保科宗四郎
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わいわい、がやがや。あっちもこっちも飲んだくればかりで、みーんなやりたい放題。
年の暮れ、十二月の居酒屋なんてこんなもの。加えて華金ともなれば、その賑わいはさらに勢いを増す。本当にうるさくて敵わない。
けれど、こういう空間を嫌いになれないのも事実だ。もっと静かに飲める場所はいくらでもあるのに、足を運ぶのはいつだって馴染みの大衆居酒屋。特別美味しいものはないけれど外れもなくて、何よりリーズナブル。まあアルコールが回ってしまえば味なんてわからなくなるから、何を食べても一緒ってのもあるけれど。
本日何杯目かのビールを煽ってジョッキを空にする。店員さんに新しいのを注文したけれど、店の混雑具合からして届くまでに少し時間がかかりそうだ。口寂しさに目の前にあっただし巻き卵に箸を伸ばすと、隣から「あっ」と声がした。
「それ僕のだし巻きなんやけど」
「そうだっけ?」
「後で食べよ思って取っといたんや。人のもん勝手に奪うな」
ぐっとだし巻きののった皿を自分のほうに引き寄せたのは、同じ第3部隊に所属する保科だった。
亜白隊長にスカウトされて他の部隊から第3にやって来た彼とたまたま同時期に異動でやって来た私は、役職こそ違えど同期のようなもの。環境に慣れるまで一緒に行動することが多かったのもあって、いつしか予定が合えばこうして飲む仲になっていた。居酒屋の店員も私たちを常連と認識しているようで今では顔を見るなりカウンター席に通され「生二つですね」と笑顔で言ってくる。
そして今日は今年最後の同期飲み。ささやかな忘年会である。
「も〜、ケチケチすんなって。それでも副隊長か」
「今それ関係ないやろ。まぁええわ。代わりにそっちの唐揚げくれ」
「だーめ。これは頼んだビールが来たら食べるんですー」
「はぁ?! どこの暴君やねん」
だし巻き卵の皿を奪い返し、唐揚げの皿とともに私のだと言わんばかりに腕の中に閉じ込める。するとしばらくの攻防の後に保科は諦めたようにお通しの枝豆に手を伸ばした。
それを横目に私はゲットしたばかりのだし巻き卵を頬張った。少し冷めているけれど、ここのだし巻き卵はチェーン店の中でも美味しいほうだと思う。映えを狙って突拍子もないメニューが増える中、これだけは初めてここを訪れた時から変わらない。
「君だけはずっとこのままでいてくれよ」
「こっわ、何真剣な顔してだし巻きに話しかけてんねん」
酔ってんの? と訊かれ、私は「全然」と首を横に振った。正直酔うにはアルコールが足りない。
「あ、こら!」
慌てて伸ばされた保科の手から逃げるように隣にあったジョッキを手元に手繰り寄せる。なみなみと揺れる黄金のそれを一気に呷れば、心地よい爽快感が喉を滑り落ちていった。
「……おま、ほんま何してんねん」
「えー、なに? 聞こえない」
よく聞こえるようにぐっと身体を寄せると保科が困ったように溜息を吐いた。
「酔っとるやろ」
「酔ってませーん」
「いや絶対酔っとる。いつもの癖、出とるし」
癖、とは。はてさて何のことか。
首を傾げる私を無視して保科が通りかかった店員を呼び止めた。
「すんません、お冷や一つ」
「あと生も!」
「……生はキャンセルで」
むっと膨れる私を一瞥して、保科が再び枝豆に手を伸ばした。
「ねぇ保科」
「……」
「ねぇってば」
「……何やねん」
ぽつりと零された声が耳に届く。店内がいくら騒がしくても、これだけ距離が近ければ聞き漏らすことがなくていい。カウンター席様々だ。保科の声が不機嫌でなければもっとよかったけれど。それでも。
「ふふ、やっぱ好きだなぁ」
私の呟きに保科が思い切り眉を寄せた。何度見ても失礼な反応だと思う。
「お前が好きなんは僕の声やろ」
「あはは、声フェチなんでね。ほら、もっと何か喋って」
「嫌や。僕は今枝豆食うのに忙しい」
「ケチ」
これは私も経験して初めて知ったことなのだけど、人は好きが溢れると声に出てしまうものらしい。アルコールが入っている時は特に危険で、うっかり口が滑るなんてこともある。私はそれでやらかして、もう何年も後悔し続けている。
一生言わないつもりだったのに、保科に「好き」って言っちゃうなんて。
あの時はぽろっと口をついた言葉に心臓が止まるかと思った。いや、いっそ止まってくれたらどれだけよかっただろう。
『声! 声の話ね! 私、保科の声好きだなって』
咄嗟の誤魔化しに保科は怪訝な顔をしていたけれど、飲み会のたびにその話題を出せば納得せざるを得なかったようだ。酔った振りをして好き好き言い続けるのはものすごく恥ずかしかったけれど、騙されてくれたのなら頑張った甲斐はある。
私は保科のことが好き。ただし声だけ。
その嘘を保科がそれを信じてくれさえすれば、私たちは今と変わらず、仲の良い同僚でいられるはずだから。
「お待たせしました。お冷やと、遅くなっちゃったんですけど生お持ちしました」
「あー、生は……」
「はいはい! 私です!」
「お前なぁ」
やって来た店員にぴっと挙手をして、ジョッキを受け取る。それをごくりと飲んで、とてもひとくちではいけない大きさの唐揚げに齧りつく。
「……そんなに好きなん?」
「は? この組み合わせは最高でしょ。あげないよ」
「ちゃう。僕の声」
お冷やを片手に頬杖をつく保科は、まだどこか不機嫌そうだ。そんな彼に、私はビールで喉を潤してから笑顔を向けた。アルコールの力を借りて、今日も今日とて本音を嘘で誤魔化すために。
「うん、だぁいすき」
年の暮れ、十二月の居酒屋なんてこんなもの。加えて華金ともなれば、その賑わいはさらに勢いを増す。本当にうるさくて敵わない。
けれど、こういう空間を嫌いになれないのも事実だ。もっと静かに飲める場所はいくらでもあるのに、足を運ぶのはいつだって馴染みの大衆居酒屋。特別美味しいものはないけれど外れもなくて、何よりリーズナブル。まあアルコールが回ってしまえば味なんてわからなくなるから、何を食べても一緒ってのもあるけれど。
本日何杯目かのビールを煽ってジョッキを空にする。店員さんに新しいのを注文したけれど、店の混雑具合からして届くまでに少し時間がかかりそうだ。口寂しさに目の前にあっただし巻き卵に箸を伸ばすと、隣から「あっ」と声がした。
「それ僕のだし巻きなんやけど」
「そうだっけ?」
「後で食べよ思って取っといたんや。人のもん勝手に奪うな」
ぐっとだし巻きののった皿を自分のほうに引き寄せたのは、同じ第3部隊に所属する保科だった。
亜白隊長にスカウトされて他の部隊から第3にやって来た彼とたまたま同時期に異動でやって来た私は、役職こそ違えど同期のようなもの。環境に慣れるまで一緒に行動することが多かったのもあって、いつしか予定が合えばこうして飲む仲になっていた。居酒屋の店員も私たちを常連と認識しているようで今では顔を見るなりカウンター席に通され「生二つですね」と笑顔で言ってくる。
そして今日は今年最後の同期飲み。ささやかな忘年会である。
「も〜、ケチケチすんなって。それでも副隊長か」
「今それ関係ないやろ。まぁええわ。代わりにそっちの唐揚げくれ」
「だーめ。これは頼んだビールが来たら食べるんですー」
「はぁ?! どこの暴君やねん」
だし巻き卵の皿を奪い返し、唐揚げの皿とともに私のだと言わんばかりに腕の中に閉じ込める。するとしばらくの攻防の後に保科は諦めたようにお通しの枝豆に手を伸ばした。
それを横目に私はゲットしたばかりのだし巻き卵を頬張った。少し冷めているけれど、ここのだし巻き卵はチェーン店の中でも美味しいほうだと思う。映えを狙って突拍子もないメニューが増える中、これだけは初めてここを訪れた時から変わらない。
「君だけはずっとこのままでいてくれよ」
「こっわ、何真剣な顔してだし巻きに話しかけてんねん」
酔ってんの? と訊かれ、私は「全然」と首を横に振った。正直酔うにはアルコールが足りない。
「あ、こら!」
慌てて伸ばされた保科の手から逃げるように隣にあったジョッキを手元に手繰り寄せる。なみなみと揺れる黄金のそれを一気に呷れば、心地よい爽快感が喉を滑り落ちていった。
「……おま、ほんま何してんねん」
「えー、なに? 聞こえない」
よく聞こえるようにぐっと身体を寄せると保科が困ったように溜息を吐いた。
「酔っとるやろ」
「酔ってませーん」
「いや絶対酔っとる。いつもの癖、出とるし」
癖、とは。はてさて何のことか。
首を傾げる私を無視して保科が通りかかった店員を呼び止めた。
「すんません、お冷や一つ」
「あと生も!」
「……生はキャンセルで」
むっと膨れる私を一瞥して、保科が再び枝豆に手を伸ばした。
「ねぇ保科」
「……」
「ねぇってば」
「……何やねん」
ぽつりと零された声が耳に届く。店内がいくら騒がしくても、これだけ距離が近ければ聞き漏らすことがなくていい。カウンター席様々だ。保科の声が不機嫌でなければもっとよかったけれど。それでも。
「ふふ、やっぱ好きだなぁ」
私の呟きに保科が思い切り眉を寄せた。何度見ても失礼な反応だと思う。
「お前が好きなんは僕の声やろ」
「あはは、声フェチなんでね。ほら、もっと何か喋って」
「嫌や。僕は今枝豆食うのに忙しい」
「ケチ」
これは私も経験して初めて知ったことなのだけど、人は好きが溢れると声に出てしまうものらしい。アルコールが入っている時は特に危険で、うっかり口が滑るなんてこともある。私はそれでやらかして、もう何年も後悔し続けている。
一生言わないつもりだったのに、保科に「好き」って言っちゃうなんて。
あの時はぽろっと口をついた言葉に心臓が止まるかと思った。いや、いっそ止まってくれたらどれだけよかっただろう。
『声! 声の話ね! 私、保科の声好きだなって』
咄嗟の誤魔化しに保科は怪訝な顔をしていたけれど、飲み会のたびにその話題を出せば納得せざるを得なかったようだ。酔った振りをして好き好き言い続けるのはものすごく恥ずかしかったけれど、騙されてくれたのなら頑張った甲斐はある。
私は保科のことが好き。ただし声だけ。
その嘘を保科がそれを信じてくれさえすれば、私たちは今と変わらず、仲の良い同僚でいられるはずだから。
「お待たせしました。お冷やと、遅くなっちゃったんですけど生お持ちしました」
「あー、生は……」
「はいはい! 私です!」
「お前なぁ」
やって来た店員にぴっと挙手をして、ジョッキを受け取る。それをごくりと飲んで、とてもひとくちではいけない大きさの唐揚げに齧りつく。
「……そんなに好きなん?」
「は? この組み合わせは最高でしょ。あげないよ」
「ちゃう。僕の声」
お冷やを片手に頬杖をつく保科は、まだどこか不機嫌そうだ。そんな彼に、私はビールで喉を潤してから笑顔を向けた。アルコールの力を借りて、今日も今日とて本音を嘘で誤魔化すために。
「うん、だぁいすき」