保科宗四郎
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執務室で報告書を書いている時のことだった。ふと気になることがあり、上司である保科副隊長に助言を求めようとパソコンから顔を上げて、私はすぐさま目を瞬かせた。視界に飛び込んできたのは、大きく口を開けて欠伸をする保科副隊長の姿。ほんの一瞬のことだったけれど、私の視線に気づいた保科副隊長が涙目のまま「あ」と固まった。
「……今の、見とった?」
「見てないです。保科副隊長が大あくびしてたとこなんて」
「うっわ、ばっちり見とるやん! 嫌やーもう、恥ずかしっ!」
保科副隊長は両手で顔を覆い冗談めかしてそう言ったけれど、案外本気で恥ずかしがっているらしい。その証拠に隠しきれていない耳がほんのり赤みを帯びていた。それを指摘して反応を見たい気持ちもあるけれど、今日のところはそっとしておく。こんなふうに部下の前で気を抜いている保科副隊長は珍しかったから。いつもの彼なら人目のあるところで欠伸なんて絶対にしない。
「お疲れですか?」
ここ数日大きな討伐任務はなかったように思う。けれど多忙な保科副隊長のことだ、なかなか休息が取れていないのかもしれない。案ずるように訊ねると、ようやく保科副隊長が両手を顔から離した。心なしか、その目元にうっすらと隈があるように見える。
「大丈夫やで、別に疲れとるわけやないし」
「でも……」
大丈夫じゃない人は、大抵「大丈夫」と口にするもの。真面目で人に弱みを見せることのない保科副隊長も、間違いなくそういうタイプだ。だから彼の言葉は全く信用ならない。不安になって今日は帰ったほうがいいのではと進言すると、保科副隊長は慌てたように両手を振った。
「ほんまちゃうねん! これは自業自得っちゅうか、自己管理ができてへんだけっちゅうか……」
保科副隊長の視線が、言い訳でも探しているのか不自然に泳ぐ。でもやすやすと逃すつもりはない。嘘や強がりではない、私の納得のいく答えをもらうまで問い詰める気満々だ。そしてかつて「君、結構頑固やな。誰に似たんやろ」と言った張本人が、私の性格を知らないはずもなく。
じぃぃぃ、と無言で保科副隊長を見つめる。正直に言うよう、これでもかと目で訴える。保科副隊長はきゅっと唇を引き結んでだんまりを決め込むつもりみたいだけど、上等だ。私はあなたに似て相当な頑固者のようだから、負ける気はしない。
さあ、さあ。観念して正直に答えなさい!
じりじりと無言の圧をかけ続けると、うぅと小さく唸った保科副隊長が降参と言わんばかりに両手を上げた。それから恥ずかしそうに頬を掻きながら言った。
「できれば誰にも言わんどいてほしいんやけど」
私は静かに頷いた。
「実は昨日、ずっと気になっとった小説の発売日やってん。そんで少しだけ読もう思て読み始めたら止まらんくなってしもて」
きょとんとする私に、保科副隊長が「何か言うてや〜!」と懇願する。そういえば少し前に、学生時代から好きなミステリー作家の新作が出るのだと楽しそうに話していたっけ。
「えっとつまり、本を読むのに夢中になって夜更かししてしまったと」
「夜更かしというか、読み終わったら空が白んどったけどな」
それはほぼ徹夜では。でもそういう経験は私にも数えきれないほどあるから、非難はできない。もちろん心配なことには変わりないけれど。
「面白かったですか?」
「ん?」
「小説。保科副隊長がうっかり徹夜するくらいだから、よっぽど面白かったのかなと思って」
保科副隊長は結構な読書家だ。私もそれなりに読むけれど、読書量は到底彼には敵わない。そんな彼が時間を忘れるほど夢中になる小説と聞けば、気になるに決まっている。
「うん、ほんっまおもろかったで! 何言うてもネタバレになるからあれやけど、読んで損はない。これだけは絶対や!」
目をキラキラさせて言われると俄然気になってくる。そして保科副隊長も私がうずうずし始めたのに気づいたようで。
「よかったら貸そか?」
「いいんですか?」
「当たり前やん。読み終わったら感想聞かせてな。いま僕、誰かと感想言い合いたくてしゃあないねん。あ、けど夢中になって夜更かししたらあかんで」
「保科副隊長がそれ言います?」
「僕だから、や。こうなったらあかんでって、説得力あるやろ」
言いながら目を擦る保科副隊長は今もまだ眠そうで、確かに説得力は充分だ。彼のことだからどんなに眠くても任務に支障を来すようなことはないのだろうけど。どうか今日も、保科副隊長が前線に出るような大きな討伐任務がありませんように。そう祈るばかりだ。
「私、コーヒー淹れて来ますね」
「ん。ああ、ありがとう」
「よかったら仮眠しててください。眠れなかったら目を瞑るだけでもいいですし」
「んー、けどなぁ」
「戻ってきたらちゃんと起こしますから」
この執務室は他の小隊長たちも利用するけれど、今日この時間はみんな任務や訓練にあたっている。だから余程のことがない限り、誰かに寝ているところを見られる心配はない。小此木先輩はオペレーションチームの会議があると言っていたし、亜白隊長は彼女自身がここに来るより先に内線で連絡を入れるだろう。そう説明すれば、「ほなちょっとだけ」と保科副隊長は納得してくれた。
執務室に保科副隊長を一人残し、さてどうしようかと考える。
給湯室はここから少し行った先にある。真っ直ぐ行けばいくら丁寧にコーヒーを淹れたとしてもここに戻ってくるのに十分かかるか、かからないか。資料室に寄ればもう少し時間を稼げるかも。そう思い立ったら、私の足は給湯室とは逆方向の資料室へと向かっていた。
二十分、欲を言えば三十分。それだけあれば、保科副隊長も少しは身体を休められるはず。これがばれたら「まーたいらん気ぃ回して」と言われる気もするけれど。それでも、ほんのひとときでも保科副隊長が気を張らずに休めるのなら、それでいい。
「……今の、見とった?」
「見てないです。保科副隊長が大あくびしてたとこなんて」
「うっわ、ばっちり見とるやん! 嫌やーもう、恥ずかしっ!」
保科副隊長は両手で顔を覆い冗談めかしてそう言ったけれど、案外本気で恥ずかしがっているらしい。その証拠に隠しきれていない耳がほんのり赤みを帯びていた。それを指摘して反応を見たい気持ちもあるけれど、今日のところはそっとしておく。こんなふうに部下の前で気を抜いている保科副隊長は珍しかったから。いつもの彼なら人目のあるところで欠伸なんて絶対にしない。
「お疲れですか?」
ここ数日大きな討伐任務はなかったように思う。けれど多忙な保科副隊長のことだ、なかなか休息が取れていないのかもしれない。案ずるように訊ねると、ようやく保科副隊長が両手を顔から離した。心なしか、その目元にうっすらと隈があるように見える。
「大丈夫やで、別に疲れとるわけやないし」
「でも……」
大丈夫じゃない人は、大抵「大丈夫」と口にするもの。真面目で人に弱みを見せることのない保科副隊長も、間違いなくそういうタイプだ。だから彼の言葉は全く信用ならない。不安になって今日は帰ったほうがいいのではと進言すると、保科副隊長は慌てたように両手を振った。
「ほんまちゃうねん! これは自業自得っちゅうか、自己管理ができてへんだけっちゅうか……」
保科副隊長の視線が、言い訳でも探しているのか不自然に泳ぐ。でもやすやすと逃すつもりはない。嘘や強がりではない、私の納得のいく答えをもらうまで問い詰める気満々だ。そしてかつて「君、結構頑固やな。誰に似たんやろ」と言った張本人が、私の性格を知らないはずもなく。
じぃぃぃ、と無言で保科副隊長を見つめる。正直に言うよう、これでもかと目で訴える。保科副隊長はきゅっと唇を引き結んでだんまりを決め込むつもりみたいだけど、上等だ。私はあなたに似て相当な頑固者のようだから、負ける気はしない。
さあ、さあ。観念して正直に答えなさい!
じりじりと無言の圧をかけ続けると、うぅと小さく唸った保科副隊長が降参と言わんばかりに両手を上げた。それから恥ずかしそうに頬を掻きながら言った。
「できれば誰にも言わんどいてほしいんやけど」
私は静かに頷いた。
「実は昨日、ずっと気になっとった小説の発売日やってん。そんで少しだけ読もう思て読み始めたら止まらんくなってしもて」
きょとんとする私に、保科副隊長が「何か言うてや〜!」と懇願する。そういえば少し前に、学生時代から好きなミステリー作家の新作が出るのだと楽しそうに話していたっけ。
「えっとつまり、本を読むのに夢中になって夜更かししてしまったと」
「夜更かしというか、読み終わったら空が白んどったけどな」
それはほぼ徹夜では。でもそういう経験は私にも数えきれないほどあるから、非難はできない。もちろん心配なことには変わりないけれど。
「面白かったですか?」
「ん?」
「小説。保科副隊長がうっかり徹夜するくらいだから、よっぽど面白かったのかなと思って」
保科副隊長は結構な読書家だ。私もそれなりに読むけれど、読書量は到底彼には敵わない。そんな彼が時間を忘れるほど夢中になる小説と聞けば、気になるに決まっている。
「うん、ほんっまおもろかったで! 何言うてもネタバレになるからあれやけど、読んで損はない。これだけは絶対や!」
目をキラキラさせて言われると俄然気になってくる。そして保科副隊長も私がうずうずし始めたのに気づいたようで。
「よかったら貸そか?」
「いいんですか?」
「当たり前やん。読み終わったら感想聞かせてな。いま僕、誰かと感想言い合いたくてしゃあないねん。あ、けど夢中になって夜更かししたらあかんで」
「保科副隊長がそれ言います?」
「僕だから、や。こうなったらあかんでって、説得力あるやろ」
言いながら目を擦る保科副隊長は今もまだ眠そうで、確かに説得力は充分だ。彼のことだからどんなに眠くても任務に支障を来すようなことはないのだろうけど。どうか今日も、保科副隊長が前線に出るような大きな討伐任務がありませんように。そう祈るばかりだ。
「私、コーヒー淹れて来ますね」
「ん。ああ、ありがとう」
「よかったら仮眠しててください。眠れなかったら目を瞑るだけでもいいですし」
「んー、けどなぁ」
「戻ってきたらちゃんと起こしますから」
この執務室は他の小隊長たちも利用するけれど、今日この時間はみんな任務や訓練にあたっている。だから余程のことがない限り、誰かに寝ているところを見られる心配はない。小此木先輩はオペレーションチームの会議があると言っていたし、亜白隊長は彼女自身がここに来るより先に内線で連絡を入れるだろう。そう説明すれば、「ほなちょっとだけ」と保科副隊長は納得してくれた。
執務室に保科副隊長を一人残し、さてどうしようかと考える。
給湯室はここから少し行った先にある。真っ直ぐ行けばいくら丁寧にコーヒーを淹れたとしてもここに戻ってくるのに十分かかるか、かからないか。資料室に寄ればもう少し時間を稼げるかも。そう思い立ったら、私の足は給湯室とは逆方向の資料室へと向かっていた。
二十分、欲を言えば三十分。それだけあれば、保科副隊長も少しは身体を休められるはず。これがばれたら「まーたいらん気ぃ回して」と言われる気もするけれど。それでも、ほんのひとときでも保科副隊長が気を張らずに休めるのなら、それでいい。