ヴィクトル・リヒト
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昼休憩中にふらりと喫煙所の前を通るのが癖になっていた。ここ最近先輩を見かけない。
「お昼、どこ行ってたんすか?」
デスクに戻ってきた先輩に訊ねると人差し指を唇に当てて「内緒だ」なんて悪戯っぽく唇を上げるからそれ以上訊けやしない。
数日後。そんな先輩の秘め事を暴くつもりなどこれっぽっちも、一ミクロンもなかったのだけれども。流れるような長髪と翻る白衣に誘われて気付けばこっそり後をつけていた。
とりあえずバレずにつけてきたものの、わくわくを隠せない背中と次第に人気のないほうへと向かう姿に逢い引きだったらどうしようかと内心冷や冷やしていた。
何せあんなに楽しそうな先輩の横顔を見るのは初めてだったから。
「遅くなってすまない」
先輩が駆け出して視界から消える。やはり誰かと待ち合わせしてたみたいだ。僕は茂みに隠れて(残念ながら全身は入りきらない)ひっそりと聞き耳を立てた。
「こら、そんなにがっつくんじゃない。焦らなくても逃げはしないさ」
ん?
「ああもう、ベタベタじゃないか。責任取ってもらうぞ」
んん⁈
声しか聞こえないけれどこれは、その、職場の風紀を乱しまくる行為なのでは⁉︎
気付いたら両手に隠れる際に使用した枝を持ったまま飛び出していた。
「ちょ、昼間っから何してんですかあんたら‼︎」
「おや、リヒトじゃないか。どうしてここに」
地面にしゃがみ込んでいた先輩は大して驚いた様子もなく僕のほうを見た。僕は先輩が知らない男とやましいことをしてるのではないかと気が気じゃなかったというのに。
相手の男はどこだと周囲を警戒するもそれらしい姿は見当たらない。
「先輩、相手は……」
「バレてしまったのなら仕方ない。できれば隠しておきたかったんだけどな」
そう言って先輩は白衣の裾を軽く持ち上げる。タイトスカートから覗く細い脚にどきりとしてしまったのは内緒だ。
「にゃー」
「え」
白衣の下から顔を出したのは灰色の毛の塊で、先輩の手を舐めたりじゃれついたり。羨まし……ではなくて。
「猫……」
「可愛いだろう?」
「すごく可愛いっすね」
にゃあと鳴き真似をして子猫を抱き上げる先輩がどうしようもなく、と伝える勇気はまだない。
「少し前に見つけてね。うちのマンションペット不可だし、研究室は危険なものも多い。飼い主が見つかるまではとここでこっそり世話してたんだ。リヒトの家は難しいかい?」
借りているマンションはペット可だ。僕が引き取ったら先輩を家に呼ぶ口実になるかもしれないという考えが一瞬過ぎったけれどそんな無責任なことはできない。先輩に好きになってもらう方法はわからないが、嫌われる方法はいくらでもわかる。
「無理、ですね。僕も飼ってくれそうな人あたってみます」
「そうか、ありがとう!」
ふわりと花開くように先輩が笑った。泣き黒子がつられるように上に引っ張られるのをつい目で追ってしまう。
みゃあみゃあと子猫が先輩の気を引いている。撫でられて目を閉じてゴロゴロとご満悦だ。先輩も子猫に骨抜きで表情筋がゆるゆるしている。いつもの鉄仮面はどこに置いてきたんだ。
ずるいじゃないか。僕のほうが付き合い長いのに。
「にゃー……」
消え入りそうな鳴き声に、先輩の長い髪が揺れた。きょとんと丸くなる瞳に口を押さえる。
声に、出てた……?
大の大人が構ってほしさに猫の真似なんて穴があったら入りたい。できれば僕が完全に隠れるくらい大きな穴。
恥ずかしさと惨めさでダラダラと嫌な汗をかいていると、ぽすりと頭に手が置かれた。
「おやおや。こんなところにも猫がいたなんて気付かなかった。ふふ、もっふもふだな」
先輩のひんやりした手が僕の頭を無遠慮に撫で回す。
「ちょ、先輩ストップ」
なかなか止まらないものだから僕の理性がどうにかなってしまいそうで、慌てて日焼け知らずの腕を掴んだ。思っていたよりも細い腕に力加減を間違えたことに気付いたがもう遅い。
先輩の身体が僕のほうに飛び込んでくる。
ゆっくりと、いや僕にはスローモーションに見えていただけでおそらく一瞬の出来事だ。
とんと胸に軽い衝撃がきて、先輩愛用の重めの煙草とシャンプーの混じった、苦いような甘いような匂いにくらくらする。ずっとこの感覚に酔っていたい。
「みゃう」と不機嫌そうな鳴き声がして先輩との間に子猫が挟まっていたことに気付いて思い出したように手を離す。
「すまない。調子に乗り過ぎた」
「僕のほうこそ、すみませんでした」
僕の心臓はいつになく煩かったが、先輩は変わらぬ冷静さでどうにも埋まらない温度差が辛い。先輩にとって僕はただの後輩でしかないという事実を突きつけられているみたいだ。
子猫は相変わらず構えと先輩に要求していて、彼女の視線と興味はまた奪われてしまった。僕は子猫と戯れる先輩の横顔を眺めるしかできなくてーー。
「っ、リヒト⁈」
零れ落ちる横髪を指で掬って耳にかける。露わになった白い頬が色付いたように見えたのは気のせいじゃなかったみたいだ。その熱上昇の原因が勘違いでないとしたら。
先輩。すこしくらい、僕は自惚れてもいいですか。
「お昼、どこ行ってたんすか?」
デスクに戻ってきた先輩に訊ねると人差し指を唇に当てて「内緒だ」なんて悪戯っぽく唇を上げるからそれ以上訊けやしない。
数日後。そんな先輩の秘め事を暴くつもりなどこれっぽっちも、一ミクロンもなかったのだけれども。流れるような長髪と翻る白衣に誘われて気付けばこっそり後をつけていた。
とりあえずバレずにつけてきたものの、わくわくを隠せない背中と次第に人気のないほうへと向かう姿に逢い引きだったらどうしようかと内心冷や冷やしていた。
何せあんなに楽しそうな先輩の横顔を見るのは初めてだったから。
「遅くなってすまない」
先輩が駆け出して視界から消える。やはり誰かと待ち合わせしてたみたいだ。僕は茂みに隠れて(残念ながら全身は入りきらない)ひっそりと聞き耳を立てた。
「こら、そんなにがっつくんじゃない。焦らなくても逃げはしないさ」
ん?
「ああもう、ベタベタじゃないか。責任取ってもらうぞ」
んん⁈
声しか聞こえないけれどこれは、その、職場の風紀を乱しまくる行為なのでは⁉︎
気付いたら両手に隠れる際に使用した枝を持ったまま飛び出していた。
「ちょ、昼間っから何してんですかあんたら‼︎」
「おや、リヒトじゃないか。どうしてここに」
地面にしゃがみ込んでいた先輩は大して驚いた様子もなく僕のほうを見た。僕は先輩が知らない男とやましいことをしてるのではないかと気が気じゃなかったというのに。
相手の男はどこだと周囲を警戒するもそれらしい姿は見当たらない。
「先輩、相手は……」
「バレてしまったのなら仕方ない。できれば隠しておきたかったんだけどな」
そう言って先輩は白衣の裾を軽く持ち上げる。タイトスカートから覗く細い脚にどきりとしてしまったのは内緒だ。
「にゃー」
「え」
白衣の下から顔を出したのは灰色の毛の塊で、先輩の手を舐めたりじゃれついたり。羨まし……ではなくて。
「猫……」
「可愛いだろう?」
「すごく可愛いっすね」
にゃあと鳴き真似をして子猫を抱き上げる先輩がどうしようもなく、と伝える勇気はまだない。
「少し前に見つけてね。うちのマンションペット不可だし、研究室は危険なものも多い。飼い主が見つかるまではとここでこっそり世話してたんだ。リヒトの家は難しいかい?」
借りているマンションはペット可だ。僕が引き取ったら先輩を家に呼ぶ口実になるかもしれないという考えが一瞬過ぎったけれどそんな無責任なことはできない。先輩に好きになってもらう方法はわからないが、嫌われる方法はいくらでもわかる。
「無理、ですね。僕も飼ってくれそうな人あたってみます」
「そうか、ありがとう!」
ふわりと花開くように先輩が笑った。泣き黒子がつられるように上に引っ張られるのをつい目で追ってしまう。
みゃあみゃあと子猫が先輩の気を引いている。撫でられて目を閉じてゴロゴロとご満悦だ。先輩も子猫に骨抜きで表情筋がゆるゆるしている。いつもの鉄仮面はどこに置いてきたんだ。
ずるいじゃないか。僕のほうが付き合い長いのに。
「にゃー……」
消え入りそうな鳴き声に、先輩の長い髪が揺れた。きょとんと丸くなる瞳に口を押さえる。
声に、出てた……?
大の大人が構ってほしさに猫の真似なんて穴があったら入りたい。できれば僕が完全に隠れるくらい大きな穴。
恥ずかしさと惨めさでダラダラと嫌な汗をかいていると、ぽすりと頭に手が置かれた。
「おやおや。こんなところにも猫がいたなんて気付かなかった。ふふ、もっふもふだな」
先輩のひんやりした手が僕の頭を無遠慮に撫で回す。
「ちょ、先輩ストップ」
なかなか止まらないものだから僕の理性がどうにかなってしまいそうで、慌てて日焼け知らずの腕を掴んだ。思っていたよりも細い腕に力加減を間違えたことに気付いたがもう遅い。
先輩の身体が僕のほうに飛び込んでくる。
ゆっくりと、いや僕にはスローモーションに見えていただけでおそらく一瞬の出来事だ。
とんと胸に軽い衝撃がきて、先輩愛用の重めの煙草とシャンプーの混じった、苦いような甘いような匂いにくらくらする。ずっとこの感覚に酔っていたい。
「みゃう」と不機嫌そうな鳴き声がして先輩との間に子猫が挟まっていたことに気付いて思い出したように手を離す。
「すまない。調子に乗り過ぎた」
「僕のほうこそ、すみませんでした」
僕の心臓はいつになく煩かったが、先輩は変わらぬ冷静さでどうにも埋まらない温度差が辛い。先輩にとって僕はただの後輩でしかないという事実を突きつけられているみたいだ。
子猫は相変わらず構えと先輩に要求していて、彼女の視線と興味はまた奪われてしまった。僕は子猫と戯れる先輩の横顔を眺めるしかできなくてーー。
「っ、リヒト⁈」
零れ落ちる横髪を指で掬って耳にかける。露わになった白い頬が色付いたように見えたのは気のせいじゃなかったみたいだ。その熱上昇の原因が勘違いでないとしたら。
先輩。すこしくらい、僕は自惚れてもいいですか。
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