野火丸
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何やら部下の様子がおかしい。いや、彼女がおかしいのはいつものことなのだけど。
「へい、お待ち! とんこつラーメン特盛りのトッピング全部のせね」
店長の威勢のいい声とともに、カウンターテーブルにドンッと重たい音が響く。大きなどんぶりに、山のように盛られたトッピング。肝心の麺は今のところ一切見えず、これはなかなか食べ応えがありそうだななんて思っていると、隣から「ひぇっ」と小さな悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたんです、悲鳴なんか上げて」
「だ、だって、野火丸さんそんなに食べるんですか?!」
割り箸を割りながらちらりと視線を動かすと、隣に座る部下の前には随分と小ぶりなどんぶりが置かれていた。確か彼女が頼んでいたのは普通の醤油ラーメンだったはず。こうして並んでいるのを見ると、その大きさの違いに驚くのも頷ける。
「やだなー、これくらい普通ですよ。それにあなたが言ったんじゃないですか。好きなもの何でも頼んでいいって」
「うぐっ、それはそうなんですけど」
夜も深くなろうかという頃、仕事を終え帰ろうとしていた僕を引き止め、半ば強引にこのラーメン屋に連れてきたのは紛れもなく彼女自身だった。それも「今日は私の奢りなので、どーんと好きなもの頼んじゃってください」と誇らしげに胸まで叩いて。あれを忘れたとは言わせない。
「何か不都合でも?」
「い、いえ! そんなことは……。ほら麺が伸びる前に早く食べましょう」
ひとの厚意はありがたく受け取るべきだろう。だから僕は、彼女のお言葉に甘えて食べたいものを食べたいだけ注文させてもらった。多少、いやかなり遠慮はなかったかもしれないが。このあとのことを考えれば釣り合いは取れているはずだ。
「で、今度は何をやらかしたんです?」
「え?」
分厚くて大きなチャーシューを頬張りながら、部下に問いかける。肉肉しい部分を残しつつも歯がいらないほど柔らかく脂身はとろけるように甘い。その美味しさに少し驚いた。僕は、彼女がおすすめだというこの店を侮っていたみたいだ。これは確かに通いたくなる。
半熟の煮卵、キクラゲ、ネギ、コーン、のり、野菜炒め……諸々食べ進めて麺が顔を出した辺りで、まだ部下からの返事がないことを思います。
「僕の話、聞こえてます?」
「あ、すみません。余りにもいい食べっぷりで」
「そんなことより早く答えてください。内容によっては二杯目も考えます」
「えっ、まだ食べるんですか? 野火丸さんがお腹壊さないならいいですけど」
「……いいんですか?」
「はい、まあ。今日は最初からそのつもりで誘ったので」
どうにも会話が噛み合っていない気がする。
今日彼女は一日中そわそわして落ち着かない様子で、僕と目が合うたびに何か言いたげに口を開いては閉じるを繰り返していた。それに加えて突然の食事の誘いだ。これはきっと何かある、そう直感した。
度々仕事でミスをする彼女のことだから、おおかたまた何かやらかしたのだろう。恐らくラーメンを奢ると言い出したのはお詫びのつもりで。しかし彼女の話を聞くに、そういうわけではなさそうだ。じゃあどうして急に奢るなんて言い出したのだろう。
麺が伸びないよう啜りつつ、彼女に向かって軽く首を傾げて見せる。すると彼女は目を瞬かせて不思議そうに口を開いた。
「だって今日……って言ってももうすぐ終わっちゃいますけど、野火丸さん誕生日でしょう?」
「は?」
つるりと箸から麺が落ちて、思い切りスープが跳ねた。けれどそんなことよりも、僕は彼女の言葉がいまいち理解できなくて困惑していた。
確かに今日は僕の誕生日だ。それをどうして彼女が知っているのかと思ったが、以前小紅羅刑事たちに聞かれて答えた時に、彼女もその場にいたような気がする。
でも、そうだとしても。どうして誕生日だからといって、ラーメンを奢る流れになるのだろう?
沈黙する僕に、彼女がおろおろしながら言った。
「もしかして、口に合いませんでした?」
「いえ、とても美味しいです」
正直に伝えると彼女はほっとしたように表情を和らげた。
「よかったー! 誕生日だし本当はもっとお高い店のがいいかなって思ったんですけど、この時間だとここくらいしか私の知ってるお店開いてなくて」
「えっと、じゃあこれは僕が今日誕生日だから?」
「はい! ささやかですが誕生日プレゼントです。ケーキも用意できればよかったんですけど、さすがにどこも閉まってて……」
もっと早く準備しておくべきだったと悔しがる彼女が不思議で仕方なかった。彼女は僕と同じ化狐のはずなのに、僕とはまるで違う生き物みたいに見える。いや、実際そうなのだろう。それを羨ましく思うことは決してないけれど、彼女にとっては誕生日は祝い、祝われるのが当たり前なのだ。
僕は、誰かに自分の誕生日を祝われるのすら初めてだった。
「そう、ですか。はは、そうでしたね」
自然と笑みが溢れた。感情と表情と声、全部がバラバラだった自覚はある。きっと自分でも今の感情をどう言葉にするべきかわからなかったのだろう。ふわふわとくすぐったいような喜びと、棘を呑み込んだような痛みと、そしてそのどちらも必要ないものだと上から押さえつける僕がいる。
「野火丸さん?」
僕を見つめる部下の瞳が不安げに揺れた。僕は誤魔化すようにいつもの得意の笑顔を貼り付けて、残りのラーメンを一気に啜った。
「プレゼントありがとうございます。すごく嬉しいです」
そう伝えれば、彼女の表情がぱぁっと明るくなった。こういう時ばかりは彼女が単純で良かったと思う。扱いやすいのはいいことだ。それから彼女は張り切るように両手をぐっと握り、僕に笑いかけた。
「来年。次の誕生日はもっとちゃんとお祝いしますね! そうだ、今度は梅太郎さんたちも呼びましょう。絶対にケーキも用意しますから」
「それは楽しみですね」
ずずっと二人分の麺を啜る音が店内に響いた。
僕は目的のためなら何だってやる。彼女も他の部下も利用価値があるから使っているだけだ。本性を隠して、真実を偽って、呼吸するように嘘を吐いて。もはや慣れたものだった。それこそ身体に染みつくくらいに。
なのにどうしてだろう。今この時だけは、上手く嘘を吐けた気がしなかった。
「へい、お待ち! とんこつラーメン特盛りのトッピング全部のせね」
店長の威勢のいい声とともに、カウンターテーブルにドンッと重たい音が響く。大きなどんぶりに、山のように盛られたトッピング。肝心の麺は今のところ一切見えず、これはなかなか食べ応えがありそうだななんて思っていると、隣から「ひぇっ」と小さな悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたんです、悲鳴なんか上げて」
「だ、だって、野火丸さんそんなに食べるんですか?!」
割り箸を割りながらちらりと視線を動かすと、隣に座る部下の前には随分と小ぶりなどんぶりが置かれていた。確か彼女が頼んでいたのは普通の醤油ラーメンだったはず。こうして並んでいるのを見ると、その大きさの違いに驚くのも頷ける。
「やだなー、これくらい普通ですよ。それにあなたが言ったんじゃないですか。好きなもの何でも頼んでいいって」
「うぐっ、それはそうなんですけど」
夜も深くなろうかという頃、仕事を終え帰ろうとしていた僕を引き止め、半ば強引にこのラーメン屋に連れてきたのは紛れもなく彼女自身だった。それも「今日は私の奢りなので、どーんと好きなもの頼んじゃってください」と誇らしげに胸まで叩いて。あれを忘れたとは言わせない。
「何か不都合でも?」
「い、いえ! そんなことは……。ほら麺が伸びる前に早く食べましょう」
ひとの厚意はありがたく受け取るべきだろう。だから僕は、彼女のお言葉に甘えて食べたいものを食べたいだけ注文させてもらった。多少、いやかなり遠慮はなかったかもしれないが。このあとのことを考えれば釣り合いは取れているはずだ。
「で、今度は何をやらかしたんです?」
「え?」
分厚くて大きなチャーシューを頬張りながら、部下に問いかける。肉肉しい部分を残しつつも歯がいらないほど柔らかく脂身はとろけるように甘い。その美味しさに少し驚いた。僕は、彼女がおすすめだというこの店を侮っていたみたいだ。これは確かに通いたくなる。
半熟の煮卵、キクラゲ、ネギ、コーン、のり、野菜炒め……諸々食べ進めて麺が顔を出した辺りで、まだ部下からの返事がないことを思います。
「僕の話、聞こえてます?」
「あ、すみません。余りにもいい食べっぷりで」
「そんなことより早く答えてください。内容によっては二杯目も考えます」
「えっ、まだ食べるんですか? 野火丸さんがお腹壊さないならいいですけど」
「……いいんですか?」
「はい、まあ。今日は最初からそのつもりで誘ったので」
どうにも会話が噛み合っていない気がする。
今日彼女は一日中そわそわして落ち着かない様子で、僕と目が合うたびに何か言いたげに口を開いては閉じるを繰り返していた。それに加えて突然の食事の誘いだ。これはきっと何かある、そう直感した。
度々仕事でミスをする彼女のことだから、おおかたまた何かやらかしたのだろう。恐らくラーメンを奢ると言い出したのはお詫びのつもりで。しかし彼女の話を聞くに、そういうわけではなさそうだ。じゃあどうして急に奢るなんて言い出したのだろう。
麺が伸びないよう啜りつつ、彼女に向かって軽く首を傾げて見せる。すると彼女は目を瞬かせて不思議そうに口を開いた。
「だって今日……って言ってももうすぐ終わっちゃいますけど、野火丸さん誕生日でしょう?」
「は?」
つるりと箸から麺が落ちて、思い切りスープが跳ねた。けれどそんなことよりも、僕は彼女の言葉がいまいち理解できなくて困惑していた。
確かに今日は僕の誕生日だ。それをどうして彼女が知っているのかと思ったが、以前小紅羅刑事たちに聞かれて答えた時に、彼女もその場にいたような気がする。
でも、そうだとしても。どうして誕生日だからといって、ラーメンを奢る流れになるのだろう?
沈黙する僕に、彼女がおろおろしながら言った。
「もしかして、口に合いませんでした?」
「いえ、とても美味しいです」
正直に伝えると彼女はほっとしたように表情を和らげた。
「よかったー! 誕生日だし本当はもっとお高い店のがいいかなって思ったんですけど、この時間だとここくらいしか私の知ってるお店開いてなくて」
「えっと、じゃあこれは僕が今日誕生日だから?」
「はい! ささやかですが誕生日プレゼントです。ケーキも用意できればよかったんですけど、さすがにどこも閉まってて……」
もっと早く準備しておくべきだったと悔しがる彼女が不思議で仕方なかった。彼女は僕と同じ化狐のはずなのに、僕とはまるで違う生き物みたいに見える。いや、実際そうなのだろう。それを羨ましく思うことは決してないけれど、彼女にとっては誕生日は祝い、祝われるのが当たり前なのだ。
僕は、誰かに自分の誕生日を祝われるのすら初めてだった。
「そう、ですか。はは、そうでしたね」
自然と笑みが溢れた。感情と表情と声、全部がバラバラだった自覚はある。きっと自分でも今の感情をどう言葉にするべきかわからなかったのだろう。ふわふわとくすぐったいような喜びと、棘を呑み込んだような痛みと、そしてそのどちらも必要ないものだと上から押さえつける僕がいる。
「野火丸さん?」
僕を見つめる部下の瞳が不安げに揺れた。僕は誤魔化すようにいつもの得意の笑顔を貼り付けて、残りのラーメンを一気に啜った。
「プレゼントありがとうございます。すごく嬉しいです」
そう伝えれば、彼女の表情がぱぁっと明るくなった。こういう時ばかりは彼女が単純で良かったと思う。扱いやすいのはいいことだ。それから彼女は張り切るように両手をぐっと握り、僕に笑いかけた。
「来年。次の誕生日はもっとちゃんとお祝いしますね! そうだ、今度は梅太郎さんたちも呼びましょう。絶対にケーキも用意しますから」
「それは楽しみですね」
ずずっと二人分の麺を啜る音が店内に響いた。
僕は目的のためなら何だってやる。彼女も他の部下も利用価値があるから使っているだけだ。本性を隠して、真実を偽って、呼吸するように嘘を吐いて。もはや慣れたものだった。それこそ身体に染みつくくらいに。
なのにどうしてだろう。今この時だけは、上手く嘘を吐けた気がしなかった。