棘くんといっしょ
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資料で見る限り、そんなに強い呪霊ではなかった。
小さくて数が多くて、連携されると厄介。呪霊同士が合体して大きくなるが、動くスピードは遅くなる。
書かれていたのはその程度で、私と棘くんで十分こなせる任務のはずだった。
ーーだったのに。
『逃げろ!』
棘くんが叫ぶ。
その声を聞いた途端に身体の自由が利かなくなった。私の意に反して身体は翻り、呪霊に背を向けて走り出す。
なんで? あとちょっとだったのに。
その疑問は棘くんの顔を見て一瞬で掻き消えた。あんなに焦った表情の彼は見たことがない。
身体は全力で棘くんのほうへ。その最中、顔だけを後ろに向けると、追い詰めた呪霊がゆらりと大きな頭を傾けていた。恐らくあれが最後の一体。他の呪霊を吸収しすぎたのかろくに動けず、風船のようにゆらゆらと頭を揺らしてその場に佇んでいる。動かない大きな的。戯れ言のように「あそんでェあそんでよォ」と嗤って、こっちに手を伸ばしていた。
私の術式ならここからでも払えるかもしれない。けれどそれも棘くんが「おかか」と短く止めた。私の腕を掴んで、部屋の外に続く扉へと引っ張っていく。
「ねーえー」
「あそんでってばァ!」
ちょうど扉を出た時のことだった。呪霊の呪力が一気に膨れ上がり、破裂した。自爆、だったのだと思う。轟音と爆風に私と棘くんは廃墟から弾き出され、そのまま意識を失った。
***
私たちはあの後すぐに高専の家入先生の元へと運ばれたらしい。先に意識を取り戻したのは私で、棘くんは未だ目を覚まさない。
「大丈夫。命に別状はないよ。彼はちょっと打ち所が悪かっただけだ」
そう言って私の肩を叩き、家入先生は医務室を出て行った。
きっと気を遣わせてしまったのだろう。医務室の壁に掛けられた鏡に映る私は「酷い顔」と自嘲するくらいにはやつれていた。
ベッドに横たわる棘くんの手を握る。そのあたたかさに安堵すると同時に自分の手が冷え切っていたことを知った。
呪霊が自爆する瞬間、棘くんは咄嗟に私を庇うように抱きしめた。そのお陰で私は奇跡的に軽傷だったのだという。けど、棘くんは違う。頭や、身体中に怪我をして、血だらけだった。
治療を受ける彼の姿を見て、心臓が止まるかと思った。取り乱して、治療前の自分の身体が悲鳴を上げるのも無視して、何度も彼の名前を叫んだ。
呪術師は常に死と隣り合わせ。そんなの、わかりきってたはずなのに。
大切な人の死を意識した瞬間、どうしようもなく怖くなった。君がいなくなったら、私はどうしたらいいんだろう。
「……いくら?」
掠れた声とともに、きゅ、と私の手が握り返された。
「っ、棘くん、よかった……!」
「こんぶ?」
目を覚ました棘くんはゆっくりと瞬きをして「怪我はない?」と微笑んだ。自分のほうが酷い傷を負ったのに、なんで私のことなんか気にするの。
「大丈夫。ごめんね、棘くん。私のせいでこんな……」
「おかか」
「違わないよ。私がもっとちゃんとしてれば。棘くんも私なんか庇わなくてよかったのに」
「おかか」
私が何を言っても棘くんは首を横に振るだけだった。ぐっ、と痛むであろう身体を起こして、私と向き合う。薄紫の瞳がじっと私を見つめていた。
「私がいけないの。私のせいで棘くんも怪我をして。どうせなら私が……」
私が怪我をすればよかったのに。
そうだ、そのほうが君が怪我をするよりずっといい。
けれど吐き出したかった呪いの言葉は棘くんに飲み込まれてしまった。
「高菜」
諌めるような声だった。弱い自分を呪いたいのに棘くんはそれを許してくれなくて、何度も何度も唇を塞がれる。
そして出せなくなった呪いの代わりとばかりにぽろりと涙が溢れてきて、止まらない。棘くんはそれを全部受け止めるとでもいうように、私をやさしく抱きしめてくれた。
「ごめん、棘くん。ごめんね」
腕の中で泣きじゃくる私の背中をぽんぽんと撫でながら、「しゃけしゃけ」と棘くんが囁いた。
それだけでさっきまでの暗い気持ちが嘘みたいに晴れていく。
でもいつまでも彼の優しさに甘えてはいられない。
もっと、強くならなきゃ。こんな想い、二度としなくていいように。
小さくて数が多くて、連携されると厄介。呪霊同士が合体して大きくなるが、動くスピードは遅くなる。
書かれていたのはその程度で、私と棘くんで十分こなせる任務のはずだった。
ーーだったのに。
『逃げろ!』
棘くんが叫ぶ。
その声を聞いた途端に身体の自由が利かなくなった。私の意に反して身体は翻り、呪霊に背を向けて走り出す。
なんで? あとちょっとだったのに。
その疑問は棘くんの顔を見て一瞬で掻き消えた。あんなに焦った表情の彼は見たことがない。
身体は全力で棘くんのほうへ。その最中、顔だけを後ろに向けると、追い詰めた呪霊がゆらりと大きな頭を傾けていた。恐らくあれが最後の一体。他の呪霊を吸収しすぎたのかろくに動けず、風船のようにゆらゆらと頭を揺らしてその場に佇んでいる。動かない大きな的。戯れ言のように「あそんでェあそんでよォ」と嗤って、こっちに手を伸ばしていた。
私の術式ならここからでも払えるかもしれない。けれどそれも棘くんが「おかか」と短く止めた。私の腕を掴んで、部屋の外に続く扉へと引っ張っていく。
「ねーえー」
「あそんでってばァ!」
ちょうど扉を出た時のことだった。呪霊の呪力が一気に膨れ上がり、破裂した。自爆、だったのだと思う。轟音と爆風に私と棘くんは廃墟から弾き出され、そのまま意識を失った。
***
私たちはあの後すぐに高専の家入先生の元へと運ばれたらしい。先に意識を取り戻したのは私で、棘くんは未だ目を覚まさない。
「大丈夫。命に別状はないよ。彼はちょっと打ち所が悪かっただけだ」
そう言って私の肩を叩き、家入先生は医務室を出て行った。
きっと気を遣わせてしまったのだろう。医務室の壁に掛けられた鏡に映る私は「酷い顔」と自嘲するくらいにはやつれていた。
ベッドに横たわる棘くんの手を握る。そのあたたかさに安堵すると同時に自分の手が冷え切っていたことを知った。
呪霊が自爆する瞬間、棘くんは咄嗟に私を庇うように抱きしめた。そのお陰で私は奇跡的に軽傷だったのだという。けど、棘くんは違う。頭や、身体中に怪我をして、血だらけだった。
治療を受ける彼の姿を見て、心臓が止まるかと思った。取り乱して、治療前の自分の身体が悲鳴を上げるのも無視して、何度も彼の名前を叫んだ。
呪術師は常に死と隣り合わせ。そんなの、わかりきってたはずなのに。
大切な人の死を意識した瞬間、どうしようもなく怖くなった。君がいなくなったら、私はどうしたらいいんだろう。
「……いくら?」
掠れた声とともに、きゅ、と私の手が握り返された。
「っ、棘くん、よかった……!」
「こんぶ?」
目を覚ました棘くんはゆっくりと瞬きをして「怪我はない?」と微笑んだ。自分のほうが酷い傷を負ったのに、なんで私のことなんか気にするの。
「大丈夫。ごめんね、棘くん。私のせいでこんな……」
「おかか」
「違わないよ。私がもっとちゃんとしてれば。棘くんも私なんか庇わなくてよかったのに」
「おかか」
私が何を言っても棘くんは首を横に振るだけだった。ぐっ、と痛むであろう身体を起こして、私と向き合う。薄紫の瞳がじっと私を見つめていた。
「私がいけないの。私のせいで棘くんも怪我をして。どうせなら私が……」
私が怪我をすればよかったのに。
そうだ、そのほうが君が怪我をするよりずっといい。
けれど吐き出したかった呪いの言葉は棘くんに飲み込まれてしまった。
「高菜」
諌めるような声だった。弱い自分を呪いたいのに棘くんはそれを許してくれなくて、何度も何度も唇を塞がれる。
そして出せなくなった呪いの代わりとばかりにぽろりと涙が溢れてきて、止まらない。棘くんはそれを全部受け止めるとでもいうように、私をやさしく抱きしめてくれた。
「ごめん、棘くん。ごめんね」
腕の中で泣きじゃくる私の背中をぽんぽんと撫でながら、「しゃけしゃけ」と棘くんが囁いた。
それだけでさっきまでの暗い気持ちが嘘みたいに晴れていく。
でもいつまでも彼の優しさに甘えてはいられない。
もっと、強くならなきゃ。こんな想い、二度としなくていいように。