野火丸
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野火丸さん直属の部下となってしばらく。憧れのあのひとの元で働けて、これ以上の幸せはないと思っていた。が、
「ダァー‼︎ やってられるかー‼︎」
勢いよく突っ伏すと、遅れてバサバサと書類の雪崩れる音が聞こえた。デスクに山積みになっていたのが崩れたのだろう。拾うべきだがそんな気にはなれなくて、溜め息だけが零れ落ちる。
「頑張ってくださいね」そう言って野火丸さんがいい笑顔とともに私に与えた仕事は、事務処理だった。さっき崩れた書類の山をやっつけるのが私の主な仕事。忙しい野火丸さんに代わって報告書だったり調査書だったり、毎日大量に届く書類を捌いていく。
最初のうちは野火丸さんの力になれるのが素直に嬉しかった。けれどあまりの仕事量の多さにそんな気持ちはとっくに消え失せ、恨み辛みの募る日々。
「あーあ。燃やしたら一瞬でなくなるのに」
床に散らばる書類を眺めながら、願望が口を衝く。捌いても捌いても一向に減らない書類の山。けれど一度火をつけてしまえばあっという間に綺麗に燃えてなくなることだろう。燃やすのは得意だ。野火丸さんには遠く及ばずとも、私だって化狐。それなりにやれると自負している。そうだ、そもそも私は事務処理より現場で体を動かすほうが性に合っていてーー。
ぼうっと見つめた先、指先に熱が灯る。しかしパチッと小さく火が爆ぜたところで「ダメですよー」と声がかかった。
「そんなことしたらクビですからね」
「野火丸さん。来てたんですか」
「必要なものを取りに来ただけです。あー、あったあった」
久々にやって来た上司は床にしゃがみ込んで、落ちていた書類を数枚拾い上げていた。汚れてはいないはずだが、ぱたぱたと手で叩いている。
「野火丸さん」
「何ですか?」
「私、もうこの仕事嫌です」
「おや、何でもやるから部下にしてくれと言ったのは貴女じゃないですかー」
「それは、そうですけど……」
あの時は野火丸さんの力になれるなら何でもよかった。彼のためなら何だってしようと、命だって懸けてやろうと、そのつもりだったのだ。だからこんな仕事を任されるとは夢にも思っていなくて、それでも頑張ってきたけれど、もう限界だ。傍にいられると思っていたのに、全然会えないし。
「そうだ、梅太郎さんと交代させてください。私、運転もできますよ」
「ダメです。そんなことしたら事務仕事が溜まる一方じゃないですか」
「でも……」
「僕は貴女だからこの仕事を任せたんです。貴女ならしっかりやってくれると思ったから」
その言葉につい心が揺れてしまう。狐は化かす生き物だ。本心かどうかなんて確認しようがない。それなのに、方便だったとしても彼から向けられる「信頼」が嬉しくて、反発する意思ごと流されそうになる。でもここで流されてはいけない。
「そんなこと言われても無理なものは無理です。限界なんです。とても一人で捌き切れる仕事量じゃないし、ご褒美もないのに頑張れるわけ……」
「つまり、ご褒美があれば頑張れる、と」
もしかしたら私は言葉選びを間違えたかもしれない。野火丸さんはふむ、と考え込むような仕草をして、すぐに閃いたとばかりに手を叩いた。
一体何をするつもりだろう? ご褒美がないよりはあったほうがやる気は出るけども、差し入れくらいでは私の意思は変わらない。給料アップと言われても同じだ。ちょっとやそっとのご褒美では、私の意思は変わらな……ぽすん。ぽすん?
「え」
頭に軽い重みを感じる。顔を上げるといつの間にか野火丸さんが目の前にいて、にこにこと私を見下ろしていた。伸ばされた左手の先にあるのは私の頭。乗せられた手のひらがゆっくりと滑り、撫でられていると自覚した瞬間、一気に顔に熱が集まっていくのを感じた。
「なっ、野火丸さん、何して……⁈」
「何って、貴女がご褒美がほしいって言ったんじゃないですかー。心配しなくても、ちゃーんとたっぷり撫でてあげますからね」
大きな手のひらが私の頭を優しく撫でる。それが気持ち良いやら恥がしいやらで、気を抜いたら変化が解けてしまいそうだった。野火丸さんの細く長い指先が時折耳の輪郭をくすぐったり、髪を梳いたり。遂には親指の腹で頬を撫でられて、耐えきれなくなった私は「も、もう充分です」と絞り出すのがやっとだった。
「えー、もういいんですか? 遠慮しなくていいのに」
「ほ、本当に充分なので。あの、手を退けてください」
「仕方ないなあ。でもこれで今後も事務仕事頑張れますね?」
「……はい」
覗き込むように近づいてきた顔があまりに綺麗で思わず見惚れてしまった。惚ける私に野火丸さんは満足げに目を細めて、その表情にまた釘付けになってしまう。
「あはは、単純ですねー。僕としてはもっとたくさんご褒美をあげてもよかったんですけど、それはまた今度にしましょうか」
今度、という言葉にごくりと喉が鳴る。こんなことで言いなりになる予定ではなかったのに。好きなひとに触れられただけで、今まで溜め込んできた鬱憤全てがどうでもよくなってしまった。
私は間違いなく野火丸さんの手のひらの上で踊らされている。そうとわかっていながら期待してしまうのだから、野火丸さんの言う通り、私は単純な雌なのだろう。
「ダァー‼︎ やってられるかー‼︎」
勢いよく突っ伏すと、遅れてバサバサと書類の雪崩れる音が聞こえた。デスクに山積みになっていたのが崩れたのだろう。拾うべきだがそんな気にはなれなくて、溜め息だけが零れ落ちる。
「頑張ってくださいね」そう言って野火丸さんがいい笑顔とともに私に与えた仕事は、事務処理だった。さっき崩れた書類の山をやっつけるのが私の主な仕事。忙しい野火丸さんに代わって報告書だったり調査書だったり、毎日大量に届く書類を捌いていく。
最初のうちは野火丸さんの力になれるのが素直に嬉しかった。けれどあまりの仕事量の多さにそんな気持ちはとっくに消え失せ、恨み辛みの募る日々。
「あーあ。燃やしたら一瞬でなくなるのに」
床に散らばる書類を眺めながら、願望が口を衝く。捌いても捌いても一向に減らない書類の山。けれど一度火をつけてしまえばあっという間に綺麗に燃えてなくなることだろう。燃やすのは得意だ。野火丸さんには遠く及ばずとも、私だって化狐。それなりにやれると自負している。そうだ、そもそも私は事務処理より現場で体を動かすほうが性に合っていてーー。
ぼうっと見つめた先、指先に熱が灯る。しかしパチッと小さく火が爆ぜたところで「ダメですよー」と声がかかった。
「そんなことしたらクビですからね」
「野火丸さん。来てたんですか」
「必要なものを取りに来ただけです。あー、あったあった」
久々にやって来た上司は床にしゃがみ込んで、落ちていた書類を数枚拾い上げていた。汚れてはいないはずだが、ぱたぱたと手で叩いている。
「野火丸さん」
「何ですか?」
「私、もうこの仕事嫌です」
「おや、何でもやるから部下にしてくれと言ったのは貴女じゃないですかー」
「それは、そうですけど……」
あの時は野火丸さんの力になれるなら何でもよかった。彼のためなら何だってしようと、命だって懸けてやろうと、そのつもりだったのだ。だからこんな仕事を任されるとは夢にも思っていなくて、それでも頑張ってきたけれど、もう限界だ。傍にいられると思っていたのに、全然会えないし。
「そうだ、梅太郎さんと交代させてください。私、運転もできますよ」
「ダメです。そんなことしたら事務仕事が溜まる一方じゃないですか」
「でも……」
「僕は貴女だからこの仕事を任せたんです。貴女ならしっかりやってくれると思ったから」
その言葉につい心が揺れてしまう。狐は化かす生き物だ。本心かどうかなんて確認しようがない。それなのに、方便だったとしても彼から向けられる「信頼」が嬉しくて、反発する意思ごと流されそうになる。でもここで流されてはいけない。
「そんなこと言われても無理なものは無理です。限界なんです。とても一人で捌き切れる仕事量じゃないし、ご褒美もないのに頑張れるわけ……」
「つまり、ご褒美があれば頑張れる、と」
もしかしたら私は言葉選びを間違えたかもしれない。野火丸さんはふむ、と考え込むような仕草をして、すぐに閃いたとばかりに手を叩いた。
一体何をするつもりだろう? ご褒美がないよりはあったほうがやる気は出るけども、差し入れくらいでは私の意思は変わらない。給料アップと言われても同じだ。ちょっとやそっとのご褒美では、私の意思は変わらな……ぽすん。ぽすん?
「え」
頭に軽い重みを感じる。顔を上げるといつの間にか野火丸さんが目の前にいて、にこにこと私を見下ろしていた。伸ばされた左手の先にあるのは私の頭。乗せられた手のひらがゆっくりと滑り、撫でられていると自覚した瞬間、一気に顔に熱が集まっていくのを感じた。
「なっ、野火丸さん、何して……⁈」
「何って、貴女がご褒美がほしいって言ったんじゃないですかー。心配しなくても、ちゃーんとたっぷり撫でてあげますからね」
大きな手のひらが私の頭を優しく撫でる。それが気持ち良いやら恥がしいやらで、気を抜いたら変化が解けてしまいそうだった。野火丸さんの細く長い指先が時折耳の輪郭をくすぐったり、髪を梳いたり。遂には親指の腹で頬を撫でられて、耐えきれなくなった私は「も、もう充分です」と絞り出すのがやっとだった。
「えー、もういいんですか? 遠慮しなくていいのに」
「ほ、本当に充分なので。あの、手を退けてください」
「仕方ないなあ。でもこれで今後も事務仕事頑張れますね?」
「……はい」
覗き込むように近づいてきた顔があまりに綺麗で思わず見惚れてしまった。惚ける私に野火丸さんは満足げに目を細めて、その表情にまた釘付けになってしまう。
「あはは、単純ですねー。僕としてはもっとたくさんご褒美をあげてもよかったんですけど、それはまた今度にしましょうか」
今度、という言葉にごくりと喉が鳴る。こんなことで言いなりになる予定ではなかったのに。好きなひとに触れられただけで、今まで溜め込んできた鬱憤全てがどうでもよくなってしまった。
私は間違いなく野火丸さんの手のひらの上で踊らされている。そうとわかっていながら期待してしまうのだから、野火丸さんの言う通り、私は単純な雌なのだろう。