鳴海弦
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「ねえ、鳴海」
「なんだ?」
「私、彼氏ができたの」
場所は深夜の隊長室。そこで私は布団に寝転びながらゲームをする男、鳴海弦にそう告げた。
彼は日本防衛隊第1部隊隊長であり、私の同期、そしてリアルで会える数少ないゲーム友達。普段はもちろん隊長に対して敬意を持って接しているけれど、勤務時間を終えれば私たちは入隊したばかりの頃みたいな、まだ上下関係のなかった頃みたいな気安い関係になる。どこまで気安いのかというと、非番の前日には毎回鳴海が私物化した隊長室で夜が明けるまでゲームするくらいには。気づいたら二人してそのまま寝落ちするなんてこともあるくらいには、遠慮のない仲だ。
さっきの私の発言も、そんな最中の出来事だった。仕事を終えてコンビニで食糧を買ってからやってきた、散らかった隊長室。そこでいつものようにゲームをしながら、気の置けない友人である鳴海に何気なくした恋愛話。……なんてのは、もちろん真っ赤な嘘で。
さて、鳴海はどんな反応をするだろう?
私はにやにやしそうになるのを必死に堪えながら、何でもないような顔でゲームを続けた。
時刻は午前零時を少し過ぎていて、当然日付も変わっている。そして今日は四月一日、エイプリルフール。SNSはすでに楽しい嘘で溢れていて、私も乗っかってみようと鳴海に嘘をついたのだ。どうせすぐにバレて、鼻で笑われるだろうと予想して。
しかし聞こえてきたのは鳴海の嘲笑ではなく、ゲームオーバー音だった。
「え、珍しっ?!」
普段の鳴海ならありえない凡ミスに思わず声が出る。
「別に。ボクだってミスくらいする」
素直に認めるものだから、余計に目を丸くしてしまった。いつもの鳴海なら、ゲーム機とかコントローラーの不具合のせいにするのに。
「鳴海、もしかして熱あったりする?」
「あるわけないだろ。それよりキミ、男に興味あったんだな」
「それはまあ、一応ね! 人並みには」
これは嘘じゃない、けど。今はこうやって友人とゲームをしてる時間のほうが楽しくて、恋愛モードになっていないのは事実だ。
彼氏がほしいとか好きな人がいるとか、鳴海の前で一切話したことがなかったから本当かどうか疑われているのかもしれない。深く追及されたら答えられる気がしないなと身構えるも、鳴海は「ふぅん」と平坦な声で言っただけだった。
それはそれで張り合いがないというか、なんというか。反応が薄すぎて面白くない。
そこで私は、再びゲームをスタートした鳴海に訊ねてみた。
「ね、鳴海はいないの? 彼女とか、好きな人とか」
「は? 何でキミにそんなこと言わなきゃならん」
「いいじゃんか別にー! ほら、私も教えたんだからさ」
布団を揺すってごねる私に、鳴海が渋々と言った様子で答える。
「……ボクは、フラれた」
「えっ?!」
テレビから再びゲームオーバーの音がする。しかし今回ゲームオーバーになったのは鳴海じゃなくて私だった。でも、今はそんなことどうでもいい。反射的に「嘘!」と声に出せば「本当だ」とピシャリと返される。
確かに、鳴海に嘘をついている様子はない。でもまさか、鳴海に好きな人がいたなんて。しかもフラれたとか。私とゲームしてる時は誰かに恋をしてるとかそんな様子、微塵もなかったのに。
人間どれだけ一緒にいてもわからないものだと思う。いや、鳴海が隠すのが上手いのか、私が気づかなかっただけなのかわからないけれど。
それにしても、軽い気持ちでついた嘘からとんでもない真実を知ってしまった。こんなはずじゃなかったのに、まさかである。
そして嘘をつくことに慣れていない私は、だんだんと今の状況が心苦しくなってきていた。友人である鳴海が真面目に話してくれているのに、私は何をやっているのかと。私が今すべきことは、傷心の友人を励ますことなんじゃないかと。
「ごめん、鳴海!」
私は両手をついて、頭を深々と下げた。鳴海お得意の土下座である。鳴海と違って心は込めているつもりだ。そして私は全てを正直に話した。
彼氏ができたというのは軽い気持ちでついたエイプリルフールの嘘だということ。そのせいで鳴海の恋とその終わりを話させてしまったこと。傷心の友人を励ますためなら何でもやる所存だということ。
それらを踏まえ、私は誠心誠意謝罪した。それでも鳴海になじられるなら、仕方のないことだ。例えエイプリルフールとはいえ、私はそれだけのことを友人にしてしまったのだから。
しかし鳴海は「そうか」と一言告げただけで、それ以上は何も言わなかった。
私の嘘を許してくれるのだろうか。そうだったら、嬉しい。けれど期待して顔を上げた私の目に映ったのは、頬杖をついてニヤニヤと愉しげに笑う鳴海の姿だった。
「ま、わかっていたことだがな」
「は?」
「だから、キミに彼氏がいないことくらい最初からわかりきっていたと言ったんだ。どうせエイプリルフールだから嘘をついてやろうとでも思ったんだろ。あんな見え見えの嘘をつくとは予想外だったが」
私的には上出来の嘘を、鳴海は見え見えと宣った。じゃあ私は、全部わかりきっていた鳴海にずっと踊らされてたってこと? 自業自得とはいえさすがに腹が立つ。騙して申し訳ないと思った気持ちも、傷ついた友人を励まそうと思った気持ちもまるっと返してほしい。
「もしかして、フラれたってのも嘘?」
「ああ、あれか。キミの言葉が嘘ならそうなるな」
「私の、言葉……?」
何のことだろう。意味がわからないと首を傾げる私に、鳴海は呆れたように言った。
「キミに本当に彼氏がいるなら、ボクはキミにフラれたことになる。が、そうじゃないなら、ボクはまだフラれていない」
これでもまだわからないかと問われ、私は肯定も否定もできなかった。言葉の意味は、もちろんわかる。でもそれに頷いてしまったら、私たちはどうなってしまうのだろう。
「でも私たち、友達だよね?」
「そう思ってるのはキミだけだ」
気安い友人関係にひびが入った気がした。いや、そもそもそんなものどこにもなかったのだ。それを言葉で突きつけられて、胸がつきりと痛む。
「ボクは好きでもない相手をわざわざ部屋に呼んだりしないし、二人きりでゲームをしたいと思わない。キミだけだ。キミだから全部許している」
眉根を寄せる鳴海もまた苦しげだった。鳴海はこの偽りの友人関係をさっさと終わらせることもできたはずなのに、それをしなかったのは私を思ってのことかもしれない。私が友人の鳴海とゲームする時間を純粋に楽しんでいたから。
「……なのにキミときたら寝落ちするわ、無防備に寝顔晒すわ、何なんだ本当に。いつ襲われてもおかしくなかったんだからな! ボクの鉄の理性に感謝しろよ!」
「うっ、それはごめんなさい」
「まあボクも、キミがボクを男として見ていないのを知った上で近づいたんだがな」
「そうなの?」
「近づかないと何も始まらないからな。まずは友人として近づいて、あとは堕とせばいいと。だがあれから何年経った?」
鳴海と隊長室でゲームをするようになったのは彼が隊長になってからだけど、友人になったのはもっとずっと前。それこそ入隊式のあとにはゲームの話で二人で盛り上がったから……指折り数えて、その年数に素直に驚く。
「キミはあれか? その場から延々と動かなくなるバグか何かか?」
仮にも好きな相手をバグで例えるのはどうなんだろう。しかも思い当たることが多すぎて否定もできない。
「だが、それも今日解決した。エイプリルフールなんてくだらんと思っていたが、たまにはいいこともある」
「いいこと?」
「キミが男に興味があることがわかった。それも人並みに」
「それは……」
「あと、傷心のボクを励ますためなら何でもすると言ったな」
全く、よく覚えている。鳴海の前で「何でも」は失敗だった。何を要求されるかわかったものじゃない。
身構える私に、鳴海は短く告げた。
「ボクはキミが好きだ。これからは友人ではなく、一人の男として見てくれないか」
それは思わず拍子抜けしてしまうような告白だった。無理やり付き合えなどと言われたら、転属願いを出すつもりですらあったから。
「もちろんすぐにとは言わん。嫌ならこの場から立ち去ってくれてもいい。だが、もしそうじゃないなら」
鳴海の手が伸びてきて、私の手に触れた。ぴくりと一瞬震えた私の手は、そのまま逃げる間もなく大きな手に握り込まれてしまった。
この時には、もう私の未来は決まっていたのだと思う。
射抜くような視線に堪えかねて顔を背けると、鳴海がフッと笑う気配がした。
「ボクにキミを堕とす許可をくれ」
「なんだ?」
「私、彼氏ができたの」
場所は深夜の隊長室。そこで私は布団に寝転びながらゲームをする男、鳴海弦にそう告げた。
彼は日本防衛隊第1部隊隊長であり、私の同期、そしてリアルで会える数少ないゲーム友達。普段はもちろん隊長に対して敬意を持って接しているけれど、勤務時間を終えれば私たちは入隊したばかりの頃みたいな、まだ上下関係のなかった頃みたいな気安い関係になる。どこまで気安いのかというと、非番の前日には毎回鳴海が私物化した隊長室で夜が明けるまでゲームするくらいには。気づいたら二人してそのまま寝落ちするなんてこともあるくらいには、遠慮のない仲だ。
さっきの私の発言も、そんな最中の出来事だった。仕事を終えてコンビニで食糧を買ってからやってきた、散らかった隊長室。そこでいつものようにゲームをしながら、気の置けない友人である鳴海に何気なくした恋愛話。……なんてのは、もちろん真っ赤な嘘で。
さて、鳴海はどんな反応をするだろう?
私はにやにやしそうになるのを必死に堪えながら、何でもないような顔でゲームを続けた。
時刻は午前零時を少し過ぎていて、当然日付も変わっている。そして今日は四月一日、エイプリルフール。SNSはすでに楽しい嘘で溢れていて、私も乗っかってみようと鳴海に嘘をついたのだ。どうせすぐにバレて、鼻で笑われるだろうと予想して。
しかし聞こえてきたのは鳴海の嘲笑ではなく、ゲームオーバー音だった。
「え、珍しっ?!」
普段の鳴海ならありえない凡ミスに思わず声が出る。
「別に。ボクだってミスくらいする」
素直に認めるものだから、余計に目を丸くしてしまった。いつもの鳴海なら、ゲーム機とかコントローラーの不具合のせいにするのに。
「鳴海、もしかして熱あったりする?」
「あるわけないだろ。それよりキミ、男に興味あったんだな」
「それはまあ、一応ね! 人並みには」
これは嘘じゃない、けど。今はこうやって友人とゲームをしてる時間のほうが楽しくて、恋愛モードになっていないのは事実だ。
彼氏がほしいとか好きな人がいるとか、鳴海の前で一切話したことがなかったから本当かどうか疑われているのかもしれない。深く追及されたら答えられる気がしないなと身構えるも、鳴海は「ふぅん」と平坦な声で言っただけだった。
それはそれで張り合いがないというか、なんというか。反応が薄すぎて面白くない。
そこで私は、再びゲームをスタートした鳴海に訊ねてみた。
「ね、鳴海はいないの? 彼女とか、好きな人とか」
「は? 何でキミにそんなこと言わなきゃならん」
「いいじゃんか別にー! ほら、私も教えたんだからさ」
布団を揺すってごねる私に、鳴海が渋々と言った様子で答える。
「……ボクは、フラれた」
「えっ?!」
テレビから再びゲームオーバーの音がする。しかし今回ゲームオーバーになったのは鳴海じゃなくて私だった。でも、今はそんなことどうでもいい。反射的に「嘘!」と声に出せば「本当だ」とピシャリと返される。
確かに、鳴海に嘘をついている様子はない。でもまさか、鳴海に好きな人がいたなんて。しかもフラれたとか。私とゲームしてる時は誰かに恋をしてるとかそんな様子、微塵もなかったのに。
人間どれだけ一緒にいてもわからないものだと思う。いや、鳴海が隠すのが上手いのか、私が気づかなかっただけなのかわからないけれど。
それにしても、軽い気持ちでついた嘘からとんでもない真実を知ってしまった。こんなはずじゃなかったのに、まさかである。
そして嘘をつくことに慣れていない私は、だんだんと今の状況が心苦しくなってきていた。友人である鳴海が真面目に話してくれているのに、私は何をやっているのかと。私が今すべきことは、傷心の友人を励ますことなんじゃないかと。
「ごめん、鳴海!」
私は両手をついて、頭を深々と下げた。鳴海お得意の土下座である。鳴海と違って心は込めているつもりだ。そして私は全てを正直に話した。
彼氏ができたというのは軽い気持ちでついたエイプリルフールの嘘だということ。そのせいで鳴海の恋とその終わりを話させてしまったこと。傷心の友人を励ますためなら何でもやる所存だということ。
それらを踏まえ、私は誠心誠意謝罪した。それでも鳴海になじられるなら、仕方のないことだ。例えエイプリルフールとはいえ、私はそれだけのことを友人にしてしまったのだから。
しかし鳴海は「そうか」と一言告げただけで、それ以上は何も言わなかった。
私の嘘を許してくれるのだろうか。そうだったら、嬉しい。けれど期待して顔を上げた私の目に映ったのは、頬杖をついてニヤニヤと愉しげに笑う鳴海の姿だった。
「ま、わかっていたことだがな」
「は?」
「だから、キミに彼氏がいないことくらい最初からわかりきっていたと言ったんだ。どうせエイプリルフールだから嘘をついてやろうとでも思ったんだろ。あんな見え見えの嘘をつくとは予想外だったが」
私的には上出来の嘘を、鳴海は見え見えと宣った。じゃあ私は、全部わかりきっていた鳴海にずっと踊らされてたってこと? 自業自得とはいえさすがに腹が立つ。騙して申し訳ないと思った気持ちも、傷ついた友人を励まそうと思った気持ちもまるっと返してほしい。
「もしかして、フラれたってのも嘘?」
「ああ、あれか。キミの言葉が嘘ならそうなるな」
「私の、言葉……?」
何のことだろう。意味がわからないと首を傾げる私に、鳴海は呆れたように言った。
「キミに本当に彼氏がいるなら、ボクはキミにフラれたことになる。が、そうじゃないなら、ボクはまだフラれていない」
これでもまだわからないかと問われ、私は肯定も否定もできなかった。言葉の意味は、もちろんわかる。でもそれに頷いてしまったら、私たちはどうなってしまうのだろう。
「でも私たち、友達だよね?」
「そう思ってるのはキミだけだ」
気安い友人関係にひびが入った気がした。いや、そもそもそんなものどこにもなかったのだ。それを言葉で突きつけられて、胸がつきりと痛む。
「ボクは好きでもない相手をわざわざ部屋に呼んだりしないし、二人きりでゲームをしたいと思わない。キミだけだ。キミだから全部許している」
眉根を寄せる鳴海もまた苦しげだった。鳴海はこの偽りの友人関係をさっさと終わらせることもできたはずなのに、それをしなかったのは私を思ってのことかもしれない。私が友人の鳴海とゲームする時間を純粋に楽しんでいたから。
「……なのにキミときたら寝落ちするわ、無防備に寝顔晒すわ、何なんだ本当に。いつ襲われてもおかしくなかったんだからな! ボクの鉄の理性に感謝しろよ!」
「うっ、それはごめんなさい」
「まあボクも、キミがボクを男として見ていないのを知った上で近づいたんだがな」
「そうなの?」
「近づかないと何も始まらないからな。まずは友人として近づいて、あとは堕とせばいいと。だがあれから何年経った?」
鳴海と隊長室でゲームをするようになったのは彼が隊長になってからだけど、友人になったのはもっとずっと前。それこそ入隊式のあとにはゲームの話で二人で盛り上がったから……指折り数えて、その年数に素直に驚く。
「キミはあれか? その場から延々と動かなくなるバグか何かか?」
仮にも好きな相手をバグで例えるのはどうなんだろう。しかも思い当たることが多すぎて否定もできない。
「だが、それも今日解決した。エイプリルフールなんてくだらんと思っていたが、たまにはいいこともある」
「いいこと?」
「キミが男に興味があることがわかった。それも人並みに」
「それは……」
「あと、傷心のボクを励ますためなら何でもすると言ったな」
全く、よく覚えている。鳴海の前で「何でも」は失敗だった。何を要求されるかわかったものじゃない。
身構える私に、鳴海は短く告げた。
「ボクはキミが好きだ。これからは友人ではなく、一人の男として見てくれないか」
それは思わず拍子抜けしてしまうような告白だった。無理やり付き合えなどと言われたら、転属願いを出すつもりですらあったから。
「もちろんすぐにとは言わん。嫌ならこの場から立ち去ってくれてもいい。だが、もしそうじゃないなら」
鳴海の手が伸びてきて、私の手に触れた。ぴくりと一瞬震えた私の手は、そのまま逃げる間もなく大きな手に握り込まれてしまった。
この時には、もう私の未来は決まっていたのだと思う。
射抜くような視線に堪えかねて顔を背けると、鳴海がフッと笑う気配がした。
「ボクにキミを堕とす許可をくれ」