保科宗四郎
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たまたま通りかかった談話室から賑やかな声が聞こえてきた。どうやらそこにいたのは今年入った新人たちで、余獣を想定した戦闘訓練を終えたところらしい。
「マジで保科副隊長のしごきやばかった」
「けど、手本で複数体を一瞬で斬り伏せてるのすごかったよな。銃より速いとか人間技じゃねぇ」
彼らの話題の中心は近接戦闘のスペシャリスト、保科副隊長だった。先の訓練の指導者が彼だったのだろう。私は彼らの話に聞き耳を立てながら、うんうんわかるわかるよ、と赤べこのように頷いた。
月並みな言葉になってしまうけれど、保科副隊長は本当にすごいのだ。真面目で、すでに相当の実力を持っているというのに妥協することなく誰よりも鍛錬をして。追いつきたいのにいつまで経っても追いつけない、凄い人。
そんな敬愛する上司且つ師匠が誉められているのを聞くと、彼の弟子である私はついつい嬉しくなってしまって、
「保科副隊長って本っ当にすごいんだよ。昔ね……」
と、気づけば保科副隊長ベタ褒め談議に参戦していた。
「討伐演習ランキングの小型怪獣部門で保科副隊長が第1の鳴海隊長の記録を抜いた時は……」
「お休みの日はカフェ巡りしてるんだって。モンブランが好きらしくて、かわいいよね。コーヒーもこだわってて」
「トレーニングルームで会うとインナーの上からでも筋肉すごくて……目のやり場に困る」
素直で優しい新人たちは私の副隊長語りに嫌な顔せず「すげー!」と目を輝かせていた。トレーニングルームの話は日比野隊員も身に覚えがあったようで、「あの一切無駄のない筋肉すごいですよね。俺があの歳で筋トレしたとしてもああはなれない」と話ていて、思わず同意の握手を求めてしまったくらいだ。
「先輩、他にはないんすか。副隊長のすごい話」
「ふふ、まだまだあるよー。あれは私がまだ高校生だった頃、防衛隊を目指すきっかけになった話なんだけど……」
こんなにたくさん保科副隊長について語ったのは初めてかもしれない。新人たちが聞き上手な上に、もっと聞きたいと催促してくれるのも大きい。家族や友人、同期たちは私が話そうとするといつしか「あー、はいはい」と軽くあしらうようになったから。
ーーどうしよう、楽しい。
保科副隊長のことなら、何時間でも語れる自信がある。
しかし、私たちの副隊長談議は唐突に終わりを迎えた。
「でね、その時の保科副隊長が本当にかっこよくて」
「えー、ほんまに? そら照れるなぁ」
「…………えっ」
背後からの、聞き覚えのある声。慌てて振り向くと、そこにはにこにこと笑顔を浮かべる保科副隊長がいた。和気あいあいとした場の空気が一瞬で張り詰め、新人たちが一斉に彼に向かって敬礼をする。
「ええて。いま君らは休憩時間やろ。僕が用あるんはこの子やから」
そう言って悪さをした猫を捕まえるように首根っこを掴まれる。
「ぐぇっ」
「愛弟子ちゃん、何こんなとこで油売ってんねん! この後会議やって言うとったやろ」
「油なんか売ってません! 保科副隊長がいかにすごい人かみんなに知ってもらおうと……」
「いや、ほんま何してんねん。もうほら早よ行くで!」
ぐっと隊服の襟を引っ張られては副隊長について行くしかない。私は後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。
「会議、三時からじゃないですか。まだ三十分以上先なのに」
会議室へ向かう道中、話し足りなくてムッとしていれば、保科副隊長が呆れたように溜息を吐いた。
「あれ、まだ続けるつもりやったん?」
「それはもちろん! 話題はいくらでもありますから」
「やっぱさっき止めに入って正解やったわ。あんま何でもかんでも人に言うもんちゃうで」
保科副隊長の声のトーンが少しだけ低くなって、これは真面目な話なのだと気づく。
たくさんの人に保科副隊長の凄さを知ってほしい、その気持ちは今も変わらない。けれど私が良かれと思ってしたことであっても、本人の気分を害していては意味がない。
私は誰よりも保科副隊長を知っているつもりで語っておきながら、彼本人の気持ちを少しも考えていなかったのだ。
「すみません。私、自分のことしか考えてませんでした」
頭を下げて謝罪の言葉を述べる。すると保科副隊長は一瞬キョトンとした後、慌てて「ちゃう!」と声を上げた。
「別にさっきのを怒っとる訳やないで。正直僕は自分のことをすごいやなんて微塵も思えへんけど、君が尊敬してくれてんのは素直に嬉しい。それを人前で話されるのは……まぁまぁ、いやかなり恥ずいけど、別にええ」
じゃあ、保科副隊長は何を言うなと言ったんだろう。不思議に思って首を傾げると、彼は気まずそうに頬を掻いた。
「僕がモンブランに目がないこととか、週末はカフェ巡りしとることとか、プライベートなことは君にしか言うてへんねん」
「そう、だったんですか?」
「おん。愛弟子ちゃんやから教えたんやで。……だからそういうんは今後、他のやつには言わんといてな」
人差し指を唇に当てて、まるで内緒話をするみたいに保科副隊長が言った。
保科副隊長のプライベートを知っているのは私だけ。
その事実が妙にくすぐったくて、さっきまでの保科副隊長の凄さを誰かに語りたくてしかたなかった欲はどこへやら。今はただ、私にだけ打ち明けてくれたことを独り占めしたい気持ちでいっぱいで、気づけば私は「わかりました」と首を縦に振っていた。
「マジで保科副隊長のしごきやばかった」
「けど、手本で複数体を一瞬で斬り伏せてるのすごかったよな。銃より速いとか人間技じゃねぇ」
彼らの話題の中心は近接戦闘のスペシャリスト、保科副隊長だった。先の訓練の指導者が彼だったのだろう。私は彼らの話に聞き耳を立てながら、うんうんわかるわかるよ、と赤べこのように頷いた。
月並みな言葉になってしまうけれど、保科副隊長は本当にすごいのだ。真面目で、すでに相当の実力を持っているというのに妥協することなく誰よりも鍛錬をして。追いつきたいのにいつまで経っても追いつけない、凄い人。
そんな敬愛する上司且つ師匠が誉められているのを聞くと、彼の弟子である私はついつい嬉しくなってしまって、
「保科副隊長って本っ当にすごいんだよ。昔ね……」
と、気づけば保科副隊長ベタ褒め談議に参戦していた。
「討伐演習ランキングの小型怪獣部門で保科副隊長が第1の鳴海隊長の記録を抜いた時は……」
「お休みの日はカフェ巡りしてるんだって。モンブランが好きらしくて、かわいいよね。コーヒーもこだわってて」
「トレーニングルームで会うとインナーの上からでも筋肉すごくて……目のやり場に困る」
素直で優しい新人たちは私の副隊長語りに嫌な顔せず「すげー!」と目を輝かせていた。トレーニングルームの話は日比野隊員も身に覚えがあったようで、「あの一切無駄のない筋肉すごいですよね。俺があの歳で筋トレしたとしてもああはなれない」と話ていて、思わず同意の握手を求めてしまったくらいだ。
「先輩、他にはないんすか。副隊長のすごい話」
「ふふ、まだまだあるよー。あれは私がまだ高校生だった頃、防衛隊を目指すきっかけになった話なんだけど……」
こんなにたくさん保科副隊長について語ったのは初めてかもしれない。新人たちが聞き上手な上に、もっと聞きたいと催促してくれるのも大きい。家族や友人、同期たちは私が話そうとするといつしか「あー、はいはい」と軽くあしらうようになったから。
ーーどうしよう、楽しい。
保科副隊長のことなら、何時間でも語れる自信がある。
しかし、私たちの副隊長談議は唐突に終わりを迎えた。
「でね、その時の保科副隊長が本当にかっこよくて」
「えー、ほんまに? そら照れるなぁ」
「…………えっ」
背後からの、聞き覚えのある声。慌てて振り向くと、そこにはにこにこと笑顔を浮かべる保科副隊長がいた。和気あいあいとした場の空気が一瞬で張り詰め、新人たちが一斉に彼に向かって敬礼をする。
「ええて。いま君らは休憩時間やろ。僕が用あるんはこの子やから」
そう言って悪さをした猫を捕まえるように首根っこを掴まれる。
「ぐぇっ」
「愛弟子ちゃん、何こんなとこで油売ってんねん! この後会議やって言うとったやろ」
「油なんか売ってません! 保科副隊長がいかにすごい人かみんなに知ってもらおうと……」
「いや、ほんま何してんねん。もうほら早よ行くで!」
ぐっと隊服の襟を引っ張られては副隊長について行くしかない。私は後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。
「会議、三時からじゃないですか。まだ三十分以上先なのに」
会議室へ向かう道中、話し足りなくてムッとしていれば、保科副隊長が呆れたように溜息を吐いた。
「あれ、まだ続けるつもりやったん?」
「それはもちろん! 話題はいくらでもありますから」
「やっぱさっき止めに入って正解やったわ。あんま何でもかんでも人に言うもんちゃうで」
保科副隊長の声のトーンが少しだけ低くなって、これは真面目な話なのだと気づく。
たくさんの人に保科副隊長の凄さを知ってほしい、その気持ちは今も変わらない。けれど私が良かれと思ってしたことであっても、本人の気分を害していては意味がない。
私は誰よりも保科副隊長を知っているつもりで語っておきながら、彼本人の気持ちを少しも考えていなかったのだ。
「すみません。私、自分のことしか考えてませんでした」
頭を下げて謝罪の言葉を述べる。すると保科副隊長は一瞬キョトンとした後、慌てて「ちゃう!」と声を上げた。
「別にさっきのを怒っとる訳やないで。正直僕は自分のことをすごいやなんて微塵も思えへんけど、君が尊敬してくれてんのは素直に嬉しい。それを人前で話されるのは……まぁまぁ、いやかなり恥ずいけど、別にええ」
じゃあ、保科副隊長は何を言うなと言ったんだろう。不思議に思って首を傾げると、彼は気まずそうに頬を掻いた。
「僕がモンブランに目がないこととか、週末はカフェ巡りしとることとか、プライベートなことは君にしか言うてへんねん」
「そう、だったんですか?」
「おん。愛弟子ちゃんやから教えたんやで。……だからそういうんは今後、他のやつには言わんといてな」
人差し指を唇に当てて、まるで内緒話をするみたいに保科副隊長が言った。
保科副隊長のプライベートを知っているのは私だけ。
その事実が妙にくすぐったくて、さっきまでの保科副隊長の凄さを誰かに語りたくてしかたなかった欲はどこへやら。今はただ、私にだけ打ち明けてくれたことを独り占めしたい気持ちでいっぱいで、気づけば私は「わかりました」と首を縦に振っていた。