ヴィクトル・リヒト
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「リヒト、論文の進捗は?」
「ぼちぼちっすね。もう一つ仮説が証明できればいいんすけど」
それがなかなか難しかったりする。検証にはもう少し時間がかかることだろう。先輩も僕と同意見のようで、パソコン画面を見つめて、ふむと考え込んでいた。
僕は手元にあったマグカップに口を付けた。目の覚めるような苦味が舌上を転がっていく。安いインスタントコーヒーも濃いめに淹れればそれなりにガツンと来るものだ。ふぅ、と一息吐くと視界の端にさらりと長い髪がこぼれるのが見えた。
「時にリヒト」
「はい」
「君はいつまでそれを使うつもりだい?」
先輩の細長い指先が僕のマグカップを指す。つっとなぞられたカップのふちは所々欠けていて、まあ、先輩の言わんとしていることはわからないでもない。
「まだ使えるんですよ」
「怪我しないのか?」
「コツを掴めば余裕っすよ。先輩こそビーカーで飲むのやめたらどうです?」
「あれはおすすめだよ。量が計れるし、備品を割るわけにいかないから扱いが自然と丁寧になる」
いくら綺麗に洗ったとしても、僕は研究で使ったビーカーでコーヒーを飲む気にはなれない。僕が賛同しないことに先輩は不満そうだったけれど、そこは間違いなく見習ってはいけないところだ。
「そんなにこのマグカップがいいのかい?」
「まあそんなとこです」
本当は買い換えるのが面倒なだけだけど。こう言っとけばこれ以上とやかく言われることはないだろう。先輩も「ふぅん」と呟いたきり、何も言ってこなかった。
再びパソコン画面に視線を戻し、マグカップに手を伸ばす。けれど僕の手は一向にマグカップを掴めなかった。不思議に思って見てみると、さっきまでそこにあったはずのマグカップがない。
嫌な予感がして、顔を上げる。隣にいた先輩と目が合って、その口元には僕のマグカップが──、
「っ、何やってんすか⁈」
「いや、どれ程いいものなのか気になって」
「怪我したらどうするんすか!」
つい怒鳴ってしまった。先輩は一瞬目を見開いて、すぐにふっと表情を緩めた。
「すまない」
「それ、すまないって人の表情じゃないですよ」
「ふふ、君がそんな風に怒るのが珍しくてな。でも私も君が怪我しないかいつもヒヤヒヤしていたよ」
「だからってあんな……」
「君はああでもしないと買い換えないだろう?」
その通りすぎて何も言い返せない。降参とばかりに「今度新しいの買ってきます」と零すと、先輩は「その必要はないよ」と僕の目の前に綺麗に包装された箱を置いた。
「君、今日誕生日だろ。私からのささやかなプレゼントだ」
「え」
「何だその顔は。私からのプレゼントは受け取れないかい?」
「そんなことはないんすけど。ありがとうございます」
先輩が僕の誕生日を覚えていたことも、こうしてプレゼントを用意していたことも意外だった。僕と同じで研究にしか興味ない人だと思っていたから。
「今開けていいっすか」
「勿論」
シンプルな箱は持ち上げると見た目以上に重かった。包装紙を剥がして箱を開けると出てきたのは大量の紙パッキン。そしてプチプチとした緩衝材に包まれた──このシルエットはマグカップだ。
「気に入ってもらえたかな。デザインの好みが合わなかったら申し訳ないけど、リヒトは使えれば何でもいい質だろう?」
「それはそうっすけど……」
今の僕にはとてもありがたいプレゼントだ。でも疑問も残る。
「何で二つあるんすか?」
箱の中にはマグカップがもう一つ入っていた。一つ目と色違いのものだ。
「だってリヒト、すぐボロボロにしそうだし」
先輩が「ほら」とさっきまで僕がつかっていたマグカップに目線をやった。確かにそうなのだけど、あれは自分で買った安物で、大事にする必要がなかったからで。
「これはちゃんと大切に使いますよ。だからこっちは先輩が使ってください」
「私にはビーカーが……」
「これ、さすがに僕には可愛すぎると思いません?」
「そんなことは……」
もごもごと口を動かす先輩に僕は持っていたマグカップを押し付けた。淡いピンク色のそれは、やっぱり僕なんかより先輩のほうがずっと似合う。
早速僕は貰ったばかりのマグカップを洗い、コーヒーを淹れ直した。もちろん先輩の分も一緒に。
デスクの上にお揃いのマグカップが並ぶ。その光景は新鮮で何だかむず痒くもあった。
そして、せっかくだからと乾杯して飲んだコーヒーは──。
うん、おいしい。
安物のインスタントコーヒーには違いないのだけれど、さっきよりも一段とおいしく感じた。それを先輩に伝えると、「ビーカーのがもっと美味しいぞ。今度飲んでみないか」と返ってきたので、僕は丁重にお断りした。
「ぼちぼちっすね。もう一つ仮説が証明できればいいんすけど」
それがなかなか難しかったりする。検証にはもう少し時間がかかることだろう。先輩も僕と同意見のようで、パソコン画面を見つめて、ふむと考え込んでいた。
僕は手元にあったマグカップに口を付けた。目の覚めるような苦味が舌上を転がっていく。安いインスタントコーヒーも濃いめに淹れればそれなりにガツンと来るものだ。ふぅ、と一息吐くと視界の端にさらりと長い髪がこぼれるのが見えた。
「時にリヒト」
「はい」
「君はいつまでそれを使うつもりだい?」
先輩の細長い指先が僕のマグカップを指す。つっとなぞられたカップのふちは所々欠けていて、まあ、先輩の言わんとしていることはわからないでもない。
「まだ使えるんですよ」
「怪我しないのか?」
「コツを掴めば余裕っすよ。先輩こそビーカーで飲むのやめたらどうです?」
「あれはおすすめだよ。量が計れるし、備品を割るわけにいかないから扱いが自然と丁寧になる」
いくら綺麗に洗ったとしても、僕は研究で使ったビーカーでコーヒーを飲む気にはなれない。僕が賛同しないことに先輩は不満そうだったけれど、そこは間違いなく見習ってはいけないところだ。
「そんなにこのマグカップがいいのかい?」
「まあそんなとこです」
本当は買い換えるのが面倒なだけだけど。こう言っとけばこれ以上とやかく言われることはないだろう。先輩も「ふぅん」と呟いたきり、何も言ってこなかった。
再びパソコン画面に視線を戻し、マグカップに手を伸ばす。けれど僕の手は一向にマグカップを掴めなかった。不思議に思って見てみると、さっきまでそこにあったはずのマグカップがない。
嫌な予感がして、顔を上げる。隣にいた先輩と目が合って、その口元には僕のマグカップが──、
「っ、何やってんすか⁈」
「いや、どれ程いいものなのか気になって」
「怪我したらどうするんすか!」
つい怒鳴ってしまった。先輩は一瞬目を見開いて、すぐにふっと表情を緩めた。
「すまない」
「それ、すまないって人の表情じゃないですよ」
「ふふ、君がそんな風に怒るのが珍しくてな。でも私も君が怪我しないかいつもヒヤヒヤしていたよ」
「だからってあんな……」
「君はああでもしないと買い換えないだろう?」
その通りすぎて何も言い返せない。降参とばかりに「今度新しいの買ってきます」と零すと、先輩は「その必要はないよ」と僕の目の前に綺麗に包装された箱を置いた。
「君、今日誕生日だろ。私からのささやかなプレゼントだ」
「え」
「何だその顔は。私からのプレゼントは受け取れないかい?」
「そんなことはないんすけど。ありがとうございます」
先輩が僕の誕生日を覚えていたことも、こうしてプレゼントを用意していたことも意外だった。僕と同じで研究にしか興味ない人だと思っていたから。
「今開けていいっすか」
「勿論」
シンプルな箱は持ち上げると見た目以上に重かった。包装紙を剥がして箱を開けると出てきたのは大量の紙パッキン。そしてプチプチとした緩衝材に包まれた──このシルエットはマグカップだ。
「気に入ってもらえたかな。デザインの好みが合わなかったら申し訳ないけど、リヒトは使えれば何でもいい質だろう?」
「それはそうっすけど……」
今の僕にはとてもありがたいプレゼントだ。でも疑問も残る。
「何で二つあるんすか?」
箱の中にはマグカップがもう一つ入っていた。一つ目と色違いのものだ。
「だってリヒト、すぐボロボロにしそうだし」
先輩が「ほら」とさっきまで僕がつかっていたマグカップに目線をやった。確かにそうなのだけど、あれは自分で買った安物で、大事にする必要がなかったからで。
「これはちゃんと大切に使いますよ。だからこっちは先輩が使ってください」
「私にはビーカーが……」
「これ、さすがに僕には可愛すぎると思いません?」
「そんなことは……」
もごもごと口を動かす先輩に僕は持っていたマグカップを押し付けた。淡いピンク色のそれは、やっぱり僕なんかより先輩のほうがずっと似合う。
早速僕は貰ったばかりのマグカップを洗い、コーヒーを淹れ直した。もちろん先輩の分も一緒に。
デスクの上にお揃いのマグカップが並ぶ。その光景は新鮮で何だかむず痒くもあった。
そして、せっかくだからと乾杯して飲んだコーヒーは──。
うん、おいしい。
安物のインスタントコーヒーには違いないのだけれど、さっきよりも一段とおいしく感じた。それを先輩に伝えると、「ビーカーのがもっと美味しいぞ。今度飲んでみないか」と返ってきたので、僕は丁重にお断りした。