保科宗四郎
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これだけは信じてほしい。決して、決してそんなつもりなんてなかった。
購買に行ったら見覚えのあるお菓子が大量に置かれていて、せっかくだからと買っただけ。今日が十一月十一日だと知ったのも、その時が初めてで。
だから断じて、そういうゲームがしたかったわけじゃない。……わけじゃないのに。
私は今、未曾有の危機に直面している。
***
その日、私は鼻歌を歌うくらいには浮かれていた。
特別に良いことがあったわけではないけれど、購買に高校時代によく食べていたお菓子が売っていたのだ。それも色んな種類が山のように。ポップには十一月十一日と大きく書かれていて、なるほどと納得する。一の四つ並んだその日はその棒状のプレッツェル菓子の日で有名だ。学生の時は友人たちと色んな種類を買ってシェアしたものだけど、社会人になってからは職業柄、日付感覚も曜日感覚も薄れていてすっかり忘れていた。
ーーでも、せっかくだし。
昔みたいに休憩時間にみんなでわいわいしながら食べるのはどうだろう。きっとノリのいい同僚たちは喜んで参加してくれるはず。それに今は社会人でお金もあるから色んな種類を一人で買える。一度はやってみたかった大人買いができるチャンスだ。
そう思ったら、私の行動は早かった。買い物かごを手に取って、手当たり次第お菓子を入れていく。顔馴染みの購買のおばさんは「あらあら〜」と笑って、いっぱい買ってくれたからおまけね、と私がいつも買うペットボトルのお茶を付けてくれた。ありがたすぎる。
……とはいえさすがに買いすぎたかもしれない。お気に入りのお菓子は思っていた以上に種類が多かった。ノーマルのチョコと、いちごと、細いのくらいしか食べたことなかったけれど、色んな味や長さがあってビニール袋がパンパンだ。おまけで貰ったペットボトルもあって結構重い。
なんとか休憩スペースに着くと、そこにはすでに何人か利用者がいた。同期の姿を見つけ、よいしょとテーブルにビニール袋をのせる。
「うわ、何これ!?」
「へへ、大人買いしちゃった」
「それにしたって買いすぎでしょうが」
「いいでしょ別に。みんなで食べよ」
同期は呆れたように肩を竦めたけれど、食べる気は満々のようですでにビニール袋の中身を物色していた。
「わー、懐かしい。いちごにしよっと。え、今ってプレッツェルのとこハートなんだ」
「かわいいよね。私はこの期間限定のにしよ」
「お、しょっぱいのもある。わかってんじゃん」
「このお菓子の日でもあるからね。甘いのとしょっぱいので一生食べられるよ」
「いや一生はいいわ」
広げたお菓子に同期たちが手を伸ばす。その騒ぎを聞きつけて周りにいた同僚たちも私たちのテーブルに集まり始めた。たくさんあるからよかったらとおすそ分けして、事実それでもビニール袋の中身はあまり減っていなかった。これは後日寮でお菓子パーティーする必要があるかもしれない。
そんな時だ。
「なーにしてんの?」
後ろから肩を抱かれて思わず「わっ」と声が出た。隣にいた同期も同じように驚いていてすぐに「やめてくださいよ〜」と背後の人物に笑いかけている。見ればそこにいたのは中之島小隊長。目が合えば、切れ長の目が悪戯っぽく細められた。
「あら、いいもん食べてんじゃない。一本ちょうだい」
「もちろん! どれがいいですか?」
「じゃあそのミルクティーのやつ」
中之島小隊長が指差したのは秋冬限定のロイヤルミルクティー味。袋を開けるとふわりと甘いミルクティーの香りがして、これは美味しそうな予感がする。
「どうぞ」
袋を差し出すと、中之島小隊長はお礼を一本抜き取った。さて感想はいかにと待っていると、なぜかにこりと微笑まれる。え、食べないの? 疑問に思って口を開けると、その隙にすっとお菓子を差し込まれた。
「っ!?」
「噛んじゃだめよ」
先に釘を刺されて、私は立てかけた歯の代わりにごくりと唾を飲んだ。舌先にじわりとミルクティーの味が広がる。訳がわからないまま小隊長を見つめると、彼女は私の顎を持ち上げてもう一方のお菓子の先を咥えた。
(え……ええーっ!?)
「ふふ、このお菓子と言えばこのゲームでしょ」
ニヤリと意地悪く笑う中之島小隊長に私はふるふると首を横に振った。私は決してそんなつもりでこのお菓子を買ったわけじゃない。そういうゲームがあるのはもちろん知っているけれど、やったことないし、やりたいと思ったこともない。私はただ、みんなでわいわい食べたかっただけで。
助けを求めるように同期たちに視線を送る。しかし彼女たちは諦めろと言わんばかりに肩を竦めた。中之島小隊の一員である同期たちは、こうなった中之島小隊長には何を言っても無駄だとわかっているのかもしれない。それでも助ける努力はしてほしいけど。
「イケメンとやるに越したことないんだけど、残念ながらここにはいないしね」
さっきまで中之島小隊長に狙われている後輩くんたちがいたはずだけど。いち早く危険を察知して逃げたのだろうか。英断だ。
「たまにはかわいこちゃんも悪くないかな。あ、そんな小動物みたいな顔、男の前でしないほうがいいわよ。パクッとひとくちでいかれちゃうから」
言いながら、中之島小隊長がさく、さくとお菓子を食べ進めてくる。アドバイスはありがたいけれど、今食べようとしてるのはあなたですよね!? と叫びたくなった。
ち、近い。同性でも見惚れてしまう整った顔が目の前にあった。スキンケア何使ってるんだろ……じゃなくて、本当にこのままだと中之島小隊長とキスしてしまう。
できれば初めてのキスは好きな人としたい。
この窮地にそんなことが頭をよぎるのは、私が恋愛に夢見がちだからだろうか。いやいや、でもまさかこんな形でファーストキスを奪われるなんて予想すらしてなくて。
プレッツェルを喰む音がいやに耳に響いた。唇同士が触れるまで、あと数センチ。その瞬間が来るのをとてもじゃないけれど見ていられなくて、私はぎゅっと目を瞑った。
「いやいや、こないなとこで何しとんねん」
「うっ」
ぱきっと響いた軽い音と呻き声に恐る恐る目を開ける。キスは……多分していない。何かが触れたかんしょくはしなかった。それにほっと胸を撫で下ろし、私は口の中にわずかに残っていたお菓子を噛み砕いた。中之島小隊長のほうを見れば頭を両手を押さえていて、その隣には保科副隊長。右手が上がっているから、チョップでも食らったのかもしれない。
「もう邪魔しないでくださいよ、いいところだったのに!」
「何言うとんねん。部下で遊ぶんやない」
「えー、だってあんまりにも素直でかわいくて」
ごめんね、と謝られ私はぶんぶんと首を振った。冗談とわかっていながらされるがままになっていたのは私だ。さっさと負けてしまえばよかったのに、動揺しすぎて動けなくなって。ただあの現場を同期だけならまだしも、保科副隊長にまで見られたのは恥ずかしくて仕方なかった。
「真っ赤になっちゃってかーわい。でもやっぱその流されやすさは心配だわ。もっかい練習しとく?」
「中之島、お前ほんまにええ加減にせえよ」
「やだなあ、冗談ですって。おお、こわ」
休憩時間が終わりに近づき、中之島小隊長は同期たちを引き連れて「またね」と去っていた。
この状況で保科副隊長と二人きりは正直気まずい。演習予定でも入っていればよかったけれど、残念ながらこの後は保科副隊長とともにこの前討伐した怪獣の件で小此木先輩の元に赴くことになっている。
ああ、だから迎えに来てくれたのか。
「あの、さっきはありがとうございました」
「ん? ああ、ええよ別に」
廊下を移動しながら保科副隊長にお礼を伝える。思い出しただけでも顔から火が出そうだったから、保科副隊長が前を歩いていてくれて本当によかったと思う。
「危うく中之島小隊長にファーストキス奪われるところでした」
「……そら大事にせなあかんなあ。ほんま間に合ってよかったわ」
保科副隊長の言葉に大きく頷く。
「まさかお菓子を買っただけであんなことになるとは思いませんでした。これからは気をつけないと」
「お菓子?」
突然振り向いた保科副隊長にどきりとする。今顔を見られては堪らない。私はこちらを見られないよう、慌てて保科副隊長に持っていた袋を差し出した。それを見て「ああ」と納得する。
「そういえば今日十一日やったっけ」
「そうなんですよ! だからつい買っちゃって」
「ついって量やないけど。そんなにしたかったん、ゲーム?」
「え」
じり、と保科副隊長が距離を詰めてくる。いつもはそんなことないのに、緩く細められた瞳に見つめられるだけで身動きが取れなくなった。
「ええよ、君がどうしてもって言うんやったら。僕、君の誘いは断らんことにしてんねん」
一瞬耳元で囁かれた言葉の意味がわからなくて、私は数度瞬きをした。それから一気に顔に熱が集まってくる。
「ち、違います! 断じて、断じてそんなつもりは……」
私は純粋にお菓子を楽しみたかっただけで、下心なんてこれっぽっちもない。そう力強く、それこそ政治家の街頭演説みたいに語ると、保科副隊長がその場に崩れるようにして吹き出した。
「ぶはっ、冗談やって。中之島やないけど、君のその流されやすいとこ心配になるなあ」
「なっ」
まるで子どもにするみたいにぽんぽんと頭を撫でられて、またまた揶揄われていたことに気づく。この短時間に二度も。揶揄われたことはもちろん許せないけど、疑いもしなかった自分が一番信じられない。さっき同じようなことがあったばかりなのに学習していない証拠だ。このままだといつか知り合いに壺を買わないかと言われたら……買ってしまうかもしれない。
「うっ、気をつけます」
がくりと肩を落とすと、今度は慰めるように保科副隊長の手のひらが頭に乗せられた。
「素直なのは君のええとこやけど。流されるんやったら僕の前だけにしといてな」
「また今日みたいに助けてくれます?」
「……他のやつに流されそうになっとる時だけな」
それなら安心だ。保科副隊長はたまに揶揄ってくるけど、信頼できる人には違いないから。
けれど安心する私の一方で、保科副隊長は不服そうに眉を寄せていた。
「君、僕の言っとる意味なんもわかっとらんやろ」
「え?」
どういうことかと首を傾げる。そんな私を見て保科副隊長は何とも難しい顔をして、「やっぱ心配やわ」と大きな溜息をついた。
購買に行ったら見覚えのあるお菓子が大量に置かれていて、せっかくだからと買っただけ。今日が十一月十一日だと知ったのも、その時が初めてで。
だから断じて、そういうゲームがしたかったわけじゃない。……わけじゃないのに。
私は今、未曾有の危機に直面している。
***
その日、私は鼻歌を歌うくらいには浮かれていた。
特別に良いことがあったわけではないけれど、購買に高校時代によく食べていたお菓子が売っていたのだ。それも色んな種類が山のように。ポップには十一月十一日と大きく書かれていて、なるほどと納得する。一の四つ並んだその日はその棒状のプレッツェル菓子の日で有名だ。学生の時は友人たちと色んな種類を買ってシェアしたものだけど、社会人になってからは職業柄、日付感覚も曜日感覚も薄れていてすっかり忘れていた。
ーーでも、せっかくだし。
昔みたいに休憩時間にみんなでわいわいしながら食べるのはどうだろう。きっとノリのいい同僚たちは喜んで参加してくれるはず。それに今は社会人でお金もあるから色んな種類を一人で買える。一度はやってみたかった大人買いができるチャンスだ。
そう思ったら、私の行動は早かった。買い物かごを手に取って、手当たり次第お菓子を入れていく。顔馴染みの購買のおばさんは「あらあら〜」と笑って、いっぱい買ってくれたからおまけね、と私がいつも買うペットボトルのお茶を付けてくれた。ありがたすぎる。
……とはいえさすがに買いすぎたかもしれない。お気に入りのお菓子は思っていた以上に種類が多かった。ノーマルのチョコと、いちごと、細いのくらいしか食べたことなかったけれど、色んな味や長さがあってビニール袋がパンパンだ。おまけで貰ったペットボトルもあって結構重い。
なんとか休憩スペースに着くと、そこにはすでに何人か利用者がいた。同期の姿を見つけ、よいしょとテーブルにビニール袋をのせる。
「うわ、何これ!?」
「へへ、大人買いしちゃった」
「それにしたって買いすぎでしょうが」
「いいでしょ別に。みんなで食べよ」
同期は呆れたように肩を竦めたけれど、食べる気は満々のようですでにビニール袋の中身を物色していた。
「わー、懐かしい。いちごにしよっと。え、今ってプレッツェルのとこハートなんだ」
「かわいいよね。私はこの期間限定のにしよ」
「お、しょっぱいのもある。わかってんじゃん」
「このお菓子の日でもあるからね。甘いのとしょっぱいので一生食べられるよ」
「いや一生はいいわ」
広げたお菓子に同期たちが手を伸ばす。その騒ぎを聞きつけて周りにいた同僚たちも私たちのテーブルに集まり始めた。たくさんあるからよかったらとおすそ分けして、事実それでもビニール袋の中身はあまり減っていなかった。これは後日寮でお菓子パーティーする必要があるかもしれない。
そんな時だ。
「なーにしてんの?」
後ろから肩を抱かれて思わず「わっ」と声が出た。隣にいた同期も同じように驚いていてすぐに「やめてくださいよ〜」と背後の人物に笑いかけている。見ればそこにいたのは中之島小隊長。目が合えば、切れ長の目が悪戯っぽく細められた。
「あら、いいもん食べてんじゃない。一本ちょうだい」
「もちろん! どれがいいですか?」
「じゃあそのミルクティーのやつ」
中之島小隊長が指差したのは秋冬限定のロイヤルミルクティー味。袋を開けるとふわりと甘いミルクティーの香りがして、これは美味しそうな予感がする。
「どうぞ」
袋を差し出すと、中之島小隊長はお礼を一本抜き取った。さて感想はいかにと待っていると、なぜかにこりと微笑まれる。え、食べないの? 疑問に思って口を開けると、その隙にすっとお菓子を差し込まれた。
「っ!?」
「噛んじゃだめよ」
先に釘を刺されて、私は立てかけた歯の代わりにごくりと唾を飲んだ。舌先にじわりとミルクティーの味が広がる。訳がわからないまま小隊長を見つめると、彼女は私の顎を持ち上げてもう一方のお菓子の先を咥えた。
(え……ええーっ!?)
「ふふ、このお菓子と言えばこのゲームでしょ」
ニヤリと意地悪く笑う中之島小隊長に私はふるふると首を横に振った。私は決してそんなつもりでこのお菓子を買ったわけじゃない。そういうゲームがあるのはもちろん知っているけれど、やったことないし、やりたいと思ったこともない。私はただ、みんなでわいわい食べたかっただけで。
助けを求めるように同期たちに視線を送る。しかし彼女たちは諦めろと言わんばかりに肩を竦めた。中之島小隊の一員である同期たちは、こうなった中之島小隊長には何を言っても無駄だとわかっているのかもしれない。それでも助ける努力はしてほしいけど。
「イケメンとやるに越したことないんだけど、残念ながらここにはいないしね」
さっきまで中之島小隊長に狙われている後輩くんたちがいたはずだけど。いち早く危険を察知して逃げたのだろうか。英断だ。
「たまにはかわいこちゃんも悪くないかな。あ、そんな小動物みたいな顔、男の前でしないほうがいいわよ。パクッとひとくちでいかれちゃうから」
言いながら、中之島小隊長がさく、さくとお菓子を食べ進めてくる。アドバイスはありがたいけれど、今食べようとしてるのはあなたですよね!? と叫びたくなった。
ち、近い。同性でも見惚れてしまう整った顔が目の前にあった。スキンケア何使ってるんだろ……じゃなくて、本当にこのままだと中之島小隊長とキスしてしまう。
できれば初めてのキスは好きな人としたい。
この窮地にそんなことが頭をよぎるのは、私が恋愛に夢見がちだからだろうか。いやいや、でもまさかこんな形でファーストキスを奪われるなんて予想すらしてなくて。
プレッツェルを喰む音がいやに耳に響いた。唇同士が触れるまで、あと数センチ。その瞬間が来るのをとてもじゃないけれど見ていられなくて、私はぎゅっと目を瞑った。
「いやいや、こないなとこで何しとんねん」
「うっ」
ぱきっと響いた軽い音と呻き声に恐る恐る目を開ける。キスは……多分していない。何かが触れたかんしょくはしなかった。それにほっと胸を撫で下ろし、私は口の中にわずかに残っていたお菓子を噛み砕いた。中之島小隊長のほうを見れば頭を両手を押さえていて、その隣には保科副隊長。右手が上がっているから、チョップでも食らったのかもしれない。
「もう邪魔しないでくださいよ、いいところだったのに!」
「何言うとんねん。部下で遊ぶんやない」
「えー、だってあんまりにも素直でかわいくて」
ごめんね、と謝られ私はぶんぶんと首を振った。冗談とわかっていながらされるがままになっていたのは私だ。さっさと負けてしまえばよかったのに、動揺しすぎて動けなくなって。ただあの現場を同期だけならまだしも、保科副隊長にまで見られたのは恥ずかしくて仕方なかった。
「真っ赤になっちゃってかーわい。でもやっぱその流されやすさは心配だわ。もっかい練習しとく?」
「中之島、お前ほんまにええ加減にせえよ」
「やだなあ、冗談ですって。おお、こわ」
休憩時間が終わりに近づき、中之島小隊長は同期たちを引き連れて「またね」と去っていた。
この状況で保科副隊長と二人きりは正直気まずい。演習予定でも入っていればよかったけれど、残念ながらこの後は保科副隊長とともにこの前討伐した怪獣の件で小此木先輩の元に赴くことになっている。
ああ、だから迎えに来てくれたのか。
「あの、さっきはありがとうございました」
「ん? ああ、ええよ別に」
廊下を移動しながら保科副隊長にお礼を伝える。思い出しただけでも顔から火が出そうだったから、保科副隊長が前を歩いていてくれて本当によかったと思う。
「危うく中之島小隊長にファーストキス奪われるところでした」
「……そら大事にせなあかんなあ。ほんま間に合ってよかったわ」
保科副隊長の言葉に大きく頷く。
「まさかお菓子を買っただけであんなことになるとは思いませんでした。これからは気をつけないと」
「お菓子?」
突然振り向いた保科副隊長にどきりとする。今顔を見られては堪らない。私はこちらを見られないよう、慌てて保科副隊長に持っていた袋を差し出した。それを見て「ああ」と納得する。
「そういえば今日十一日やったっけ」
「そうなんですよ! だからつい買っちゃって」
「ついって量やないけど。そんなにしたかったん、ゲーム?」
「え」
じり、と保科副隊長が距離を詰めてくる。いつもはそんなことないのに、緩く細められた瞳に見つめられるだけで身動きが取れなくなった。
「ええよ、君がどうしてもって言うんやったら。僕、君の誘いは断らんことにしてんねん」
一瞬耳元で囁かれた言葉の意味がわからなくて、私は数度瞬きをした。それから一気に顔に熱が集まってくる。
「ち、違います! 断じて、断じてそんなつもりは……」
私は純粋にお菓子を楽しみたかっただけで、下心なんてこれっぽっちもない。そう力強く、それこそ政治家の街頭演説みたいに語ると、保科副隊長がその場に崩れるようにして吹き出した。
「ぶはっ、冗談やって。中之島やないけど、君のその流されやすいとこ心配になるなあ」
「なっ」
まるで子どもにするみたいにぽんぽんと頭を撫でられて、またまた揶揄われていたことに気づく。この短時間に二度も。揶揄われたことはもちろん許せないけど、疑いもしなかった自分が一番信じられない。さっき同じようなことがあったばかりなのに学習していない証拠だ。このままだといつか知り合いに壺を買わないかと言われたら……買ってしまうかもしれない。
「うっ、気をつけます」
がくりと肩を落とすと、今度は慰めるように保科副隊長の手のひらが頭に乗せられた。
「素直なのは君のええとこやけど。流されるんやったら僕の前だけにしといてな」
「また今日みたいに助けてくれます?」
「……他のやつに流されそうになっとる時だけな」
それなら安心だ。保科副隊長はたまに揶揄ってくるけど、信頼できる人には違いないから。
けれど安心する私の一方で、保科副隊長は不服そうに眉を寄せていた。
「君、僕の言っとる意味なんもわかっとらんやろ」
「え?」
どういうことかと首を傾げる。そんな私を見て保科副隊長は何とも難しい顔をして、「やっぱ心配やわ」と大きな溜息をついた。