保科宗四郎
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日はまだ、あの子を一度も見ていない。食堂に訓練室、資料室にもオペレーションルームにもいなかった。
ったく、どこほっつき歩いとんのやろ。僕の愛弟子ちゃんは。
すれ違う隊員たちと軽く挨拶を交わしながら、前回の討伐報告書を持って隊長室へと向かう。その道中も、愛弟子らしき姿は見受けられなかった。こんな日は久々かもしれない。彼女には彼女の任務があって別行動も多いが、最低でも一日一回は顔を合わせていた。それが今日はまだ。カフカや小此木ちゃんたちに聞けば「あっちで見た」「こっちで見た」と目撃証言はあるものの、その場に行ってもすでに姿はなく、どうにもすれ違っているらしい。これといって用があるわけではないが、いつも見る顔がいないというのは妙に心を落ち着かなくさせた。
「失礼します」
隊長室をノックして返事を待つ。いつもならすぐに「入れ」と返事が返ってくるが、しばらく経ってもそれがなかった。
亜白隊長、席外しとんのやろか。
今日渡すのは報告書だけだ。机に置いておけば次回の会議までに目を通してくれるだろう。念のためもう一度ノックしてから、ゆっくりとドアノブを回す。
「失礼しますよーっと。うおっ⁈」
ドアを開けると同時に、僕は思わずびくりと肩を揺らした。副隊長室よりずっと広い隊長室。その真ん中に、一匹の大きな虎が寝そべっていたのである。
「何や君おったんか。おるなら返事くらいしてや」
当然返事はない。猫好きである亜白隊長のペットである白い虎(確かにネコ科やけども、飼うってどうなん?)は僕を一瞥すると、面倒くさそうに欠伸をしてみせた。亜白隊長がしっかり躾ているだけあって襲われることはないが、部屋に入って早々この大きさの虎が部屋にいるとさすがにビビる。
僕は再びその巨躯を丸めた虎の横を通り、隊長の机に簡単なメモとともに報告書を置いた。そしてそのまま部屋を後にしようと思ったが、何となく足を止める。今、亜白隊長はいない。ということは、ふかふかの毛並みを持つ虎に触りたい放題なのである。こんな機会、逃す手はない。
「ほんま、ふっかふかやなあ君」
ぽふっと虎の頭に手を乗せて白い毛並みを堪能する。虎は一瞬青い瞳を僕に向けたが、嫌がる素振りは見せなかった。それどころか少し頭をもたげて、ここも触れと言わんばかりに顎を差し出してくる。
虎やけど、こういうところは確かに猫やな。
残念ながら虎はゴロゴロと喉を鳴らすことはないらしい。けれど気持ちがいいことは顔を見ればわかる。
「なあ、君。僕の愛弟子ちゃん見んかった?」
グゥ、と微かに鳴いた虎は、青い瞳を静かに僕に向けた。
「いっつも元気いっぱいに僕のとこに来んのやけど、今日は会うてなくてな。まあそういう日もあんねやろうけど、あの子がおらんとやっぱ寂しいなあ」
虎に向かって何を言っているのか、と自分でも思った。しかし返事がないとわかっているからこそ、吐き出せるものもある。じっと僕の話に耳を傾けていた虎はガゥと短く鳴いて、少し湿った薄ピンクの鼻を僕の顔に押し付けてきた。ぐいぐいと何度もそれは繰り返され、まるで「元気出せよ」と励まされているみたいだった。
「慰めてくれるん? 優しいなあ」
お礼にこれでもかと撫でてやる。しばらくして虎は気が済んだのか、立ち上がってネコ科らしく大きく伸びをしてーー。
「……は?」
さっきまで虎が寝そべっていたその場所に、ずっと探していた愛弟子がいた。
「ちょ、君何してんのや!」
慌ててその肩を揺する。愛弟子は呑気に「あと五分〜」などと言っていたが、「早よ起きんと朝飯抜きやで!」と一蹴する。もう夕方だったが食いしん坊の彼女には効果抜群だったようで、「それは困る!」と飛び起きた。
「……ってあれ、保科副隊長? お母さんは?」
「誰がおかんや。君、亜白隊長のペットに下敷きにされとったんやで」
「ああ、あれは……」
僕の愛弟子曰く。彼女も亜白隊長に用があってここを訪れたとのことだった。しかし隊長の姿はなく彼女のペットである虎だけがいて、隊長が戻るまでの間、僕と同じようにその魅惑のもふもふを思う存分堪能しようと考えたらしい。そして虎と戯れているうちにいつしかもふもふに埋もれ、あまりの気持ちよさに今の今まで眠っていたのだという。
「私も虎を飼おうかと思うくらい至高のもふもふでした」
全身毛だらけになりながら、愛弟子は満足そうに言った。
「保科副隊長ももふもふに埋まってみます? 癖になりますよ!」って。ほんま君って子は。
「何やねんもう!」
ふにゃりと笑う愛弟子に、一気に脱力する。探しても見つからないはずだ。「あれ、もう夕方だ⁈」と驚く彼女は一体いつから虎の下で眠っていたのか。
「保科副隊長?」
突然へたり込んだ僕を愛弟子が心配そうに覗き込んできた。「大丈夫ですか?」ってこうなったんは君のせいやけど。
「何でもあらへん」
「うわ⁈」
近づいてきた小さな頭を捕まえて思い切りぐしゃぐしゃにしてやった。もふもふの手触りとは全く違うが、これはこれで僕は気に入っている。
「ガウ!」
視界の端で縞模様の長い尾が揺れた。見ると亜白隊長の虎が不満げに僕達を見ていて、自分も構えということなのだろう。僕の愛弟子にぐりぐりと頭を押し付けていた。
「おーよしよし」
亜白隊長の虎は愛弟子によく懐いているようだった。戯れついて自分の下に隠す程だから、当然と言えば当然かもしれない。虎は愛弟子に撫でられ満足そうに目を細め、ぺろり、と。彼女の顔を舐めた。
「あっはは、くすぐった……いや、待ってちょっと痛い!」
ネコ科の動物の舌はザラザラしている。虎も例外ではないのだろう。痛みに堪えかねた愛弟子が待ったをかけても虎は止まることなく彼女の顔を舐め続けた。
……ちょっと長ない? あと隊長のペットってメスやったっけ。オスやったっけ。
「ほ、保科副隊長、助けて!」
再び虎の下敷きにされそうになった彼女が僕に助けを求めてくる。伸ばされた手を掴んで愛弟子を引っ張り上げると、虎はじぃっと僕を見たが、それだけだった。
「ありがとうございます。助かりました」
「……」
「? 保科副隊ちょ、むぐっ」
「顔、汚れてんで」
服の袖で愛弟子の顔をゴシゴシと擦る。
「ありがとうございま……痛い! 痛いです副隊長!」
彼女の泣き言には聞こえないふりをした。亜白隊長の虎の性別が何であれ、気に食わないものは気に食わない。だから僕は気の済むまで彼女の顔を拭い続けた。それこそ、虎が彼女の顔を舐めた時間以上の時間をかけて。
「うう、ひどい……」
しばらくして僕から解放された愛弟子の顔は、擦りすぎて微かに赤くなっていた。
その一連の様子を見ていた虎は、大人気ないとでも言いたげな目で僕を見ていたが、
「しゃーないやん」
相手が虎であろうと、嫌なものは嫌なのだから。
ったく、どこほっつき歩いとんのやろ。僕の愛弟子ちゃんは。
すれ違う隊員たちと軽く挨拶を交わしながら、前回の討伐報告書を持って隊長室へと向かう。その道中も、愛弟子らしき姿は見受けられなかった。こんな日は久々かもしれない。彼女には彼女の任務があって別行動も多いが、最低でも一日一回は顔を合わせていた。それが今日はまだ。カフカや小此木ちゃんたちに聞けば「あっちで見た」「こっちで見た」と目撃証言はあるものの、その場に行ってもすでに姿はなく、どうにもすれ違っているらしい。これといって用があるわけではないが、いつも見る顔がいないというのは妙に心を落ち着かなくさせた。
「失礼します」
隊長室をノックして返事を待つ。いつもならすぐに「入れ」と返事が返ってくるが、しばらく経ってもそれがなかった。
亜白隊長、席外しとんのやろか。
今日渡すのは報告書だけだ。机に置いておけば次回の会議までに目を通してくれるだろう。念のためもう一度ノックしてから、ゆっくりとドアノブを回す。
「失礼しますよーっと。うおっ⁈」
ドアを開けると同時に、僕は思わずびくりと肩を揺らした。副隊長室よりずっと広い隊長室。その真ん中に、一匹の大きな虎が寝そべっていたのである。
「何や君おったんか。おるなら返事くらいしてや」
当然返事はない。猫好きである亜白隊長のペットである白い虎(確かにネコ科やけども、飼うってどうなん?)は僕を一瞥すると、面倒くさそうに欠伸をしてみせた。亜白隊長がしっかり躾ているだけあって襲われることはないが、部屋に入って早々この大きさの虎が部屋にいるとさすがにビビる。
僕は再びその巨躯を丸めた虎の横を通り、隊長の机に簡単なメモとともに報告書を置いた。そしてそのまま部屋を後にしようと思ったが、何となく足を止める。今、亜白隊長はいない。ということは、ふかふかの毛並みを持つ虎に触りたい放題なのである。こんな機会、逃す手はない。
「ほんま、ふっかふかやなあ君」
ぽふっと虎の頭に手を乗せて白い毛並みを堪能する。虎は一瞬青い瞳を僕に向けたが、嫌がる素振りは見せなかった。それどころか少し頭をもたげて、ここも触れと言わんばかりに顎を差し出してくる。
虎やけど、こういうところは確かに猫やな。
残念ながら虎はゴロゴロと喉を鳴らすことはないらしい。けれど気持ちがいいことは顔を見ればわかる。
「なあ、君。僕の愛弟子ちゃん見んかった?」
グゥ、と微かに鳴いた虎は、青い瞳を静かに僕に向けた。
「いっつも元気いっぱいに僕のとこに来んのやけど、今日は会うてなくてな。まあそういう日もあんねやろうけど、あの子がおらんとやっぱ寂しいなあ」
虎に向かって何を言っているのか、と自分でも思った。しかし返事がないとわかっているからこそ、吐き出せるものもある。じっと僕の話に耳を傾けていた虎はガゥと短く鳴いて、少し湿った薄ピンクの鼻を僕の顔に押し付けてきた。ぐいぐいと何度もそれは繰り返され、まるで「元気出せよ」と励まされているみたいだった。
「慰めてくれるん? 優しいなあ」
お礼にこれでもかと撫でてやる。しばらくして虎は気が済んだのか、立ち上がってネコ科らしく大きく伸びをしてーー。
「……は?」
さっきまで虎が寝そべっていたその場所に、ずっと探していた愛弟子がいた。
「ちょ、君何してんのや!」
慌ててその肩を揺する。愛弟子は呑気に「あと五分〜」などと言っていたが、「早よ起きんと朝飯抜きやで!」と一蹴する。もう夕方だったが食いしん坊の彼女には効果抜群だったようで、「それは困る!」と飛び起きた。
「……ってあれ、保科副隊長? お母さんは?」
「誰がおかんや。君、亜白隊長のペットに下敷きにされとったんやで」
「ああ、あれは……」
僕の愛弟子曰く。彼女も亜白隊長に用があってここを訪れたとのことだった。しかし隊長の姿はなく彼女のペットである虎だけがいて、隊長が戻るまでの間、僕と同じようにその魅惑のもふもふを思う存分堪能しようと考えたらしい。そして虎と戯れているうちにいつしかもふもふに埋もれ、あまりの気持ちよさに今の今まで眠っていたのだという。
「私も虎を飼おうかと思うくらい至高のもふもふでした」
全身毛だらけになりながら、愛弟子は満足そうに言った。
「保科副隊長ももふもふに埋まってみます? 癖になりますよ!」って。ほんま君って子は。
「何やねんもう!」
ふにゃりと笑う愛弟子に、一気に脱力する。探しても見つからないはずだ。「あれ、もう夕方だ⁈」と驚く彼女は一体いつから虎の下で眠っていたのか。
「保科副隊長?」
突然へたり込んだ僕を愛弟子が心配そうに覗き込んできた。「大丈夫ですか?」ってこうなったんは君のせいやけど。
「何でもあらへん」
「うわ⁈」
近づいてきた小さな頭を捕まえて思い切りぐしゃぐしゃにしてやった。もふもふの手触りとは全く違うが、これはこれで僕は気に入っている。
「ガウ!」
視界の端で縞模様の長い尾が揺れた。見ると亜白隊長の虎が不満げに僕達を見ていて、自分も構えということなのだろう。僕の愛弟子にぐりぐりと頭を押し付けていた。
「おーよしよし」
亜白隊長の虎は愛弟子によく懐いているようだった。戯れついて自分の下に隠す程だから、当然と言えば当然かもしれない。虎は愛弟子に撫でられ満足そうに目を細め、ぺろり、と。彼女の顔を舐めた。
「あっはは、くすぐった……いや、待ってちょっと痛い!」
ネコ科の動物の舌はザラザラしている。虎も例外ではないのだろう。痛みに堪えかねた愛弟子が待ったをかけても虎は止まることなく彼女の顔を舐め続けた。
……ちょっと長ない? あと隊長のペットってメスやったっけ。オスやったっけ。
「ほ、保科副隊長、助けて!」
再び虎の下敷きにされそうになった彼女が僕に助けを求めてくる。伸ばされた手を掴んで愛弟子を引っ張り上げると、虎はじぃっと僕を見たが、それだけだった。
「ありがとうございます。助かりました」
「……」
「? 保科副隊ちょ、むぐっ」
「顔、汚れてんで」
服の袖で愛弟子の顔をゴシゴシと擦る。
「ありがとうございま……痛い! 痛いです副隊長!」
彼女の泣き言には聞こえないふりをした。亜白隊長の虎の性別が何であれ、気に食わないものは気に食わない。だから僕は気の済むまで彼女の顔を拭い続けた。それこそ、虎が彼女の顔を舐めた時間以上の時間をかけて。
「うう、ひどい……」
しばらくして僕から解放された愛弟子の顔は、擦りすぎて微かに赤くなっていた。
その一連の様子を見ていた虎は、大人気ないとでも言いたげな目で僕を見ていたが、
「しゃーないやん」
相手が虎であろうと、嫌なものは嫌なのだから。