ヴィクトル・リヒト
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ピーヒャラと祭囃子が夜の浅草に響き渡る。通りに沿って色んな屋台が並び立ち、ここに住まう人々はいつもとはまた違った賑わいを見せていた。
そして僕たち第8の面々は、今日浅草で行われる夏祭りに招待されていた。いつも世話になっているからと、第7の中隊長が声をかけてくれたそうだ。元気な双子たちがシンラくんたちと行きたがって離れなかったのもあるだろう。彼らは浅草に着くなり、その双子たちに引っ張られて人混みの中へと消えて行った。女性陣たちは町の人に浴衣を着せてもらうらしい。桜備大隊長は町の力自慢が集まる腕相撲大会会場へ、火縄中隊長は……射的屋台のほうから悲鳴が聞こえてくるから多分そこにいる。みんなそれぞれ祭りを楽しんでいるようだ。
「さて、僕らはどこに行こうか」
頭二つ分視線を下げて、隣にいる彼女に問いかける。祭りというものに興味がなく、今日だって本当は行かないつもりだった僕を「リヒトさん! お祭り行きましょう、お祭り!」とここまで強引に連れてきた張本人。そんな彼女が先ほどから黙り込んでいては、さすがに不安にもなる。
が、それも杞憂だったみたいだ。覗き込んだ先の彼女の顔は、宝の山を見つけたみたいにキラキラしていた。どうやら感動と興奮で言葉が出なかったらしい。
「リヒトさんどうしよう。ぜんぶ……ぜんぶおいしそう」
「さすがに全部はやめておこうね」
美味しいものに目がなく腹八分目という言葉を知らない彼女が、火縄中隊長のご飯を食べ過ぎて翌日苦しんでいるところを今まで何度も見てきた。一応胃薬は持ってきたけど、今日も限界を超えないようきちんと見張っておかないと。
そんな僕の心配をよそに、彼女はくいくいと白衣を引っ張ってくる。
「まずはかき氷から行きましょう。その後は焼きそば、たこ焼き、ヨーヨー釣りと型抜きで腹ごなししてからわたあめで……」
「はいはい。順番にね」
彼女は僕を連れ出す時、決まって白衣を掴んでくる。彼女曰く、ちょうどいい位置にあるのだそうだ。「なんか、犬の散歩みたい」と笑って言われたことがあるけれど、まさにそう。今の僕は、ピンとリードを張って早く早くと飼い主を引っ張る小型犬を見ている気分。まあ、それを言ったら彼女は私が飼い主ですと主張しそうだけど。
「うーん、イチゴ。いやメロンかブルーハワイ。でもレモンも捨て難いし。練乳は必須でしょ」
かき氷の屋台に着いた彼女は究極の選択だと言わんばかりにシロップをどれにするかで悩んでいた。正直そんなに悩むことだろうかと思う。
かき氷のシロップは基本的に香料と着色料以外は同じ材料でできている。つまりどれを選ぼうが味自体は変わらないのだ。
ただ頭ではそれをわかっていても口にする気にはなれなかった。科学者の僕は、彼女を前にすると途端に鳴りを潜める。
「見てここ。レインボーだって」
「レインボー?」
彼女の視線が僕の指差したほうへと移る。屋台の屋根にぺたりと貼られたシロップの種類の書かれた紙。イチゴ、宇治金時、メロン、ブルーハワイと並ぶ中、その聞き慣れない「レインボー」は一番端に貼られていた。
「これって全部がけ、ですよね」
屋台の店主に訊ねると「おうよ!」と力強い頷きが返ってくる。
「その名の通り虹色のかき氷だ。うちでしか売ってねェ特別製よ! それにするかい?」
ちらりと隣の彼女を窺えば、目を輝かせてうんうん頷いていた。
シロップ全部がけなんてしたら色が混ざって大変なことになるのではとも思ったけれど、さすがは浅草の職人、出来上がったかき氷は確かにその名に違わず綺麗な虹色をしていた。
「んん〜!」
ひとくち食べた彼女が堪らず声を漏らす。それから冷たさが頭に響いたのかとんとんとこめかみを叩いていた。
「どう?」
落ち着いた頃を見計らって声をかける。答えは訊かずとも彼女の顔に書いてあるけれど。
僕の質問に、彼女はもうひとくちかき氷を食べてから微笑んだ。
「幸せの味がします!」
「しあわせ?」
てっきりおいしいですとだけ返ってくると思っていた僕は面食らってしまった。幸せの味、とは。難しいことを言う。
「はい、リヒトさんもひとくちどうぞ」
「えっ、いや僕は……」
「食べてくれないと困ります。二人で半分こすればその分色んなものをたくさん食べられるでしょう。そのために浴衣着るのも諦めたんですから」
「あー、はは。なるほどね。……僕は君の浴衣姿も見たかったけど」
「え?」
「何でもない。僕の胃袋、戦力にカウントしないでねって言っただけ」
「ええー?! そこは頑張ってくださいよ!」
差し出されたかき氷のひとくちがポタリと雫を落とす。溶けちゃうと彼女が急かすから、僕は仕方なしに口を開けた。間接キスでどうこう言う歳ではないけれど、少しくらい意識してくれてもいいのに。ジトリと僕なりに睨め付けてみるものの、目が合った彼女は不思議そうに首を傾げるだけだった。期待するだけ今は無駄だろう。このままにしておくつもりはさらさらないけれど。
「どうですか?」
彼女がわくわくと僕の反応を待つ。
舌の上で一瞬で氷が溶け、シロップの甘さが広がっていく。僕が食べたのは何色の部分だっただろうか。いや、そんなのは考えても意味がない。かき氷のシロップは全て同じ味。僕はそれを知っている。知っているのに。
「これは確かに、幸せの味だね」
僕の口から零れ落ちたのは、到底科学者とは思えないセリフだった。にも関わらず、彼女はパァッと顔を輝かせる。
「でしょう!」
どこか誇らしげで、それでいて嬉しくて堪らない、そんな顔。余程嬉しかったのかもうひとくちどうぞとスプーンを差し出され、断りきれなかった僕は再び口を開けた。
果糖ブドウ糖液糖と香料と着色料。科学者の僕がシロップの原材料をつらつらと脳内に並べる。何度食べたって、何色のシロップを口にしたって味に変わりはないはずなのに、彼女の差し出したひとくちは、どうしようもなく幸せの味がした。
そして僕たち第8の面々は、今日浅草で行われる夏祭りに招待されていた。いつも世話になっているからと、第7の中隊長が声をかけてくれたそうだ。元気な双子たちがシンラくんたちと行きたがって離れなかったのもあるだろう。彼らは浅草に着くなり、その双子たちに引っ張られて人混みの中へと消えて行った。女性陣たちは町の人に浴衣を着せてもらうらしい。桜備大隊長は町の力自慢が集まる腕相撲大会会場へ、火縄中隊長は……射的屋台のほうから悲鳴が聞こえてくるから多分そこにいる。みんなそれぞれ祭りを楽しんでいるようだ。
「さて、僕らはどこに行こうか」
頭二つ分視線を下げて、隣にいる彼女に問いかける。祭りというものに興味がなく、今日だって本当は行かないつもりだった僕を「リヒトさん! お祭り行きましょう、お祭り!」とここまで強引に連れてきた張本人。そんな彼女が先ほどから黙り込んでいては、さすがに不安にもなる。
が、それも杞憂だったみたいだ。覗き込んだ先の彼女の顔は、宝の山を見つけたみたいにキラキラしていた。どうやら感動と興奮で言葉が出なかったらしい。
「リヒトさんどうしよう。ぜんぶ……ぜんぶおいしそう」
「さすがに全部はやめておこうね」
美味しいものに目がなく腹八分目という言葉を知らない彼女が、火縄中隊長のご飯を食べ過ぎて翌日苦しんでいるところを今まで何度も見てきた。一応胃薬は持ってきたけど、今日も限界を超えないようきちんと見張っておかないと。
そんな僕の心配をよそに、彼女はくいくいと白衣を引っ張ってくる。
「まずはかき氷から行きましょう。その後は焼きそば、たこ焼き、ヨーヨー釣りと型抜きで腹ごなししてからわたあめで……」
「はいはい。順番にね」
彼女は僕を連れ出す時、決まって白衣を掴んでくる。彼女曰く、ちょうどいい位置にあるのだそうだ。「なんか、犬の散歩みたい」と笑って言われたことがあるけれど、まさにそう。今の僕は、ピンとリードを張って早く早くと飼い主を引っ張る小型犬を見ている気分。まあ、それを言ったら彼女は私が飼い主ですと主張しそうだけど。
「うーん、イチゴ。いやメロンかブルーハワイ。でもレモンも捨て難いし。練乳は必須でしょ」
かき氷の屋台に着いた彼女は究極の選択だと言わんばかりにシロップをどれにするかで悩んでいた。正直そんなに悩むことだろうかと思う。
かき氷のシロップは基本的に香料と着色料以外は同じ材料でできている。つまりどれを選ぼうが味自体は変わらないのだ。
ただ頭ではそれをわかっていても口にする気にはなれなかった。科学者の僕は、彼女を前にすると途端に鳴りを潜める。
「見てここ。レインボーだって」
「レインボー?」
彼女の視線が僕の指差したほうへと移る。屋台の屋根にぺたりと貼られたシロップの種類の書かれた紙。イチゴ、宇治金時、メロン、ブルーハワイと並ぶ中、その聞き慣れない「レインボー」は一番端に貼られていた。
「これって全部がけ、ですよね」
屋台の店主に訊ねると「おうよ!」と力強い頷きが返ってくる。
「その名の通り虹色のかき氷だ。うちでしか売ってねェ特別製よ! それにするかい?」
ちらりと隣の彼女を窺えば、目を輝かせてうんうん頷いていた。
シロップ全部がけなんてしたら色が混ざって大変なことになるのではとも思ったけれど、さすがは浅草の職人、出来上がったかき氷は確かにその名に違わず綺麗な虹色をしていた。
「んん〜!」
ひとくち食べた彼女が堪らず声を漏らす。それから冷たさが頭に響いたのかとんとんとこめかみを叩いていた。
「どう?」
落ち着いた頃を見計らって声をかける。答えは訊かずとも彼女の顔に書いてあるけれど。
僕の質問に、彼女はもうひとくちかき氷を食べてから微笑んだ。
「幸せの味がします!」
「しあわせ?」
てっきりおいしいですとだけ返ってくると思っていた僕は面食らってしまった。幸せの味、とは。難しいことを言う。
「はい、リヒトさんもひとくちどうぞ」
「えっ、いや僕は……」
「食べてくれないと困ります。二人で半分こすればその分色んなものをたくさん食べられるでしょう。そのために浴衣着るのも諦めたんですから」
「あー、はは。なるほどね。……僕は君の浴衣姿も見たかったけど」
「え?」
「何でもない。僕の胃袋、戦力にカウントしないでねって言っただけ」
「ええー?! そこは頑張ってくださいよ!」
差し出されたかき氷のひとくちがポタリと雫を落とす。溶けちゃうと彼女が急かすから、僕は仕方なしに口を開けた。間接キスでどうこう言う歳ではないけれど、少しくらい意識してくれてもいいのに。ジトリと僕なりに睨め付けてみるものの、目が合った彼女は不思議そうに首を傾げるだけだった。期待するだけ今は無駄だろう。このままにしておくつもりはさらさらないけれど。
「どうですか?」
彼女がわくわくと僕の反応を待つ。
舌の上で一瞬で氷が溶け、シロップの甘さが広がっていく。僕が食べたのは何色の部分だっただろうか。いや、そんなのは考えても意味がない。かき氷のシロップは全て同じ味。僕はそれを知っている。知っているのに。
「これは確かに、幸せの味だね」
僕の口から零れ落ちたのは、到底科学者とは思えないセリフだった。にも関わらず、彼女はパァッと顔を輝かせる。
「でしょう!」
どこか誇らしげで、それでいて嬉しくて堪らない、そんな顔。余程嬉しかったのかもうひとくちどうぞとスプーンを差し出され、断りきれなかった僕は再び口を開けた。
果糖ブドウ糖液糖と香料と着色料。科学者の僕がシロップの原材料をつらつらと脳内に並べる。何度食べたって、何色のシロップを口にしたって味に変わりはないはずなのに、彼女の差し出したひとくちは、どうしようもなく幸せの味がした。
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