「どうだ、美味いだろ」

テレビでも話題の高級鰻屋。その鰻が美味しくないわけがない。人の金なら尚のこと。

「おいひいれす」

このお店で一番高いうな重を頬張りながら、もごもごと答える。今まで食べた鰻は何だったのかと思うほどの美味しさで、文句はないのだが。大黒部長の貼り付けたような笑顔を前にしては落ち着けない。鰻を食べているのは私なのに、捕食者に狙われているような気持ちになってくる。
「奢ってやる」と言われた時点で断っておくべきだったか。だがもう鰻は半分以上食べてしまった。

「あの、何が目的ですか？」
「はっはっは、まるで俺が何が企んでいるかのような口振りじゃないか。俺だってたまには部下を労うこともある。ここで精をつけて、夜も頑張ってもらおうと思っただけだ」
「夜って何かありましたっけ？」
「そりゃあナニかしらあるだろう」

はて、何があったっけ？
思い出せずにいると、隣に座っていた黒野先輩が箸を置いた。

「今日の夜は俺と残業だ。やるべきことが山ほどある。終電には間に合わないだろうから仮眠室の使用許可は取っておいた。喜べ、貸切だ」
「いいな。俺も久々に終電まで残業してくか」
「部長、車通勤じゃないですか。さっさと帰ってくださいよ」

ああ、できれば思い出さずにいたかった。残してきた仕事量を思い返して頭を抱える。わざわざ仮眠室の使用許可を取ってくれた黒野先輩には申し訳ないが、何とか終電には間に合わせたい。

「残業は嫌ですけど、食べた分は頑張ります！」

部長と先輩の真意に気付かぬまま、私は長い夜に備えて残りのうな重を掻っ込んだ。