保科宗四郎
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私は目の前の光景が信じられず、思わず二度見した。それでもやっぱり信じられなくて、念入りに目を擦り、もう一度じっくりとそれを観察する。うん、見間違いじゃない。
私の視線の先には朝からずっと執務室に籠り、会議資料や報告書に目を通し続けている保科副隊長がいる。そんな彼が「なんや目がしぱしぱするなぁ」と零したものだから、かすみ目や疲れ目によく効く愛用の目薬をお貸ししたのだ。そこまではいい。問題はその後。
「あれ、おかしいなぁ」
囁かれた独り言のようなそれに、何かあったのかと顔を上げる。するとそこにはどうしてそんなことに!? と思わず声を上げそうになるくらい盛大に目薬をさすのに失敗している保科副隊長がいた。本当にどうしてそんなことに!?
「えっと、保科副隊長?」
「あ、かっこ悪いとこ見られてしもた。実は僕、目薬さすの苦手やねん」
苦手も何もちゃんと目を開けないからでは、というツッコミは何とか喉の奥に飲み込んだ。その間も一向に目薬はさせておらず、眦から涙のように薬液が頬を伝っていく。いくらなんでも下手すぎる。子どもでももう少し上手にさすんじゃないだろうか。
「あかーん! させん!」
まさかあの保科副隊長が目薬ひとつにここまで手こずるとは。意外な一面にくすりと小さく笑みを零すと、耳聡い保科副隊長がムッと頬を膨らませた。
「誰やって苦手なことの一つや二つあるやろ。そない笑うんやったら君がやってくれたらええやん!」
「え」
有無を言わさず随分と量の減った目薬が返却され、途方に暮れる。人の目に目薬をさした経験なんて一度もない。けれど副隊長命令とあらば逆らうことは不可能だ。だとすれば、したことがなくともさっさと済ませてしまうのが得策だろう。
私は保科副隊長のほうへと向かうべく腰を上げた。しかしすぐに「そのままでええ」と制止される。やれと言ったり、そのままでいいと言ったり。一体何がしたいのだろうと首を傾げていると保科副隊長がカラカラと椅子を二つほど私のほうへと引っ張ってきた。そしてそのうちの一つに腰をかけ、「よいしょっと」とそのままごろんと私の膝上に頭が乗せられる。
「ちょっ!?」
私が驚いている合間にも、保科副隊長は器用にバランスを取りながら両足をもう一つ用意した椅子に乗せていた。傍から見れば私が保科副隊長に膝枕している形だ。部屋に私たち以外誰もいなくて本当によかった。こんなとこ誰かに見られたら何を言われることか。
「急に何するんですか、保科副隊長!」
「何って君に目薬さしてもらおうとしてんねやろ。僕、昔からこうせんと目薬できんねん」
小さな子どもなら仕方ないなぁ、かわいいなぁで済んだかもしれない。けれど成人男性、それも上官に膝枕するのは変に意識してしまって緊張する。
「あの、あまりこっちを見ないでもらっていいですか」
「はぁ!? それやと目薬させへんやろ。てか僕も目薬さされんの緊張するからやるなら早よしてや」
そう言って保科副隊長が来たるべき時に備えるかのようにぎゅっと目を閉じる。そんな姿に、あぁ私も小さい頃はそうだったなぁ、なんて懐かしく思いつつ。
「保科副隊長、そんなんじゃ絶対に入らないですよ」
「わかっとる! せやからする時するって言うて! その瞬間に絶対目ぇ開けるから」
本当かなぁ。固く閉ざされた瞼は開く気配は全くないけども。
「じゃあ、いきますよ!」
「来い!」
ぽたり。
「もう一回いきます!」
「おう!」
ぽた、ぽたり。
「……」
見事に全弾空振り。でもそんな気はしていた。私は保科副隊長の目元から流れ落ちる目薬をティッシュで拭いながら、もう片方の手でスマホを取り出した。えーっと、『子ども 目薬 やり方』っと。よし。
「保科副隊長」
「ん、終わった?」
「いえ、まだです。でもちゃんと成功させるので、あとから不敬だって言わないでくださいね」
「は?」
きょとんとする保科副隊長に、私はにこりと微笑みを返した。怖がらなくていいよと子どもをあやすようにさらりとした髪を撫で、それから予告なく彼の両下瞼を素早く引っ張る。
「っ!?」
保科副隊長も何をされるか一瞬で悟ったのだろう。強硬手段ではあるものの、自身で目を開けられないのならば別の人間が無理やり開けてしまえばいいのだ。そして開いてしまえばこっちのもの。反射的に目を閉じられる前に、目薬をさしてしまえばいい。
きゅっと軽く目薬の容器を押せば、ぽたぽたと溢れた雫が重力に逆らえず落ちていった。そして見事に保科副隊長の両の目に着水し、
「んぎゃーっ!!」
無事目薬をさすことに成功した保科副隊長は私の膝上でもんどりを打った。
「何やねんこれ! めっちゃ痛いんやけど!?」
「ふふ、痛いでしょう。効いてる証拠ですよ。よかったらこの目薬あげましょうか」
「いらんわアホ! 僕を殺す気か!」
「えー」
本当によく効くからおすすめなのに。目薬をさすのが下手っぴなお子様保科副隊長には少々刺激が強すぎたみたいだ。
「……君、いま失礼なこと考えとったやろ」
「まさかぁ。そんなわけないじゃないですか」
ようやく痛みが引いてきたらしい保科副隊長が、寝返りを打ちながらジトリとこちらを見上げてくる。けれど私がすっとぼけていると、諦めたかのように力を抜いた。ぽすんと膝上の重みが少しだけ増す。
「まぁええわ。めっちゃ痛かったけど、目はだいぶ楽になったしな」
「お役に立てたならよかったです」
「おん、目薬さすの手伝ってくれてありがとうな」
そう言って私を見上げる保科副隊長とぱちりと目が合った。彼の瞳の中には驚いた顔をする私がいて、私の目にはきっと、やわらかく笑う保科副隊長が映っているはずで。思っていたよりずっと距離が近いことに気づいて、反射的に顔を逸らす。
「どないしたん?」
「いえ何でも。それよりそろそろ退いてもらっていいですか」
「ああ、すまんすまん」
最初からさっきみたいにちゃんと目を開けてくれればあんな手荒なことしなかったのに。
そう思うのに、保科副隊長の瞳の色を私以外の人も知っているかもと思うと何だか嫌で。膝上に微かに残る熱も、知っているのが私だけだったらいいのに、とか。思ってしまって。
「……?」
ーーどうしてそんなことを思うのだろう。
この時の私は芽生えたばかりの小さな感情に気づかずにいるのだけど、数年後、育ちすぎて手に負えなくなったそれにぶんぶん振り回されるのはまた別の話だ。
私の視線の先には朝からずっと執務室に籠り、会議資料や報告書に目を通し続けている保科副隊長がいる。そんな彼が「なんや目がしぱしぱするなぁ」と零したものだから、かすみ目や疲れ目によく効く愛用の目薬をお貸ししたのだ。そこまではいい。問題はその後。
「あれ、おかしいなぁ」
囁かれた独り言のようなそれに、何かあったのかと顔を上げる。するとそこにはどうしてそんなことに!? と思わず声を上げそうになるくらい盛大に目薬をさすのに失敗している保科副隊長がいた。本当にどうしてそんなことに!?
「えっと、保科副隊長?」
「あ、かっこ悪いとこ見られてしもた。実は僕、目薬さすの苦手やねん」
苦手も何もちゃんと目を開けないからでは、というツッコミは何とか喉の奥に飲み込んだ。その間も一向に目薬はさせておらず、眦から涙のように薬液が頬を伝っていく。いくらなんでも下手すぎる。子どもでももう少し上手にさすんじゃないだろうか。
「あかーん! させん!」
まさかあの保科副隊長が目薬ひとつにここまで手こずるとは。意外な一面にくすりと小さく笑みを零すと、耳聡い保科副隊長がムッと頬を膨らませた。
「誰やって苦手なことの一つや二つあるやろ。そない笑うんやったら君がやってくれたらええやん!」
「え」
有無を言わさず随分と量の減った目薬が返却され、途方に暮れる。人の目に目薬をさした経験なんて一度もない。けれど副隊長命令とあらば逆らうことは不可能だ。だとすれば、したことがなくともさっさと済ませてしまうのが得策だろう。
私は保科副隊長のほうへと向かうべく腰を上げた。しかしすぐに「そのままでええ」と制止される。やれと言ったり、そのままでいいと言ったり。一体何がしたいのだろうと首を傾げていると保科副隊長がカラカラと椅子を二つほど私のほうへと引っ張ってきた。そしてそのうちの一つに腰をかけ、「よいしょっと」とそのままごろんと私の膝上に頭が乗せられる。
「ちょっ!?」
私が驚いている合間にも、保科副隊長は器用にバランスを取りながら両足をもう一つ用意した椅子に乗せていた。傍から見れば私が保科副隊長に膝枕している形だ。部屋に私たち以外誰もいなくて本当によかった。こんなとこ誰かに見られたら何を言われることか。
「急に何するんですか、保科副隊長!」
「何って君に目薬さしてもらおうとしてんねやろ。僕、昔からこうせんと目薬できんねん」
小さな子どもなら仕方ないなぁ、かわいいなぁで済んだかもしれない。けれど成人男性、それも上官に膝枕するのは変に意識してしまって緊張する。
「あの、あまりこっちを見ないでもらっていいですか」
「はぁ!? それやと目薬させへんやろ。てか僕も目薬さされんの緊張するからやるなら早よしてや」
そう言って保科副隊長が来たるべき時に備えるかのようにぎゅっと目を閉じる。そんな姿に、あぁ私も小さい頃はそうだったなぁ、なんて懐かしく思いつつ。
「保科副隊長、そんなんじゃ絶対に入らないですよ」
「わかっとる! せやからする時するって言うて! その瞬間に絶対目ぇ開けるから」
本当かなぁ。固く閉ざされた瞼は開く気配は全くないけども。
「じゃあ、いきますよ!」
「来い!」
ぽたり。
「もう一回いきます!」
「おう!」
ぽた、ぽたり。
「……」
見事に全弾空振り。でもそんな気はしていた。私は保科副隊長の目元から流れ落ちる目薬をティッシュで拭いながら、もう片方の手でスマホを取り出した。えーっと、『子ども 目薬 やり方』っと。よし。
「保科副隊長」
「ん、終わった?」
「いえ、まだです。でもちゃんと成功させるので、あとから不敬だって言わないでくださいね」
「は?」
きょとんとする保科副隊長に、私はにこりと微笑みを返した。怖がらなくていいよと子どもをあやすようにさらりとした髪を撫で、それから予告なく彼の両下瞼を素早く引っ張る。
「っ!?」
保科副隊長も何をされるか一瞬で悟ったのだろう。強硬手段ではあるものの、自身で目を開けられないのならば別の人間が無理やり開けてしまえばいいのだ。そして開いてしまえばこっちのもの。反射的に目を閉じられる前に、目薬をさしてしまえばいい。
きゅっと軽く目薬の容器を押せば、ぽたぽたと溢れた雫が重力に逆らえず落ちていった。そして見事に保科副隊長の両の目に着水し、
「んぎゃーっ!!」
無事目薬をさすことに成功した保科副隊長は私の膝上でもんどりを打った。
「何やねんこれ! めっちゃ痛いんやけど!?」
「ふふ、痛いでしょう。効いてる証拠ですよ。よかったらこの目薬あげましょうか」
「いらんわアホ! 僕を殺す気か!」
「えー」
本当によく効くからおすすめなのに。目薬をさすのが下手っぴなお子様保科副隊長には少々刺激が強すぎたみたいだ。
「……君、いま失礼なこと考えとったやろ」
「まさかぁ。そんなわけないじゃないですか」
ようやく痛みが引いてきたらしい保科副隊長が、寝返りを打ちながらジトリとこちらを見上げてくる。けれど私がすっとぼけていると、諦めたかのように力を抜いた。ぽすんと膝上の重みが少しだけ増す。
「まぁええわ。めっちゃ痛かったけど、目はだいぶ楽になったしな」
「お役に立てたならよかったです」
「おん、目薬さすの手伝ってくれてありがとうな」
そう言って私を見上げる保科副隊長とぱちりと目が合った。彼の瞳の中には驚いた顔をする私がいて、私の目にはきっと、やわらかく笑う保科副隊長が映っているはずで。思っていたよりずっと距離が近いことに気づいて、反射的に顔を逸らす。
「どないしたん?」
「いえ何でも。それよりそろそろ退いてもらっていいですか」
「ああ、すまんすまん」
最初からさっきみたいにちゃんと目を開けてくれればあんな手荒なことしなかったのに。
そう思うのに、保科副隊長の瞳の色を私以外の人も知っているかもと思うと何だか嫌で。膝上に微かに残る熱も、知っているのが私だけだったらいいのに、とか。思ってしまって。
「……?」
ーーどうしてそんなことを思うのだろう。
この時の私は芽生えたばかりの小さな感情に気づかずにいるのだけど、数年後、育ちすぎて手に負えなくなったそれにぶんぶん振り回されるのはまた別の話だ。