保科宗四郎
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少し遅めの昼休み。いつも混み合っとる食堂も、この時間帯ともなればそれなりに空いている。
「おばちゃん、Aランチひとつ」
厨房を覗き込むと奥から「はいよー!」と顔馴染みのおばちゃんの元気な声が飛んできた。程なくしてジュウジュウと肉を焼く音と、食欲をそそる匂いが漂ってくる。今日のAランチは生姜焼き定食やった。ここの豚の生姜焼きはそりゃもう絶品。柔かくてジューシーで、ピリッと生姜の効いた甘辛ダレにご飯が止まらんくなる。ついあの味を思い出してしまって、忘れかけていた空腹が急にぐぅと主張を始めた。待て待て、あとちょっとや。おばちゃんはもう盛り付けに入っとる。僕は宥めるように腹をさすり、どこに座ろうかと辺りを見渡した。ぽつぽつと埋まる席。一人でゆっくり食べるのもええけど……うん、あそこにしよ。おばちゃんから出来立ての定食を受け取って、僕はまっすぐ目当ての席へと向かった。
「ここ、ええ?」
そう声をかけると、目の前に座っとった子がゆっくりと顔を上げた。僕の部下で唯一の愛弟子でもあるその子は呼ばれたのが自分やとは思わんかったようで、一瞬きょとんとしたものの、声の主が僕とわかるとすぐにハッとした表情を浮かべていた。その両頬はご飯を詰め込みすぎてぷっくりと膨れている。「リスか!」こんなん見たらつっこまずにはおれんやろ。
「ほひなふふはいひょー!」
「ええよええよ。そのまま食べとって」
立ち上がろうとするのをやめさせて、机を挟んで向かい合わせに座る。慌ててごくんと飲み込んだ彼女は「保科副隊長も今からお昼ですか?」と僕に笑顔を向けた。
「色々やっとったらこんな時間になっとったわ。君も忙しかったん?」
「あー、はは。まあそんなとこです」
愛弟子の視線が不自然に泳ぐ。あー、これは嘘やな。他の奴はどうか知らんけど、師匠である僕の目は誤魔化せへん。穴があくほどじいっと見つめたると、彼女は耐えられないといった様子で固く目を閉じた。
「まさかまーた訓練室に籠っとったんか」
「アハハ、ソンナコトハナイデスヨ」
「ほーん。で、ほんまは?」
「うぐ……ちょっとだけ。ほんの数時間です。気づいたらこの時間で」
「数時間て、君なあ」
頑張るのはええことや。けどこの子は昔から頑張りすぎるところがある。無理して体壊したら元も子もないやろって何度も口酸っぱく言うてるけど、暇さえあれば訓練室におるから困ったもんや。
「ほどほどにせえ言うとるのに。約束の守れん悪い子には……こうや!」
言うや否や素早く自分の箸を向かいに伸ばす。狙うは愛弟子の唐揚げ。その中でも一番大きいのを取ったった。「あーっ、私の唐揚げ‼︎」恨みがましく僕を睨む愛弟子を無視して、これ見よがしに一口で頬張る。「うま!」少し冷めとるけど、噛むたびにじゅわりと肉汁が口の中に広がって美味い。次いで白飯を掻き込んでいると、そろりそろりと向かいから箸が伸びてきた。なるほど、仕返しに僕の生姜焼きを狙ってきたか。けどやるならもっと上手くやらんと。さっと皿を手前に引いてやれば、愛弟子の箸はカツンとトレーに当たり、こら、堂々と舌打ちするんやない。
「で。君、この後の予定は?」
「……特にないですけど」
「なら今日はもう訓練室に行くの禁止な」
「えっ⁈」
やっぱりまだ行くつもりやったんか。愛弟子はわかりやすくしまったという顔をして、誤魔化すように口笛を吹いた。てか、全然吹けてへんな。口で「ヒュー」言うとるだけやん、それ。
「とにかく、今日は僕の事務作業に付き合うこと。もちろんタダでとは言わん。美味しい美味しい三時のおやつ付きや」
おやつという響きに、唐揚げを取られて拗ねていた愛弟子の目がぱあっと輝き出す。
「やります! やらせてください!」
前のめりになりつつ元気に挙手する僕の愛弟子は、自他共に認める食いしん坊。扱いやすくて非常に助かる。けども、こうも簡単に物で釣れてしまうと師匠としては心配にもなるわけで。この子、食べ物に釣られて知らんおっさんについてったりせんよな。年齢の割に幼く見えるし、普通にありそうで怖いわ。
そんな僕の心など露知らず、目の前の愛弟子は能天気にラスト一つとなった唐揚げを口に放り込んでいた。もぐもぐと幸せそうに唐揚げを頬張る姿はやはり小動物にしか見えない。膨らんだ頬を突きたい衝動に駆られるが、噛みつかれそうなので今日のところは我慢しておく。
「どうかしました?」
ついつい見つめてしまって、僕の視線に気づいた愛弟子が不思議そうに頭を傾けた。
「んー、君はほんまに美味そうに食うなと思ってな」
「そう、ですかね?」
「うん。それにいっぱい食べる子は見てて気持ちがええ」
ここの唐揚げの味は僕もよう知っとる。それなのに、この子が幸せそうに食べてんのを見るとそんなに美味いん? って気になるし、無性に腹も減ってくる。実際さっきこの子から奪った唐揚げは少し冷めとったはずやのに、思った以上に美味く感じて正直ちょっとびっくりした。美味いもんは一人で食うても美味いけど、誰かと分かち合うたら何倍も美味く感じるというのは本当らしい。その誰かは、これからもこの子がええなと僕は思うんやけど、なんやプロポーズみたいでよう言わん。
「もう、褒めても何も出ませんからね。でも、へへ。ありがとうございます」
そう言ってふにゃふにゃに口元を緩める愛弟子は空になりつつあった僕のグラスに水を注いだ。こういうのを素直に受け取れるとこもこの子のええとこやと思う。
「あ」
「なになに? どないしたん」
ごちそうさまでしたと満足げに手を合わせていた愛弟子の瞳がぱちりと瞬く。ええもん見っけた子どもみたいに目を輝かせてこっちを見るもんやから、僕もつられて「えー、なんやの?」とそわそわしてしまう。
「すごいことに気づきました私。保科副隊長は食べ方が綺麗」
思わぬひとことにぽろりと箸からご飯がこぼれ落ちた。けれど愛弟子は固まる僕に気づいてないのか、育ちの良さが出てるだとか、箸の持ち方が綺麗だとか、つらつらと褒め続ける。僕としてはそんなん意識したことなかったし、普通に飯食うてただけやし。でもこう改めて言われるとなかなか恥ずかしいもんがある。愛弟子がお世辞を言うような子やないとわかってるからこそ、余計に。
「そ、そんなに褒めても何も出んからな!」
言ってから、僕は愛弟子のほうに生姜焼きの皿をずいと差し出す。
「よかったら、生姜焼き食う?」
「え、いいんですか?」
我ながら単純や。ちょっと褒められたくらいでこのザマとは。
「今なら飴ちゃんも付けたる!」
「やったー‼︎」
生姜焼きとポケットから取り出した色とりどりの飴玉に、食いしん坊の愛弟子の目はすっかり奪われとるようやった。
できれば、どうかそのまま。せめて僕の顔から熱が引くまではこっち見んといてくれと、僕は願わずにはおれんかった。
「おばちゃん、Aランチひとつ」
厨房を覗き込むと奥から「はいよー!」と顔馴染みのおばちゃんの元気な声が飛んできた。程なくしてジュウジュウと肉を焼く音と、食欲をそそる匂いが漂ってくる。今日のAランチは生姜焼き定食やった。ここの豚の生姜焼きはそりゃもう絶品。柔かくてジューシーで、ピリッと生姜の効いた甘辛ダレにご飯が止まらんくなる。ついあの味を思い出してしまって、忘れかけていた空腹が急にぐぅと主張を始めた。待て待て、あとちょっとや。おばちゃんはもう盛り付けに入っとる。僕は宥めるように腹をさすり、どこに座ろうかと辺りを見渡した。ぽつぽつと埋まる席。一人でゆっくり食べるのもええけど……うん、あそこにしよ。おばちゃんから出来立ての定食を受け取って、僕はまっすぐ目当ての席へと向かった。
「ここ、ええ?」
そう声をかけると、目の前に座っとった子がゆっくりと顔を上げた。僕の部下で唯一の愛弟子でもあるその子は呼ばれたのが自分やとは思わんかったようで、一瞬きょとんとしたものの、声の主が僕とわかるとすぐにハッとした表情を浮かべていた。その両頬はご飯を詰め込みすぎてぷっくりと膨れている。「リスか!」こんなん見たらつっこまずにはおれんやろ。
「ほひなふふはいひょー!」
「ええよええよ。そのまま食べとって」
立ち上がろうとするのをやめさせて、机を挟んで向かい合わせに座る。慌ててごくんと飲み込んだ彼女は「保科副隊長も今からお昼ですか?」と僕に笑顔を向けた。
「色々やっとったらこんな時間になっとったわ。君も忙しかったん?」
「あー、はは。まあそんなとこです」
愛弟子の視線が不自然に泳ぐ。あー、これは嘘やな。他の奴はどうか知らんけど、師匠である僕の目は誤魔化せへん。穴があくほどじいっと見つめたると、彼女は耐えられないといった様子で固く目を閉じた。
「まさかまーた訓練室に籠っとったんか」
「アハハ、ソンナコトハナイデスヨ」
「ほーん。で、ほんまは?」
「うぐ……ちょっとだけ。ほんの数時間です。気づいたらこの時間で」
「数時間て、君なあ」
頑張るのはええことや。けどこの子は昔から頑張りすぎるところがある。無理して体壊したら元も子もないやろって何度も口酸っぱく言うてるけど、暇さえあれば訓練室におるから困ったもんや。
「ほどほどにせえ言うとるのに。約束の守れん悪い子には……こうや!」
言うや否や素早く自分の箸を向かいに伸ばす。狙うは愛弟子の唐揚げ。その中でも一番大きいのを取ったった。「あーっ、私の唐揚げ‼︎」恨みがましく僕を睨む愛弟子を無視して、これ見よがしに一口で頬張る。「うま!」少し冷めとるけど、噛むたびにじゅわりと肉汁が口の中に広がって美味い。次いで白飯を掻き込んでいると、そろりそろりと向かいから箸が伸びてきた。なるほど、仕返しに僕の生姜焼きを狙ってきたか。けどやるならもっと上手くやらんと。さっと皿を手前に引いてやれば、愛弟子の箸はカツンとトレーに当たり、こら、堂々と舌打ちするんやない。
「で。君、この後の予定は?」
「……特にないですけど」
「なら今日はもう訓練室に行くの禁止な」
「えっ⁈」
やっぱりまだ行くつもりやったんか。愛弟子はわかりやすくしまったという顔をして、誤魔化すように口笛を吹いた。てか、全然吹けてへんな。口で「ヒュー」言うとるだけやん、それ。
「とにかく、今日は僕の事務作業に付き合うこと。もちろんタダでとは言わん。美味しい美味しい三時のおやつ付きや」
おやつという響きに、唐揚げを取られて拗ねていた愛弟子の目がぱあっと輝き出す。
「やります! やらせてください!」
前のめりになりつつ元気に挙手する僕の愛弟子は、自他共に認める食いしん坊。扱いやすくて非常に助かる。けども、こうも簡単に物で釣れてしまうと師匠としては心配にもなるわけで。この子、食べ物に釣られて知らんおっさんについてったりせんよな。年齢の割に幼く見えるし、普通にありそうで怖いわ。
そんな僕の心など露知らず、目の前の愛弟子は能天気にラスト一つとなった唐揚げを口に放り込んでいた。もぐもぐと幸せそうに唐揚げを頬張る姿はやはり小動物にしか見えない。膨らんだ頬を突きたい衝動に駆られるが、噛みつかれそうなので今日のところは我慢しておく。
「どうかしました?」
ついつい見つめてしまって、僕の視線に気づいた愛弟子が不思議そうに頭を傾けた。
「んー、君はほんまに美味そうに食うなと思ってな」
「そう、ですかね?」
「うん。それにいっぱい食べる子は見てて気持ちがええ」
ここの唐揚げの味は僕もよう知っとる。それなのに、この子が幸せそうに食べてんのを見るとそんなに美味いん? って気になるし、無性に腹も減ってくる。実際さっきこの子から奪った唐揚げは少し冷めとったはずやのに、思った以上に美味く感じて正直ちょっとびっくりした。美味いもんは一人で食うても美味いけど、誰かと分かち合うたら何倍も美味く感じるというのは本当らしい。その誰かは、これからもこの子がええなと僕は思うんやけど、なんやプロポーズみたいでよう言わん。
「もう、褒めても何も出ませんからね。でも、へへ。ありがとうございます」
そう言ってふにゃふにゃに口元を緩める愛弟子は空になりつつあった僕のグラスに水を注いだ。こういうのを素直に受け取れるとこもこの子のええとこやと思う。
「あ」
「なになに? どないしたん」
ごちそうさまでしたと満足げに手を合わせていた愛弟子の瞳がぱちりと瞬く。ええもん見っけた子どもみたいに目を輝かせてこっちを見るもんやから、僕もつられて「えー、なんやの?」とそわそわしてしまう。
「すごいことに気づきました私。保科副隊長は食べ方が綺麗」
思わぬひとことにぽろりと箸からご飯がこぼれ落ちた。けれど愛弟子は固まる僕に気づいてないのか、育ちの良さが出てるだとか、箸の持ち方が綺麗だとか、つらつらと褒め続ける。僕としてはそんなん意識したことなかったし、普通に飯食うてただけやし。でもこう改めて言われるとなかなか恥ずかしいもんがある。愛弟子がお世辞を言うような子やないとわかってるからこそ、余計に。
「そ、そんなに褒めても何も出んからな!」
言ってから、僕は愛弟子のほうに生姜焼きの皿をずいと差し出す。
「よかったら、生姜焼き食う?」
「え、いいんですか?」
我ながら単純や。ちょっと褒められたくらいでこのザマとは。
「今なら飴ちゃんも付けたる!」
「やったー‼︎」
生姜焼きとポケットから取り出した色とりどりの飴玉に、食いしん坊の愛弟子の目はすっかり奪われとるようやった。
できれば、どうかそのまま。せめて僕の顔から熱が引くまではこっち見んといてくれと、僕は願わずにはおれんかった。