保科宗四郎
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最っ悪。
私はにこやかな笑みを湛えながら隣に腰を下ろした男をじとりと睨め付けた。
「慰めたろか?」
信じられない言葉を耳にして、眉を顰める。こいつ、空気読めないの? こっちはわざわざ誰も寄りつかない非常階段を選んで一人泣いて
たってのに。
「……いい」
私は涙に濡れた顔を雑に拭って立ち上がろうとした。しかしそれすら隣の男に阻止される。掴まれた手首を振り解こうとしたものの思ったよりも相手の力が強く、私は諦めて再びその場に腰を下ろした。
なんて惨めなんだろう。
じわりと視界が滲む。恋人に振られて一人で泣いていたところを、よりにもよって保科に見られるなんて。
堪えるようにぐっと唇を噛むも、両目からはぽたぽたと雫がこぼれ落ちる。それを必死に袖で拭っていると、横からスッとハンカチが差し出された。
「そんな擦ると目ぇ腫れるで」
「……」
「安心せえ。まだ使っとらん綺麗なやつや」
いらないと手で押し返すと強引にハンカチを握らされた。拒否権なんてないじゃないか。それならそれで存分に使ってやると遠慮なくハンカチに顔を押し付けると、フッと隣で笑う気配がした。
「なによ」
「別に」
そう言いながらも声は笑っている。
だから嫌だったんだ。保科宗四郎という男は確かに有能で頼りになる上司だけれど、私からしたら小うるさくて面倒なやつなのだ。
昔から何かと突っかかってくるし、事あるごとに煽ってくるし、小言が多いし。飲みの席でぽろっと恋人との悩みをこぼしたら、「そんな男やめとき」と理由も聞かずに一蹴してくるし。
きっと今だって、あの時言う通りにしなかった私の自業自得とでも思っているのだろう。実際に私は長年付き合っていた恋人にずっと二股をかけられていて、向こうが悪いのにも関わらず一方的に振られたのだから。
私の悲劇は保科にとっては喜劇にすぎないのかもしれない。だからいつまでも楽しげに笑って隣に居座って。本当に、いい性格をしている。
「人が振られて泣いてるとこ見るの、そんなに楽しい?」
鼻を啜りながら、呆れたように訊ねる。すると保科は一層笑みを深くした。
「おん、楽しいで」
やっぱりこいつ最低だ。
「やって、これでやっとお前フリーになったっちゅうことやん?」
「は?」
意味がわからない。眉を顰める私を無視して、保科が続ける。
「前から思っててん、お前ほんま男見る目ないなって。二人で飲んどる時に毎回碌でもない男のことでピーピー泣いて、やめとけ言うても聞かんし。なんでそんな奴のために泣くねんってずっと気に食わんかった」
すっと手が伸びてきて、私は思わず肩を竦めた。保科の手が壊れものを扱うみたいに優しく頬に触れ、微かに残った涙の跡を拭っていく。
「けど今日のは楽しいっちゅうか、嬉しいわ。これでようやく僕にもチャンスが回ってきたってことやろ」
「えっと……ちょっと待って。保科って私のこと好き、なの?」
突然のことに思考が追いつかない。頭を抱える私の鼻を保科が柔く摘んだ。
「今更やろ。何年片思いしとると思っとんねん」
「そんなこと言われてもごめん。私、保科のことはそういう風には……」
「わかっとる。そんな気はしとったし。だから僕のことは、とりあえず好きに使ってくれて構わへん。慰めてほしかったらいくらでも慰めるし、甘やかしてほしかったらとことん甘やかしたる」
そう言って私を見つめる保科の瞳が熱っぽいことに気づく。一体いつから。もしかして今までずっと? 一度気づいてしまったら、もう気づかない振りはできなくなってしまった。
恋人に振られ傷ついているところを慰められたからといって、簡単に心変わりするつもりはない。けれど保科から注がれる熱はじわりとこちらに柔く爪を立ててくるようで、私は思わず視線を逸らした。
「別に、なにもしなくていい」
「ほーん。なら僕がしたいようにさせてもらうわ」
自分が慰めたいから慰めるし、甘やかしたいから甘やかす。まだ涙を止められずにいる私の頭を撫でながら、保科は目を眇めて小さく囁いた。
「せやから早よ、僕のこと好きになってや」
私はにこやかな笑みを湛えながら隣に腰を下ろした男をじとりと睨め付けた。
「慰めたろか?」
信じられない言葉を耳にして、眉を顰める。こいつ、空気読めないの? こっちはわざわざ誰も寄りつかない非常階段を選んで一人泣いて
たってのに。
「……いい」
私は涙に濡れた顔を雑に拭って立ち上がろうとした。しかしそれすら隣の男に阻止される。掴まれた手首を振り解こうとしたものの思ったよりも相手の力が強く、私は諦めて再びその場に腰を下ろした。
なんて惨めなんだろう。
じわりと視界が滲む。恋人に振られて一人で泣いていたところを、よりにもよって保科に見られるなんて。
堪えるようにぐっと唇を噛むも、両目からはぽたぽたと雫がこぼれ落ちる。それを必死に袖で拭っていると、横からスッとハンカチが差し出された。
「そんな擦ると目ぇ腫れるで」
「……」
「安心せえ。まだ使っとらん綺麗なやつや」
いらないと手で押し返すと強引にハンカチを握らされた。拒否権なんてないじゃないか。それならそれで存分に使ってやると遠慮なくハンカチに顔を押し付けると、フッと隣で笑う気配がした。
「なによ」
「別に」
そう言いながらも声は笑っている。
だから嫌だったんだ。保科宗四郎という男は確かに有能で頼りになる上司だけれど、私からしたら小うるさくて面倒なやつなのだ。
昔から何かと突っかかってくるし、事あるごとに煽ってくるし、小言が多いし。飲みの席でぽろっと恋人との悩みをこぼしたら、「そんな男やめとき」と理由も聞かずに一蹴してくるし。
きっと今だって、あの時言う通りにしなかった私の自業自得とでも思っているのだろう。実際に私は長年付き合っていた恋人にずっと二股をかけられていて、向こうが悪いのにも関わらず一方的に振られたのだから。
私の悲劇は保科にとっては喜劇にすぎないのかもしれない。だからいつまでも楽しげに笑って隣に居座って。本当に、いい性格をしている。
「人が振られて泣いてるとこ見るの、そんなに楽しい?」
鼻を啜りながら、呆れたように訊ねる。すると保科は一層笑みを深くした。
「おん、楽しいで」
やっぱりこいつ最低だ。
「やって、これでやっとお前フリーになったっちゅうことやん?」
「は?」
意味がわからない。眉を顰める私を無視して、保科が続ける。
「前から思っててん、お前ほんま男見る目ないなって。二人で飲んどる時に毎回碌でもない男のことでピーピー泣いて、やめとけ言うても聞かんし。なんでそんな奴のために泣くねんってずっと気に食わんかった」
すっと手が伸びてきて、私は思わず肩を竦めた。保科の手が壊れものを扱うみたいに優しく頬に触れ、微かに残った涙の跡を拭っていく。
「けど今日のは楽しいっちゅうか、嬉しいわ。これでようやく僕にもチャンスが回ってきたってことやろ」
「えっと……ちょっと待って。保科って私のこと好き、なの?」
突然のことに思考が追いつかない。頭を抱える私の鼻を保科が柔く摘んだ。
「今更やろ。何年片思いしとると思っとんねん」
「そんなこと言われてもごめん。私、保科のことはそういう風には……」
「わかっとる。そんな気はしとったし。だから僕のことは、とりあえず好きに使ってくれて構わへん。慰めてほしかったらいくらでも慰めるし、甘やかしてほしかったらとことん甘やかしたる」
そう言って私を見つめる保科の瞳が熱っぽいことに気づく。一体いつから。もしかして今までずっと? 一度気づいてしまったら、もう気づかない振りはできなくなってしまった。
恋人に振られ傷ついているところを慰められたからといって、簡単に心変わりするつもりはない。けれど保科から注がれる熱はじわりとこちらに柔く爪を立ててくるようで、私は思わず視線を逸らした。
「別に、なにもしなくていい」
「ほーん。なら僕がしたいようにさせてもらうわ」
自分が慰めたいから慰めるし、甘やかしたいから甘やかす。まだ涙を止められずにいる私の頭を撫でながら、保科は目を眇めて小さく囁いた。
「せやから早よ、僕のこと好きになってや」