保科宗四郎
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その日、市街地に現れた怪獣の討伐を終えるのに随分と時間がかかってしまった。本獣のフォルティチュードの割に余獣の数が多かったのだ。小さく数ばかりの多い余獣の危険度はそう高くないものの、蜘蛛の子を散らすように逃げられてはさすがに骨が折れる。全てが終わる頃にはすっかり日も暮れて、夜の気配が深くなっていた。
九月といえど、日中はまだ暑い。けれどこうして肌を撫ぜる風はひんやりとしていて、秋の訪れを感じさせる。立ち上る砂煙と、積み上がった余獣の死骸がなければ風流なのだけど。こればかりはどうしようもない。
「そっち、片付いたか?」
ひび割れたアスファルトを踏み締めて、保科副隊長がこちらにやってきた。
「はい。小隊のみんなもそれぞれ討伐を終えたようなのでこれから合流しようかと」
「ん。お疲れさん。それにしてもこれまたえらいたくさんやったなぁ」
私の隣に積み上がる余獣を見て保科副隊長が感心したように言う。けれどそれを素直に受け取ることはできなくて、私は眉を顰めた。
「保科副隊長はこの倍以上でしょう」
今日この討伐にあたったのは保科小隊と海老名小隊。そして本獣討伐と余獣の大半を彼が討伐している。数の多い余獣を討伐区域から出さないよう一人ひとり担当区域を分け討伐にあたっていたというのに、副隊長がやって来たのは彼の担当区域から真逆の方向だった。おそらく自分の担当区域を討伐し終え、他の区域をぐるっと周ってきたのだろう。討伐数で言ったら間違いなく保科副隊長が一番だ。
「ま、それは否定せん。一応副隊長やし、ええとこ見せとかんとな。けど隊員の中やったら君が一番とちゃう?」
「どうでしょう。海老名小隊長も結構討伐してるでしょうし、うちの小隊にはあの四ノ宮隊員もいますからね」
きっと彼らも今頃私と同じように余獣の山を築いていることだろう。それを足したとて保科副隊長の討伐数に届くか怪しいところだ。
「なに難しい顔しとんの?」
「別に」
「嘘やん。昆虫系の怪獣出た時とおんなじ顔しとんで。ほらこの前の相模原の時みたいな……」
「そんなことないです。というか思い出させないでくださいよ」
あのバッタにそっくりの怪獣を思い出してぞわりと鳥肌が立つ。あの時は少しでも早く終わらせたくて、今までにないくらい集中して引き金を引き続けた。一緒にいた日比野隊員が「ひぃっ?!」と声を上げていた気がするけれど、あれは怪獣に対してではなく私に? 討伐後に「鬼……、いや鬼気迫る感じですごかったです!」と言っていたのも、もしかして顔のことだった?
そんな時、オペレーターから通信が入った。全余獣の討伐を確認したらしい。
「討伐完了、ほな帰ろか」
「はい」
くるりと踵を返した保科副隊長の後に私も続く。
「僕は報告書まとめるから、夜勤組への引き継ぎ頼んでええ?」
「わかりました」
「それ終わったら久々にご飯でも行こか」
「えっ」
どうして急にと驚く私に、保科副隊長がにやりと笑った。
「君の機嫌を直すには美味いもん食べ行くんが一番やからな」
「なっ?!」
保科副隊長は私のことをそんな食い意地が張っている女だと思っているのか。確かに食べることは好きだけど、心外である。
あからさまにむっとすると、保科副隊長がけらけらと笑った。
「ウソウソ。冗談やって。討伐よう頑張りましたってことでご褒美や」
宥めるというよりは誤魔化すようにわしわしと雑に頭を撫でられる。この人は昔から弟子の私に対しては適当だ。
「副隊長の奢りなら行ってあげないこともないです」
「僕が愛弟子ちゃんに奢らんかったことある?」
「……」
ない、けど。私が出しますと言っても出させてくれないのは保科副隊長のほうだ。たまには私に払わせてくれてもいいのに、「師匠にカッコつけさせてや」って。そんなことを言われたらそれ以上食い下がれない。
「何食いたい? 愛弟子ちゃんの行きたいとこでええよ」
「なら、お好み焼きがいいです」
「お好み焼き?」
私のリクエストに保科副隊長の目がぱちりと瞬く。確かに私にしては珍しいリクエストだったかもしれない。いつもは大体居酒屋か定食屋ばかりだったから。でも、無性に食べたくなってしまったのだ。
「ほら、あそこ」
私は空を指差した。そこには煌々と輝く満月。夜なのにやけに明るいと思っていたら、あれのせいらしい。討伐中は空を見上げる余裕なんてなかったけれど、そういえばニュースで中秋の名月の話題をしていたなと思い出す。砂煙もようやく落ち着き、住民たちも避難して街明かりもない今だからこそ、より明るく綺麗に見えるのだろう。
「ね、月がすっごく綺麗でしょう」
「……」
「聞いてますか、保科副隊長?」
「……おん、聞いとる聞いとる」
一瞬息を詰めたように見えたのは気のせいだろうか。絡んだ視線がふいと逸らされて、保科副隊長が私の指先を追いかけるように空を見上げる。
「で、君はあの綺麗なお月さん見てお好み焼きが食べたなったと」
「いい感じに焼けた生地にソースを塗って、じゅうっと音を立てる鉄板。さらにそこにマヨネーズ、青のり、鰹節。最高じゃないですか!」
「そこで団子とかハンバーガーにならんとこが君らしいよな」
「なんですかそれ」
「ホンマおもろいやっちゃなって褒めてんねん」
なんだかあんまり褒められている気がしないのだけど。とりあえず、今日の晩ご飯はお好み焼きに決定したみたいだからよしとしよう。豚玉、海鮮、モダン焼き。どれにしようか今から迷ってしまう。
「あ」
「どないしたん?」
「海老名小隊長からの通信です。今どこにいるのかと」
拠点から一番離れた場所とはいえ、少しのんびり歩きすぎたらしい。けれど輸送車両は見えてきたからここからなら十五分くらいで拠点に合流できるだろう。
「……ええ。はい、保科副隊長も一緒です。あと輸送車両にうちの隊員が数名。すぐ向かいます。あ、そういえば見ました?」
通信越しに『はぁ?』と海老名小隊長のドスの効いた声が聞こえてくる。実際怒っている訳ではないのだけど、今年入った新人たちはその厳つさに萎縮していることだろう。入隊当初私もそうだったからその光景が目に浮かぶようだった。でもああ見えて面倒見のいい人だから、満月の話でもすれば「お前らも見てみろ!」と新人たちを外に連れ出して重たい空気を何とかしてくれるはず。
そう思って「月が……」と言いかけると、不意に耳に何かが触れた。びくりと弾かれたように隣を見ると、保科副隊長が手の中で私のインカムを転がしていた。
「あー、こちら保科。負傷者は……ん、わかった。あと十五分したらそっち着くわ」
そう言うなり、ピッと通信を切る音がした。それから「ん」と奪ったインカムを突き返される。
「びっくりしたー。自分の通信使ってくださいよ」
「割り込むの面倒やん」
「そんなことないと思いますけど。あーあ、せっかく海老名小隊長にも満月のこと教えてあげようと思ってたのに」
「……月が綺麗やでって?」
心なしか不機嫌そうな声に私は目を瞬かせた。見上げた先の保科副隊長は珍しく眉根を寄せている。
「いえ、その、お好み焼きみたいなお月様がって……」
そこから小隊での食事会とかに話題を繋げて、海老名小隊の親睦を深められればと思ったのだけど。
保科小隊の私が出過ぎた真似をするべきではなかったかもしれない。海老名小隊長ならそれくらい、自分で考えて行動するだろう。
すみませんと頭を下げようとすると、保科副隊長がそれを制止するように手のひらをこちらに向けた。それから溜息とともに何やら呟く。
「……カッコ悪すぎやろ、僕」
「え?」
「何でもない。こっちの話や」
どういうことだろうと首を傾げる私に、保科副隊長が何とも言えない顔をする。きゅっと唇を引き結んだかと思えば、溜息とともに肩を落として。再び何か言いたげに口が開き、そしてーーそれと同時に「ぐうぅ」と盛大に私のお腹が鳴った。
「す、すみません。お好み焼きの話してたから……」
「ええよ別に。むしろ助かったわ。せや、今のうちにどれ食べるか決めときや。愛弟子ちゃんに保科流お好み焼き焼き術見せたるわ」
「なんか語呂悪くないですか」
「うっさいわ! 名前ダサいけど舐めとったらあかんで。僕以外の焼いたお好み焼き食えんようにしたるからな」
それは少し困るような。でも一緒に焼肉に行った時も絶妙の焼き加減だったから侮れない。
「ならお手並み拝見といこうじゃないですか」
「おん、期待しといてや」
自信満々に言う保科副隊長に目を細めてから、私はもう一度空を見上げた。こんなに見事な満月を見ることは、そうないことだろう。けれど私にはもうお好み焼きにしか見えなくて、綺麗という感想よりも美味しそうが先に来てしまう。まさに花より団子だ。
私は輸送車両に乗り込むなり基地に戻ってからのことを考えた。夜勤組への業務の引き継ぎに、小隊の隊員たちへの指示、やるべきことは山程ある。でもそれさえ終わってしまえばーー美味しいお好み焼きが待っている。
保科副隊長の焼くお好み焼きは、果たしてどんな味がするのだろう。そればかりが楽しみで、待ち遠しくて仕方なかった。
九月といえど、日中はまだ暑い。けれどこうして肌を撫ぜる風はひんやりとしていて、秋の訪れを感じさせる。立ち上る砂煙と、積み上がった余獣の死骸がなければ風流なのだけど。こればかりはどうしようもない。
「そっち、片付いたか?」
ひび割れたアスファルトを踏み締めて、保科副隊長がこちらにやってきた。
「はい。小隊のみんなもそれぞれ討伐を終えたようなのでこれから合流しようかと」
「ん。お疲れさん。それにしてもこれまたえらいたくさんやったなぁ」
私の隣に積み上がる余獣を見て保科副隊長が感心したように言う。けれどそれを素直に受け取ることはできなくて、私は眉を顰めた。
「保科副隊長はこの倍以上でしょう」
今日この討伐にあたったのは保科小隊と海老名小隊。そして本獣討伐と余獣の大半を彼が討伐している。数の多い余獣を討伐区域から出さないよう一人ひとり担当区域を分け討伐にあたっていたというのに、副隊長がやって来たのは彼の担当区域から真逆の方向だった。おそらく自分の担当区域を討伐し終え、他の区域をぐるっと周ってきたのだろう。討伐数で言ったら間違いなく保科副隊長が一番だ。
「ま、それは否定せん。一応副隊長やし、ええとこ見せとかんとな。けど隊員の中やったら君が一番とちゃう?」
「どうでしょう。海老名小隊長も結構討伐してるでしょうし、うちの小隊にはあの四ノ宮隊員もいますからね」
きっと彼らも今頃私と同じように余獣の山を築いていることだろう。それを足したとて保科副隊長の討伐数に届くか怪しいところだ。
「なに難しい顔しとんの?」
「別に」
「嘘やん。昆虫系の怪獣出た時とおんなじ顔しとんで。ほらこの前の相模原の時みたいな……」
「そんなことないです。というか思い出させないでくださいよ」
あのバッタにそっくりの怪獣を思い出してぞわりと鳥肌が立つ。あの時は少しでも早く終わらせたくて、今までにないくらい集中して引き金を引き続けた。一緒にいた日比野隊員が「ひぃっ?!」と声を上げていた気がするけれど、あれは怪獣に対してではなく私に? 討伐後に「鬼……、いや鬼気迫る感じですごかったです!」と言っていたのも、もしかして顔のことだった?
そんな時、オペレーターから通信が入った。全余獣の討伐を確認したらしい。
「討伐完了、ほな帰ろか」
「はい」
くるりと踵を返した保科副隊長の後に私も続く。
「僕は報告書まとめるから、夜勤組への引き継ぎ頼んでええ?」
「わかりました」
「それ終わったら久々にご飯でも行こか」
「えっ」
どうして急にと驚く私に、保科副隊長がにやりと笑った。
「君の機嫌を直すには美味いもん食べ行くんが一番やからな」
「なっ?!」
保科副隊長は私のことをそんな食い意地が張っている女だと思っているのか。確かに食べることは好きだけど、心外である。
あからさまにむっとすると、保科副隊長がけらけらと笑った。
「ウソウソ。冗談やって。討伐よう頑張りましたってことでご褒美や」
宥めるというよりは誤魔化すようにわしわしと雑に頭を撫でられる。この人は昔から弟子の私に対しては適当だ。
「副隊長の奢りなら行ってあげないこともないです」
「僕が愛弟子ちゃんに奢らんかったことある?」
「……」
ない、けど。私が出しますと言っても出させてくれないのは保科副隊長のほうだ。たまには私に払わせてくれてもいいのに、「師匠にカッコつけさせてや」って。そんなことを言われたらそれ以上食い下がれない。
「何食いたい? 愛弟子ちゃんの行きたいとこでええよ」
「なら、お好み焼きがいいです」
「お好み焼き?」
私のリクエストに保科副隊長の目がぱちりと瞬く。確かに私にしては珍しいリクエストだったかもしれない。いつもは大体居酒屋か定食屋ばかりだったから。でも、無性に食べたくなってしまったのだ。
「ほら、あそこ」
私は空を指差した。そこには煌々と輝く満月。夜なのにやけに明るいと思っていたら、あれのせいらしい。討伐中は空を見上げる余裕なんてなかったけれど、そういえばニュースで中秋の名月の話題をしていたなと思い出す。砂煙もようやく落ち着き、住民たちも避難して街明かりもない今だからこそ、より明るく綺麗に見えるのだろう。
「ね、月がすっごく綺麗でしょう」
「……」
「聞いてますか、保科副隊長?」
「……おん、聞いとる聞いとる」
一瞬息を詰めたように見えたのは気のせいだろうか。絡んだ視線がふいと逸らされて、保科副隊長が私の指先を追いかけるように空を見上げる。
「で、君はあの綺麗なお月さん見てお好み焼きが食べたなったと」
「いい感じに焼けた生地にソースを塗って、じゅうっと音を立てる鉄板。さらにそこにマヨネーズ、青のり、鰹節。最高じゃないですか!」
「そこで団子とかハンバーガーにならんとこが君らしいよな」
「なんですかそれ」
「ホンマおもろいやっちゃなって褒めてんねん」
なんだかあんまり褒められている気がしないのだけど。とりあえず、今日の晩ご飯はお好み焼きに決定したみたいだからよしとしよう。豚玉、海鮮、モダン焼き。どれにしようか今から迷ってしまう。
「あ」
「どないしたん?」
「海老名小隊長からの通信です。今どこにいるのかと」
拠点から一番離れた場所とはいえ、少しのんびり歩きすぎたらしい。けれど輸送車両は見えてきたからここからなら十五分くらいで拠点に合流できるだろう。
「……ええ。はい、保科副隊長も一緒です。あと輸送車両にうちの隊員が数名。すぐ向かいます。あ、そういえば見ました?」
通信越しに『はぁ?』と海老名小隊長のドスの効いた声が聞こえてくる。実際怒っている訳ではないのだけど、今年入った新人たちはその厳つさに萎縮していることだろう。入隊当初私もそうだったからその光景が目に浮かぶようだった。でもああ見えて面倒見のいい人だから、満月の話でもすれば「お前らも見てみろ!」と新人たちを外に連れ出して重たい空気を何とかしてくれるはず。
そう思って「月が……」と言いかけると、不意に耳に何かが触れた。びくりと弾かれたように隣を見ると、保科副隊長が手の中で私のインカムを転がしていた。
「あー、こちら保科。負傷者は……ん、わかった。あと十五分したらそっち着くわ」
そう言うなり、ピッと通信を切る音がした。それから「ん」と奪ったインカムを突き返される。
「びっくりしたー。自分の通信使ってくださいよ」
「割り込むの面倒やん」
「そんなことないと思いますけど。あーあ、せっかく海老名小隊長にも満月のこと教えてあげようと思ってたのに」
「……月が綺麗やでって?」
心なしか不機嫌そうな声に私は目を瞬かせた。見上げた先の保科副隊長は珍しく眉根を寄せている。
「いえ、その、お好み焼きみたいなお月様がって……」
そこから小隊での食事会とかに話題を繋げて、海老名小隊の親睦を深められればと思ったのだけど。
保科小隊の私が出過ぎた真似をするべきではなかったかもしれない。海老名小隊長ならそれくらい、自分で考えて行動するだろう。
すみませんと頭を下げようとすると、保科副隊長がそれを制止するように手のひらをこちらに向けた。それから溜息とともに何やら呟く。
「……カッコ悪すぎやろ、僕」
「え?」
「何でもない。こっちの話や」
どういうことだろうと首を傾げる私に、保科副隊長が何とも言えない顔をする。きゅっと唇を引き結んだかと思えば、溜息とともに肩を落として。再び何か言いたげに口が開き、そしてーーそれと同時に「ぐうぅ」と盛大に私のお腹が鳴った。
「す、すみません。お好み焼きの話してたから……」
「ええよ別に。むしろ助かったわ。せや、今のうちにどれ食べるか決めときや。愛弟子ちゃんに保科流お好み焼き焼き術見せたるわ」
「なんか語呂悪くないですか」
「うっさいわ! 名前ダサいけど舐めとったらあかんで。僕以外の焼いたお好み焼き食えんようにしたるからな」
それは少し困るような。でも一緒に焼肉に行った時も絶妙の焼き加減だったから侮れない。
「ならお手並み拝見といこうじゃないですか」
「おん、期待しといてや」
自信満々に言う保科副隊長に目を細めてから、私はもう一度空を見上げた。こんなに見事な満月を見ることは、そうないことだろう。けれど私にはもうお好み焼きにしか見えなくて、綺麗という感想よりも美味しそうが先に来てしまう。まさに花より団子だ。
私は輸送車両に乗り込むなり基地に戻ってからのことを考えた。夜勤組への業務の引き継ぎに、小隊の隊員たちへの指示、やるべきことは山程ある。でもそれさえ終わってしまえばーー美味しいお好み焼きが待っている。
保科副隊長の焼くお好み焼きは、果たしてどんな味がするのだろう。そればかりが楽しみで、待ち遠しくて仕方なかった。