野火丸
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みんながやってたおまじない。『狐の窓』っていうんだって。指を組んでそこから向こうを覗くと、おばけが視えるんだとか。本当かどうかは知らないけれど、みんなこぞってやっていた。運動場や教室、学校帰りの公園、それはもう色んなところで。
転校してきたばかりの私はその輪に入っていけなくて、遠くからみんなの様子を見ているだけだった。たまに狐の窓で覗かれて「お前おばけだろ!」ってごっこ遊びに巻き込まれることはあったけど。
あれ、楽しいのかな。本当におばけが視えたらどうしよう?
怖いならやらなければいいのに、みんなが楽しそうにやっているのを見ていたら興味が沸いてしまった。
ふと足が止まったのは家の近くにある公園。ここならもしおばけが視えても走って逃げられるし、同じクラスのケンちゃんたちも遊んでいるから大丈夫。一人じゃないから、怖くない。
ランドセルを背負い直し、ドキドキと鳴る心臓を落ち着かせるように深呼吸をする。確か両手で狐を作ってから、こうして……。
手順を間違えないようにしてできあがった小さな窓。目の高さに持ち上げて、向こうを覗く。そこにはおばけも何もなかった。何もーー。
「え?」
おかしい、そう思って顔を上げた。生ぬるい風が頬を撫でて、寒くないのに鳥肌が立つ。ねえ、なんで? なんで誰もいないの?
さっきまで鬼ごっこをしていたケンちゃんたちも、ベンチに座っていた高校生のお姉ちゃんも、砂場で遊んでいたちっちゃい子とそのお母さんも。そんなに大きな公園じゃないのにどこを探してもいなかった。まだ夕方なのに、みんないなくなっちゃった。
そうだ、家に帰ろう。そう思って外に向かって走ったのに、気づけば公園の真ん中にいた。何度やっても一緒だった。どうやっても帰れない。
ざわざわと木々が揺れる。その音がまるで話し声みたいに聞こえて、思わず耳を塞いでしゃがみ込んだ。
ひとのこ? まいごだ。おいしそう。たべていい? いいよね。おれがさきだ。わたしがみつけたのよ。そうだ、みんなでわけましょう?
ざわざわ、ザワザワ。誰もいないはずなのに、怖い声がたくさん聞こえる。私を見て笑ってる。
やだ。怖い。助けて、誰か。誰でもいいからお願い……!
「おやおやー、迷子ですか?」
知らない人の声だった。それなのに他の声みたいに怖くなくて、私は恐る恐る顔を上げた。
そこにいたのは私と同じ歳くらいの男の子。でもこんな金髪の子は見たことないから、学校は違うのかもしれない。この子も私みたいにここから出られないのかな。
「あ、あの……うっ⁈」
「あはは、汚い顔で近付かないでください。服が汚れるじゃないですかー」
にこにこと笑いながら、ハンカチを顔に押し付けられた。そのまま痛いくらいにゴシゴシ擦られて恐怖とは別の涙が出てくる。
「怖いですか? なら僕がいいって言うまで目を開けちゃダメですよ」
ぽん、と頭を撫でながら男の子が言った。顔を上げたくなったけど、ダメって言われたから我慢する。
「そうそう、良い子ですね。特別にこれも貸してあげます」
何かに両耳を覆われる。途端に怖い声が聞こえなくなって、あの子が着けていたヘッドフォンを貸してくれたのだとわかった。
かたく目を閉じて、あの子が「いいよ」って言ってくれるのをじっと待つ。何も見えなくて何も聞こえないのに、不思議と怖くなかったのは、多分あの子がいてくれたからだ。
「はい。もういいですよー」
少しして、ヘッドフォンが外された。目を開けるとやっぱりそこには私と男の子以外誰もいなかったのだけど、やっと帰って来れた、と。そう思った。
「貴女、視えちゃう人だったんですね。そんな人がこんな時間にこっちを覗いたらダメに決まってるじゃないですか。食べられても文句言えませんよ」
へたり込む私を男の子が引っ張り上げた。「あ、もしかして食べられたかったんですか?」と悪戯っぽく訊かれ、慌ててぶんぶんと首を横に振る。あんな思いはもうしたくない。男の子はそれを見てクスクス笑っていた。
「これに懲りたらあんなことはもう二度としないことです」
「うん」
「約束ですよ。破ったらこっちには戻れないと思ってください」
「わかった」
男の子が私の目の前に小指をピンと立てた。私もその指に自分の小指を絡めて、どちらともなく軽く上下に振った。
ゆーびきりげんまん、うそついたらーー。
□□□
この街に来たのは久しぶりだった。ここで過ごしたのは二年もないくらい。知り合いも思い出もほとんどいないこの場所に来ようと思ったのは、どうしても忘れられない出来事があったからだ。
夕方の、夜になる前の時間帯。寂れた公園には私以外に誰もいなかった。最近の子は外で遊ぶより家でゲームをすることのが多いだろうか。まあ私にとってはそのほうが好都合なのだけど。
ペンキの剥げたベンチに腰掛けて、両手で狐を作る。ここからは順番を間違えないよう慎重に。少しだけ手が震えたのは十年ぶりだからか、あの時の恐怖が蘇ってくるからか。でも、途中で止めようとは思わなかった。
できあがった『狐の窓』。深呼吸をひとつして、その向こう側を覗く。離れたところから、さく、さくと地面を踏む音が聞こえてきて、小さな靴が視えた。
「久しぶりですね」
男の子の声がした。
「ええ、お久しぶりです。君は……あの時と変わってないですね」
「ふふっ、あの時と変わらずかわいいでしょう?」
現れたのはヘッドフォンをした金髪の少年だった。子どもの頃、私を助けてくれた男の子だ。その彼が十年経った今も、あの時の姿のままそこにいた。やっぱり人じゃなかったんだ。けれど怖いとは思わなかった。
「貴女は随分と悪い子になってしまったようですね。僕との約束を破るなんて」
指切りまでしたのに、と彼は私の目の前に小指をちらつかせてくる。私は苦笑しながら持っていたバッグへと手を差し込んだ。
「ごめんなさい。でも君にハンカチを借りっぱなしだったから返さなきゃと思ったんです。あと、あの時のお礼も」
綺麗に洗ってアイロンをかけたハンカチと、デパートで買ったお菓子を男の子に差し出す。彼は一瞬きょとんとして、「馬鹿ですねえ」と口元を緩めた。
「あの時は助けて頂いてありがとうございました」
「別に貴女のためじゃありませんよ。ただの気まぐれです」
「それでも、ですよ」
「そうですか。ではありがたく受け取っておきます」
彼が私のほうへと手を伸ばした。ハンカチを受け取って、それから強く手首を掴まれる。
「あ、あの……」
振り解こうにもびくともしなかった。とても子どものものとは思えない力で押さえ込まれる。
「あの時の約束、憶えてますか」
男の子がまっすぐ私を見つめて、静かに言った。彼が言っているのは恐らく別れる直前にした指切りのことだろう。もちろん、憶えている。だから私はここに来たのだ。
『ゆーびきりげんまん、うそついたら……』
『はりせんぼんじゃないの?』
『それじゃあつまらないじゃないですか。こうしましょう。嘘ついたら僕に食べられるって』
『え、食べるの⁈』
『ふふ、どうでしょう。そうなりたくなかったら、約束ちゃんと守ってくださいね』
「貴女は僕に食べられに来たんですか?」
男の子の声は隠していたい心の柔らかい部分にとんと突き刺さるようだった。
「うん、そうだよ」
私は男の子の言うように、悪い子になってしまった。せっかくあの時助けてもらったのに、その彼に食べてくれとお願いするなんて。本当に酷い話だ。
「なんだか、色々と疲れちゃったんです」
だからもういいかなって。そう言ってへらりと笑うと、男の子ははあ、と大きな溜息を吐いた。
「人も狐も、楽に生きられる世の中になるといいんですけどね」
「え?」
「何でもありません。いいですよ、貴女のお願い聞いてあげます」
「いいんですか⁈」
「良いも何も、そのつもりで来たんでしょう? でも今の貴女には全く食指が動きません。食べるのはもう少し美味しそうになってからです。とりあえずその汚い顔を何とかしてください」
そう言うなり男の子はベンチに乗り上げて、返したばかりのハンカチで私の顔をゴシゴシと擦った。容赦がなくて顔がひりひりと痛む。化粧も何もあったものじゃない。
「これでよし、っと」
満足したらしい男の子が私の顔からハンカチを退けた。「ちょっとはマシになりましたね」と私に笑いかける彼は、あの男の子に違いないのだけど、その面影を残した『男の人』になっていて。思わず息を飲むと、金色の瞳が愉しげに歪んだ。
「ああ、この姿では初めましてですね。僕のことは野火丸とでも呼んでください」
「野火丸、さん……」
「怖いですか? 怖かったら逃げても構いませんよ。今ならまだ目を瞑ってあげます」
私に手を差し出しながら野火丸さんがそんなことを言った。昔助けたのは気まぐれだと言っていたけれど、やっぱり彼は優しいんじゃないかと思う。そうでなければこんな風に選択肢を与えたりなんかしないだろう。
「怖くは……ないです。ちょっとびっくりしただけで」
差し出された手に自分のを重ねると、野火丸さんの手が微かに震えたような気がした。
「後悔しても知りませんからね」
「しませんよ。君に食べてもらえるなら本望です」
「では僕が食べたくなるようせいぜい頑張ってください。あと、うっかり僕以外に食べられないように」
「わかりました。気をつけます」
野火丸さんに手を引かれ、逢魔時の道を行く。
彼の手は大きくて、あたたかかった。私の手をしっかりと握ってくれているのに離れていってしまうような気もして。
「私のこと、ちゃんと食べてくださいね」
前を行く背中に投げかけた言葉に、野火丸さんは「貴女次第ですね」とこちらを見ずに語った。
転校してきたばかりの私はその輪に入っていけなくて、遠くからみんなの様子を見ているだけだった。たまに狐の窓で覗かれて「お前おばけだろ!」ってごっこ遊びに巻き込まれることはあったけど。
あれ、楽しいのかな。本当におばけが視えたらどうしよう?
怖いならやらなければいいのに、みんなが楽しそうにやっているのを見ていたら興味が沸いてしまった。
ふと足が止まったのは家の近くにある公園。ここならもしおばけが視えても走って逃げられるし、同じクラスのケンちゃんたちも遊んでいるから大丈夫。一人じゃないから、怖くない。
ランドセルを背負い直し、ドキドキと鳴る心臓を落ち着かせるように深呼吸をする。確か両手で狐を作ってから、こうして……。
手順を間違えないようにしてできあがった小さな窓。目の高さに持ち上げて、向こうを覗く。そこにはおばけも何もなかった。何もーー。
「え?」
おかしい、そう思って顔を上げた。生ぬるい風が頬を撫でて、寒くないのに鳥肌が立つ。ねえ、なんで? なんで誰もいないの?
さっきまで鬼ごっこをしていたケンちゃんたちも、ベンチに座っていた高校生のお姉ちゃんも、砂場で遊んでいたちっちゃい子とそのお母さんも。そんなに大きな公園じゃないのにどこを探してもいなかった。まだ夕方なのに、みんないなくなっちゃった。
そうだ、家に帰ろう。そう思って外に向かって走ったのに、気づけば公園の真ん中にいた。何度やっても一緒だった。どうやっても帰れない。
ざわざわと木々が揺れる。その音がまるで話し声みたいに聞こえて、思わず耳を塞いでしゃがみ込んだ。
ひとのこ? まいごだ。おいしそう。たべていい? いいよね。おれがさきだ。わたしがみつけたのよ。そうだ、みんなでわけましょう?
ざわざわ、ザワザワ。誰もいないはずなのに、怖い声がたくさん聞こえる。私を見て笑ってる。
やだ。怖い。助けて、誰か。誰でもいいからお願い……!
「おやおやー、迷子ですか?」
知らない人の声だった。それなのに他の声みたいに怖くなくて、私は恐る恐る顔を上げた。
そこにいたのは私と同じ歳くらいの男の子。でもこんな金髪の子は見たことないから、学校は違うのかもしれない。この子も私みたいにここから出られないのかな。
「あ、あの……うっ⁈」
「あはは、汚い顔で近付かないでください。服が汚れるじゃないですかー」
にこにこと笑いながら、ハンカチを顔に押し付けられた。そのまま痛いくらいにゴシゴシ擦られて恐怖とは別の涙が出てくる。
「怖いですか? なら僕がいいって言うまで目を開けちゃダメですよ」
ぽん、と頭を撫でながら男の子が言った。顔を上げたくなったけど、ダメって言われたから我慢する。
「そうそう、良い子ですね。特別にこれも貸してあげます」
何かに両耳を覆われる。途端に怖い声が聞こえなくなって、あの子が着けていたヘッドフォンを貸してくれたのだとわかった。
かたく目を閉じて、あの子が「いいよ」って言ってくれるのをじっと待つ。何も見えなくて何も聞こえないのに、不思議と怖くなかったのは、多分あの子がいてくれたからだ。
「はい。もういいですよー」
少しして、ヘッドフォンが外された。目を開けるとやっぱりそこには私と男の子以外誰もいなかったのだけど、やっと帰って来れた、と。そう思った。
「貴女、視えちゃう人だったんですね。そんな人がこんな時間にこっちを覗いたらダメに決まってるじゃないですか。食べられても文句言えませんよ」
へたり込む私を男の子が引っ張り上げた。「あ、もしかして食べられたかったんですか?」と悪戯っぽく訊かれ、慌ててぶんぶんと首を横に振る。あんな思いはもうしたくない。男の子はそれを見てクスクス笑っていた。
「これに懲りたらあんなことはもう二度としないことです」
「うん」
「約束ですよ。破ったらこっちには戻れないと思ってください」
「わかった」
男の子が私の目の前に小指をピンと立てた。私もその指に自分の小指を絡めて、どちらともなく軽く上下に振った。
ゆーびきりげんまん、うそついたらーー。
□□□
この街に来たのは久しぶりだった。ここで過ごしたのは二年もないくらい。知り合いも思い出もほとんどいないこの場所に来ようと思ったのは、どうしても忘れられない出来事があったからだ。
夕方の、夜になる前の時間帯。寂れた公園には私以外に誰もいなかった。最近の子は外で遊ぶより家でゲームをすることのが多いだろうか。まあ私にとってはそのほうが好都合なのだけど。
ペンキの剥げたベンチに腰掛けて、両手で狐を作る。ここからは順番を間違えないよう慎重に。少しだけ手が震えたのは十年ぶりだからか、あの時の恐怖が蘇ってくるからか。でも、途中で止めようとは思わなかった。
できあがった『狐の窓』。深呼吸をひとつして、その向こう側を覗く。離れたところから、さく、さくと地面を踏む音が聞こえてきて、小さな靴が視えた。
「久しぶりですね」
男の子の声がした。
「ええ、お久しぶりです。君は……あの時と変わってないですね」
「ふふっ、あの時と変わらずかわいいでしょう?」
現れたのはヘッドフォンをした金髪の少年だった。子どもの頃、私を助けてくれた男の子だ。その彼が十年経った今も、あの時の姿のままそこにいた。やっぱり人じゃなかったんだ。けれど怖いとは思わなかった。
「貴女は随分と悪い子になってしまったようですね。僕との約束を破るなんて」
指切りまでしたのに、と彼は私の目の前に小指をちらつかせてくる。私は苦笑しながら持っていたバッグへと手を差し込んだ。
「ごめんなさい。でも君にハンカチを借りっぱなしだったから返さなきゃと思ったんです。あと、あの時のお礼も」
綺麗に洗ってアイロンをかけたハンカチと、デパートで買ったお菓子を男の子に差し出す。彼は一瞬きょとんとして、「馬鹿ですねえ」と口元を緩めた。
「あの時は助けて頂いてありがとうございました」
「別に貴女のためじゃありませんよ。ただの気まぐれです」
「それでも、ですよ」
「そうですか。ではありがたく受け取っておきます」
彼が私のほうへと手を伸ばした。ハンカチを受け取って、それから強く手首を掴まれる。
「あ、あの……」
振り解こうにもびくともしなかった。とても子どものものとは思えない力で押さえ込まれる。
「あの時の約束、憶えてますか」
男の子がまっすぐ私を見つめて、静かに言った。彼が言っているのは恐らく別れる直前にした指切りのことだろう。もちろん、憶えている。だから私はここに来たのだ。
『ゆーびきりげんまん、うそついたら……』
『はりせんぼんじゃないの?』
『それじゃあつまらないじゃないですか。こうしましょう。嘘ついたら僕に食べられるって』
『え、食べるの⁈』
『ふふ、どうでしょう。そうなりたくなかったら、約束ちゃんと守ってくださいね』
「貴女は僕に食べられに来たんですか?」
男の子の声は隠していたい心の柔らかい部分にとんと突き刺さるようだった。
「うん、そうだよ」
私は男の子の言うように、悪い子になってしまった。せっかくあの時助けてもらったのに、その彼に食べてくれとお願いするなんて。本当に酷い話だ。
「なんだか、色々と疲れちゃったんです」
だからもういいかなって。そう言ってへらりと笑うと、男の子ははあ、と大きな溜息を吐いた。
「人も狐も、楽に生きられる世の中になるといいんですけどね」
「え?」
「何でもありません。いいですよ、貴女のお願い聞いてあげます」
「いいんですか⁈」
「良いも何も、そのつもりで来たんでしょう? でも今の貴女には全く食指が動きません。食べるのはもう少し美味しそうになってからです。とりあえずその汚い顔を何とかしてください」
そう言うなり男の子はベンチに乗り上げて、返したばかりのハンカチで私の顔をゴシゴシと擦った。容赦がなくて顔がひりひりと痛む。化粧も何もあったものじゃない。
「これでよし、っと」
満足したらしい男の子が私の顔からハンカチを退けた。「ちょっとはマシになりましたね」と私に笑いかける彼は、あの男の子に違いないのだけど、その面影を残した『男の人』になっていて。思わず息を飲むと、金色の瞳が愉しげに歪んだ。
「ああ、この姿では初めましてですね。僕のことは野火丸とでも呼んでください」
「野火丸、さん……」
「怖いですか? 怖かったら逃げても構いませんよ。今ならまだ目を瞑ってあげます」
私に手を差し出しながら野火丸さんがそんなことを言った。昔助けたのは気まぐれだと言っていたけれど、やっぱり彼は優しいんじゃないかと思う。そうでなければこんな風に選択肢を与えたりなんかしないだろう。
「怖くは……ないです。ちょっとびっくりしただけで」
差し出された手に自分のを重ねると、野火丸さんの手が微かに震えたような気がした。
「後悔しても知りませんからね」
「しませんよ。君に食べてもらえるなら本望です」
「では僕が食べたくなるようせいぜい頑張ってください。あと、うっかり僕以外に食べられないように」
「わかりました。気をつけます」
野火丸さんに手を引かれ、逢魔時の道を行く。
彼の手は大きくて、あたたかかった。私の手をしっかりと握ってくれているのに離れていってしまうような気もして。
「私のこと、ちゃんと食べてくださいね」
前を行く背中に投げかけた言葉に、野火丸さんは「貴女次第ですね」とこちらを見ずに語った。