保科宗四郎
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湿気を含んだ生ぬるい空気がじっとりと肌にまとわりつき、不快感に眉を寄せる。熱帯夜とはまさにこのことだろう。防衛隊スーツには体温調節機能がついているものの、ここまで暑いとさすがに歩くだけで汗が吹き出してくる。
ーー早く基地に帰りたい。
深夜の街を見回りながらじわりと額に浮かんだ汗を拭い、心の中で本音を零す。日中よりだいぶマシだとわかっているものの、暑いものは暑い。早く涼しい季節になってほしい。でも残念ながら夏はまだ始まったばかりだ。
深呼吸とも溜め息ともつかない息を吐き、ライフルを抱え直す。すると耳聡いというべきか、地獄耳というべきか、少し先を歩いていた保科副隊長がくるりと振り向き足を止めた。
「何やめっちゃ嫌そうな顔してるやん」
「だって暑いんですもん」
正直にそう告げれば、副隊長はけらけらと笑い出した。彼曰く、私は今にも溶けそうな顔をしていたらしい。いっそ溶けてしまえたらと思うくらいには参っているのだけど、一方の保科副隊長は一緒に見回りをしているはずなのに汗ひとつかかず、涼しげな表情をしていて羨ましい限りだ。
「まぁ確かに今日は夜でも気温高いしじめっとしとるからなぁ。けどあんま暑い暑い言うんはやめとき。余計暑く感じるからな」
「寒い寒い寒い寒い。……全然暑いんですけど」
「いやいや、小学生か!」
暑さを吹き飛ばすくらい快活なツッコミが私たちの間に響く。けれどそんなのは所詮気のせいで、暑さを思い出させるようにつぅっと汗が背中を伝っていった。
何かーー。何かないか、涼しくなる方法は。
少しでも現状を打破すべく思考を巡らせる。すっごい寒いダジャレを言うとか? いや関西人の保科副隊長に秒でダメ出しされそう。スーツを脱ぐわけにもいかないし、何か……何か……。
「あ」
思わず出た声に、保科副隊長が「どないしたん?」と顔を覗いてくる。
そういえば、手っ取り早く涼しくなる方法ならあった。効果は数日前に実証済み。問題はネタの数だけど、保科副隊長もいるし何とかなるかもしれない。
私はダメ元で保科副隊長に提案をした。
「あの、怪談話しませんか?」
***
中之島小隊長が大量の缶ビールとおつまみを手に「百物語しようぜ〜!」と、女子寮に乗り込んで来たのは数日前のこと。夏っぽいことがしたいという中之島小隊長により仕事終わりや非番の女性隊員を集めて行われたその会は、最終的にはただの飲み会となったのだけど、最初のうちは割と本格的だった。
順番が回ってきた隊員が「知り合いに聞いた話なんですけど……」と静かに語り始め、最後には鳥肌が立つほどぞくりとする。そんな話ばかりで私はあの日ほど先にお風呂を済ませておいてよかったと思ったことはない。何なら夜は百物語に参加していなかった同室の子のベッドに潜り込んで寝たくらいだ。
それもあって、怪談話でもすれば涼しくなるのではと思い至ったわけだけど。
「別にええけど、君こわいの平気なん?」
「う、それは……」
「ならやめとき。風呂入れんくなるで」
僕の怪談話はそらもうこわいで、と幽霊のように手をぶらぶらさせる保科副隊長に、ごくりと唾を飲み込む。今の保科副隊長は正直言ってこわくない。けどそういった話をいくらでもできてしまいそうに見えるのも事実で、聞いた後にこわくなって、汗でべたべたなのにお風呂に入れなくなる未来が容易に想像できた。
「……やっぱりやめておきます」
「おん、賢明な判断や。僕もそれがええと思う」
保科副隊長が慰めるようにぽんと肩を叩き、再び前を歩き始める。まだまだ暑さの残る夜の空気の中、私もそれに続いた。
けれどふと、中之島小隊長が話した怪談話が頭をよぎり、足を止めた。それからそっと、両手を前に出す。
「副隊長、これ知ってます?」
酔ってすっかり出来上がった中之島小隊長が語ったとある怪談話。それは子ども騙しのようで、そこまでこわくなかった。指を組んでその中を覗くとおばけが見えるとか、確かそんな感じのお話だ。
あの夜に聞いた話通りに指を組み、少し先を行く保科副隊長をそこから覗く。何だ、やっぱり何もないじゃないか。そう思った矢先のことだった。
「え……」
突然カチリ、とチャンネルが合ったような音がした。組んだ指の向こうには、こちらを振り向く保科副隊長。けれど、その姿は私の知ってる保科副隊長じゃなくて、あれは、なにーー?
「こーら、あかんやろ」
不意に声がして、私は弾かれたように顔を上げた。そこには先を歩いていたはずの保科副隊長がいて、ぐっと私の両手を押さえ下におろさせた。そんなに力は入っていなかったと思う。なのに少しも抵抗できず、というよりは、そんな意思さえ持つことを許されないような気がした。
「任務中にあんまふざけとったらあかんで」
にこりと笑って保科副隊長が言う。いつもの笑顔、いつもの声。いつもの、保科副隊長。
そのはずなのにぶわりと肌が粟立つ。心臓がさっきからずっと嫌な音を立てていた。何故かこの場から逃げ出したくて堪らない。
「それ。誰に聞いたか知らんけどもう二度とやったらあかんで」
すっと開かれた保科副隊長の瞳に、怯えた表情の自分が映る。カチカチと歯が震え音をを立てている。こわい。恐怖だけが頭の中を占めていた。でも身体は金縛りにあったかのように動かなかった。
「返事は?」
優しく、けれど温度のない声が鼓膜を揺らす。私が「はい」と震える声で小さく頷くと、保科副隊長は「ええ子やね。素直な子は嫌いやないよ」と目を細め、何事もなかったかのように再び前を歩き始めた。
ーー早く基地に帰りたい。
深夜の街を見回りながらじわりと額に浮かんだ汗を拭い、心の中で本音を零す。日中よりだいぶマシだとわかっているものの、暑いものは暑い。早く涼しい季節になってほしい。でも残念ながら夏はまだ始まったばかりだ。
深呼吸とも溜め息ともつかない息を吐き、ライフルを抱え直す。すると耳聡いというべきか、地獄耳というべきか、少し先を歩いていた保科副隊長がくるりと振り向き足を止めた。
「何やめっちゃ嫌そうな顔してるやん」
「だって暑いんですもん」
正直にそう告げれば、副隊長はけらけらと笑い出した。彼曰く、私は今にも溶けそうな顔をしていたらしい。いっそ溶けてしまえたらと思うくらいには参っているのだけど、一方の保科副隊長は一緒に見回りをしているはずなのに汗ひとつかかず、涼しげな表情をしていて羨ましい限りだ。
「まぁ確かに今日は夜でも気温高いしじめっとしとるからなぁ。けどあんま暑い暑い言うんはやめとき。余計暑く感じるからな」
「寒い寒い寒い寒い。……全然暑いんですけど」
「いやいや、小学生か!」
暑さを吹き飛ばすくらい快活なツッコミが私たちの間に響く。けれどそんなのは所詮気のせいで、暑さを思い出させるようにつぅっと汗が背中を伝っていった。
何かーー。何かないか、涼しくなる方法は。
少しでも現状を打破すべく思考を巡らせる。すっごい寒いダジャレを言うとか? いや関西人の保科副隊長に秒でダメ出しされそう。スーツを脱ぐわけにもいかないし、何か……何か……。
「あ」
思わず出た声に、保科副隊長が「どないしたん?」と顔を覗いてくる。
そういえば、手っ取り早く涼しくなる方法ならあった。効果は数日前に実証済み。問題はネタの数だけど、保科副隊長もいるし何とかなるかもしれない。
私はダメ元で保科副隊長に提案をした。
「あの、怪談話しませんか?」
***
中之島小隊長が大量の缶ビールとおつまみを手に「百物語しようぜ〜!」と、女子寮に乗り込んで来たのは数日前のこと。夏っぽいことがしたいという中之島小隊長により仕事終わりや非番の女性隊員を集めて行われたその会は、最終的にはただの飲み会となったのだけど、最初のうちは割と本格的だった。
順番が回ってきた隊員が「知り合いに聞いた話なんですけど……」と静かに語り始め、最後には鳥肌が立つほどぞくりとする。そんな話ばかりで私はあの日ほど先にお風呂を済ませておいてよかったと思ったことはない。何なら夜は百物語に参加していなかった同室の子のベッドに潜り込んで寝たくらいだ。
それもあって、怪談話でもすれば涼しくなるのではと思い至ったわけだけど。
「別にええけど、君こわいの平気なん?」
「う、それは……」
「ならやめとき。風呂入れんくなるで」
僕の怪談話はそらもうこわいで、と幽霊のように手をぶらぶらさせる保科副隊長に、ごくりと唾を飲み込む。今の保科副隊長は正直言ってこわくない。けどそういった話をいくらでもできてしまいそうに見えるのも事実で、聞いた後にこわくなって、汗でべたべたなのにお風呂に入れなくなる未来が容易に想像できた。
「……やっぱりやめておきます」
「おん、賢明な判断や。僕もそれがええと思う」
保科副隊長が慰めるようにぽんと肩を叩き、再び前を歩き始める。まだまだ暑さの残る夜の空気の中、私もそれに続いた。
けれどふと、中之島小隊長が話した怪談話が頭をよぎり、足を止めた。それからそっと、両手を前に出す。
「副隊長、これ知ってます?」
酔ってすっかり出来上がった中之島小隊長が語ったとある怪談話。それは子ども騙しのようで、そこまでこわくなかった。指を組んでその中を覗くとおばけが見えるとか、確かそんな感じのお話だ。
あの夜に聞いた話通りに指を組み、少し先を行く保科副隊長をそこから覗く。何だ、やっぱり何もないじゃないか。そう思った矢先のことだった。
「え……」
突然カチリ、とチャンネルが合ったような音がした。組んだ指の向こうには、こちらを振り向く保科副隊長。けれど、その姿は私の知ってる保科副隊長じゃなくて、あれは、なにーー?
「こーら、あかんやろ」
不意に声がして、私は弾かれたように顔を上げた。そこには先を歩いていたはずの保科副隊長がいて、ぐっと私の両手を押さえ下におろさせた。そんなに力は入っていなかったと思う。なのに少しも抵抗できず、というよりは、そんな意思さえ持つことを許されないような気がした。
「任務中にあんまふざけとったらあかんで」
にこりと笑って保科副隊長が言う。いつもの笑顔、いつもの声。いつもの、保科副隊長。
そのはずなのにぶわりと肌が粟立つ。心臓がさっきからずっと嫌な音を立てていた。何故かこの場から逃げ出したくて堪らない。
「それ。誰に聞いたか知らんけどもう二度とやったらあかんで」
すっと開かれた保科副隊長の瞳に、怯えた表情の自分が映る。カチカチと歯が震え音をを立てている。こわい。恐怖だけが頭の中を占めていた。でも身体は金縛りにあったかのように動かなかった。
「返事は?」
優しく、けれど温度のない声が鼓膜を揺らす。私が「はい」と震える声で小さく頷くと、保科副隊長は「ええ子やね。素直な子は嫌いやないよ」と目を細め、何事もなかったかのように再び前を歩き始めた。