保科宗四郎
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保科副隊長に呼び出しを食らった。今日の訓練が全て終わってから、「君、この後副隊長室な」と。
私、何かやらかしたかな。資料室で調べものをしてたらいつの間にか日を跨いでいたことか、非番の日も内緒で訓練室にこもっていたことか。正直心当たりがありすぎて、何についての呼び出しなのか全くわからない。わかっているのはいずれにせよお説教されるということだけ。自業自得だけど、気が重い。
行きたくないなあ。そう思えば思うほど足取りが重くなる。けれど、亀みたいにのろのろとした歩みでもいつかは目的地に辿り着く。私は副隊長室と書かれた部屋の前でひとつため息を落としてからドアをノックした。「どーぞ」返ってきたのはいつもの軽い声色。これだけ聞けば怒ってなさそうだが、あの人は笑顔のままお説教をしてくるので油断ならない。
「失礼します」
部屋に入ると保科副隊長は大量の書類を抱えていた。机上にあったものを退けたようで、その様子はどこか慌ただしい。
「思ったより早かったやん。準備するからそこ座っとって」
「私も手伝いましょうか?」
「ええよええよ。君は何もせんとそこおって」
部下として率先して手伝うべきだが、上司にそう言われてはどうしようもない。私はとりあえず言われた通りに近くの椅子に座って待つことにした。保科副隊長はその間、あっちに行ったりこっちに行ったり忙しく動いていた。そして再び彼が私の前に戻ってきたのは、それからしばらくしてからのこと。
「遅なってすまんなあ……って。君、何してんの」
保科副隊長は私を見るなり怪訝な顔をした。何ならちょっと引き気味である。
「え、おかしいですか?」
「おかしいに決まってるやろ。何で椅子の上で正座してんねん」
私なりに反省の意を示したつもりだったのだけど、保科副隊長には上手く伝わらなかったらしい。お説教といえば正座だし、この姿勢なら土下座もすぐにできると思ったのに「はよ足戻し」と言われてしまった。
「でも、私今からお説教されるんですよね?」
「は? 君、僕に怒られるようなことでもしたん?」
「え、あー、それはその……」
墓穴を掘ったと瞬時に悟った。過去に呼び出しを食らって散々怒られたことがあったから、てっきり今回も同じだろうと思い込んでいたが違ったのだ。別の用件で呼び出されたのを、私が早とちりしただけ。そして上手い言い訳も思いつかなかった私は「何したんや」と言わんばかりの鋭い眼光を向けられて喉奥で悲鳴を上げた。逃げ出したいけれど相手はあの保科副隊長、すぐに捕まるのが目に見えているし、何より正座で痺れた足では立てるかどうかも怪しいところだ。大人しく怒られよう。そう思い、今度こそ本当にお説教が始まりそうな気配に姿勢を正すと、保科副隊長は「はぁ」と呆れたようにため息を吐いた。
「まあ何となく予想はつくけど、説教はせんからそう身構えんでええよ。今日呼んだんはそんなことするためやないし」
「え、いいんですか⁈」
「説教は後日に回したる。今日は特別な日やからな」
後日か、と落胆してから、特別な日? と首を傾げる。今日何かあったっけ。いまいちピンと来ない私をよそに、保科副隊長は何やらガサゴソと準備を始めた。机に並べられたのは紙皿にプラスチックのフォークに、小さな白い箱。そして本日の主役なるタスキを掛けられて、
「ハッピーバースデー、愛弟子ちゃん!」
パンと大きな音がして、視界にキラキラと眩いテープが舞う。保科副隊長がクラッカーを鳴らしたのだ。
「びっくりした? ほんまはもっと派手にやりたかったんやけど、君が意外とはよ来たから準備終わらんくてなあ。まあ全然気付いとらんかったみたいやからよかったけども。……って、おーい愛弟子ちゃん?」
目の前でひらひらと手を振りながら、保科副隊長が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、すみません」
「もしかしてびっくりさせすぎた?」
「いえ違うんです。嬉しくて、言葉が出なくて」
こんな風に祝われたのはいつぶりだろう。少なくとも防衛隊に入ってからはなかった気がする。馴れ合いすぎないように気をつけていたから、誰かと誕生日を祝ったり祝われたりなんてことは今までしてこなかった。
息を吸い込むと心臓が思い出したかのように脈打ち始める。じわりと胸を締めるあたたかさに泣きそうだった。もういい大人で、誕生日なんて忘れるくらいにはどうでもいいと思っていたはずなのに、いざ祝われるとこんなにも嬉しくなってしまうとは。歳を取ると涙腺が弱くなるというのは本当らしい。
「ありがとうございます」
絞り出した声はきっと震えていた。けれど保科副隊長はわしゃわしゃと頭を撫でただけで何も言わなかった。多分、気付かないふりをしてくれたのだと思う。
「ほな食べよか」
保科副隊長がそう言って白い箱に手を伸ばした。取手のついた四角い箱だ。
「これ……!」
中身は艶々としたフルーツが山程のったタルトだった。しかも私がずっと食べたかった人気店のもの。
「ホールケーキに蝋燭立ててってのも王道でええかなと思ったんやけど、君ここの食べてみたいって前言うとったやろ」
「その話したの結構前だったと思うんですけど、覚えててくれたんですか?」
「そんなん当たり前やん。僕の可愛い弟子のことやもん」
さらりとそんなことを言われてドキリとする。関西出身だからか保科副隊長は時折冗談なのか本心なのかわからないことを口にするから心臓に悪い。大抵は前者で、師匠であり上司でもある保科副隊長とそれなりに付き合いの長い私はノリで言っているのだとわかるからいいけれど、勘違いしてしまう女の子も多いんじゃないだろうか。
「無自覚女の子キラーめ……」
「何て?」
「いえ、何でも」
保科副隊長が買ってきてくれたフルーツタルトは噂に違わず美味しかった。そして副隊長が手ずから淹れてくれたコーヒーも。苦いのが苦手な私のためにミルクと砂糖をたっぷり入れてくれるのがまたありがたい。
「……保科副隊長ってお誕生日いつでしたっけ」
甘くて飲みやすいコーヒーをこくりと一口飲んでから、気になっていたことを訊いてみる。
「僕? 十一月二十一日やけど、何で?」
「いや、今日のお礼に私もお祝いしたいなと思いまして」
段々と声が小さくなってしまったのは、言ってて恥ずかしくなってきたからだ。弟子がお世話になっている師匠兼上司の誕生日を祝う、ただそれだけのことなのに、自分から誘うとなるとかなり恥ずかしい。そしてそれを保科副隊長もお見通しのようで「ほーん」と楽しそうな声音でこちらを見つめてきた。
「今年の僕の誕生日は君が祝ってくれるんや」
「そう……ですね。欲しいものとかもあったら言ってもらえると。できる限り頑張ります」
「それは楽しみやなあ。せや、僕モンブラン好きなんやけど、誕生日に美味いモンブランの店に僕を連れてってくれへん?」
「モンブランのお店、ですか」
「そ。僕の知らん店まだまだいっぱいあるやろし。君のおすすめのとこ教えてくれたら嬉しいなあ」
保科副隊長の知らないモンブランの美味しいお店なんてこの辺りにあるだろうか。なかなか難しいけれど、スイーツ好きの隊員たちは意外と多い。彼らに聞けば良いお店が見つかるかもしれない。
「わかりました」
ひとつ頷くと保科副隊長はもう一度「楽しみやなあ」と呟いて右手を私の前に差し出してきた。小指だけがピンと立っていて、私にも同じことをするようにと無言で促してくる。
「約束やで」
おずおずと差し出した私の小指はあっという間に保科副隊長に絡め取られ、ゆびきりげんまんと軽く上下に振られた。
「嘘ついたら……どうしてしまおうなあ」
三日月のように目を細め、保科副隊長がクツクツと笑う。悪戯を考える時みたいな悪い笑みだ。付き合いの長い私はそれを見て「あ、これは冗談じゃないな」とわかってしまったのだった。
私、何かやらかしたかな。資料室で調べものをしてたらいつの間にか日を跨いでいたことか、非番の日も内緒で訓練室にこもっていたことか。正直心当たりがありすぎて、何についての呼び出しなのか全くわからない。わかっているのはいずれにせよお説教されるということだけ。自業自得だけど、気が重い。
行きたくないなあ。そう思えば思うほど足取りが重くなる。けれど、亀みたいにのろのろとした歩みでもいつかは目的地に辿り着く。私は副隊長室と書かれた部屋の前でひとつため息を落としてからドアをノックした。「どーぞ」返ってきたのはいつもの軽い声色。これだけ聞けば怒ってなさそうだが、あの人は笑顔のままお説教をしてくるので油断ならない。
「失礼します」
部屋に入ると保科副隊長は大量の書類を抱えていた。机上にあったものを退けたようで、その様子はどこか慌ただしい。
「思ったより早かったやん。準備するからそこ座っとって」
「私も手伝いましょうか?」
「ええよええよ。君は何もせんとそこおって」
部下として率先して手伝うべきだが、上司にそう言われてはどうしようもない。私はとりあえず言われた通りに近くの椅子に座って待つことにした。保科副隊長はその間、あっちに行ったりこっちに行ったり忙しく動いていた。そして再び彼が私の前に戻ってきたのは、それからしばらくしてからのこと。
「遅なってすまんなあ……って。君、何してんの」
保科副隊長は私を見るなり怪訝な顔をした。何ならちょっと引き気味である。
「え、おかしいですか?」
「おかしいに決まってるやろ。何で椅子の上で正座してんねん」
私なりに反省の意を示したつもりだったのだけど、保科副隊長には上手く伝わらなかったらしい。お説教といえば正座だし、この姿勢なら土下座もすぐにできると思ったのに「はよ足戻し」と言われてしまった。
「でも、私今からお説教されるんですよね?」
「は? 君、僕に怒られるようなことでもしたん?」
「え、あー、それはその……」
墓穴を掘ったと瞬時に悟った。過去に呼び出しを食らって散々怒られたことがあったから、てっきり今回も同じだろうと思い込んでいたが違ったのだ。別の用件で呼び出されたのを、私が早とちりしただけ。そして上手い言い訳も思いつかなかった私は「何したんや」と言わんばかりの鋭い眼光を向けられて喉奥で悲鳴を上げた。逃げ出したいけれど相手はあの保科副隊長、すぐに捕まるのが目に見えているし、何より正座で痺れた足では立てるかどうかも怪しいところだ。大人しく怒られよう。そう思い、今度こそ本当にお説教が始まりそうな気配に姿勢を正すと、保科副隊長は「はぁ」と呆れたようにため息を吐いた。
「まあ何となく予想はつくけど、説教はせんからそう身構えんでええよ。今日呼んだんはそんなことするためやないし」
「え、いいんですか⁈」
「説教は後日に回したる。今日は特別な日やからな」
後日か、と落胆してから、特別な日? と首を傾げる。今日何かあったっけ。いまいちピンと来ない私をよそに、保科副隊長は何やらガサゴソと準備を始めた。机に並べられたのは紙皿にプラスチックのフォークに、小さな白い箱。そして本日の主役なるタスキを掛けられて、
「ハッピーバースデー、愛弟子ちゃん!」
パンと大きな音がして、視界にキラキラと眩いテープが舞う。保科副隊長がクラッカーを鳴らしたのだ。
「びっくりした? ほんまはもっと派手にやりたかったんやけど、君が意外とはよ来たから準備終わらんくてなあ。まあ全然気付いとらんかったみたいやからよかったけども。……って、おーい愛弟子ちゃん?」
目の前でひらひらと手を振りながら、保科副隊長が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、すみません」
「もしかしてびっくりさせすぎた?」
「いえ違うんです。嬉しくて、言葉が出なくて」
こんな風に祝われたのはいつぶりだろう。少なくとも防衛隊に入ってからはなかった気がする。馴れ合いすぎないように気をつけていたから、誰かと誕生日を祝ったり祝われたりなんてことは今までしてこなかった。
息を吸い込むと心臓が思い出したかのように脈打ち始める。じわりと胸を締めるあたたかさに泣きそうだった。もういい大人で、誕生日なんて忘れるくらいにはどうでもいいと思っていたはずなのに、いざ祝われるとこんなにも嬉しくなってしまうとは。歳を取ると涙腺が弱くなるというのは本当らしい。
「ありがとうございます」
絞り出した声はきっと震えていた。けれど保科副隊長はわしゃわしゃと頭を撫でただけで何も言わなかった。多分、気付かないふりをしてくれたのだと思う。
「ほな食べよか」
保科副隊長がそう言って白い箱に手を伸ばした。取手のついた四角い箱だ。
「これ……!」
中身は艶々としたフルーツが山程のったタルトだった。しかも私がずっと食べたかった人気店のもの。
「ホールケーキに蝋燭立ててってのも王道でええかなと思ったんやけど、君ここの食べてみたいって前言うとったやろ」
「その話したの結構前だったと思うんですけど、覚えててくれたんですか?」
「そんなん当たり前やん。僕の可愛い弟子のことやもん」
さらりとそんなことを言われてドキリとする。関西出身だからか保科副隊長は時折冗談なのか本心なのかわからないことを口にするから心臓に悪い。大抵は前者で、師匠であり上司でもある保科副隊長とそれなりに付き合いの長い私はノリで言っているのだとわかるからいいけれど、勘違いしてしまう女の子も多いんじゃないだろうか。
「無自覚女の子キラーめ……」
「何て?」
「いえ、何でも」
保科副隊長が買ってきてくれたフルーツタルトは噂に違わず美味しかった。そして副隊長が手ずから淹れてくれたコーヒーも。苦いのが苦手な私のためにミルクと砂糖をたっぷり入れてくれるのがまたありがたい。
「……保科副隊長ってお誕生日いつでしたっけ」
甘くて飲みやすいコーヒーをこくりと一口飲んでから、気になっていたことを訊いてみる。
「僕? 十一月二十一日やけど、何で?」
「いや、今日のお礼に私もお祝いしたいなと思いまして」
段々と声が小さくなってしまったのは、言ってて恥ずかしくなってきたからだ。弟子がお世話になっている師匠兼上司の誕生日を祝う、ただそれだけのことなのに、自分から誘うとなるとかなり恥ずかしい。そしてそれを保科副隊長もお見通しのようで「ほーん」と楽しそうな声音でこちらを見つめてきた。
「今年の僕の誕生日は君が祝ってくれるんや」
「そう……ですね。欲しいものとかもあったら言ってもらえると。できる限り頑張ります」
「それは楽しみやなあ。せや、僕モンブラン好きなんやけど、誕生日に美味いモンブランの店に僕を連れてってくれへん?」
「モンブランのお店、ですか」
「そ。僕の知らん店まだまだいっぱいあるやろし。君のおすすめのとこ教えてくれたら嬉しいなあ」
保科副隊長の知らないモンブランの美味しいお店なんてこの辺りにあるだろうか。なかなか難しいけれど、スイーツ好きの隊員たちは意外と多い。彼らに聞けば良いお店が見つかるかもしれない。
「わかりました」
ひとつ頷くと保科副隊長はもう一度「楽しみやなあ」と呟いて右手を私の前に差し出してきた。小指だけがピンと立っていて、私にも同じことをするようにと無言で促してくる。
「約束やで」
おずおずと差し出した私の小指はあっという間に保科副隊長に絡め取られ、ゆびきりげんまんと軽く上下に振られた。
「嘘ついたら……どうしてしまおうなあ」
三日月のように目を細め、保科副隊長がクツクツと笑う。悪戯を考える時みたいな悪い笑みだ。付き合いの長い私はそれを見て「あ、これは冗談じゃないな」とわかってしまったのだった。