電話越しに不機嫌そうな声とゲーム音が聞こえてくる。でも、やっぱりまだ起きていた。彼が毎日夜更かしてそのたびに長谷川副隊長に怒られている姿は、第1ではあまりにも見慣れた光景だった。
『私、えっと覚えてますか? 同期の……』
『ああ、キミか。こんな遅くにボクに何の用だ』
『すみません、用ってほどではないんですが、鳴海隊長にお願いがありまして』
『……ろ』
『え?』
『隊長はやめろ。今は勤務時間外だろ。敬語もいらん。一応その、同期だからな』
私がホラー映画を観るたびに鳴海に電話をするようになったのは、それからだ。
初めて電話をした日、理由を話したらそれはもう散々に笑われたけれど、深夜でも話し相手になってくれる鳴海は私にとって貴重な存在だった。いちいちムカつくけれど、毎回私が寝落ちするまで付き合ってくれるからそれなりに感謝もしている。調子名乗るのが目に見えているから、本人には絶対言わないけど。
ふぁ、と欠伸が出る。
「眠いのか」
「んー、ちょっとね。鳴海は? まだ寝ないの?」
「ボクはもうしばらくやるつもりだ」
「あとどれくらい?」
「少なくともキミが寝落ちするほうが先だろうな」
「また長谷川副隊長に怒られちゃうよ」
「はっ、そんなの知ったことか」
キャンキャンと騒ぐ様子が簡単に想像できて思わず笑ってしまう。
そういえば鳴海は普段子どもっぽくて騒がしいけれど、夜に電話する時はだいぶ落ち着いている気がする。年相応というのは少しおかしいかもしれないけれど、通話中の声は静かでそれでいて心地いい。
あんなにこわくて仕方がなかったのに、鳴海と通話していると緩やかに睡魔が押し寄せてくるから不思議だ。頭からすっぽり布団を被っているのもあって体温も上がって、瞼がだんだん重くなる。
「おい、寝たのか?」
「……」
「やっと寝たな。全く世話のかかるやつだな、キミは」
ゆっくりと意識が沈んでいく。そんな中、「おやすみ」と優しい声が聞こえたような気がした。
「バカかキミは」
電話の向こうで鼻で笑われるのがわかった。それを聞いて、無意識に指先が通話を終了しようと動く。
……おっと、いけない。正直イラッとしたけれど、私はまだこの電話を切るわけにはいかないのだ。苛立つ心を落ち着かせるように深呼吸をして、何とか会話を続ける。
「……うるさい」
「そうか。なら切るぞ。ボクは忙しいんだ」
「ま、待って鳴海! お願い切らないで」
「ハッ、それが人にものを頼む態度か? 前に教えただろ。こういう時は?」
「オネガイシマスナルミサマ」
「何だって? よく聞こえんな」
「〜っ、お願いします鳴海様!」
「ふん、いいだろう。もう少しだけ付き合ってやる」
くっ、なんて屈辱。今度お金をせびられたら絶対に同じことをさせてやるんだから。
そう決意するも、鳴海はお金を借りるためならプライドをやすやすと捨てる男だ。私が同じことを要求したところで、けろっとした顔でやってのけるに決まっている。土下座ももう飽きるほど見た。
他に何か、あいつをギャフンと言わせる良い手はないだろうか。そうだ、第3部隊の保科副隊長にも手伝ってもらってーー。
そんなことを考えていると、不意に鳴海が話しかけてきた。
「どうせまた頭まで布団被って震えてるんだろ」
その言葉に、どきりとする。私はすかさず「震えてないし」と返したものの、強くは言い返せなかった。だって、図星だったから。
私はいま鳴海の言う通り、夏だというのに頭のてっぺんから足先までをすっぽりと薄手の布団で覆っていた。何故なら、そうしていないと不安で仕方がないからだ。もしどこか一か所でも肌が出ていたら、そこから奴らに、幽霊やらおばけやらに襲われかねない。うっかり出ていた足を掴まれて引きずり出されたり、目が合った瞬間に理不尽に襲われたり。
そんな考えばかりが頭に浮かぶのは、ついさっきそういうホラー映画を観てしまったからなのだけど。
「こわいなら観なきゃいいだろ。キミ、もしかして学習能力がないのか?」
「ぐっ」
正論がぐさりと胸に突き刺さる。ダメ人間代表みたいな鳴海に正論を説かれると、よりダメージが大きい。
こわいのが苦手なら、ホラー映画なんて観なければいい。それはわかっている。でもこわいもの見たさでつい、なんて時が人間にはあるものだ。ドキドキびくびくしながら映画を見て、面白かったとその時は満足して。いざベッドに入ると観た映画の内容が脳裏にちらついて、こわくて眠れなくなる。どうして観てしまったのだろう、そう後悔するのはいつものことだった。
誰かが一緒にいてくれれば安心できるのだけど、残念ながら深夜に呼び出して駆けつけてくれるような相手は私にはいなかった。恥を忍んで同じ第1部隊の誰かに泣きつくという手もあるけれど、私の事情に付き合わせて翌日の任務に支障を来しては意味がない。
ーーどうしよう。
今からちょうど一年程前、寮を出て基地近くのアパートで新生活を始めたばかりの私は、深夜に一人頭を抱えていた。
その日、私は今日と同じように深夜にホラー映画を観てしまい、案の定こわくて眠れなくなってしまったのだ。実家にいた時は家族が、寮にいた時はルームメイトがいたからよかったものの、一人暮らしを始めた今、頼れる相手は誰もいない。
幽霊に襲われないよう全身を布団ですっぽり覆い、誰かに助けを求められないかとスマホでメッセージアプリを開く。駆けつけてもらえなくても、せめて私が眠りにつくまで通話できればと思ったのだ。お母さん、妹、友達はすでに寝ているのかメッセージに既読がつかない。同僚は誰が非番かわからず連絡すらできない。
それからしばらく連絡先を遡り、ふと目を留めた。そこに表示されていたのは入隊したばかりの頃に交換した同期の連絡先一覧。そして私は藁にも縋る思いで、その内の一人に電話をかけた。
鳴海弦。
我らが第1部隊隊長であり、私の同期でもある男。とはいえ入隊したばかりの頃に数回話した程度で、念のため連絡先を交換したものの、今まで一度だって連絡を取ったことはなかった。そんな相手に電話をかけるのは一か八かの賭けのようなもので、そして私は賭けに勝った。
『……誰だ』
電話越しに不機嫌そうな声とゲーム音が聞こえてくる。でも、やっぱりまだ起きていた。彼が毎日夜更かしてそのたびに長谷川副隊長に怒られている姿は、第1ではあまりにも見慣れた光景だった。
『私、えっと覚えてますか? 同期の……』
『ああ、キミか。こんな遅くにボクに何の用だ』
『すみません、用ってほどではないんですが、鳴海隊長にお願いがありまして』
『……ろ』
『え?』
『隊長はやめろ。今は勤務時間外だろ。敬語もいらん。一応その、同期だからな』
私がホラー映画を観るたびに鳴海に電話をするようになったのは、それからだ。
初めて電話をした日、理由を話したらそれはもう散々に笑われたけれど、深夜でも話し相手になってくれる鳴海は私にとって貴重な存在だった。いちいちムカつくけれど、毎回私が寝落ちするまで付き合ってくれるからそれなりに感謝もしている。調子名乗るのが目に見えているから、本人には絶対言わないけど。
ふぁ、と欠伸が出る。
「眠いのか」
「んー、ちょっとね。鳴海は? まだ寝ないの?」
「ボクはもうしばらくやるつもりだ」
「あとどれくらい?」
「少なくともキミが寝落ちするほうが先だろうな」
「また長谷川副隊長に怒られちゃうよ」
「はっ、そんなの知ったことか」
キャンキャンと騒ぐ様子が簡単に想像できて思わず笑ってしまう。
そういえば鳴海は普段子どもっぽくて騒がしいけれど、夜に電話する時はだいぶ落ち着いている気がする。年相応というのは少しおかしいかもしれないけれど、通話中の声は静かでそれでいて心地いい。
あんなにこわくて仕方がなかったのに、鳴海と通話していると緩やかに睡魔が押し寄せてくるから不思議だ。頭からすっぽり布団を被っているのもあって体温も上がって、瞼がだんだん重くなる。
「おい、寝たのか?」
「……」
「やっと寝たな。全く世話のかかるやつだな、キミは」
ゆっくりと意識が沈んでいく。そんな中、「おやすみ」と優しい声が聞こえたような気がした。