保科宗四郎
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はらりと舞う花びらについ手を伸ばしてしまったのは、昔聞いたおまじないが頭をよぎったからかもしれない。
桜の花びらが地面に落ちる前に掴めたら願いごとが叶う、そんなおまじない。
滅多に拝むことのない流れ星に願うより身近だったからだろうか。子どもの頃は春になると友達と盛り上がったものだ。あの花びらが掴めたらテストで良い点が取れるとか、お小遣いアップだとか、好きな人と両思いになれるだとか、そんなささやかで可愛らしい願いとともに。
ぐっ、と宙で握った拳をゆっくりと開く。しかしそこに掴んだはずの花びらはなくて、大人になった今でもなかなか難しいものだなと思う。
いやでもいける、はず……! 春の風に乗ってはらはらと舞う花びらに意識を集中する。落ちゆく花びらの一枚に狙いを定め、そしてーー。
「こーら、何しとんねん」
「あっ」
こつん、と後頭部に軽い衝撃。その拍子に桜の花びらはするりと指先から逃れていった。
「輸送車両が来るまで待機とは言うたけど、ふらふらどっか行くんは見過ごせんなぁ」
「うっ、すみません」
振り向くとそこには呆れたように肩を竦める保科副隊長がいた。
本獣から溢れ出した余獣を討伐し終え、オペレーターから討伐完了の連絡が来たのは少し前のこと。拠点から離れた場所で任務にあたっていた保科小隊と中之島小隊は輸送車両が直接迎えに来るとのことだった。その間被害確認と討伐漏れがないか周囲の見回りをしていたのだけど、途中で立派な桜の木を見つけたものだからつい足を止めてしまったのだ。
そんなつもりはなかったけれど、確かに保科副隊長の言うとおり少し遠くまで来てしまったかもしれない。待機場所にいる仲間たちの姿が随分と遠くに見える。
「で、申し開きは?」
「ございま……や、桜が綺麗だったので」
「アホか、理由になってへん! まぁ確かに綺麗やけど」
きっと家主に長年大切に育てられて来たのだろう。所々で怪獣災害後の土煙が舞う中、幸い被害に遭わなかった桜の木はそこだけ切り取ったように穏やかに春の訪れを告げていた。
だから、つい遠くまで来て足を止めてしまったのも、懐かしい遊びに興じてしまったのも仕方がない。そう力説すれば「アホ」と今度は正面からデコピンを食らった。痛い。
「にしても桜の花びらを掴めたら願いが叶う、か。聞いたことないなぁ」
おでこをさする私をよそに保科副隊長が桜を見上げて言った。確かに男の子たちがそういったおまじないをしているのを見た記憶はない。おまじないにあまり興味がないのか、いやそもそも保科副隊長は何かに願うより先に、努力して努力して、自分の力で叶えてしまう人だから必要もないのだろう。
「ほっ」
不意に保科副隊長が宙を掴んだ。突然のことに目をぱちくりする私に彼はニッと笑って、ゆっくりと握った拳を開いて見せる。
「わぁ、すごい!」
そこには小さな花びらが一枚、絶妙な力加減で皺が寄ることなく収まっていた。あんなに難しかったのに一発で。やっぱり保科副隊長はすごい。
「おめでとうございます! 何をお願いするんですか?」
自分が掴んだわけでもないのにはしゃぐ私を宥めながら、保科副隊長が「せやなぁ」と花びらに視線を落とす。
「欲しかったんやろ。君にあげるわ」
「でも……」
「願いごというてもパッと思い浮かばんしなぁ。そんな僕よりちゃんと願ってくれる子が持っとったほうがええやろ」
それはきっと保科副隊長なりの親切なのだろう。けれどそれを受け取るのは何だか違う気がして、伸ばしかけた手をぴたりと止めた。
「あの、少しだけ待っててもらえますか」
私の言葉に今度は保科副隊長がぱちりと瞬きをする。何か抗議の声が聞こえた気がするけれど、それを無視して桜の木に向き合った。
よし、今度こそ。
落ちてくる花びらに何度も何度も手を伸ばす。やっぱり掴むのは難しくて両手を使う。ぱちん、ぱちんと乾いた音が数度響いて「やった!」とうとう桜の花びらが地面に落ちる前に掴むことに成功した。少しよれちゃったけど。
「気ぃ済んだか」
「はい!」
保科副隊長に駆け寄って成果を見せる。
「よかったやん」
「はい。なのでこれは保科副隊長に」
「僕に?」
不思議そうに首を傾げる保科副隊長に手に入れたばかりの花びらを手渡す。さっき保科副隊長が譲ろうとした花びらと交換だ。私のはよれてしまったけれど、だからといっておまじないの効果がなくなるなんてことはないだろう。こんなに立派で綺麗な桜の木がそんなケチケチするはずがない。
「君が二枚とも持っとったらええんちゃう?」
困ったような顔で保科副隊長が言う。またこの人は、そんなことを。
「私は保科副隊長がくれたこの一枚で充分です。なのでこっちは副隊長の分。いつか願いごとができたら、きっと叶えてくれますよ」
おまじないはあくまでもおまじない。絶対に願いが叶う、とはもちろん言わないけれど。だからこそ好き勝手に願うことも許されたい。
「掴む時に保科副隊長の願いが叶いますようにって願ったんで効果もばっちりです!」
「それもう君が願い使てもうてるやん」
「あはは、大丈夫大丈夫! 細かいこと気にしちゃだめですよ」
保科副隊長の小言を遮るように、タイミングよく輸送車両から通信が入る。待機場所に着いたらしい。
「ほら、早く行きましょう」
春風が後押しするように背中を押して、ふわりと桜の花びらが舞った。
さて、願いを叶えてくれるという花びらに何を願おうか。
悩みながらもわくわくする気持ちは子どもの頃と変わらない。
ーー叶うと、いいな。
私の願いも、私の願いが叶うように花びらをくれた保科副隊長の願いも。
いつか叶ってくれたなら、こんなに嬉しいことはないと思う。
桜の花びらが地面に落ちる前に掴めたら願いごとが叶う、そんなおまじない。
滅多に拝むことのない流れ星に願うより身近だったからだろうか。子どもの頃は春になると友達と盛り上がったものだ。あの花びらが掴めたらテストで良い点が取れるとか、お小遣いアップだとか、好きな人と両思いになれるだとか、そんなささやかで可愛らしい願いとともに。
ぐっ、と宙で握った拳をゆっくりと開く。しかしそこに掴んだはずの花びらはなくて、大人になった今でもなかなか難しいものだなと思う。
いやでもいける、はず……! 春の風に乗ってはらはらと舞う花びらに意識を集中する。落ちゆく花びらの一枚に狙いを定め、そしてーー。
「こーら、何しとんねん」
「あっ」
こつん、と後頭部に軽い衝撃。その拍子に桜の花びらはするりと指先から逃れていった。
「輸送車両が来るまで待機とは言うたけど、ふらふらどっか行くんは見過ごせんなぁ」
「うっ、すみません」
振り向くとそこには呆れたように肩を竦める保科副隊長がいた。
本獣から溢れ出した余獣を討伐し終え、オペレーターから討伐完了の連絡が来たのは少し前のこと。拠点から離れた場所で任務にあたっていた保科小隊と中之島小隊は輸送車両が直接迎えに来るとのことだった。その間被害確認と討伐漏れがないか周囲の見回りをしていたのだけど、途中で立派な桜の木を見つけたものだからつい足を止めてしまったのだ。
そんなつもりはなかったけれど、確かに保科副隊長の言うとおり少し遠くまで来てしまったかもしれない。待機場所にいる仲間たちの姿が随分と遠くに見える。
「で、申し開きは?」
「ございま……や、桜が綺麗だったので」
「アホか、理由になってへん! まぁ確かに綺麗やけど」
きっと家主に長年大切に育てられて来たのだろう。所々で怪獣災害後の土煙が舞う中、幸い被害に遭わなかった桜の木はそこだけ切り取ったように穏やかに春の訪れを告げていた。
だから、つい遠くまで来て足を止めてしまったのも、懐かしい遊びに興じてしまったのも仕方がない。そう力説すれば「アホ」と今度は正面からデコピンを食らった。痛い。
「にしても桜の花びらを掴めたら願いが叶う、か。聞いたことないなぁ」
おでこをさする私をよそに保科副隊長が桜を見上げて言った。確かに男の子たちがそういったおまじないをしているのを見た記憶はない。おまじないにあまり興味がないのか、いやそもそも保科副隊長は何かに願うより先に、努力して努力して、自分の力で叶えてしまう人だから必要もないのだろう。
「ほっ」
不意に保科副隊長が宙を掴んだ。突然のことに目をぱちくりする私に彼はニッと笑って、ゆっくりと握った拳を開いて見せる。
「わぁ、すごい!」
そこには小さな花びらが一枚、絶妙な力加減で皺が寄ることなく収まっていた。あんなに難しかったのに一発で。やっぱり保科副隊長はすごい。
「おめでとうございます! 何をお願いするんですか?」
自分が掴んだわけでもないのにはしゃぐ私を宥めながら、保科副隊長が「せやなぁ」と花びらに視線を落とす。
「欲しかったんやろ。君にあげるわ」
「でも……」
「願いごというてもパッと思い浮かばんしなぁ。そんな僕よりちゃんと願ってくれる子が持っとったほうがええやろ」
それはきっと保科副隊長なりの親切なのだろう。けれどそれを受け取るのは何だか違う気がして、伸ばしかけた手をぴたりと止めた。
「あの、少しだけ待っててもらえますか」
私の言葉に今度は保科副隊長がぱちりと瞬きをする。何か抗議の声が聞こえた気がするけれど、それを無視して桜の木に向き合った。
よし、今度こそ。
落ちてくる花びらに何度も何度も手を伸ばす。やっぱり掴むのは難しくて両手を使う。ぱちん、ぱちんと乾いた音が数度響いて「やった!」とうとう桜の花びらが地面に落ちる前に掴むことに成功した。少しよれちゃったけど。
「気ぃ済んだか」
「はい!」
保科副隊長に駆け寄って成果を見せる。
「よかったやん」
「はい。なのでこれは保科副隊長に」
「僕に?」
不思議そうに首を傾げる保科副隊長に手に入れたばかりの花びらを手渡す。さっき保科副隊長が譲ろうとした花びらと交換だ。私のはよれてしまったけれど、だからといっておまじないの効果がなくなるなんてことはないだろう。こんなに立派で綺麗な桜の木がそんなケチケチするはずがない。
「君が二枚とも持っとったらええんちゃう?」
困ったような顔で保科副隊長が言う。またこの人は、そんなことを。
「私は保科副隊長がくれたこの一枚で充分です。なのでこっちは副隊長の分。いつか願いごとができたら、きっと叶えてくれますよ」
おまじないはあくまでもおまじない。絶対に願いが叶う、とはもちろん言わないけれど。だからこそ好き勝手に願うことも許されたい。
「掴む時に保科副隊長の願いが叶いますようにって願ったんで効果もばっちりです!」
「それもう君が願い使てもうてるやん」
「あはは、大丈夫大丈夫! 細かいこと気にしちゃだめですよ」
保科副隊長の小言を遮るように、タイミングよく輸送車両から通信が入る。待機場所に着いたらしい。
「ほら、早く行きましょう」
春風が後押しするように背中を押して、ふわりと桜の花びらが舞った。
さて、願いを叶えてくれるという花びらに何を願おうか。
悩みながらもわくわくする気持ちは子どもの頃と変わらない。
ーー叶うと、いいな。
私の願いも、私の願いが叶うように花びらをくれた保科副隊長の願いも。
いつか叶ってくれたなら、こんなに嬉しいことはないと思う。