ヴィクトル・リヒト
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廊下に響くヒールの音がやけに軽やかで、何か良いことでもあったのだろう、本当にわかりやすい人だなと思う。ガチャリと開いた扉から聞こえてきた声も随分と弾んでいる。
「リヒト、ポッキーゲームを……」
「しないっすよ」
くるりと椅子を回して答えると、あからさまに肩を落とす先輩が目に入った。
「ポッキー……」
「しませんて。煙草買いに行ってたんじゃないんすか? 何でポッキー」
「拾ったんだ」
「元の場所に返して来てください」
「違う違う。購買に行く途中にポッキーが点々と落ちてたんだ。それを拾って渡したらお礼にと落とし主がくれて」
話を聞いてもどういう状況か全く想像ができない。念のため先輩から赤い箱を受け取り隈なく調べてみるも、特に怪しいところはなさそうで一先ず安心する。
それにしても先輩がポッキーゲームとは。自分で言うのもなんだが、先輩は僕と同じくらい頭が良くて研究熱心だ。ただ僕と違うのは研究に集中しすぎて他のものを疎かにした結果、世間や常識をあまり知らないこと。僕はそれなりに常識はあるつもりだ。だから当然、ポッキーゲームがどういうものか知っている。
「落とし主が段ボールいっぱいにポッキーを買っていて、そんなに好きなのかと聞いたら硬いから好きじゃないって言うんだ。でもポッキーゲームをするには必要で、ゲームは楽しいから好きなのだと。それを聞いたらやりたくならないか?」
十中八九そうだろうと思っていたけれど、先輩に余計なことを吹き込んだのはあんたか、落とし主。ゲームのために大量にポッキーを買い込む時点でどうかしていると思うが、一体どんな奴だろう。
「意外と気さくだったよ。弊社の死神さんは」
「死神って……あの黒野ですか⁈」
なんてことだ。まさか落とし主があの有名な『黒野』だったなんて。キサクって聞こえた気がするけど、多分大災害時に失われた言語か何かだ。直接会ったことはないが噂に聞く黒野という男は気さくとは程遠い。
弱者を甚振るのが趣味と聞くが先輩は何もされていないだろうか。見た感じけろっとしていて大丈夫そうだけど。
僕の心配を余所に先輩は尚もゲームをせがんでくる。
「リヒト、ゲームしよう! この世にそんなに楽しいものがあるというのに、やらないでいるのは耐えられない」
僕が言えたことではないが知的好奇心というものは時に恐ろしい。周りのことなど考えず、知りたいという欲求のまま突き進む。僕の場合、知りたいことを知るまで止められない。恐らく先輩も同じだ。
はあ、と大きな溜め息を一つ。先輩はそれを了承と受け取ったらしく、目をキラキラと輝かせている。もしかしたらジョーカーや第八のみんなも、僕にこんな気持ちを抱いていたりするのかもしれない。気を付けよう。
「……後悔しても知らないっすよ」
「するものか。で、どうやるんだい?」
忠告はした。でも先輩のことだから、きっと顔を真っ赤にして怒るんだろうな。うーん、理不尽。
ぴりっと包装を破ってお菓子を一本取り出す。口元に近付けて噛まずに咥えるよう伝えると先輩は大人しくそれに従った。
これをどうするのかと不思議そうに首を傾げて先輩が僕を見上げてくる。うわ。これはなかなか目に毒だ。思わずごくりと喉が鳴る。信頼してくれるのはありがたいが、ここまで従順だと逆に不安になる。僕がやましいことを考えていたらどうするんだ。もしかして相手が僕じゃなくてもこんな風に? それはまずい。
「先に口を離した方が負けです」
そう告げて先輩の咥えるポッキーの反対側を咥える。
「⁈」
先輩の目が大きく見開かれる。ゲームの趣旨を理解したらしい。適当に終わらせようと思ったけどやめだ。真剣にやってやる。先輩はもっと危機感を持った方がいい。ついでに僕が異性ってこともちゃんと意識してもらわないと。
そっと先輩の肩に手を置くと華奢な身体がびくりと震えた。意外と近いんだななどと考えていたら、ぱきっと音がした。ぱき? まだ始まっていないのに?
「こっ、このゲームのどこが楽しいんだ!」
見ると早々にポッキーを噛み折った先輩が「破廉恥だ」と顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。だから言ったのに。予想通り、いや予想以上。耳まで真っ赤になっている。
「騙された。死神に文句を言ってくる」
「さすがにそれはやめて下さいよ」
そんなことしたら次こそ無傷で帰るのは不可能だ。本気で黒野の元に乗り込もうとする先輩を宥めながら僕は残りのポッキー(悲しくなるほどほぼ丸々一本)を食べきった。
ぷんすか怒る先輩には口が裂けても言えないが僕はそれなりに楽しかった。みるみる真っ赤に染まっていく先輩の顔をあんなに間近で見れたんだ。こんな機会、今後の僕の人生であるかどうかで正直得したと思っている。
認めたくはないが、黒野の言っていたことは案外間違っていなかったみたいだ。まあ彼のゲーム相手をさせられる子には心底同情するけども。無力な僕にできるのは今頃被害を被っているであろうその子の無事を祈るくらいだ。
『気さくな死神』(おまけです)
ふと目に入ったのは赤い箱だった。
何だこれは。しゃがみこんでよくよく見てみれば、一度は食べたことのある有名なお菓子の箱だった。それが何故か、廊下に点々と落ちている。何故。気になる。そうなるともう駄目だ。煙草を買いに来たことなど忘れ、菓子箱を拾っては次の菓子箱へ、気付けば点と点を繋ぐように追いかけていた。そしてその先には一人の男。
「何の用だ」
途中から私が追いかけていることに気付いて立ち止まっていたらしい。大きな段ボールを抱えたままこちらをじっと睨み付けてくる。なかなかの迫力だ。
「落ちてたんだ。君のかい?」
両手でなければ持ちきれないほどのお菓子を見せると彼は自分の段ボールとこちらを交互に見て溜め息を吐いた。
「すまない。礼を言う」
「構わないよ。私も謎が解けて満足した。まさか死神くんのだとは思わなかったが」
「俺を知ってるのか」
「有名だからね。てっきり甚振られるかと思ったけど安心したよ」
「甚振っていいなら喜んでするが、あんたに手を出すと部長がうるさい」
「おや、私を知っているのか。大黒さんとはたまに会議後に雑談する程度だが」
「発火応用科学研究所の室長さんだろ。それくらい知ってる。部長は興味のない相手には雑談すらしないぞ。あんたもこき使われないよう気を付けた方がいい」
「ふふっ、君も大変だな。忠告ありがたく受け取っておくよ」
段ボールに拾ったお菓子を載せながら交わすのは何てことない会話だった。皆に恐れられる灰島の死神がどんな男か気になってはいたが、これが案外普通で話しやすい。
「それにしてもすごい量だな。好きなのか、このお菓子?」
「硬いから嫌いだ」
「じゃあ何故こんなに……」
「これがないとポッキーゲームができない」
「ポッキーゲーム?」
「ああ。それはそれは愉しくて堪らないんだ。できれば永遠にやっていたい」
「へえ。そんなゲームがあるのか」
灰島の死神はぞっとするような笑みを浮かべて言った。お菓子は嫌いなのにゲームのために買い占めるなんてそれほど楽しいゲームなんだろうか。それは興味がある。私も買ってみようかなと呟くと、ずいと赤い箱が突き出された。
「俺が買い占めたからこの辺り一帯にはもう売ってないぞ。これをやろう」
「いいのかい?」
「拾ってくれた礼だ」
「そうか。ありがとう」
私が受け取ると彼は再び段ボールを抱えて立ち上がった。ぶわりと周りに黒煙が広がり、彼なりの落下対策なのかもしれない。能力について詳しく聞きたかったが今日のところはぐっと我慢する。
「ポッキーゲーム、存分に愉しんでくれ」
「そうさせてもらうよ。君もな」
軽く手を振って気さくな死神の背中を見送る。
「リヒトなら知ってるかな、ポッキーゲーム」
後に、死神の言葉を鵜呑みにしてとんでもない目に遭うのだが、この時の私が知るはずもなかった。
「リヒト、ポッキーゲームを……」
「しないっすよ」
くるりと椅子を回して答えると、あからさまに肩を落とす先輩が目に入った。
「ポッキー……」
「しませんて。煙草買いに行ってたんじゃないんすか? 何でポッキー」
「拾ったんだ」
「元の場所に返して来てください」
「違う違う。購買に行く途中にポッキーが点々と落ちてたんだ。それを拾って渡したらお礼にと落とし主がくれて」
話を聞いてもどういう状況か全く想像ができない。念のため先輩から赤い箱を受け取り隈なく調べてみるも、特に怪しいところはなさそうで一先ず安心する。
それにしても先輩がポッキーゲームとは。自分で言うのもなんだが、先輩は僕と同じくらい頭が良くて研究熱心だ。ただ僕と違うのは研究に集中しすぎて他のものを疎かにした結果、世間や常識をあまり知らないこと。僕はそれなりに常識はあるつもりだ。だから当然、ポッキーゲームがどういうものか知っている。
「落とし主が段ボールいっぱいにポッキーを買っていて、そんなに好きなのかと聞いたら硬いから好きじゃないって言うんだ。でもポッキーゲームをするには必要で、ゲームは楽しいから好きなのだと。それを聞いたらやりたくならないか?」
十中八九そうだろうと思っていたけれど、先輩に余計なことを吹き込んだのはあんたか、落とし主。ゲームのために大量にポッキーを買い込む時点でどうかしていると思うが、一体どんな奴だろう。
「意外と気さくだったよ。弊社の死神さんは」
「死神って……あの黒野ですか⁈」
なんてことだ。まさか落とし主があの有名な『黒野』だったなんて。キサクって聞こえた気がするけど、多分大災害時に失われた言語か何かだ。直接会ったことはないが噂に聞く黒野という男は気さくとは程遠い。
弱者を甚振るのが趣味と聞くが先輩は何もされていないだろうか。見た感じけろっとしていて大丈夫そうだけど。
僕の心配を余所に先輩は尚もゲームをせがんでくる。
「リヒト、ゲームしよう! この世にそんなに楽しいものがあるというのに、やらないでいるのは耐えられない」
僕が言えたことではないが知的好奇心というものは時に恐ろしい。周りのことなど考えず、知りたいという欲求のまま突き進む。僕の場合、知りたいことを知るまで止められない。恐らく先輩も同じだ。
はあ、と大きな溜め息を一つ。先輩はそれを了承と受け取ったらしく、目をキラキラと輝かせている。もしかしたらジョーカーや第八のみんなも、僕にこんな気持ちを抱いていたりするのかもしれない。気を付けよう。
「……後悔しても知らないっすよ」
「するものか。で、どうやるんだい?」
忠告はした。でも先輩のことだから、きっと顔を真っ赤にして怒るんだろうな。うーん、理不尽。
ぴりっと包装を破ってお菓子を一本取り出す。口元に近付けて噛まずに咥えるよう伝えると先輩は大人しくそれに従った。
これをどうするのかと不思議そうに首を傾げて先輩が僕を見上げてくる。うわ。これはなかなか目に毒だ。思わずごくりと喉が鳴る。信頼してくれるのはありがたいが、ここまで従順だと逆に不安になる。僕がやましいことを考えていたらどうするんだ。もしかして相手が僕じゃなくてもこんな風に? それはまずい。
「先に口を離した方が負けです」
そう告げて先輩の咥えるポッキーの反対側を咥える。
「⁈」
先輩の目が大きく見開かれる。ゲームの趣旨を理解したらしい。適当に終わらせようと思ったけどやめだ。真剣にやってやる。先輩はもっと危機感を持った方がいい。ついでに僕が異性ってこともちゃんと意識してもらわないと。
そっと先輩の肩に手を置くと華奢な身体がびくりと震えた。意外と近いんだななどと考えていたら、ぱきっと音がした。ぱき? まだ始まっていないのに?
「こっ、このゲームのどこが楽しいんだ!」
見ると早々にポッキーを噛み折った先輩が「破廉恥だ」と顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。だから言ったのに。予想通り、いや予想以上。耳まで真っ赤になっている。
「騙された。死神に文句を言ってくる」
「さすがにそれはやめて下さいよ」
そんなことしたら次こそ無傷で帰るのは不可能だ。本気で黒野の元に乗り込もうとする先輩を宥めながら僕は残りのポッキー(悲しくなるほどほぼ丸々一本)を食べきった。
ぷんすか怒る先輩には口が裂けても言えないが僕はそれなりに楽しかった。みるみる真っ赤に染まっていく先輩の顔をあんなに間近で見れたんだ。こんな機会、今後の僕の人生であるかどうかで正直得したと思っている。
認めたくはないが、黒野の言っていたことは案外間違っていなかったみたいだ。まあ彼のゲーム相手をさせられる子には心底同情するけども。無力な僕にできるのは今頃被害を被っているであろうその子の無事を祈るくらいだ。
『気さくな死神』(おまけです)
ふと目に入ったのは赤い箱だった。
何だこれは。しゃがみこんでよくよく見てみれば、一度は食べたことのある有名なお菓子の箱だった。それが何故か、廊下に点々と落ちている。何故。気になる。そうなるともう駄目だ。煙草を買いに来たことなど忘れ、菓子箱を拾っては次の菓子箱へ、気付けば点と点を繋ぐように追いかけていた。そしてその先には一人の男。
「何の用だ」
途中から私が追いかけていることに気付いて立ち止まっていたらしい。大きな段ボールを抱えたままこちらをじっと睨み付けてくる。なかなかの迫力だ。
「落ちてたんだ。君のかい?」
両手でなければ持ちきれないほどのお菓子を見せると彼は自分の段ボールとこちらを交互に見て溜め息を吐いた。
「すまない。礼を言う」
「構わないよ。私も謎が解けて満足した。まさか死神くんのだとは思わなかったが」
「俺を知ってるのか」
「有名だからね。てっきり甚振られるかと思ったけど安心したよ」
「甚振っていいなら喜んでするが、あんたに手を出すと部長がうるさい」
「おや、私を知っているのか。大黒さんとはたまに会議後に雑談する程度だが」
「発火応用科学研究所の室長さんだろ。それくらい知ってる。部長は興味のない相手には雑談すらしないぞ。あんたもこき使われないよう気を付けた方がいい」
「ふふっ、君も大変だな。忠告ありがたく受け取っておくよ」
段ボールに拾ったお菓子を載せながら交わすのは何てことない会話だった。皆に恐れられる灰島の死神がどんな男か気になってはいたが、これが案外普通で話しやすい。
「それにしてもすごい量だな。好きなのか、このお菓子?」
「硬いから嫌いだ」
「じゃあ何故こんなに……」
「これがないとポッキーゲームができない」
「ポッキーゲーム?」
「ああ。それはそれは愉しくて堪らないんだ。できれば永遠にやっていたい」
「へえ。そんなゲームがあるのか」
灰島の死神はぞっとするような笑みを浮かべて言った。お菓子は嫌いなのにゲームのために買い占めるなんてそれほど楽しいゲームなんだろうか。それは興味がある。私も買ってみようかなと呟くと、ずいと赤い箱が突き出された。
「俺が買い占めたからこの辺り一帯にはもう売ってないぞ。これをやろう」
「いいのかい?」
「拾ってくれた礼だ」
「そうか。ありがとう」
私が受け取ると彼は再び段ボールを抱えて立ち上がった。ぶわりと周りに黒煙が広がり、彼なりの落下対策なのかもしれない。能力について詳しく聞きたかったが今日のところはぐっと我慢する。
「ポッキーゲーム、存分に愉しんでくれ」
「そうさせてもらうよ。君もな」
軽く手を振って気さくな死神の背中を見送る。
「リヒトなら知ってるかな、ポッキーゲーム」
後に、死神の言葉を鵜呑みにしてとんでもない目に遭うのだが、この時の私が知るはずもなかった。