灰島重工
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「いってらっしゃい、あなた」
愛する妻が柔らかな笑みとともにそう告げる。「ああ、いってくる」俺は彼女が差し出してきた鞄を受け取り、その唇にキスを落とした。仲睦まじい夫婦の、いってきますのキス。結婚して一年経つが、欠かしたことは一度もない。少し長めの触れるだけのキスをして離れ、もう一度と彼女の唇を追いかけると、「もう、遅刻しますよ」と恥ずかしそうに頬を染めた彼女に手のひらで制止されてしまった。仕方がない、諦めて仕事に行くとしよう。
自分が周りからどう思われているかは理解しているつもりだ。特に黒野なんかは隠す気がないのだろう、あからさまに顔に出る。そしてそんな俺が結婚したと周囲に言えば、大なり小なり冗談だろうという表情が返ってくるのが常だった。しかし、その反応を失礼だとは思わない。何故なら一年前の俺が聞いても、彼らと全く同じ反応をするだろうから。それくらい俺は結婚に興味がなかった。なにせメリットがない。一時の欲を発散させるだけなら、目的を同じくする相手で充分だ。そしてそういう相手には幸い困ったことがない。おいおい、必要とあらばどこぞの令嬢と形だけの家庭を築いたかもしれないが、蝶よ花よと育てた可愛い娘を巷で性格に難ありと噂される俺に嫁がせようとする親はいないだろう。
結婚するとすれば、出世が大きく絡んだ時。自分でもそう信じて疑わなかったのだが、運命の出会いとは突然やってくるもので。一年前、とある取引先主催のパーティーで、俺は今の妻と出会い、一目惚れをした。あの日彼女を見た瞬間のことは今でも忘れられない。ピシャリと全身を雷で打たれような衝撃が走り、急速に熱を持ち早鐘を打つ心臓。それこそついに焔ビトになったのかと錯覚するほどで、俺は死を覚悟した。が、当然そんなことはなく、俺は生まれて初めて恋愛ごっこではない本物の恋をしたのだと自覚した。ああ、こんな気持ちは初めてだ。俺は彼女が欲しくて欲しくて堪らなくて、自分でも引くほどアピールをし、そしてついに彼女の心を射止めることに成功した。晴れて夫婦となったのは昨年のこと。俺たちは誰もが羨む、おしどり夫婦となった。
「その話、まだ続くんですか」
はぁ、とため息をつき、呆れたように呟いたのは部下の黒野だった。「ああ。まだまだ続くぞ」そう言えば、黒野の顔がさらに険しくなる。上司の話は上辺だけでも愛想よく聞くものだぞ、黒野。たとえ毎日のように同じ話を聞かされてもだ。次回の部下の査定をどうするか考えながら愛する妻とのなれそめを語っていると、不意にノックの音が聞こえた。「失礼します」と入ってきたのは秘書だった。それから「奥様がお見えです」と。
「な、すぐ通してくれ!」
勢いよく立ち上がりすぎて、キャスター付きの椅子が倒れそうになる。けれどそんなことに構っている余裕はなかった。妻が、会社に。こんなことは初めてだ。何かあったのかと慌てて扉を開けると「きゃっ」と短く可愛らしい悲鳴が聞こえた。妻のものだ。
「あ、あなた……」
「どうしたんだ急に。こんなこと今まで一度も」
「ごめんなさい。お弁当を忘れてたみたいだから届けに来ちゃった」
彼女が手にしていたのは結婚してから毎日欠かさず作ってくれている愛妻弁当だった。忘れて行った俺が悪いのに、わざわざ届けに来てくれたのか。俺の妻はなんて愛らしくいじらしいのだろう。秘書と黒野の目があったが構わず抱き締めると、腕の中の彼女が慌てて「ちょ、ちょっと……!」待ったをかけてきた。もちろん離す気はないが、そんなところも可愛らしい。
「わざわざありがとう。家まで送っていこう」
「そんないいわよ。お仕事中でしょう?」
「少しくらい構わないさ。さぁ、行こうか」
仕事は黒野に任せれば問題ないだろう。しかし妻の肩を抱いてその場を去ろうとすると同時にデスクの上の電話機がけたたましく鳴った。なんてタイミングの悪い。俺は舌打ちしたい気持ちをぐっと堪えて、デスクへと向かった。最悪なことに、社長からの内線だった。これはきっと長くなる。そう直感した俺は、黒野に妻を無事家まで送り届けるよう指示を出す。当然黒野は心底嫌そうな顔をしたが、上司命令だと言えばぶつくさ言いながらも従った。
「いいか、絶対手は出すなよ」
「出しませんよ」
その言葉も信じられたものじゃない。俺の妻は美しく聡明で、可愛らしいところもあり、優しく気遣いもできる最高の女なのだ。結婚した今だって、彼女を狙う男は多い。黒野が上司の妻に手を出すような馬鹿とは思えないが、万が一ということもある。
その後俺は帰ってきた黒野を問い詰め、残っていた仕事を全て任せて直帰した。
「あら、おかえりなさい。早かっ……ん、」
いつものように笑顔で出迎えてくれた妻の唇を無理やり塞ぐ。身を捩る彼女の腰に腕を回して抱き寄せ、酸素を求めて開いた口に舌を捩じ込んだ。互いの息が上がる。彼女の着ているニットにするりと手を滑らせ肌を撫ぜると、「するの?」と甘く蕩けた声が耳をくすぐった。
「だめか?」
「いいえ、ただ……」
「わかってる。別料金、だろう?」
うっそりと目を細めた彼女が、小さく頷く。それを皮切りに俺は彼女を冷たくかたい床に押し倒した。きっと白磁のような肌には痛々しい跡が残ってしまうことだろう。それでも彼女は嫌がらない。金さえ払えば、何だって受け入れる。俺の最愛の妻は、そういう女だ。
「黒野とは何もなかったか?」
「ええ、何も。ただ……」
「ただ?」
寝室のベッドに二人で沈み込みながら交わす会話は、夫婦のものには違いないのにどこか淡々としていた。身体中に嫉妬と執着の跡を刻まれたにも関わらず平然としている妻は、会社に来た時とは別人のように蠱惑的な笑みを浮かべている。
「あの人、自分の欲に正直なのね。したいことが顔に書いてあった。だから、お金さえくれれば好きにしていいですよって伝えておいたわ」
怪我は困るから、金額は高額にしておいたけど。
そう悪びれもなく告げる彼女は、本当に自分の行いを悪いと思っていないのだ。何がどうしてそうなってしまったのか俺には知る由もないが、俺と出会った時にはすでに、彼女は金だけを愛していた。金さえあれば何だって手に入る、金だけが信じられる。初めからそういう価値観の持ち主だったし、それを否定するつもりはない。何よりそういう彼女だったからこそ、俺は彼女を手に入れられた。
プロポーズした時だって「じゃあ、あなたが私の時間を買ってください」と、そう返された。まさに金の切れ目が縁の切れ目というやつだ。実にわかりやすくていい。金さえ積めば彼女も、理想の夫婦生活も、夜の営みも、全てが俺の思うがままということなのだから。
彼女の身体の輪郭をなぞるように、手のひらを滑らせると「あら」と彼女が声を上げた。
「もう一回?」
「ああ、追加料金だ」
「今日はいつもより多いのね」
「嫌か?」
俺の言葉に彼女がふふっと嬉しそうに笑った。
「まさか。喜んで」
金しか愛さない女と、偽りの愛を金で買う男。他人からしたらこの関係はさぞ歪に映るに違いない。けれど金がある限り俺たちは、これから先も、誰もが羨むおしどり夫婦なのである。
愛する妻が柔らかな笑みとともにそう告げる。「ああ、いってくる」俺は彼女が差し出してきた鞄を受け取り、その唇にキスを落とした。仲睦まじい夫婦の、いってきますのキス。結婚して一年経つが、欠かしたことは一度もない。少し長めの触れるだけのキスをして離れ、もう一度と彼女の唇を追いかけると、「もう、遅刻しますよ」と恥ずかしそうに頬を染めた彼女に手のひらで制止されてしまった。仕方がない、諦めて仕事に行くとしよう。
自分が周りからどう思われているかは理解しているつもりだ。特に黒野なんかは隠す気がないのだろう、あからさまに顔に出る。そしてそんな俺が結婚したと周囲に言えば、大なり小なり冗談だろうという表情が返ってくるのが常だった。しかし、その反応を失礼だとは思わない。何故なら一年前の俺が聞いても、彼らと全く同じ反応をするだろうから。それくらい俺は結婚に興味がなかった。なにせメリットがない。一時の欲を発散させるだけなら、目的を同じくする相手で充分だ。そしてそういう相手には幸い困ったことがない。おいおい、必要とあらばどこぞの令嬢と形だけの家庭を築いたかもしれないが、蝶よ花よと育てた可愛い娘を巷で性格に難ありと噂される俺に嫁がせようとする親はいないだろう。
結婚するとすれば、出世が大きく絡んだ時。自分でもそう信じて疑わなかったのだが、運命の出会いとは突然やってくるもので。一年前、とある取引先主催のパーティーで、俺は今の妻と出会い、一目惚れをした。あの日彼女を見た瞬間のことは今でも忘れられない。ピシャリと全身を雷で打たれような衝撃が走り、急速に熱を持ち早鐘を打つ心臓。それこそついに焔ビトになったのかと錯覚するほどで、俺は死を覚悟した。が、当然そんなことはなく、俺は生まれて初めて恋愛ごっこではない本物の恋をしたのだと自覚した。ああ、こんな気持ちは初めてだ。俺は彼女が欲しくて欲しくて堪らなくて、自分でも引くほどアピールをし、そしてついに彼女の心を射止めることに成功した。晴れて夫婦となったのは昨年のこと。俺たちは誰もが羨む、おしどり夫婦となった。
「その話、まだ続くんですか」
はぁ、とため息をつき、呆れたように呟いたのは部下の黒野だった。「ああ。まだまだ続くぞ」そう言えば、黒野の顔がさらに険しくなる。上司の話は上辺だけでも愛想よく聞くものだぞ、黒野。たとえ毎日のように同じ話を聞かされてもだ。次回の部下の査定をどうするか考えながら愛する妻とのなれそめを語っていると、不意にノックの音が聞こえた。「失礼します」と入ってきたのは秘書だった。それから「奥様がお見えです」と。
「な、すぐ通してくれ!」
勢いよく立ち上がりすぎて、キャスター付きの椅子が倒れそうになる。けれどそんなことに構っている余裕はなかった。妻が、会社に。こんなことは初めてだ。何かあったのかと慌てて扉を開けると「きゃっ」と短く可愛らしい悲鳴が聞こえた。妻のものだ。
「あ、あなた……」
「どうしたんだ急に。こんなこと今まで一度も」
「ごめんなさい。お弁当を忘れてたみたいだから届けに来ちゃった」
彼女が手にしていたのは結婚してから毎日欠かさず作ってくれている愛妻弁当だった。忘れて行った俺が悪いのに、わざわざ届けに来てくれたのか。俺の妻はなんて愛らしくいじらしいのだろう。秘書と黒野の目があったが構わず抱き締めると、腕の中の彼女が慌てて「ちょ、ちょっと……!」待ったをかけてきた。もちろん離す気はないが、そんなところも可愛らしい。
「わざわざありがとう。家まで送っていこう」
「そんないいわよ。お仕事中でしょう?」
「少しくらい構わないさ。さぁ、行こうか」
仕事は黒野に任せれば問題ないだろう。しかし妻の肩を抱いてその場を去ろうとすると同時にデスクの上の電話機がけたたましく鳴った。なんてタイミングの悪い。俺は舌打ちしたい気持ちをぐっと堪えて、デスクへと向かった。最悪なことに、社長からの内線だった。これはきっと長くなる。そう直感した俺は、黒野に妻を無事家まで送り届けるよう指示を出す。当然黒野は心底嫌そうな顔をしたが、上司命令だと言えばぶつくさ言いながらも従った。
「いいか、絶対手は出すなよ」
「出しませんよ」
その言葉も信じられたものじゃない。俺の妻は美しく聡明で、可愛らしいところもあり、優しく気遣いもできる最高の女なのだ。結婚した今だって、彼女を狙う男は多い。黒野が上司の妻に手を出すような馬鹿とは思えないが、万が一ということもある。
その後俺は帰ってきた黒野を問い詰め、残っていた仕事を全て任せて直帰した。
「あら、おかえりなさい。早かっ……ん、」
いつものように笑顔で出迎えてくれた妻の唇を無理やり塞ぐ。身を捩る彼女の腰に腕を回して抱き寄せ、酸素を求めて開いた口に舌を捩じ込んだ。互いの息が上がる。彼女の着ているニットにするりと手を滑らせ肌を撫ぜると、「するの?」と甘く蕩けた声が耳をくすぐった。
「だめか?」
「いいえ、ただ……」
「わかってる。別料金、だろう?」
うっそりと目を細めた彼女が、小さく頷く。それを皮切りに俺は彼女を冷たくかたい床に押し倒した。きっと白磁のような肌には痛々しい跡が残ってしまうことだろう。それでも彼女は嫌がらない。金さえ払えば、何だって受け入れる。俺の最愛の妻は、そういう女だ。
「黒野とは何もなかったか?」
「ええ、何も。ただ……」
「ただ?」
寝室のベッドに二人で沈み込みながら交わす会話は、夫婦のものには違いないのにどこか淡々としていた。身体中に嫉妬と執着の跡を刻まれたにも関わらず平然としている妻は、会社に来た時とは別人のように蠱惑的な笑みを浮かべている。
「あの人、自分の欲に正直なのね。したいことが顔に書いてあった。だから、お金さえくれれば好きにしていいですよって伝えておいたわ」
怪我は困るから、金額は高額にしておいたけど。
そう悪びれもなく告げる彼女は、本当に自分の行いを悪いと思っていないのだ。何がどうしてそうなってしまったのか俺には知る由もないが、俺と出会った時にはすでに、彼女は金だけを愛していた。金さえあれば何だって手に入る、金だけが信じられる。初めからそういう価値観の持ち主だったし、それを否定するつもりはない。何よりそういう彼女だったからこそ、俺は彼女を手に入れられた。
プロポーズした時だって「じゃあ、あなたが私の時間を買ってください」と、そう返された。まさに金の切れ目が縁の切れ目というやつだ。実にわかりやすくていい。金さえ積めば彼女も、理想の夫婦生活も、夜の営みも、全てが俺の思うがままということなのだから。
彼女の身体の輪郭をなぞるように、手のひらを滑らせると「あら」と彼女が声を上げた。
「もう一回?」
「ああ、追加料金だ」
「今日はいつもより多いのね」
「嫌か?」
俺の言葉に彼女がふふっと嬉しそうに笑った。
「まさか。喜んで」
金しか愛さない女と、偽りの愛を金で買う男。他人からしたらこの関係はさぞ歪に映るに違いない。けれど金がある限り俺たちは、これから先も、誰もが羨むおしどり夫婦なのである。
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