野火丸
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時折、夢を見る。
すぐ隣に大好きなひとがいて、私に笑いかけてくれる夢だ。けれど、そのひとには顔がない。ぼやけてよく見えないというのが正しいかもしれない。夢だからだろうか。いくら目を凝らしても、近づいても、どんな顔をしているのかわからないのだ。
でも私は確信している。彼はイケメンに違いない、と。だって私が好きになったひとだ。そうに決まっている。
今日も彼は、夢の中で私に微笑みかけてくれた。さらりとした金糸の髪は美しく、つい見惚れていると、彼の口元がくすりと動いた気がした。
「こんばんは」
お決まりの挨拶をして私は彼の元へと駆け寄った。彼から返事が返ってきたことは一度もないけれど、形の良い唇からは優しく甘やかな声が聴こえてくるに違いないと私は思っている。丁寧な口調で、たまに口が悪くなったりして。そういうギャップがあったら、ドキッとしてしまう。まあ、全部私の妄想なのだけど。
「今日も良い天気ですね」
夢の世界はいつも同じ風景だ。もう何年も繰り返し同じ夢を見ているけれど、移り変わりというものがない。一面のひまわり畑に眩い太陽、目に痛いほどの青い空と白い雲。恐らく季節は夏だろう。しかし私と彼以外のものは全て静止画みたいに止まっていて、暑くもないし蝉の声がうるさいなんてこともなかった。
そして彼は、ひまわり畑の前にあるベンチにいつも腰掛けていた。私もその隣に座って、最近あった面白いことだとか、愚痴みたいなものを聞いてもらったりしている。と言っても私が一方的に話しかけているだけなのだけど、彼が話すことはないから仕方ない。寂しくないと言えば嘘になるが、一緒にいられるだけでも嬉しいから別にいい。
ーー彼と。好きなひとと過ごすこの時間が、一生続いたらいいのに。
そう思うものの、残念ながらこの楽しい時間にも終わりがある。それは私の目が覚める時。覚醒が近くなると、切り取った写真みたいな空間が端から徐々に輪郭を失っていく。
今日もその時間がやって来たようだ。果てのないように思われたひまわり畑も夏空も、端からじわじわと闇に飲み込まれ始めている。
「あ、あの……」
私は膝の上で両拳を握りしめる。
「今日もぎゅってしていいですか?」
初めてこのお願いをしたのはいつだっただろう。彼と別れるのが名残惜しくて、私は図々しくもそんなお願いをするようになった。私のお願いに彼はうんともすんとも言わないけれど、嫌がる素振りはないので勝手に了承したものと受け取っている。
じり、と距離を詰めて私は彼の身体に腕を回した。ぎゅっと抱きしめるとあたたかくて、ふわりと香水の香りが漂ってくる。どこか懐かしい、私の好きな香りだ。意外としっかりした胸板に擦り寄ると、トクトクと心音が聴こえてくるような気がして、夢なのに本当に彼が実在しているみたいな錯覚に陥る。
夢から醒めたら、そこに彼はいない。だからせめて目が覚めるまではこのままで。
離れたくない一心で私は抱きしめる腕に力を込める。
「……あの、苦しいんですけど。全く貴女って人は、加減ってものを知らないんですか?」
降ってきた声に数度瞬く。今の声はーー。
まさかと思って顔を上げると、大好きな彼が呆れたように私を見下ろしていた。夜空に浮かぶお月様みたいな瞳に、ぽかんと口を開けた私が映っている。彼に、顔がある。それも予想以上のイケメンさん……じゃなくて。
ぺたぺたと確かめるように両手で触れると、彼はくすぐったいですよ、と肩をすくめた。
初めて見る彼の顔。でも私はこの顔をよく知っている。
「野火丸、さん……」
「はい」
「野火丸さん!」
「だからそう言ってるじゃないですかー」
私の大好きなひと。ずっとずっと、会いたかったひと。
「何で……何で私を連れて行ってくれなかったんですか⁈」
遠い夏の日。野火丸さんに誘われて行ったひまわり畑。そこで私は彼に想いを告げて、彼も同じ気持ちだと言ってくれて。死んでもいいくらい幸せだった。これからはこんな幸せな日々が続いていくのだと信じていた。けれど野火丸さんはその日を境に姿を消した。私の目の前から、そして記憶の中からも。
「僕のことなんか忘れて欲しかったんですけどね」
「忘れられるわけないじゃないですか」
「ふふ、貴女の頑固さをもっと考慮すべきでした。まさか夢の中まで追ってくるとは」
私は野火丸さんに記憶を消されてから、無意識に夢の中で彼を追っていたらしい。彼が今、現実世界のどこで何をしているかはわからないけれど、この手を離すわけにはいかなかった。
「もう置いていこうなんて思わないでください。野火丸さんがどこに行こうと、私はあなたを見つけてみせます」
逃すもんか、と野火丸さんにしがみつく。しかし彼は静かに首を横に振った。
「ダメですよ。貴女に地獄は似合わないですから。これは悪い夢です。だから、どうか忘れてください」
嫌だ。忘れたくない。忘れてやるもんか。
ぐずる子どものように首を振ると、野火丸さんは「困った人ですね」と笑った。こつりと額を合わせて、宥めるような優しい声が降ってくる。
「いい子だから、そのままゆっくり目を閉じて。次に目が覚めたら、もう悪夢を見ることはありません」
野火丸さんがそっと私を抱き寄せた。あんなに綺麗だった夢の世界は、私たちの周りを残してほとんどが闇の中だ。
だんだんと意識が途切れてくる。夢の中なのにひどく瞼が重い。
「野火丸さん、」
私の呼びかけに野火丸さんが微笑む。
「さよなら、よい夢を」
***
夢を見ていた。
すぐ隣に大好きなひとがいて、私に笑いかけてくれる夢。とても幸せな夢を見ていた気がするのに、もう顔も思い出せない彼は言うのだ。「これは悪い夢だ」と。
そんな風に言わないでほしい。私はあなたといるだけで幸せだったのに。
でも彼は最後まで苦しそうに、寂しそうに笑っていた。彼にあんな顔をさせてしまうのだから、あの夢はやっぱり悪い夢だったのだろう。私の涙が止まらないのも、胸が張り裂けそうなくらい苦しいのも、きっと全部悪い夢のせいだ。
すぐ隣に大好きなひとがいて、私に笑いかけてくれる夢だ。けれど、そのひとには顔がない。ぼやけてよく見えないというのが正しいかもしれない。夢だからだろうか。いくら目を凝らしても、近づいても、どんな顔をしているのかわからないのだ。
でも私は確信している。彼はイケメンに違いない、と。だって私が好きになったひとだ。そうに決まっている。
今日も彼は、夢の中で私に微笑みかけてくれた。さらりとした金糸の髪は美しく、つい見惚れていると、彼の口元がくすりと動いた気がした。
「こんばんは」
お決まりの挨拶をして私は彼の元へと駆け寄った。彼から返事が返ってきたことは一度もないけれど、形の良い唇からは優しく甘やかな声が聴こえてくるに違いないと私は思っている。丁寧な口調で、たまに口が悪くなったりして。そういうギャップがあったら、ドキッとしてしまう。まあ、全部私の妄想なのだけど。
「今日も良い天気ですね」
夢の世界はいつも同じ風景だ。もう何年も繰り返し同じ夢を見ているけれど、移り変わりというものがない。一面のひまわり畑に眩い太陽、目に痛いほどの青い空と白い雲。恐らく季節は夏だろう。しかし私と彼以外のものは全て静止画みたいに止まっていて、暑くもないし蝉の声がうるさいなんてこともなかった。
そして彼は、ひまわり畑の前にあるベンチにいつも腰掛けていた。私もその隣に座って、最近あった面白いことだとか、愚痴みたいなものを聞いてもらったりしている。と言っても私が一方的に話しかけているだけなのだけど、彼が話すことはないから仕方ない。寂しくないと言えば嘘になるが、一緒にいられるだけでも嬉しいから別にいい。
ーー彼と。好きなひとと過ごすこの時間が、一生続いたらいいのに。
そう思うものの、残念ながらこの楽しい時間にも終わりがある。それは私の目が覚める時。覚醒が近くなると、切り取った写真みたいな空間が端から徐々に輪郭を失っていく。
今日もその時間がやって来たようだ。果てのないように思われたひまわり畑も夏空も、端からじわじわと闇に飲み込まれ始めている。
「あ、あの……」
私は膝の上で両拳を握りしめる。
「今日もぎゅってしていいですか?」
初めてこのお願いをしたのはいつだっただろう。彼と別れるのが名残惜しくて、私は図々しくもそんなお願いをするようになった。私のお願いに彼はうんともすんとも言わないけれど、嫌がる素振りはないので勝手に了承したものと受け取っている。
じり、と距離を詰めて私は彼の身体に腕を回した。ぎゅっと抱きしめるとあたたかくて、ふわりと香水の香りが漂ってくる。どこか懐かしい、私の好きな香りだ。意外としっかりした胸板に擦り寄ると、トクトクと心音が聴こえてくるような気がして、夢なのに本当に彼が実在しているみたいな錯覚に陥る。
夢から醒めたら、そこに彼はいない。だからせめて目が覚めるまではこのままで。
離れたくない一心で私は抱きしめる腕に力を込める。
「……あの、苦しいんですけど。全く貴女って人は、加減ってものを知らないんですか?」
降ってきた声に数度瞬く。今の声はーー。
まさかと思って顔を上げると、大好きな彼が呆れたように私を見下ろしていた。夜空に浮かぶお月様みたいな瞳に、ぽかんと口を開けた私が映っている。彼に、顔がある。それも予想以上のイケメンさん……じゃなくて。
ぺたぺたと確かめるように両手で触れると、彼はくすぐったいですよ、と肩をすくめた。
初めて見る彼の顔。でも私はこの顔をよく知っている。
「野火丸、さん……」
「はい」
「野火丸さん!」
「だからそう言ってるじゃないですかー」
私の大好きなひと。ずっとずっと、会いたかったひと。
「何で……何で私を連れて行ってくれなかったんですか⁈」
遠い夏の日。野火丸さんに誘われて行ったひまわり畑。そこで私は彼に想いを告げて、彼も同じ気持ちだと言ってくれて。死んでもいいくらい幸せだった。これからはこんな幸せな日々が続いていくのだと信じていた。けれど野火丸さんはその日を境に姿を消した。私の目の前から、そして記憶の中からも。
「僕のことなんか忘れて欲しかったんですけどね」
「忘れられるわけないじゃないですか」
「ふふ、貴女の頑固さをもっと考慮すべきでした。まさか夢の中まで追ってくるとは」
私は野火丸さんに記憶を消されてから、無意識に夢の中で彼を追っていたらしい。彼が今、現実世界のどこで何をしているかはわからないけれど、この手を離すわけにはいかなかった。
「もう置いていこうなんて思わないでください。野火丸さんがどこに行こうと、私はあなたを見つけてみせます」
逃すもんか、と野火丸さんにしがみつく。しかし彼は静かに首を横に振った。
「ダメですよ。貴女に地獄は似合わないですから。これは悪い夢です。だから、どうか忘れてください」
嫌だ。忘れたくない。忘れてやるもんか。
ぐずる子どものように首を振ると、野火丸さんは「困った人ですね」と笑った。こつりと額を合わせて、宥めるような優しい声が降ってくる。
「いい子だから、そのままゆっくり目を閉じて。次に目が覚めたら、もう悪夢を見ることはありません」
野火丸さんがそっと私を抱き寄せた。あんなに綺麗だった夢の世界は、私たちの周りを残してほとんどが闇の中だ。
だんだんと意識が途切れてくる。夢の中なのにひどく瞼が重い。
「野火丸さん、」
私の呼びかけに野火丸さんが微笑む。
「さよなら、よい夢を」
***
夢を見ていた。
すぐ隣に大好きなひとがいて、私に笑いかけてくれる夢。とても幸せな夢を見ていた気がするのに、もう顔も思い出せない彼は言うのだ。「これは悪い夢だ」と。
そんな風に言わないでほしい。私はあなたといるだけで幸せだったのに。
でも彼は最後まで苦しそうに、寂しそうに笑っていた。彼にあんな顔をさせてしまうのだから、あの夢はやっぱり悪い夢だったのだろう。私の涙が止まらないのも、胸が張り裂けそうなくらい苦しいのも、きっと全部悪い夢のせいだ。