炎炎その他
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世界が炎に、絶望に、飲み込まれようとしていた。
けれど私は看護師だ。逃げても無意味だと心のどこかで思いながらも、患者を屋外へと避難させる。病院はもう安全な場所ではない。患者が次々と焔ビト化し、建物内は煙が充満しているのだ。このまま中にいては焔ビト化していない患者も命を落としてしまう。
「キャアアア」
突然、隣にいた同僚が叫んだ。同時にがしゃんと音がして、彼女が押していた車椅子が患者ごと地面に倒れ込む。
「大丈夫ですか⁈」
「あ、ああ……」
慌てて抱き起こし、患者に怪我がないかを確認する。次いで同僚を注意しようとして、私は息を呑んだ。
同僚が燃えていた。赤々と、黒々しく。
「……ンデ、なんデわたしガ、こんな目に……」
彼女は苦しいのかしばらくのたうちまわり、何を思ったのか再び病院へと駆けて行った。バリンとガラスを突き破るような音がして、院内が赤く燃えているのが見える。こちらに向かって来なかったことにホッとしていると、今度は抱き起こした患者がガクガクと震え始めた。
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! 俺は死にたくない!」
顔は恐怖で真っ青なのに、パジャマ越しでもわかるほど患者の体温がぐんぐんと上がっていく。そしてすぐに足先から赤い炎が上がり、私は咄嗟に手を離した。
「タスケテ……オ願い……」
完全に炎に飲み込まれた患者がずりずりと這いずりながら私に手を伸ばしてくる。
苦しい、痛いと訴え、すっかり焼け落ちた両目からはボロボロと涙が溢れ出る。けれど、それらは流れ落ちるより先に蒸発していった。
「タスケ……」
悲痛な声だった。
私は何のために医療の道を目指したのだったか。人々を救うためではなかったか。この手を取ったところで患者を救えるわけではない。それでも私は燃え盛る炎に手を伸ばし、
「危ない!」
アサコ中隊長に無理やり引き剥がされた。
「離して! 邪魔しないでください!」
自分の口から出た言葉にハッとする。
邪魔しないで。何の? 患者を救うことの? 違う、私は楽になりたかっただけだ。患者を助けるふりをして、この絶望から逃げたかっただけ。
「あなたが死んだら誰が患者を救うんですか」
アサコ中隊長が私の頬を両手で包み込んで言った。ふわふわとした印象の彼女だが、その目はこの絶望の中でもまだ光を失っていない。どうしてそんなに強くいられるのだろう。希望なんて手放したほうが楽なのに。
「だってどうせみんな死ぬじゃないですか!」
「それでもまだ生きている人はいます。まだ世界は終わっていません。私たち第六の使命は人々の命を救うこと。そうでしょう?」
アサコ中隊長が遠くを見つめた。そこに立つのは黄大隊長だった。患者を治療し、焔ビトを鎮魂する彼女の後ろ姿に、ぐっと胸が熱くなる。
そうだ。私はあの人に憧れてこの道を選んだのだ。きっとアサコ中隊長も同じなのだろう。大隊長の背中を見つめる彼女の横顔はどこか誇らしげだ。
「すみません、中隊長。目が覚めました」
「いいえ、よかったです。いきましょう」
私はアサコ中隊長が差し出してくれた手を取って立ち上がった。辺りを見渡すとあちらこちらで火の手が上がっていた。人々は逃げ惑い、叫び声も聞こえてくる。まるで地獄だ。けれど、まだ世界は終わっていない。私のやるべきことは残っている。
「黄大隊長!」
私は遠くに立つその人に、アサコ中隊長とともに駆け寄った。残る人々を救うために何をすべきか指示を仰ぐためだ。しかし、
「大、隊長……?」
彼女の右手が燃えていた。ここからでもわかる鮮やかな炎は、彼女の能力「アスクレピオスの杖」のものではない。今まで見たどの炎よりも明るく眩い炎は、あっという間に私の希望の光を飲み込んだ。
「大隊長!」
「あの炎に触れては駄目だ!」
今にも飛び込みそうなアサコ中隊長を止めたのは、第五の火華大隊長だった。私は動くことも声を上げることもできず、その場に崩れ落ちた。
「あ……いや、ああ……」
目の前で憧れが、希望の光が焼かれていく。呼吸は次第に浅くなり、苦しさに思わず胸を押さえた。ああ、これは。酸素が吸った側から燃えているのか。発火した両手を眺めながら、そんなことを考える。
「◼️◼️さん!」
アサコ中隊長が私の名前を叫んだ。あれ、そもそも私に名前なんてあったっけ? それさえももうわからない。私は何者か、なんてどうでもいい。多分、何者でもなかった。
悲しくて、苦しくて、熱くて、痛くて。早く燃え尽きて全部終わってほしい。そう思いながら、私は目の前の眩い炎から目が離せなかった。
炎から途切れ途切れに聞こえてくる声に耳を澄ます。
ーーああ、貴女は最後まで人の命を救ったんですね。
燃え尽きていく、私の希望の光。
身を焼かれる苦しみの中で見たその光は憧れた時以上に美しく、もし名もなき私に役割があるというのなら、それはまさにこの瞬間。彼女の、火代子黄の最期を見届けることこそが、そうに違いなかった。
けれど私は看護師だ。逃げても無意味だと心のどこかで思いながらも、患者を屋外へと避難させる。病院はもう安全な場所ではない。患者が次々と焔ビト化し、建物内は煙が充満しているのだ。このまま中にいては焔ビト化していない患者も命を落としてしまう。
「キャアアア」
突然、隣にいた同僚が叫んだ。同時にがしゃんと音がして、彼女が押していた車椅子が患者ごと地面に倒れ込む。
「大丈夫ですか⁈」
「あ、ああ……」
慌てて抱き起こし、患者に怪我がないかを確認する。次いで同僚を注意しようとして、私は息を呑んだ。
同僚が燃えていた。赤々と、黒々しく。
「……ンデ、なんデわたしガ、こんな目に……」
彼女は苦しいのかしばらくのたうちまわり、何を思ったのか再び病院へと駆けて行った。バリンとガラスを突き破るような音がして、院内が赤く燃えているのが見える。こちらに向かって来なかったことにホッとしていると、今度は抱き起こした患者がガクガクと震え始めた。
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! 俺は死にたくない!」
顔は恐怖で真っ青なのに、パジャマ越しでもわかるほど患者の体温がぐんぐんと上がっていく。そしてすぐに足先から赤い炎が上がり、私は咄嗟に手を離した。
「タスケテ……オ願い……」
完全に炎に飲み込まれた患者がずりずりと這いずりながら私に手を伸ばしてくる。
苦しい、痛いと訴え、すっかり焼け落ちた両目からはボロボロと涙が溢れ出る。けれど、それらは流れ落ちるより先に蒸発していった。
「タスケ……」
悲痛な声だった。
私は何のために医療の道を目指したのだったか。人々を救うためではなかったか。この手を取ったところで患者を救えるわけではない。それでも私は燃え盛る炎に手を伸ばし、
「危ない!」
アサコ中隊長に無理やり引き剥がされた。
「離して! 邪魔しないでください!」
自分の口から出た言葉にハッとする。
邪魔しないで。何の? 患者を救うことの? 違う、私は楽になりたかっただけだ。患者を助けるふりをして、この絶望から逃げたかっただけ。
「あなたが死んだら誰が患者を救うんですか」
アサコ中隊長が私の頬を両手で包み込んで言った。ふわふわとした印象の彼女だが、その目はこの絶望の中でもまだ光を失っていない。どうしてそんなに強くいられるのだろう。希望なんて手放したほうが楽なのに。
「だってどうせみんな死ぬじゃないですか!」
「それでもまだ生きている人はいます。まだ世界は終わっていません。私たち第六の使命は人々の命を救うこと。そうでしょう?」
アサコ中隊長が遠くを見つめた。そこに立つのは黄大隊長だった。患者を治療し、焔ビトを鎮魂する彼女の後ろ姿に、ぐっと胸が熱くなる。
そうだ。私はあの人に憧れてこの道を選んだのだ。きっとアサコ中隊長も同じなのだろう。大隊長の背中を見つめる彼女の横顔はどこか誇らしげだ。
「すみません、中隊長。目が覚めました」
「いいえ、よかったです。いきましょう」
私はアサコ中隊長が差し出してくれた手を取って立ち上がった。辺りを見渡すとあちらこちらで火の手が上がっていた。人々は逃げ惑い、叫び声も聞こえてくる。まるで地獄だ。けれど、まだ世界は終わっていない。私のやるべきことは残っている。
「黄大隊長!」
私は遠くに立つその人に、アサコ中隊長とともに駆け寄った。残る人々を救うために何をすべきか指示を仰ぐためだ。しかし、
「大、隊長……?」
彼女の右手が燃えていた。ここからでもわかる鮮やかな炎は、彼女の能力「アスクレピオスの杖」のものではない。今まで見たどの炎よりも明るく眩い炎は、あっという間に私の希望の光を飲み込んだ。
「大隊長!」
「あの炎に触れては駄目だ!」
今にも飛び込みそうなアサコ中隊長を止めたのは、第五の火華大隊長だった。私は動くことも声を上げることもできず、その場に崩れ落ちた。
「あ……いや、ああ……」
目の前で憧れが、希望の光が焼かれていく。呼吸は次第に浅くなり、苦しさに思わず胸を押さえた。ああ、これは。酸素が吸った側から燃えているのか。発火した両手を眺めながら、そんなことを考える。
「◼️◼️さん!」
アサコ中隊長が私の名前を叫んだ。あれ、そもそも私に名前なんてあったっけ? それさえももうわからない。私は何者か、なんてどうでもいい。多分、何者でもなかった。
悲しくて、苦しくて、熱くて、痛くて。早く燃え尽きて全部終わってほしい。そう思いながら、私は目の前の眩い炎から目が離せなかった。
炎から途切れ途切れに聞こえてくる声に耳を澄ます。
ーーああ、貴女は最後まで人の命を救ったんですね。
燃え尽きていく、私の希望の光。
身を焼かれる苦しみの中で見たその光は憧れた時以上に美しく、もし名もなき私に役割があるというのなら、それはまさにこの瞬間。彼女の、火代子黄の最期を見届けることこそが、そうに違いなかった。
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