灰島重工
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「いいものをやろう」
本来なら喜ぶべきその言葉に、私はまず窓の外を確認した。雨、雪、槍……は降っていない。カラリとした秋晴れだ。でも突然大嵐なんてこともあり得る。だって、部長が部下に物をやると言ったのだ。あの大黒部長が。しかもいいものを、だ。
「何故今外を確認した」
「いやぁ、いい天気だなと思って」
はは、と誤魔化すように笑うと大黒部長も「そういうことにしといてやろう」といつものように口角を上げた。いつもの、胡散臭い笑顔。でも何か変だ。そうだ、減給と言われてない。てっきり言われるものと思っていたからか、ありがたいはずなのにどうにも居心地が悪かった。
部長は当然私の心情など見透かしていて、けれどお構いなしに人のデスクのど真ん中に持っていた箱を置いた。よく見る取っ手の付いた、白い小さな紙箱だ。受け取ると言った覚えはないけれど拒否権などないのだろう。部長は笑みを貼り付けたまま箱を開け、私はその中身に息を呑んだ。
「こ、これ……!」
「な、いいものだろ?」
箱の中に鎮座していたのは大きめのショートケーキ1ピースだった。イチゴではなくメロンのショートケーキで、思わずごくりと喉が鳴る。
「もしかして、パティスリーハイジマのエクストラハイパーメロンショートケーキ、ですか……?」
恐る恐る訊ねるとよく分かったなと部長が驚いたように眉を上げた。分かるに決まっている。世間的にもかなり有名なケーキだ。灰島重工が経営する高級パティスリーの目玉商品で、一日十個限定。1ピース四千円もする代物だ。一度は食べてみたいと思っていたそれが、今、私の目の前にある。
「これを君にやろう」
「えっ⁈」
「いらないのか?」
「いる! いります‼︎」
ああ、夢みたいだ。ずっと食べたかったケーキをタダで食べられるなんて。
一体どんな味がするのだろう。心を躍らせながら箱に手を伸ばすと、直前でぱたりと蓋が閉じた。そしてその上に大きな手が置かれる。
「部長、私にくれるのでは」
「くれてやるとも。だがその前に言うべきことがあるんじゃないか?」
「ありがとう、ございます……?」
「君は後輩思いの先輩が好きなんだろ? 部下思いの上司はどうなんだ」
雲行きが怪しい。これはまた言うまでありつけないパターンか。
「……好きです」
「どのくらい」
「このくらい?」
「それっぽっちじゃこれはやれないな」
「ぐっ、このくらい!」
思い切り両腕を伸ばしたらパソコン画面に左手を強打した。痛い。ぶつけたところ以外も心なしか痛い気がする。
「はっはっは、そんなに好きか。じゃあ俺も君の好意に応えるとしよう」
呻きながらじんじん痛む左手をさすっていたら、箱の上から部長の手が離れるのが見えた。やった。代償は大きかったが得たものも大きい。
やっとケーキにありつけると顔を上げると、目の前にフォークが現れた。ちょうどひとくち分ケーキがのっている。ただフォークを持っているのは大黒部長で、受け取ろうとするも離してくれない。嫌な予感がする。
「折角だ、食べさせてやろう。どうした。君の大好きな上司が食べさせてやるんだ。嬉しいだろ?」
お高いケーキがタダで食べられる程、世の中は甘くないらしい。
全然嬉しくない! などと部長に言えるはずもなく、私は促されるまま口を開けた。緊張と動揺で美味しいはずのケーキの味は全く分からず、大黒部長の愉しげな笑顔しか思い出せない。
最後のひとくちを食べさせられているところを実験帰りの黒野先輩に目撃され、部長から解放された後は何故か不機嫌な先輩に、これでもかと両頬をつねられた。理不尽すぎる。
本来なら喜ぶべきその言葉に、私はまず窓の外を確認した。雨、雪、槍……は降っていない。カラリとした秋晴れだ。でも突然大嵐なんてこともあり得る。だって、部長が部下に物をやると言ったのだ。あの大黒部長が。しかもいいものを、だ。
「何故今外を確認した」
「いやぁ、いい天気だなと思って」
はは、と誤魔化すように笑うと大黒部長も「そういうことにしといてやろう」といつものように口角を上げた。いつもの、胡散臭い笑顔。でも何か変だ。そうだ、減給と言われてない。てっきり言われるものと思っていたからか、ありがたいはずなのにどうにも居心地が悪かった。
部長は当然私の心情など見透かしていて、けれどお構いなしに人のデスクのど真ん中に持っていた箱を置いた。よく見る取っ手の付いた、白い小さな紙箱だ。受け取ると言った覚えはないけれど拒否権などないのだろう。部長は笑みを貼り付けたまま箱を開け、私はその中身に息を呑んだ。
「こ、これ……!」
「な、いいものだろ?」
箱の中に鎮座していたのは大きめのショートケーキ1ピースだった。イチゴではなくメロンのショートケーキで、思わずごくりと喉が鳴る。
「もしかして、パティスリーハイジマのエクストラハイパーメロンショートケーキ、ですか……?」
恐る恐る訊ねるとよく分かったなと部長が驚いたように眉を上げた。分かるに決まっている。世間的にもかなり有名なケーキだ。灰島重工が経営する高級パティスリーの目玉商品で、一日十個限定。1ピース四千円もする代物だ。一度は食べてみたいと思っていたそれが、今、私の目の前にある。
「これを君にやろう」
「えっ⁈」
「いらないのか?」
「いる! いります‼︎」
ああ、夢みたいだ。ずっと食べたかったケーキをタダで食べられるなんて。
一体どんな味がするのだろう。心を躍らせながら箱に手を伸ばすと、直前でぱたりと蓋が閉じた。そしてその上に大きな手が置かれる。
「部長、私にくれるのでは」
「くれてやるとも。だがその前に言うべきことがあるんじゃないか?」
「ありがとう、ございます……?」
「君は後輩思いの先輩が好きなんだろ? 部下思いの上司はどうなんだ」
雲行きが怪しい。これはまた言うまでありつけないパターンか。
「……好きです」
「どのくらい」
「このくらい?」
「それっぽっちじゃこれはやれないな」
「ぐっ、このくらい!」
思い切り両腕を伸ばしたらパソコン画面に左手を強打した。痛い。ぶつけたところ以外も心なしか痛い気がする。
「はっはっは、そんなに好きか。じゃあ俺も君の好意に応えるとしよう」
呻きながらじんじん痛む左手をさすっていたら、箱の上から部長の手が離れるのが見えた。やった。代償は大きかったが得たものも大きい。
やっとケーキにありつけると顔を上げると、目の前にフォークが現れた。ちょうどひとくち分ケーキがのっている。ただフォークを持っているのは大黒部長で、受け取ろうとするも離してくれない。嫌な予感がする。
「折角だ、食べさせてやろう。どうした。君の大好きな上司が食べさせてやるんだ。嬉しいだろ?」
お高いケーキがタダで食べられる程、世の中は甘くないらしい。
全然嬉しくない! などと部長に言えるはずもなく、私は促されるまま口を開けた。緊張と動揺で美味しいはずのケーキの味は全く分からず、大黒部長の愉しげな笑顔しか思い出せない。
最後のひとくちを食べさせられているところを実験帰りの黒野先輩に目撃され、部長から解放された後は何故か不機嫌な先輩に、これでもかと両頬をつねられた。理不尽すぎる。