野火丸
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「野火丸さんの鬼! 悪魔!」
「おやおや? 狐ですけど、見てわからないんですかー?」
わかる! わかるけども! 私が言いたいのはそういうことじゃない。でも上手い返しが思いつかなくて、「ばーか、ばーか!」としか言えなくなる。こんなのまるで子どものけんかだ。けど、そうとわかっていてもやめるわけにはいかなかった。だって私は悪くない。悪いのは全部野火丸さんだ。
そして怒りの矛先にいる野火丸さんはというと、勢いのままに悪態をつく私を涼しい顔で眺めていた。顔にはうっすらと笑みが浮かんでいて、それが余計に私を腹立たせる。ひとこと謝ってくれれば許そうと思っていたのに、そんな優しさはもう私の中に微塵も残っていない。
「ぶっさいくな顔ですねー」
「なっ⁈」
形の良い唇から紡がれたのは仕返しとも取れるもの。そのまま向かいから伸びてきた手にむぎゅっと鼻をつままれ、思わず潰れたカエルみたいな声が出る。
「もー、たかが苺一粒でいつまで怒ってるつもりです? カルシウム足りてないんじゃないですかー。僕はただ、親切心で貴女が残した苺を食べてあげただけなのに」
「あれは残したんじゃなくて、最後に食べようと思って取って置いたんです!」
なんとか野火丸さんの手を引き剥がし反論する。
野火丸さんの言う通り、けんかの発端はショートケーキの上に鎮座する苺一粒。私がお皿の端に避けておいたそれを、彼が勝手に食べてしまったことに始まった。
世の中には野火丸さんと同じようにたかがそれだけで? と思う人は多いだろう。しかし好きなものは最後に食べる派の私にとってあの苺一粒は「たかが」ではなく「至高」の一粒だった。行儀が悪いとわかっていながらも子どもの頃からやめられなくて、大人になってからはさすがに外では控えているけれど、家では変わらずお皿の端に避けておいて、最後に食べるのを毎回楽しみにしていた。
それをこの化狐は! 私が紅茶のおかわりを淹れている間にぱくり、と。
目の前で赤い宝石みたいな苺が野火丸さんの口の中に吸い込まれる瞬間を思い出すだけでふつふつと怒りが湧き上がってくる。彼の行いが本当に善意からであれば、次からは気をつけてと言うだけで私もまだ我慢できただろう。
でも違う。野火丸さんのあれはわざとだ。だってちゃんと前に話したのだ。「私、好きなものは最後に食べる派なんです」って。野火丸さんも「奇遇ですね。僕もです」って笑ってくれたのに。
「野火丸さんなんて嫌いです」
言葉と一緒にぽろりと目から涙がこぼれ落ちる。ああ、そっか。私は怒ってたんじゃなくて悲しかったのか。
取っておいた好物を食べられたのは確かにショックだった。けれどそれ以上に、私が好きなものは最後に食べるということを、あの日の会話を、野火丸さんが忘れていたことが悲しかった。
野火丸さんも私と一緒なんだって、そんなささいなことが嬉しくて、大事に記憶に留めていたのが馬鹿みたい。野火丸さんにとっては、取るに足らないどうでもいいことだったのに。
冷静になればなるほど、悲しみが胸を占めた。ずずっと鼻を啜って、涙の跡を服の袖で乱雑に拭う。
「そんな風に拭いたら腫れちゃいますよ」
「ほっといてください」
野火丸さんは私が泣いているというのに相変わらずだった。テーブルに肘をついて、こちらを笑顔で観察している。
「僕、好きなものは最後に食べる派なんですよねー」
「……知ってますけど」
「貴女もそうでしたよね。だから待ってあげたかったんですけど、ちんたらといつまで経っても食べ終わらないから、意地悪しちゃいました」
「は?」
憶えていたのに、あんなことを? 野火丸さんの言葉の意図がわからずぽかんとしていると、彼の綺麗な笑顔が僅かに歪んだ。
「あー、貴女って本っ当に鈍い人ですねぇ」
困惑する私の視界が急に高くなった。席を立った野火丸さんが私を抱き上げたのだ。安定を求めるように近くにあった野火丸さんの頭にしがみつくと、「ふふ」と満足そうな声がお腹のほうから聞こえてきた。甘えるように頭を擦り付けられて、彼が何をしたいのかやっと理解する。回りくどいし、わかりづらい。ため息を零しながらさらりとした金髪に指を通すと、すでに溶けている蜂蜜色の瞳が私を見つめた。
「泣き止んでくれました?」
「一応。でも許してません」
「頑固だなー。今度お詫びにショートケーキ買ってきますよ。今日のとは比べ物にならないくらい高いのを」
「一個じゃ嫌です」
「好きなだけどうぞ。でも、なるべく早く食べてくださいね。じゃないとまた我慢できなくなるので」
野火丸さんは会話を続けながらも性急に、ある部屋へと向かっていた。いつだったか安いベッドですねと彼が笑った、けれど買い替える様子もない寝具のある部屋。私の寝室。
そして目的の部屋に入るなり私をベッドに転がした野火丸さんは、我慢ならないとばかりに口を塞いできた。息をする間も与えないような口づけは苦しいはずなのに甘いケーキの味がして、ついもっとと求めてしまう。
「野火丸さんって、待てができないタイプだったんですね」
ぷつりと銀糸が途切れたところでそう伝えると、暗闇に妖しく光る金色が微かに細められる。
「仕事とか他のことならいくらでも待てますよ。貴女だけです。だから」
大人しく僕に食べられてくださいと耳元で囁く彼は、確かに苺を食べる前の私と同じ目をしていた。
「おやおや? 狐ですけど、見てわからないんですかー?」
わかる! わかるけども! 私が言いたいのはそういうことじゃない。でも上手い返しが思いつかなくて、「ばーか、ばーか!」としか言えなくなる。こんなのまるで子どものけんかだ。けど、そうとわかっていてもやめるわけにはいかなかった。だって私は悪くない。悪いのは全部野火丸さんだ。
そして怒りの矛先にいる野火丸さんはというと、勢いのままに悪態をつく私を涼しい顔で眺めていた。顔にはうっすらと笑みが浮かんでいて、それが余計に私を腹立たせる。ひとこと謝ってくれれば許そうと思っていたのに、そんな優しさはもう私の中に微塵も残っていない。
「ぶっさいくな顔ですねー」
「なっ⁈」
形の良い唇から紡がれたのは仕返しとも取れるもの。そのまま向かいから伸びてきた手にむぎゅっと鼻をつままれ、思わず潰れたカエルみたいな声が出る。
「もー、たかが苺一粒でいつまで怒ってるつもりです? カルシウム足りてないんじゃないですかー。僕はただ、親切心で貴女が残した苺を食べてあげただけなのに」
「あれは残したんじゃなくて、最後に食べようと思って取って置いたんです!」
なんとか野火丸さんの手を引き剥がし反論する。
野火丸さんの言う通り、けんかの発端はショートケーキの上に鎮座する苺一粒。私がお皿の端に避けておいたそれを、彼が勝手に食べてしまったことに始まった。
世の中には野火丸さんと同じようにたかがそれだけで? と思う人は多いだろう。しかし好きなものは最後に食べる派の私にとってあの苺一粒は「たかが」ではなく「至高」の一粒だった。行儀が悪いとわかっていながらも子どもの頃からやめられなくて、大人になってからはさすがに外では控えているけれど、家では変わらずお皿の端に避けておいて、最後に食べるのを毎回楽しみにしていた。
それをこの化狐は! 私が紅茶のおかわりを淹れている間にぱくり、と。
目の前で赤い宝石みたいな苺が野火丸さんの口の中に吸い込まれる瞬間を思い出すだけでふつふつと怒りが湧き上がってくる。彼の行いが本当に善意からであれば、次からは気をつけてと言うだけで私もまだ我慢できただろう。
でも違う。野火丸さんのあれはわざとだ。だってちゃんと前に話したのだ。「私、好きなものは最後に食べる派なんです」って。野火丸さんも「奇遇ですね。僕もです」って笑ってくれたのに。
「野火丸さんなんて嫌いです」
言葉と一緒にぽろりと目から涙がこぼれ落ちる。ああ、そっか。私は怒ってたんじゃなくて悲しかったのか。
取っておいた好物を食べられたのは確かにショックだった。けれどそれ以上に、私が好きなものは最後に食べるということを、あの日の会話を、野火丸さんが忘れていたことが悲しかった。
野火丸さんも私と一緒なんだって、そんなささいなことが嬉しくて、大事に記憶に留めていたのが馬鹿みたい。野火丸さんにとっては、取るに足らないどうでもいいことだったのに。
冷静になればなるほど、悲しみが胸を占めた。ずずっと鼻を啜って、涙の跡を服の袖で乱雑に拭う。
「そんな風に拭いたら腫れちゃいますよ」
「ほっといてください」
野火丸さんは私が泣いているというのに相変わらずだった。テーブルに肘をついて、こちらを笑顔で観察している。
「僕、好きなものは最後に食べる派なんですよねー」
「……知ってますけど」
「貴女もそうでしたよね。だから待ってあげたかったんですけど、ちんたらといつまで経っても食べ終わらないから、意地悪しちゃいました」
「は?」
憶えていたのに、あんなことを? 野火丸さんの言葉の意図がわからずぽかんとしていると、彼の綺麗な笑顔が僅かに歪んだ。
「あー、貴女って本っ当に鈍い人ですねぇ」
困惑する私の視界が急に高くなった。席を立った野火丸さんが私を抱き上げたのだ。安定を求めるように近くにあった野火丸さんの頭にしがみつくと、「ふふ」と満足そうな声がお腹のほうから聞こえてきた。甘えるように頭を擦り付けられて、彼が何をしたいのかやっと理解する。回りくどいし、わかりづらい。ため息を零しながらさらりとした金髪に指を通すと、すでに溶けている蜂蜜色の瞳が私を見つめた。
「泣き止んでくれました?」
「一応。でも許してません」
「頑固だなー。今度お詫びにショートケーキ買ってきますよ。今日のとは比べ物にならないくらい高いのを」
「一個じゃ嫌です」
「好きなだけどうぞ。でも、なるべく早く食べてくださいね。じゃないとまた我慢できなくなるので」
野火丸さんは会話を続けながらも性急に、ある部屋へと向かっていた。いつだったか安いベッドですねと彼が笑った、けれど買い替える様子もない寝具のある部屋。私の寝室。
そして目的の部屋に入るなり私をベッドに転がした野火丸さんは、我慢ならないとばかりに口を塞いできた。息をする間も与えないような口づけは苦しいはずなのに甘いケーキの味がして、ついもっとと求めてしまう。
「野火丸さんって、待てができないタイプだったんですね」
ぷつりと銀糸が途切れたところでそう伝えると、暗闇に妖しく光る金色が微かに細められる。
「仕事とか他のことならいくらでも待てますよ。貴女だけです。だから」
大人しく僕に食べられてくださいと耳元で囁く彼は、確かに苺を食べる前の私と同じ目をしていた。