保科宗四郎
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「保科副隊長、お誕生日おめでとうございます!」
娯楽室にクラッカーの音が響く。はらはら舞う紙片やテープのいくつかを頭にのせて嬉しそうに「おおきに」と礼を述べたのは、今日十一月二十一日がお誕生日の保科副隊長だ。どうやら今年入った新人隊員たちに祝われている真っ最中のようで、その中の一人、カフカさんが両手で包装紙に包まれた箱を抱えて一歩前へと進み出る。
「これ、俺たちからです。よかったら使ってください」
「何やえらい大きいな」
「へへっ、全員で話し合ったんですけどなかなか一つに絞りきれなくて。各自イチオシのプロテインセットになりました」
「ほー! それは楽しみやわ。ありがとう」
なるほど、プロテイン。毎日欠かさずトレーニングをしている保科副隊長にぴったりのプレゼントだ。
ーー本当に慕われてるなぁ。
少し離れたテーブルから、新人隊員たちに囲まれて楽しそうにしている副隊長の姿をほっこりとした気持ちで眺める。こういう現場に遭遇するのも、今日何度目だろう。一日の最初に隊ごとに行われる朝礼では小隊のみんなでプレゼントを渡したし、オペレータールームでは小此木先輩が、食堂では海老名小隊長たちが、保科副隊長の誕生日を祝っていた。きっと私の知らないところでもたくさんの隊員たちにお祝いされたに違いない。それが自分のことじゃないのに自分のことみたいに嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「おーおー。大人気ねえ、保科副隊長」
「ふふ、ですねぇ」
「私もイケメンたちに囲まれたぁい」
「え、そっちですか?」
まるでお酒を呷るみたいにミルクティーの入ったペットボトルを傾ける中之島小隊長を、思わず二度見してしまった。ぷはぁと息を吐いた彼女の視線の先にはイケメン新人隊員の出雲くんと神楽木くん。完全にロックオンされている。
「当たり前でしょ。それ以外に何があんのよ。誕生日はイケメンに祝われたいし、何ならプレゼントは俺ってことでそのまま美味しく頂きたい」
そう言いながらじゅるりと舌舐めずりをする中之島小隊長に危機感を覚え、私は「逃げて!!」と狙われた新人二人の背中に全力で念を送った。しかし強すぎた念は二人を飛び越えて、人集りの中心にいた保科副隊長に届いてしまったらしい。かちりと目が合って、そのままにこりと微笑まれる。私はそれに軽く会釈をして、何事もなかったかのように身体の向きを変えた。冷めつつあるココア缶に口を付けると、隣から生暖かい視線が飛んでくる。
「え〜なになに、アイコンタクト?」
「たまたま目が合っただけです」
「もう照れちゃって。あ、そうだ。あんたは副隊長に何あげたの?」
「保科小隊のみんなでお金を出しあって、ちょっとお高めのコーヒー豆をプレゼントしましたよ」
それもキコルちゃんに教えてもらったとっておきのお店のもの。しかし私の答えに中之島小隊長は納得いかなかったようで「はあ?」と思いきり眉間に皺を寄せた。「そんなこと聞いてんじゃないわよ」するりと長い腕が伸びてきて、逃すまいとがっちり首をロックされる。
「私が聞きたいのは、あんたが恋人に何をプレゼントしたのかってこと」
わかってんでしょ? と内緒話をするみたいに耳元で囁かれた声に、私はきゅっと唇をかたく引き結んだ。
少し前から私は保科副隊長はお付き合いをしている。それを隠しているわけではないけれど、自発的に周りに話しているわけでもないので、私たちの関係を知っているのは隊内でも極少数だ。中之島小隊長は事情を知る数少ない隊員の一人。それも私が言うより先に、何なら交際することになった翌日に私の顔を見るなり「あ、やっと付き合った?」と声をかけてきたものだから、その洞察力には驚かされる。
「付き合ってから初めての誕生日なんでしょ。何あげたの? ほらほら、誰にも言わないからお姉さんに言ってみ」
中之島小隊長が早く教えなさいとばかりにうりうりと頬を指先で突ついてくる。先輩後輩の絡みにしては、力が強い。うーん、これは多分言うまで解放してもらえないやつ。長年の経験からそう判断した私は、ひとつ溜息を零した後に「まだ渡してません」とだけ答えた。
「は? 何で」
「何でって言われても……」
「あ、もしやプレゼントは私ってパターン? やるぅ!」
「違いますからね?!」
決してそんなことはないし、やるつもりもない。ただ渡すなら二人きりの時がいいと、そう思っただけで。なかなかそのタイミングに巡り合わないまま、こんな時間になってしまったけれど。
私はちらりと壁に掛けられた時計を見た。時刻は午後六時。
「私、そろそろ戻りますね」
「えー、飲みに行かないの?」
「まだ報告書が終わってないんです。なので飲みはまた今度で」
ちぇーとつまらなさそうにする中之島小隊長を引き剥がし、席を立つ。
今日が終わるまで、まだ時間はある。まだ、大丈夫。
私はそう自身に言い聞かせ、残った事務作業をするべく娯楽室を後にした。
***
保科小隊の執務室に保科副隊長が帰ってきたのは、二十二時を回った頃だった。会議や新人たちの居残り訓練を終えて戻ってきた彼の手にはプレゼントらしき箱がいくつか。また隊員の誰かに祝わってもらったみたいだ。
「モテモテですね」
「せやろ。ありがたいことやでホンマ」
彼のデスクは隊員たちにもらったプレゼントで溢れかえっていた。そこにさらに亜白隊長にもらったという包丁の研ぎ石なども加わって、どんどん積み上がっていくプレゼントの山に、いつか雪崩が起きやしないかと見ているこっちがヒヤヒヤしてしまう。
こんなにたくさん、持ち帰るのも大変そうだ。大量のプレゼントを眺めながらそんなことを考えていると、自分の席に着いた保科副隊長がジトリとこちらを見つめていることに気づいた。不思議に思って首を傾げると、保科副隊長はムスッとしたまま椅子を引っ張ってきて、私の隣に座り直した。何だろう、この無言の圧は。「あの、どうかしました?」訊ねると、「まだわからんの?」と保科副隊長の綺麗に整った眉が八の字に形を変えた。
「第3のみんなに祝ってもろて、プレゼントもこないぎょーさんもろて。モテモテの幸せ者のはずやのに、おかしいなあ。好きな子からまだもらってへん」
「っ!」
「もしかして忘れられとるんやろか。うう、それやったら悲しすぎて泣いてしまいそうやわ」
それだけ言うと、保科副隊長はおよよとわざとらしく目元を押さえた。もちろん嘘泣きだ。
今日は零時になると同時にスマホにおめでとうメッセージを送ったし、朝礼の時に小隊のメンバーと一緒にプレゼントも渡した。そんな私が恋人の誕生日を忘れているはずがないのに、この人ときたら……。でもこの時間までプレゼントを渡していないのも事実で、彼が冗談でやっているとわかっていても罪悪感でチクリと胸が痛む。
「遅くなってごめんなさい」
ぺこりと頭を下げて謝ると、保科副隊長がぎょっとして止めに入った。
「じ、冗談やで! そんなんこれっぽっちも思ってへんから、謝らんといてや」
きっと私の反応が思っていたのと違ったのだろう。今まで見たことのない狼狽えように、思わずふふっと笑ってしまった。
「大丈夫です、ちゃんとわかってますから。ただ私が、もっと早く渡しておけばよかったなって後悔してるだけです」
肩をすくめてから、私は悩みに悩んで買ったプレゼントを保科副隊長に差し出した。シックな黒の包装に、かけられたシルバーのリボン。有名なブランド店のもので、持ってくる時に包装が崩れないか不安だったけれど何とか大丈夫そうだ。
「お誕生日おめでとうございます。宗四郎さん」
二人きりの時しか呼ばない呼び方で名前を呼ぶと、恋人の目元がきゅうっと細くなる。それが私にしか見せない表情だと気づいたのは、恋仲になってしばらく経ってからのこと。
「ありがとう。めっちゃ嬉しいわ」
プレゼントを手に取った保科副隊長が顔を綻ばせる。その表情に胸の奥がくすぐったくなる一方で、こんなに喜んでもらえるならやっぱりもっと早く渡すべきだったと思い直す。
本音を言えば、誰よりも一番に渡したかった。みんなにバレても構わないから、遠慮なんかせず連れ出して、無理やり二人きりの時間を作ればよかった。
そうすればこの顔を、もっと早く独り占めできたのに。
「なあ、開けてええ?」
そわそわしながらお伺いを立ててくる恋人に笑顔で頷く。
「やった! えー、何やろ?」
保科副隊長はクリスマスプレゼントを見つけた子どもみたいにはしゃぎつつも、至極丁寧な手つきで包装紙を開け始めた。
ーー気に入ってくれるといいのだけど。
誕生日プレゼントを渡すのはこれが初めてというわけじゃない。保科小隊に所属してからは毎年欠かさず渡している。でも、それはあくまで部下として。
恋人として保科副隊長に贈り物をするのは今回が初めてで、自分でもびっくりするくらいプレゼント選びに時間がかかってしまった。
世の中のカップルたちはどんなものをプレゼントしてるんだろう。保科副隊長は恋人から何を貰ったら一番嬉しいだろう。
たくさん悩んで、調べて、考えて。できれば長く愛用してほしいという私のわがままも詰め込んで選んだ、今回のプレゼント。
もし気に入ってもらえなかったらどうしようとドキドキしながら保科副隊長の様子を見守っていると、開封を終えた彼が突然「わ!」と声を上げこちらを向いた。
「これ、ブックカバーやん! しかも革の、ええとこのやつ」
その表情が嬉しそうでホッとする。
「宗四郎さん、任務前によく読書するでしょ。これがあれば本が傷付かないかなって」
読書は保科副隊長の任務前ルーティンだ。ジャンルはその時によって様々だけど、中には随分読み返したであろうと本のくたびれ具合でわかるものもある。きっと子どもの頃から大事に、繰り返し読んできたものなのだろう。保科副隊長本人は「古いし、今更なあ」と紙のカバーすら付けていなかったけど、カバーがあったほうが傷が付きにくいし、大事にしてきた本もより長持ちするはずだ。
サイズは保科副隊長がよく持ち歩いている文庫本サイズ。色はどれにしようか迷ったけれど、一番彼に似合いそうな落ち着いたネイビーにした。ベルトループ式だから持ち運び中に誤って本が開く心配もない。そして決め手は何と言ってもその手触りだ。
「めっちゃすべすべやん、これ」
ブックカバーを手のひらで撫でる保科副隊長に、私は得意げに「でしょう?」と笑って見せた。
「職人さんが一つ一つ手作業で作ってるらしくて、レザーもすっごく触り心地がいいんです。使えば使うほど風合いも変わってくるんですって」
「ほー、それはますます使うんが楽しみやなあ」
実は私も、密かに楽しみにしていたり。来年の今日、真新しいネイビーのブックカバーはどんな色をしているのだろう。少し色褪せて、革はより柔らかくなっているだろうか。再来年は。その先はーー。
できたら今日みたいに、保科副隊長の隣で使い込まれたブックカバーを見て、同じように笑い合っていたい。
「ほんま、ありがとう」
するりと愛おしげにブックカバーを撫でながら、保科副隊長が呟く。それからその瞳が私を捉え、同時に私はぴくりと身体を震わせた。さっきまでブックカバーを撫でていた手が、いつの間にか私の手をすっぽりと覆っている。慌てて手を引こうとすれば、逃さないと言わんばかりに指を絡められた。
「なあ、お願いがあんねんけど」
酷く甘い声が鼓膜をくすぐった。それが普段皆を引っ張っていく立場の、尊敬してやまない保科副隊長から発せられたとものとなれば殊更甘く感じるから困ってしまう。こういう時の彼の「おねだり」は危険だ。そうとわかっているのにどろりと思考は溶かされて、脳がそれ以上考えることを放棄する。
「皆にもらったプレゼント、僕一人じゃ持って帰れそうになくてな。家まで運ぶの手伝ってくれへんかな?」
そう言い終わると同時に、きゅっと指先に込められた力が強くなる。きっと、本題はこの後。早鐘を打つ心臓に気付きつつ顔を上げれば、緩やかに細められた目が私を見つめていた。やわらかで、やさしい笑顔。でもその表情とは裏腹に、瞳の奥は触れたら火傷しそうなほどの熱を帯びていた。
「あと、よかったら今日僕んち泊まっていかへん? もう夜も遅いし、危ないし。それに……」
さらりとした髪が頬をくすぐり、遅れてとんと、肩に微かな重みがかかる。
「僕、もっと君と一緒におりたいねんけど」
私の肩に額をのせて、子どもみたいに甘えてきて。おまけに「なあ、あかん?」と耳元で囁かれては、断れるわけがない。
「べ、別にいいですけど」
近すぎる距離に顔を逸らしながら答えると、ふっとすぐ傍で笑う気配がした。私がたまの「おねだり」に弱いのも、甘えらると断れないのも、保科副隊長は全部お見通しなのだろう。ずるい。悔しい。でも、もっと一緒にいたいと思うのは私も同じで。
素直にそれを伝えて手を握り返せば、私を見つめる恋人の目元が、またきゅうっと細くなった。
娯楽室にクラッカーの音が響く。はらはら舞う紙片やテープのいくつかを頭にのせて嬉しそうに「おおきに」と礼を述べたのは、今日十一月二十一日がお誕生日の保科副隊長だ。どうやら今年入った新人隊員たちに祝われている真っ最中のようで、その中の一人、カフカさんが両手で包装紙に包まれた箱を抱えて一歩前へと進み出る。
「これ、俺たちからです。よかったら使ってください」
「何やえらい大きいな」
「へへっ、全員で話し合ったんですけどなかなか一つに絞りきれなくて。各自イチオシのプロテインセットになりました」
「ほー! それは楽しみやわ。ありがとう」
なるほど、プロテイン。毎日欠かさずトレーニングをしている保科副隊長にぴったりのプレゼントだ。
ーー本当に慕われてるなぁ。
少し離れたテーブルから、新人隊員たちに囲まれて楽しそうにしている副隊長の姿をほっこりとした気持ちで眺める。こういう現場に遭遇するのも、今日何度目だろう。一日の最初に隊ごとに行われる朝礼では小隊のみんなでプレゼントを渡したし、オペレータールームでは小此木先輩が、食堂では海老名小隊長たちが、保科副隊長の誕生日を祝っていた。きっと私の知らないところでもたくさんの隊員たちにお祝いされたに違いない。それが自分のことじゃないのに自分のことみたいに嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「おーおー。大人気ねえ、保科副隊長」
「ふふ、ですねぇ」
「私もイケメンたちに囲まれたぁい」
「え、そっちですか?」
まるでお酒を呷るみたいにミルクティーの入ったペットボトルを傾ける中之島小隊長を、思わず二度見してしまった。ぷはぁと息を吐いた彼女の視線の先にはイケメン新人隊員の出雲くんと神楽木くん。完全にロックオンされている。
「当たり前でしょ。それ以外に何があんのよ。誕生日はイケメンに祝われたいし、何ならプレゼントは俺ってことでそのまま美味しく頂きたい」
そう言いながらじゅるりと舌舐めずりをする中之島小隊長に危機感を覚え、私は「逃げて!!」と狙われた新人二人の背中に全力で念を送った。しかし強すぎた念は二人を飛び越えて、人集りの中心にいた保科副隊長に届いてしまったらしい。かちりと目が合って、そのままにこりと微笑まれる。私はそれに軽く会釈をして、何事もなかったかのように身体の向きを変えた。冷めつつあるココア缶に口を付けると、隣から生暖かい視線が飛んでくる。
「え〜なになに、アイコンタクト?」
「たまたま目が合っただけです」
「もう照れちゃって。あ、そうだ。あんたは副隊長に何あげたの?」
「保科小隊のみんなでお金を出しあって、ちょっとお高めのコーヒー豆をプレゼントしましたよ」
それもキコルちゃんに教えてもらったとっておきのお店のもの。しかし私の答えに中之島小隊長は納得いかなかったようで「はあ?」と思いきり眉間に皺を寄せた。「そんなこと聞いてんじゃないわよ」するりと長い腕が伸びてきて、逃すまいとがっちり首をロックされる。
「私が聞きたいのは、あんたが恋人に何をプレゼントしたのかってこと」
わかってんでしょ? と内緒話をするみたいに耳元で囁かれた声に、私はきゅっと唇をかたく引き結んだ。
少し前から私は保科副隊長はお付き合いをしている。それを隠しているわけではないけれど、自発的に周りに話しているわけでもないので、私たちの関係を知っているのは隊内でも極少数だ。中之島小隊長は事情を知る数少ない隊員の一人。それも私が言うより先に、何なら交際することになった翌日に私の顔を見るなり「あ、やっと付き合った?」と声をかけてきたものだから、その洞察力には驚かされる。
「付き合ってから初めての誕生日なんでしょ。何あげたの? ほらほら、誰にも言わないからお姉さんに言ってみ」
中之島小隊長が早く教えなさいとばかりにうりうりと頬を指先で突ついてくる。先輩後輩の絡みにしては、力が強い。うーん、これは多分言うまで解放してもらえないやつ。長年の経験からそう判断した私は、ひとつ溜息を零した後に「まだ渡してません」とだけ答えた。
「は? 何で」
「何でって言われても……」
「あ、もしやプレゼントは私ってパターン? やるぅ!」
「違いますからね?!」
決してそんなことはないし、やるつもりもない。ただ渡すなら二人きりの時がいいと、そう思っただけで。なかなかそのタイミングに巡り合わないまま、こんな時間になってしまったけれど。
私はちらりと壁に掛けられた時計を見た。時刻は午後六時。
「私、そろそろ戻りますね」
「えー、飲みに行かないの?」
「まだ報告書が終わってないんです。なので飲みはまた今度で」
ちぇーとつまらなさそうにする中之島小隊長を引き剥がし、席を立つ。
今日が終わるまで、まだ時間はある。まだ、大丈夫。
私はそう自身に言い聞かせ、残った事務作業をするべく娯楽室を後にした。
***
保科小隊の執務室に保科副隊長が帰ってきたのは、二十二時を回った頃だった。会議や新人たちの居残り訓練を終えて戻ってきた彼の手にはプレゼントらしき箱がいくつか。また隊員の誰かに祝わってもらったみたいだ。
「モテモテですね」
「せやろ。ありがたいことやでホンマ」
彼のデスクは隊員たちにもらったプレゼントで溢れかえっていた。そこにさらに亜白隊長にもらったという包丁の研ぎ石なども加わって、どんどん積み上がっていくプレゼントの山に、いつか雪崩が起きやしないかと見ているこっちがヒヤヒヤしてしまう。
こんなにたくさん、持ち帰るのも大変そうだ。大量のプレゼントを眺めながらそんなことを考えていると、自分の席に着いた保科副隊長がジトリとこちらを見つめていることに気づいた。不思議に思って首を傾げると、保科副隊長はムスッとしたまま椅子を引っ張ってきて、私の隣に座り直した。何だろう、この無言の圧は。「あの、どうかしました?」訊ねると、「まだわからんの?」と保科副隊長の綺麗に整った眉が八の字に形を変えた。
「第3のみんなに祝ってもろて、プレゼントもこないぎょーさんもろて。モテモテの幸せ者のはずやのに、おかしいなあ。好きな子からまだもらってへん」
「っ!」
「もしかして忘れられとるんやろか。うう、それやったら悲しすぎて泣いてしまいそうやわ」
それだけ言うと、保科副隊長はおよよとわざとらしく目元を押さえた。もちろん嘘泣きだ。
今日は零時になると同時にスマホにおめでとうメッセージを送ったし、朝礼の時に小隊のメンバーと一緒にプレゼントも渡した。そんな私が恋人の誕生日を忘れているはずがないのに、この人ときたら……。でもこの時間までプレゼントを渡していないのも事実で、彼が冗談でやっているとわかっていても罪悪感でチクリと胸が痛む。
「遅くなってごめんなさい」
ぺこりと頭を下げて謝ると、保科副隊長がぎょっとして止めに入った。
「じ、冗談やで! そんなんこれっぽっちも思ってへんから、謝らんといてや」
きっと私の反応が思っていたのと違ったのだろう。今まで見たことのない狼狽えように、思わずふふっと笑ってしまった。
「大丈夫です、ちゃんとわかってますから。ただ私が、もっと早く渡しておけばよかったなって後悔してるだけです」
肩をすくめてから、私は悩みに悩んで買ったプレゼントを保科副隊長に差し出した。シックな黒の包装に、かけられたシルバーのリボン。有名なブランド店のもので、持ってくる時に包装が崩れないか不安だったけれど何とか大丈夫そうだ。
「お誕生日おめでとうございます。宗四郎さん」
二人きりの時しか呼ばない呼び方で名前を呼ぶと、恋人の目元がきゅうっと細くなる。それが私にしか見せない表情だと気づいたのは、恋仲になってしばらく経ってからのこと。
「ありがとう。めっちゃ嬉しいわ」
プレゼントを手に取った保科副隊長が顔を綻ばせる。その表情に胸の奥がくすぐったくなる一方で、こんなに喜んでもらえるならやっぱりもっと早く渡すべきだったと思い直す。
本音を言えば、誰よりも一番に渡したかった。みんなにバレても構わないから、遠慮なんかせず連れ出して、無理やり二人きりの時間を作ればよかった。
そうすればこの顔を、もっと早く独り占めできたのに。
「なあ、開けてええ?」
そわそわしながらお伺いを立ててくる恋人に笑顔で頷く。
「やった! えー、何やろ?」
保科副隊長はクリスマスプレゼントを見つけた子どもみたいにはしゃぎつつも、至極丁寧な手つきで包装紙を開け始めた。
ーー気に入ってくれるといいのだけど。
誕生日プレゼントを渡すのはこれが初めてというわけじゃない。保科小隊に所属してからは毎年欠かさず渡している。でも、それはあくまで部下として。
恋人として保科副隊長に贈り物をするのは今回が初めてで、自分でもびっくりするくらいプレゼント選びに時間がかかってしまった。
世の中のカップルたちはどんなものをプレゼントしてるんだろう。保科副隊長は恋人から何を貰ったら一番嬉しいだろう。
たくさん悩んで、調べて、考えて。できれば長く愛用してほしいという私のわがままも詰め込んで選んだ、今回のプレゼント。
もし気に入ってもらえなかったらどうしようとドキドキしながら保科副隊長の様子を見守っていると、開封を終えた彼が突然「わ!」と声を上げこちらを向いた。
「これ、ブックカバーやん! しかも革の、ええとこのやつ」
その表情が嬉しそうでホッとする。
「宗四郎さん、任務前によく読書するでしょ。これがあれば本が傷付かないかなって」
読書は保科副隊長の任務前ルーティンだ。ジャンルはその時によって様々だけど、中には随分読み返したであろうと本のくたびれ具合でわかるものもある。きっと子どもの頃から大事に、繰り返し読んできたものなのだろう。保科副隊長本人は「古いし、今更なあ」と紙のカバーすら付けていなかったけど、カバーがあったほうが傷が付きにくいし、大事にしてきた本もより長持ちするはずだ。
サイズは保科副隊長がよく持ち歩いている文庫本サイズ。色はどれにしようか迷ったけれど、一番彼に似合いそうな落ち着いたネイビーにした。ベルトループ式だから持ち運び中に誤って本が開く心配もない。そして決め手は何と言ってもその手触りだ。
「めっちゃすべすべやん、これ」
ブックカバーを手のひらで撫でる保科副隊長に、私は得意げに「でしょう?」と笑って見せた。
「職人さんが一つ一つ手作業で作ってるらしくて、レザーもすっごく触り心地がいいんです。使えば使うほど風合いも変わってくるんですって」
「ほー、それはますます使うんが楽しみやなあ」
実は私も、密かに楽しみにしていたり。来年の今日、真新しいネイビーのブックカバーはどんな色をしているのだろう。少し色褪せて、革はより柔らかくなっているだろうか。再来年は。その先はーー。
できたら今日みたいに、保科副隊長の隣で使い込まれたブックカバーを見て、同じように笑い合っていたい。
「ほんま、ありがとう」
するりと愛おしげにブックカバーを撫でながら、保科副隊長が呟く。それからその瞳が私を捉え、同時に私はぴくりと身体を震わせた。さっきまでブックカバーを撫でていた手が、いつの間にか私の手をすっぽりと覆っている。慌てて手を引こうとすれば、逃さないと言わんばかりに指を絡められた。
「なあ、お願いがあんねんけど」
酷く甘い声が鼓膜をくすぐった。それが普段皆を引っ張っていく立場の、尊敬してやまない保科副隊長から発せられたとものとなれば殊更甘く感じるから困ってしまう。こういう時の彼の「おねだり」は危険だ。そうとわかっているのにどろりと思考は溶かされて、脳がそれ以上考えることを放棄する。
「皆にもらったプレゼント、僕一人じゃ持って帰れそうになくてな。家まで運ぶの手伝ってくれへんかな?」
そう言い終わると同時に、きゅっと指先に込められた力が強くなる。きっと、本題はこの後。早鐘を打つ心臓に気付きつつ顔を上げれば、緩やかに細められた目が私を見つめていた。やわらかで、やさしい笑顔。でもその表情とは裏腹に、瞳の奥は触れたら火傷しそうなほどの熱を帯びていた。
「あと、よかったら今日僕んち泊まっていかへん? もう夜も遅いし、危ないし。それに……」
さらりとした髪が頬をくすぐり、遅れてとんと、肩に微かな重みがかかる。
「僕、もっと君と一緒におりたいねんけど」
私の肩に額をのせて、子どもみたいに甘えてきて。おまけに「なあ、あかん?」と耳元で囁かれては、断れるわけがない。
「べ、別にいいですけど」
近すぎる距離に顔を逸らしながら答えると、ふっとすぐ傍で笑う気配がした。私がたまの「おねだり」に弱いのも、甘えらると断れないのも、保科副隊長は全部お見通しなのだろう。ずるい。悔しい。でも、もっと一緒にいたいと思うのは私も同じで。
素直にそれを伝えて手を握り返せば、私を見つめる恋人の目元が、またきゅうっと細くなった。