保科宗四郎
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もう桜が開花し始める時期だというのに、冬の余韻を感じる夜だった。
いつもならベッドに入ってほんの数十秒ほどで聞こえてくる寝息が、今日はなぜだか聞こえてこない。代わりにごろんと何度か寝返りを打つ気配がして、隣の彼女はどうやら寝付けないでいるらしい。
「寝れへんの?」
声をかけると、もぞもぞと動いていた影がぴたりと動きを止めた。
「ごめんなさい、起こしました?」
まだ電気を消して間もないのもあって、暗闇の中の彼女の表情ははっきりとわからない。けれど申し訳なさそうに眉を下げているのだろうと容易に想像できた。
「まだ寝てへんかったし、気にせんでええよ」
そう言えば、彼女が布団を被り直す気配がした。
「君が寝れんなんて珍しいな」
「何ですかそれ。私にだって眠れない夜くらいありますよ」
「嘘やん。一緒に暮らすようになってから、僕一度も見たことないで」
「そんなこと……あれ、おかしいな」
僕と暮らしてきた数か月分の記憶を遡っているらしい彼女は、自身の寝付きの良さをたった今自覚したらしい。はて? と顎に手を当てて小首を傾げている彼女が可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「まあ寝る子は育つって言うし、ええことやと思うよ」
たまにはこうやって眠くなるまで話すのもいいけれど、いつも眺めている彼女の寝顔を見られないのは少しだけ残念でもある。早よ寝えとぽんぽん頭を撫でてみるも、彼女はなかなか目を閉じようとしなかった。それどころかむっと頬を膨らませ、
「もう、子ども扱いしないでください!」
笑ったのがいけなかったのか、子どもをあやすように撫でたのがいけなかったのか、拗ねた彼女がくるりと身体を反転させた。その拍子に布団も一緒に持っていかれ、肌寒さに身震いする。
「ちょ、寒いんやけど」
「知りません!」
あかん、完全にヘソ曲げとる。
「もー、堪忍したってや」
僕は手を伸ばして芋虫みたいに丸まった背中を抱き寄せた。「ひゃ」と短い悲鳴が聞こえたが、それを無視して布団を引っぺがし無理やり中に入る。最初はもがいていた彼女だが、一層強く抱きしめると観念したように大人しくなった。彼女はぬくかった。けれど触れた足先はひどく冷たい。体温を分けるように足を絡めてやれば、無言のまま彼女も足を擦り寄せてくる。
「なあ、ごめんて」
「……」
「もう子ども扱いせんから許して」
「……ケーキ」
「ん?」
「駅前のケーキ屋さんの、買ってきてくれたら許します」
「おん。買うたる買うたる」
「三個」
「多いな! ええけども」
何個でも買うたるよ、と付け足せばやった! と嬉しそうな声が返ってきて、その愛らしさに頬が緩むのを感じた。彼女のこういう素直なところを気に入っているのだが、それを言えばまた子ども扱いして、と拗ねかねないので今度は黙っておく。
ケーキ、何がええ?
いちごタルトと、チーズケーキと、あとガトーショコラ!
ええね。僕はモンブランにしよ。
ひとくちくださいね。
僕も、君のひとくちずつほしいなあ。
そんな会話をしていると、彼女の後頭部が小さく上下した。どうやら欠伸をしたようで、ようやく睡魔が戻ってきたらしい。気づけば冷たかった彼女の足先は、僕と同じかそれ以上にあたたまっていた。
「眠いん?」
「んー……」
肯定とも否定とも取れない返事は、もはや寝言みたいなものだった。彼女の意識はきっともう夢の中だろう。僕は少しだけ腕を緩めて「おやすみ」と彼女の髪へと口づけた。それがくすぐったかったのか、彼女がごろんと寝返りを打つ。そして閉じていた瞼が僅かに持ち上げられ、彼女の柔らかな唇が僕のそれへと押しつけられた。
「おやすみなさい。宗四郎さん」
へにゃりと笑って、彼女は再び目を閉じた。すぐにすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。僕は完全に寝入った彼女の顔をしばらく眺め、
「え、ちょ、は……⁈」
少し遅れて、寝ぼけた彼女のかました不意打ちに激しく動揺した。
「何それずるない⁈」
ぐわりと顔に熱が集まるのを感じながら「やり逃げはあかん」と抗議するも、すでに寝落ちた彼女には届くはずもなかった。無防備なことに、欲を抱えた男の腕の中ですよすよと寝息を立てている。
「ほんまに君って子は……」
僕はひとつ吐息を零し、彼女の前髪を避けて額に数度キスをした。それからぎゅうと抱きしめる。腕の中からは寝苦しそうな呻き声が聞こえたが、これで済むと思えばいいほうだろう。
ーーあー、明日は朝から大事な会議が入っとったっけ。
けれど心臓はいまだ騒がしく、昂った熱もまだまだ引きそうにない。
「どないしてくれんねん、もう」
早く寝なければ。そう思うのに、どっかの誰かさんのせいで眠気がやってくる気配は一向になかった。
いつもならベッドに入ってほんの数十秒ほどで聞こえてくる寝息が、今日はなぜだか聞こえてこない。代わりにごろんと何度か寝返りを打つ気配がして、隣の彼女はどうやら寝付けないでいるらしい。
「寝れへんの?」
声をかけると、もぞもぞと動いていた影がぴたりと動きを止めた。
「ごめんなさい、起こしました?」
まだ電気を消して間もないのもあって、暗闇の中の彼女の表情ははっきりとわからない。けれど申し訳なさそうに眉を下げているのだろうと容易に想像できた。
「まだ寝てへんかったし、気にせんでええよ」
そう言えば、彼女が布団を被り直す気配がした。
「君が寝れんなんて珍しいな」
「何ですかそれ。私にだって眠れない夜くらいありますよ」
「嘘やん。一緒に暮らすようになってから、僕一度も見たことないで」
「そんなこと……あれ、おかしいな」
僕と暮らしてきた数か月分の記憶を遡っているらしい彼女は、自身の寝付きの良さをたった今自覚したらしい。はて? と顎に手を当てて小首を傾げている彼女が可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「まあ寝る子は育つって言うし、ええことやと思うよ」
たまにはこうやって眠くなるまで話すのもいいけれど、いつも眺めている彼女の寝顔を見られないのは少しだけ残念でもある。早よ寝えとぽんぽん頭を撫でてみるも、彼女はなかなか目を閉じようとしなかった。それどころかむっと頬を膨らませ、
「もう、子ども扱いしないでください!」
笑ったのがいけなかったのか、子どもをあやすように撫でたのがいけなかったのか、拗ねた彼女がくるりと身体を反転させた。その拍子に布団も一緒に持っていかれ、肌寒さに身震いする。
「ちょ、寒いんやけど」
「知りません!」
あかん、完全にヘソ曲げとる。
「もー、堪忍したってや」
僕は手を伸ばして芋虫みたいに丸まった背中を抱き寄せた。「ひゃ」と短い悲鳴が聞こえたが、それを無視して布団を引っぺがし無理やり中に入る。最初はもがいていた彼女だが、一層強く抱きしめると観念したように大人しくなった。彼女はぬくかった。けれど触れた足先はひどく冷たい。体温を分けるように足を絡めてやれば、無言のまま彼女も足を擦り寄せてくる。
「なあ、ごめんて」
「……」
「もう子ども扱いせんから許して」
「……ケーキ」
「ん?」
「駅前のケーキ屋さんの、買ってきてくれたら許します」
「おん。買うたる買うたる」
「三個」
「多いな! ええけども」
何個でも買うたるよ、と付け足せばやった! と嬉しそうな声が返ってきて、その愛らしさに頬が緩むのを感じた。彼女のこういう素直なところを気に入っているのだが、それを言えばまた子ども扱いして、と拗ねかねないので今度は黙っておく。
ケーキ、何がええ?
いちごタルトと、チーズケーキと、あとガトーショコラ!
ええね。僕はモンブランにしよ。
ひとくちくださいね。
僕も、君のひとくちずつほしいなあ。
そんな会話をしていると、彼女の後頭部が小さく上下した。どうやら欠伸をしたようで、ようやく睡魔が戻ってきたらしい。気づけば冷たかった彼女の足先は、僕と同じかそれ以上にあたたまっていた。
「眠いん?」
「んー……」
肯定とも否定とも取れない返事は、もはや寝言みたいなものだった。彼女の意識はきっともう夢の中だろう。僕は少しだけ腕を緩めて「おやすみ」と彼女の髪へと口づけた。それがくすぐったかったのか、彼女がごろんと寝返りを打つ。そして閉じていた瞼が僅かに持ち上げられ、彼女の柔らかな唇が僕のそれへと押しつけられた。
「おやすみなさい。宗四郎さん」
へにゃりと笑って、彼女は再び目を閉じた。すぐにすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。僕は完全に寝入った彼女の顔をしばらく眺め、
「え、ちょ、は……⁈」
少し遅れて、寝ぼけた彼女のかました不意打ちに激しく動揺した。
「何それずるない⁈」
ぐわりと顔に熱が集まるのを感じながら「やり逃げはあかん」と抗議するも、すでに寝落ちた彼女には届くはずもなかった。無防備なことに、欲を抱えた男の腕の中ですよすよと寝息を立てている。
「ほんまに君って子は……」
僕はひとつ吐息を零し、彼女の前髪を避けて額に数度キスをした。それからぎゅうと抱きしめる。腕の中からは寝苦しそうな呻き声が聞こえたが、これで済むと思えばいいほうだろう。
ーーあー、明日は朝から大事な会議が入っとったっけ。
けれど心臓はいまだ騒がしく、昂った熱もまだまだ引きそうにない。
「どないしてくれんねん、もう」
早く寝なければ。そう思うのに、どっかの誰かさんのせいで眠気がやってくる気配は一向になかった。