野火丸
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「まだ起きてたのかい?」
「ごめんなさい、これを見終わったら寝るわ」
「明日は早いんだから、あまり夜更かししないようにね」
「ええ。おやすみなさい」
一人きりのリビングでペラペラと思い出を捲る。数冊に分かれたアルバムには両親が撮ってくれたものから私が自分で撮るようになったものまで、たくさんの写真が詰まっている。
「懐かしいなぁ」
しみじみそう思う。生まれてから現在に至るまでの『私』がそこにいた。
ページを捲るごとに忘れかけていた当時の思い出が蘇ってくるようで、けれど、ふと手が止まる。
ここに『あの人』との思い出は一枚もない。それなのに一緒に過ごした日々は忘れられぬまま、今も鮮明に憶えている。
私のことを好きだと言ってくれたあの人は、さよならも言わずに私の前から消えてしまった。
本当に、ひどい男。
ああでも、私のほうがもっとひどい女か。ずっと忘れられない人がいるのに、それを隠して、明日を迎えようとしているのだから。
そろそろ寝ようかとアルバムを閉じたのと同じタイミングで、ガチャリとリビングのドアが開いた。
彼が心配してまた様子を見に来てくれたのだろうか。今の私の顔を見せたら、きっと更に心配させてしまう。私は慌てて笑顔を作り、ドアのほうへと顔を向けた。
「っ、な、んで……」
「おやおやー、久々の再会なのに挨拶もなしですかー?」
部屋に入ってきたのは彼ではなかった。
すらりとした長身の、金髪の男の人。ニコニコと人あたりの良さそうな笑顔を浮かべていて、間違いなくあの頃のままの『あの人』だった。
「今さら何しに来たんですか⁈」
「貴女が結婚するって聞いたので、お祝いに」
「結構です。帰ってください!」
「ひどいなー。せっかく会いに来たのに」
「私はあなたなんかに会いたくなかった……」
私が会いたくて仕方なかった時には会いに来てくれなかったくせに、勝手すぎる。なんで今日なんだろう。なんで今になって。
「私、明日結婚するんです」
「知ってますよ。だから来たんです」
「私にはもったいないくらいのいい人で、すごく優しいんです」
「へー、そうなんですか」
「今がとても幸せなんです。これからもっと幸せになるんです。だからもう邪魔しないで」
途切れ途切れの言葉と一緒にぼろぼろと涙が溢れてくる。
結婚したら他の思い出みたいに、あなたとの思い出も消えてくれるんじゃないかと思ってたのに。この人は、野火丸さんは、いつまで私の心に居座るつもりだろう。
野火丸さんは「幸せ、ねぇ」と呟いて、両手で私の頬を包んだ。そして親指の腹で涙を拭い、金色のその瞳に私を映し込む。
「とてもそうは見えませんけど」
綺麗な顔がくすりと歪む。余計なお世話だ。この人はこんな日にまで私を笑いに来たのだろうか。
思い切り睨め付けると野火丸さんは「おー、怖い怖い」とわざとらしく両手を上げた。
「そんなに怒らないでくださいよー。確かにお祝いには来ましたけど、それは貴女が本当に幸せそうだったらの話です」
「幸せじゃなかったらなんだって言うんですか」
「僕が貴女を攫って差し上げます」
「……は?」
さらりととんでもないことを言う野火丸さんはとてもいい笑顔をしていた。
そんなことできるわけがない。だって私は、明日結婚するのだ。
「この結婚、誰も幸せにならないじゃないですか。貴女もひどい人だなー。好きでもない男と結婚するだなんて」
「それは……!」
あなたのせいでしょ、とは言えなかった。私が勝手に野火丸さんを忘れるために、結婚相手である彼の優しさを利用しただけだ。他に方法はいくらでもあったはずなのに。
野火丸さんはやわい部分につけ込むように、私に手を差し伸べてくる。
「僕に攫われるかどうか、貴女が決めてください。ただし僕の手を取ったら、もう二度と離れられないと思ってくださいね」
相変わらずひどい男。いなくなったのはそっちなのに、今度は離してやらないだなんて。
でも私もひどい女だから、きっとお似合いね。
そう言って野火丸さんの手を取ると、彼は「ええ、間違いなくピッタリです」と満足げに目を細めて、底知れぬ夜の闇へと私を連れ去るのだった。
「ごめんなさい、これを見終わったら寝るわ」
「明日は早いんだから、あまり夜更かししないようにね」
「ええ。おやすみなさい」
一人きりのリビングでペラペラと思い出を捲る。数冊に分かれたアルバムには両親が撮ってくれたものから私が自分で撮るようになったものまで、たくさんの写真が詰まっている。
「懐かしいなぁ」
しみじみそう思う。生まれてから現在に至るまでの『私』がそこにいた。
ページを捲るごとに忘れかけていた当時の思い出が蘇ってくるようで、けれど、ふと手が止まる。
ここに『あの人』との思い出は一枚もない。それなのに一緒に過ごした日々は忘れられぬまま、今も鮮明に憶えている。
私のことを好きだと言ってくれたあの人は、さよならも言わずに私の前から消えてしまった。
本当に、ひどい男。
ああでも、私のほうがもっとひどい女か。ずっと忘れられない人がいるのに、それを隠して、明日を迎えようとしているのだから。
そろそろ寝ようかとアルバムを閉じたのと同じタイミングで、ガチャリとリビングのドアが開いた。
彼が心配してまた様子を見に来てくれたのだろうか。今の私の顔を見せたら、きっと更に心配させてしまう。私は慌てて笑顔を作り、ドアのほうへと顔を向けた。
「っ、な、んで……」
「おやおやー、久々の再会なのに挨拶もなしですかー?」
部屋に入ってきたのは彼ではなかった。
すらりとした長身の、金髪の男の人。ニコニコと人あたりの良さそうな笑顔を浮かべていて、間違いなくあの頃のままの『あの人』だった。
「今さら何しに来たんですか⁈」
「貴女が結婚するって聞いたので、お祝いに」
「結構です。帰ってください!」
「ひどいなー。せっかく会いに来たのに」
「私はあなたなんかに会いたくなかった……」
私が会いたくて仕方なかった時には会いに来てくれなかったくせに、勝手すぎる。なんで今日なんだろう。なんで今になって。
「私、明日結婚するんです」
「知ってますよ。だから来たんです」
「私にはもったいないくらいのいい人で、すごく優しいんです」
「へー、そうなんですか」
「今がとても幸せなんです。これからもっと幸せになるんです。だからもう邪魔しないで」
途切れ途切れの言葉と一緒にぼろぼろと涙が溢れてくる。
結婚したら他の思い出みたいに、あなたとの思い出も消えてくれるんじゃないかと思ってたのに。この人は、野火丸さんは、いつまで私の心に居座るつもりだろう。
野火丸さんは「幸せ、ねぇ」と呟いて、両手で私の頬を包んだ。そして親指の腹で涙を拭い、金色のその瞳に私を映し込む。
「とてもそうは見えませんけど」
綺麗な顔がくすりと歪む。余計なお世話だ。この人はこんな日にまで私を笑いに来たのだろうか。
思い切り睨め付けると野火丸さんは「おー、怖い怖い」とわざとらしく両手を上げた。
「そんなに怒らないでくださいよー。確かにお祝いには来ましたけど、それは貴女が本当に幸せそうだったらの話です」
「幸せじゃなかったらなんだって言うんですか」
「僕が貴女を攫って差し上げます」
「……は?」
さらりととんでもないことを言う野火丸さんはとてもいい笑顔をしていた。
そんなことできるわけがない。だって私は、明日結婚するのだ。
「この結婚、誰も幸せにならないじゃないですか。貴女もひどい人だなー。好きでもない男と結婚するだなんて」
「それは……!」
あなたのせいでしょ、とは言えなかった。私が勝手に野火丸さんを忘れるために、結婚相手である彼の優しさを利用しただけだ。他に方法はいくらでもあったはずなのに。
野火丸さんはやわい部分につけ込むように、私に手を差し伸べてくる。
「僕に攫われるかどうか、貴女が決めてください。ただし僕の手を取ったら、もう二度と離れられないと思ってくださいね」
相変わらずひどい男。いなくなったのはそっちなのに、今度は離してやらないだなんて。
でも私もひどい女だから、きっとお似合いね。
そう言って野火丸さんの手を取ると、彼は「ええ、間違いなくピッタリです」と満足げに目を細めて、底知れぬ夜の闇へと私を連れ去るのだった。