野火丸
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母曰く、私は手のかからない子どもだったらしい。母のお腹に妹がいた時も赤ちゃん返りすることなく、一人遊びに勤しんでいたんだとか。私はその話を聞くたびに、本当は違うのだと内心否定する。大人になって当時のことは朧げにしか覚えていないけれど、それだけは今もはっきり言える。私は聞き分けの良い子じゃなかった。生まれる前も生まれた後も、本当はずっと妹に嫉妬していた。母はいつだって妹にかかりきりで、私のことは後回し。「お姉ちゃんなんだから……」は常套句。今なら生まれたばかりの子どもから目が離せないのはよくわかる。けれどあの頃は私も幼い子どもだった。
ねえ、なんで妹ばっかりなの? 私は? 私のことなんてどうでもいいの?
言いたいことは山ほどあったと思う。でも元々感情を表に出すのが苦手な私は、何ひとつ言えなかった。そんな私にできたことと言えば、妹をあやす母の背中を見てぐっと唇を噛み、静かにその場からいなくなることくらい。二階に上がって人形遊びをしたり、庭でままごとしたり。母の言う手のかからない子というのは、恐らくこのことを言っているのだろう。でも私は一人遊びをしたかったわけじゃないし、楽しんでもいなかった。あれは私の無言の主張だ。不器用な私の精一杯の気の引き方。私がいないとわかればきっと母は探しに来てくれるに違いない。そう、幼い私は考えた。
結果から言えば、母は確かに私を探しにきてくれた。けれど、それだけだった。私を見つけると母は「ああ、ここにいたの」とだけ言って去っていく。寂しくて構ってほしくて仕方なかったのに、母親の目には夢中で一人遊びをしているように見えたらしい。去っていく母を引き止めることもできず、かといってその背中を追いかけることもできず、私は楽しくもない一人遊びを続ける羽目になった。
ああ、でも。庭で遊ぶのは割と楽しかったかもしれない。たまに知らないお兄さんが来て一緒に遊んでくれて。もう顔も名前も思い出せないけれど、お日様を浴びてキラキラ光る髪がとても綺麗なお兄さん。外でままごとをしてると時折現れるその人は、私が作った泥だんごを食べる振りすらしてくれなかったけれど、彼といる間は嫌なことを考えずに済んだ。
「何ですかそれ?」
「プリンだよ。おにいちゃんにあげる」
「あっはは、吐瀉物かと思いましたよ。うわー、不味そう」
「たべてくれないの?」
「そうですね。もう少し上手になったら食べてあげてもいいですよー」
引っ張り出された記憶に顔を顰める。多分当時の私はお兄さんの言葉の意味をほとんどわかっていなかった。でも幼い子ども相手のままごとにこの言い様はどうかと思う。もし傷ついてお菓子作りが嫌いになったらどう責任を取るつもりだったのか。まあ、逆に張り切ってこの道を選んだから今の私がいるのだけれど。
あのお兄さんは、今どうしているのだろう。
店内のショーケースにプリンを並べながら、遠い昔の彼を思い浮かべる。いつからか現れなくなったお兄さん。母も妹にかかりきりではなくなって、私もいつしか気を引くための一人遊びをしなくなった。あの人がどこの誰なのか、結局今も分からないまま。でもあの人とままごとをした日々があったから、あの人が上手になったら食べてくれると言ったから、私はお菓子作りを好きになり、それを活かす仕事にも就くことができた。
「……結構上手くなったと思うんだけどな」
ぽつりと呟いた独り言に返事はない。代わりにカランコロンと、来客を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「プリンを頂けますか」
「おいくつですか?」
「んー、そうですね。では、あるもの全てで」
「ぜ、全部ですか?!」
すらりと背の高い男の人は肯定するようににこにこと私に微笑みかけた。全部となると結構な数だ。手土産とか差し入れの類だろうか。プリンと同じ数だけスプーンを付けようとすると、彼は一人で食べるので一本でいいですと言葉を加えた。一人でこの数を……。失礼と思いながらも驚きを隠せずにいる私に、男の人はにこりと微笑みを深くする。
「約束したんです。上手になったら食べてあげるって」
男の人は私からプリンの入った紙箱を受け取り、店を後にした。カランコロンとベルが鳴る。開いたドアからは夏の陽射しが照りつけて、金色の髪がキラキラと揺れた。いつか見た、綺麗な金髪。あの頃と同じーー。
「待って!」
気付けば店を飛び出していた。ありえない、そう頭ではわかっているのに止まれなかった。走って、走って、漸くあの後ろ姿を見つけて声をかける。
「っ、あの……!」
くるりと男の人が振り返った。私を見て目を細める彼は、過去から連れてきたみたいに昔と同じ姿。けれど間違いなく、あの「おにいちゃん」だった。
ねえ、なんで妹ばっかりなの? 私は? 私のことなんてどうでもいいの?
言いたいことは山ほどあったと思う。でも元々感情を表に出すのが苦手な私は、何ひとつ言えなかった。そんな私にできたことと言えば、妹をあやす母の背中を見てぐっと唇を噛み、静かにその場からいなくなることくらい。二階に上がって人形遊びをしたり、庭でままごとしたり。母の言う手のかからない子というのは、恐らくこのことを言っているのだろう。でも私は一人遊びをしたかったわけじゃないし、楽しんでもいなかった。あれは私の無言の主張だ。不器用な私の精一杯の気の引き方。私がいないとわかればきっと母は探しに来てくれるに違いない。そう、幼い私は考えた。
結果から言えば、母は確かに私を探しにきてくれた。けれど、それだけだった。私を見つけると母は「ああ、ここにいたの」とだけ言って去っていく。寂しくて構ってほしくて仕方なかったのに、母親の目には夢中で一人遊びをしているように見えたらしい。去っていく母を引き止めることもできず、かといってその背中を追いかけることもできず、私は楽しくもない一人遊びを続ける羽目になった。
ああ、でも。庭で遊ぶのは割と楽しかったかもしれない。たまに知らないお兄さんが来て一緒に遊んでくれて。もう顔も名前も思い出せないけれど、お日様を浴びてキラキラ光る髪がとても綺麗なお兄さん。外でままごとをしてると時折現れるその人は、私が作った泥だんごを食べる振りすらしてくれなかったけれど、彼といる間は嫌なことを考えずに済んだ。
「何ですかそれ?」
「プリンだよ。おにいちゃんにあげる」
「あっはは、吐瀉物かと思いましたよ。うわー、不味そう」
「たべてくれないの?」
「そうですね。もう少し上手になったら食べてあげてもいいですよー」
引っ張り出された記憶に顔を顰める。多分当時の私はお兄さんの言葉の意味をほとんどわかっていなかった。でも幼い子ども相手のままごとにこの言い様はどうかと思う。もし傷ついてお菓子作りが嫌いになったらどう責任を取るつもりだったのか。まあ、逆に張り切ってこの道を選んだから今の私がいるのだけれど。
あのお兄さんは、今どうしているのだろう。
店内のショーケースにプリンを並べながら、遠い昔の彼を思い浮かべる。いつからか現れなくなったお兄さん。母も妹にかかりきりではなくなって、私もいつしか気を引くための一人遊びをしなくなった。あの人がどこの誰なのか、結局今も分からないまま。でもあの人とままごとをした日々があったから、あの人が上手になったら食べてくれると言ったから、私はお菓子作りを好きになり、それを活かす仕事にも就くことができた。
「……結構上手くなったと思うんだけどな」
ぽつりと呟いた独り言に返事はない。代わりにカランコロンと、来客を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「プリンを頂けますか」
「おいくつですか?」
「んー、そうですね。では、あるもの全てで」
「ぜ、全部ですか?!」
すらりと背の高い男の人は肯定するようににこにこと私に微笑みかけた。全部となると結構な数だ。手土産とか差し入れの類だろうか。プリンと同じ数だけスプーンを付けようとすると、彼は一人で食べるので一本でいいですと言葉を加えた。一人でこの数を……。失礼と思いながらも驚きを隠せずにいる私に、男の人はにこりと微笑みを深くする。
「約束したんです。上手になったら食べてあげるって」
男の人は私からプリンの入った紙箱を受け取り、店を後にした。カランコロンとベルが鳴る。開いたドアからは夏の陽射しが照りつけて、金色の髪がキラキラと揺れた。いつか見た、綺麗な金髪。あの頃と同じーー。
「待って!」
気付けば店を飛び出していた。ありえない、そう頭ではわかっているのに止まれなかった。走って、走って、漸くあの後ろ姿を見つけて声をかける。
「っ、あの……!」
くるりと男の人が振り返った。私を見て目を細める彼は、過去から連れてきたみたいに昔と同じ姿。けれど間違いなく、あの「おにいちゃん」だった。