野火丸
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「まーだ起きてたんですかー?」
ひょこっと部屋を覗き込んできたのは野火丸さんだった。合鍵は渡しているけれど、いつの間にやってきたのか、集中していて全く気づかなかった。驚いてびくりと肩を震わせるとその拍子に机に膝を打ち付けてしまい、ペンやら積んでいた書類やらが下に落っこちる。膝は痛いし、並べて積んでいた書類はバラバラだし。最悪だ。
「相変わらず鈍臭いですね、貴女は」
落ちた物を拾っていると、一連の流れを見ていた野火丸さんが呆れたように言った。見下ろしてないで手伝ってくれればいいのに。そう思うものの、お願いしたところで見合わない対価を要求してくるだろうことは容易に想像できた。
「こうなったのは野火丸さんのせいですよ。急に現れたりするから」
「おや、僕は何度も連絡しましたよ。留守電も入れておいたはずですけど」
散らばった書類を拾い終えて、机の上に伏せておいたスマホを見る。そこには確かにメッセージが数件と、電話も何度かかかかってきていた形跡があった。
ちらりと視線を移すと、にまにまと笑う彼と目が合った。「僕に何か言うことありますよねー?」とでも言いたげな、そんな目だ。
「……すみません」
「何ですかー? 聞こえませんねえ」
「野火丸さんのせいにしてすみませんでした!」
「はい、よくできました。ちゃんと謝れて偉いですね。今日の僕は機嫌がいいので、連絡に気づかなかったことも、僕のせいにしたことも許して差し上げます」
野火丸さんが手を伸ばして私の頭をよしよしと撫でてきた。彼が正確に何歳なのかは知らないけれど、前に十九歳って言ってなかったっけ。社会人の私のが歳上なのに、子ども扱いされてちょっと不服だ。
「じゃあそろそろ寝ましょうか。良い子はもう寝る時間ですし」
言いながら、突然野火丸さんが私を抱き上げた。
「ま、待って野火丸さん! 私まだやらなきゃいけない仕事が……」
「久しぶりに恋人が会いに来たのにそれはないでしょう。貴女も酷い人だなー。仕事と僕、どっちが大事なんです?」
その台詞、野火丸さんにだけは言われたくない。と、喉まで出かかって、頑張って飲み込んだ。
野火丸さんは忙しいひとだ。詳しくは知らないけれど、危ない仕事をしているのだと思う。数か月会えないなんてことはしょっちゅうで、恋人なのにそれはどうなの? と思うことも多々ある。それこそ「仕事と私、どっちが大事なの?」と言ってやりたくなるくらいに。でも言えない。言いたくない。
だって野火丸さんの答えはわかりきっているから。
そして私は、まだ彼とお別れしたくない。
「ずるいです。そんなの野火丸さんに決まってるじゃないですか」
「ふふっ、嬉しいです」
僕もです、とは言ってくれない。嘘を吐かれないだけ、誠実なのかもしれない。
野火丸さんは私の額にキスを落として寝室へと向かった。ベッドに横になり、そのままぎゅっと抱きしめられる。野火丸さんの体温と匂いに安心して目を閉じるとすぐに眠気に襲われた。しばらくその心地よさに身を委ね、そして、
「あ、あの……」
「どうしました?」
野火丸さんも目を閉じていたからてっきり眠っているのかと思っていたが、どうやらまだ起きていたらしい。小声ながらもはっきりとした声が返ってくる。
「久しぶりに恋人が会いに来てくれたのに、その、しなくていいのかな、と」
何を、とまでは言わない。これで伝わることはわかっている。そして予想通り野火丸さんは私が言わんとしていることを理解したようで、けれど、その反応は予想外だった。
「貴女って人は、本っ当にひとの気遣いを無下にしますね!」
そう言う野火丸さんはすごく笑顔だった。笑顔で、それはそれは長い溜め息を吐き、私の頬をこれでもかと抓ってくる。痛い。
「馬鹿なこと言ってないで、今日は大人しく寝てください」
「でも、」
「いいから。ほら、早く目を閉じて」
野火丸くんがぽんぽんと優しく背中を撫でてきた。また子ども扱いして、と文句を言いたいのに、瞼のほうが先に落ちてくる。
「……貴女は頑張りすぎなんですよ」
「え?」
「何でもありません」
野火丸さんがそう言うなら、そうなのだろう。冷たかった足先が彼に絡められていたお陰ですっかり温かくなって、眠気がいよいよ限界だ。
「さっきの……」
意識が落ちる寸前、再びきゅっと彼に抱きしめられる。
「元気になったらまた言ってくださいね。約束ですよ?」
ちゅ、と瞼に柔らかいものか触れた。私も、と思うのに、身体はもう眠る体勢に入っているのか思い通りに動いてくれない。野火丸さんが微かに笑う気配がした。
さっきのって、なんだっけ?
ままならない思考をさらに邪魔するように、耳元で声がした。
「 」
その吐息がやけに熱っぽくて、くすぐったくて、ぴくりと身動ぐ。でも、それだけ。野火丸さんの声だとわかるのに、何と言ったのかまでは、私にはわからなかった。
ひょこっと部屋を覗き込んできたのは野火丸さんだった。合鍵は渡しているけれど、いつの間にやってきたのか、集中していて全く気づかなかった。驚いてびくりと肩を震わせるとその拍子に机に膝を打ち付けてしまい、ペンやら積んでいた書類やらが下に落っこちる。膝は痛いし、並べて積んでいた書類はバラバラだし。最悪だ。
「相変わらず鈍臭いですね、貴女は」
落ちた物を拾っていると、一連の流れを見ていた野火丸さんが呆れたように言った。見下ろしてないで手伝ってくれればいいのに。そう思うものの、お願いしたところで見合わない対価を要求してくるだろうことは容易に想像できた。
「こうなったのは野火丸さんのせいですよ。急に現れたりするから」
「おや、僕は何度も連絡しましたよ。留守電も入れておいたはずですけど」
散らばった書類を拾い終えて、机の上に伏せておいたスマホを見る。そこには確かにメッセージが数件と、電話も何度かかかかってきていた形跡があった。
ちらりと視線を移すと、にまにまと笑う彼と目が合った。「僕に何か言うことありますよねー?」とでも言いたげな、そんな目だ。
「……すみません」
「何ですかー? 聞こえませんねえ」
「野火丸さんのせいにしてすみませんでした!」
「はい、よくできました。ちゃんと謝れて偉いですね。今日の僕は機嫌がいいので、連絡に気づかなかったことも、僕のせいにしたことも許して差し上げます」
野火丸さんが手を伸ばして私の頭をよしよしと撫でてきた。彼が正確に何歳なのかは知らないけれど、前に十九歳って言ってなかったっけ。社会人の私のが歳上なのに、子ども扱いされてちょっと不服だ。
「じゃあそろそろ寝ましょうか。良い子はもう寝る時間ですし」
言いながら、突然野火丸さんが私を抱き上げた。
「ま、待って野火丸さん! 私まだやらなきゃいけない仕事が……」
「久しぶりに恋人が会いに来たのにそれはないでしょう。貴女も酷い人だなー。仕事と僕、どっちが大事なんです?」
その台詞、野火丸さんにだけは言われたくない。と、喉まで出かかって、頑張って飲み込んだ。
野火丸さんは忙しいひとだ。詳しくは知らないけれど、危ない仕事をしているのだと思う。数か月会えないなんてことはしょっちゅうで、恋人なのにそれはどうなの? と思うことも多々ある。それこそ「仕事と私、どっちが大事なの?」と言ってやりたくなるくらいに。でも言えない。言いたくない。
だって野火丸さんの答えはわかりきっているから。
そして私は、まだ彼とお別れしたくない。
「ずるいです。そんなの野火丸さんに決まってるじゃないですか」
「ふふっ、嬉しいです」
僕もです、とは言ってくれない。嘘を吐かれないだけ、誠実なのかもしれない。
野火丸さんは私の額にキスを落として寝室へと向かった。ベッドに横になり、そのままぎゅっと抱きしめられる。野火丸さんの体温と匂いに安心して目を閉じるとすぐに眠気に襲われた。しばらくその心地よさに身を委ね、そして、
「あ、あの……」
「どうしました?」
野火丸さんも目を閉じていたからてっきり眠っているのかと思っていたが、どうやらまだ起きていたらしい。小声ながらもはっきりとした声が返ってくる。
「久しぶりに恋人が会いに来てくれたのに、その、しなくていいのかな、と」
何を、とまでは言わない。これで伝わることはわかっている。そして予想通り野火丸さんは私が言わんとしていることを理解したようで、けれど、その反応は予想外だった。
「貴女って人は、本っ当にひとの気遣いを無下にしますね!」
そう言う野火丸さんはすごく笑顔だった。笑顔で、それはそれは長い溜め息を吐き、私の頬をこれでもかと抓ってくる。痛い。
「馬鹿なこと言ってないで、今日は大人しく寝てください」
「でも、」
「いいから。ほら、早く目を閉じて」
野火丸くんがぽんぽんと優しく背中を撫でてきた。また子ども扱いして、と文句を言いたいのに、瞼のほうが先に落ちてくる。
「……貴女は頑張りすぎなんですよ」
「え?」
「何でもありません」
野火丸さんがそう言うなら、そうなのだろう。冷たかった足先が彼に絡められていたお陰ですっかり温かくなって、眠気がいよいよ限界だ。
「さっきの……」
意識が落ちる寸前、再びきゅっと彼に抱きしめられる。
「元気になったらまた言ってくださいね。約束ですよ?」
ちゅ、と瞼に柔らかいものか触れた。私も、と思うのに、身体はもう眠る体勢に入っているのか思い通りに動いてくれない。野火丸さんが微かに笑う気配がした。
さっきのって、なんだっけ?
ままならない思考をさらに邪魔するように、耳元で声がした。
「 」
その吐息がやけに熱っぽくて、くすぐったくて、ぴくりと身動ぐ。でも、それだけ。野火丸さんの声だとわかるのに、何と言ったのかまでは、私にはわからなかった。