ジョーカー ・52
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買い物かごに入れた覚えのない赤い箱が入っていた。お菓子の箱だ。棚から落ちて入りでもしたのだろうか。手に取って戻そうかと迷っていると、おずおずとこちらを窺う紫色と目が合った。
「もしかしてこれ、52が入れたの?」
「だめ、だったか?」
「だめじゃないよ。ただ珍しいなと思っただけで」
出会ってまだ日は浅いけれど52は大人しくて素直で、優しい子だ。年相応に何かを欲しがったり、我儘を言ったりするのを今まで一度も見たことがない。驚くほど欲がないのだ。
私に遠慮しているのか、はたまた心を許しきっていないのか。どちらにせよ、それを少し寂しく感じていた。私は頼りない大人かもしれないけれど、我儘の一つや二つ、言ってくれてもいいのにと。
そんな彼が「お菓子が欲しい」と言う。何とも可愛らしい、初めてのおねだりだ。可愛くていくらでも聞いてあげたくなってしまう。
「他に欲しいものはある?」
「……いい」
「そっか。君はもっと我儘言っていいんだからね」
「いい、のか?」
「もちろん!」
「わかった」とはにかみながら頷く52の頭を撫でてやる。年の離れた弟ができたみたいだ。
時間はかかるかもしれないけれど、彼がもっと自分の心に素直になれたらいい。
この時は確かにそう思っていたのだが。
「なあ、だめか?」
おずおずとこちらを見つめる紫の瞳も、躊躇いがちに発せられる言葉も昼間と同じ。でも状況が違いすぎる。
「52、あの……」
「アンタとゲームがしたいんだ。だめか?」
きゅっと手を握って請うよう言われてしまえば、断る意思がぐらりと揺れる。
そろそろ寝ようかと考えていた時のことだった。ソファーに座っていた私の元に52がやって来て、手には今日スーパーで買ったお菓子の箱。今から食べるのかと不思議に思っていると、
「俺とゲームしてくれ」
飲んでいたお茶が変なところに入って盛大にむせた。どこで情報を手に入れたのか、52は手に持つお菓子で行う『ゲーム』の存在を知り、興味を持ってしまったらしい。
「楽しいもんじゃないよ」
「そうなのか? でもやってみたい」
「相手はちゃんと選んだ方がいいと思う」
「俺はアンタがいい」
この問答はいつまで続くのか。52は折れる気配がない。私はと言うと、すでに心が折れそうだ。何度違う話題に持って行こうにも上手くいかず、52は意外と頑固なんだなと諦めモードに入っている。まぁでも一回くらいなら。
「わかった。わかったから」
できればやりたくないのだが観念して首を縦に振れば、余程嬉しかったのか、ぱぁと52の顔が明るくなる。眩しい。眩しくて直視できない。
包装を破いて52が棒状のお菓子を一本咥えた。チョコレート側をこちらに差し出してくれるのは、私がチョコ好きなのを知る彼の優しさだろうか。
ぎしり、安物のソファーが音を立てる。背もたれに両手を突いて、跨るように乗り上げて。
近い近いと彼の体を押すと、近付かないとできないだろと一蹴されてしまった。この遊びってこんな体勢でするものだっけ。
「ン」
ぐっと52が顔を寄せて来る。こんな風に見下ろされるのは慣れないからか変な心地だ。催促するような視線に差し出されたお菓子の先を喰むと、アメジストの瞳が満足げに細められる。
夜のリビングにぱき、ぽき、と音が響く。少しずつ近付く距離に耐えられなくて目を逸らしてしまいたかった。でもちゃんと見ていないと52は最後までやってしまうかもしれない。大人の私がしっかり線引きしないと。
52はゆっくりと勿体ぶるようにお菓子を食べ進めた。その間かち合う視線は妙に熱っぽくて、昼間の可愛い彼とはまるで別人だ。十五センチ弱の距離が縮まっていく。鼻先同士が触れそうになったところで私の方からお菓子に歯を立てた。
ぱきりと乾いた音がすると同時に52の体を押す。
「はい、お終い。これでどういうゲームかわかったでしょう」
息が上がる。緊張しすぎて途中から息をするのを忘れていたみたいだ。呼吸を整えてからちらりと52を見ると、それはそれは不服そうな顔をしていた。
「なあ、もう一回……」
「ゲームはもう終わり」
「もう一回したい」
「嫌だって」
「わがまま言っていいって言ったのはアンタだろ。なら責任持って聞いてくれ」
うっ、と返事に困っていると、52は駄目押しとばかりにもう一度強請ってきた。
「もう一回したい。だめか?」
52には自分の心に素直になって欲しいと思っていた。我儘を言っていいとも言った。でもこれは些か素直になりすぎじゃないだろうか。
私が許可するより先に52は新しいお菓子を咥えて顔を近付けてきた。
ここはきちんと断らなければ。そう思うのに「いいって言ったのに」と言質を取られている私は、結局52の我儘を聞くしかないのだった。
「もしかしてこれ、52が入れたの?」
「だめ、だったか?」
「だめじゃないよ。ただ珍しいなと思っただけで」
出会ってまだ日は浅いけれど52は大人しくて素直で、優しい子だ。年相応に何かを欲しがったり、我儘を言ったりするのを今まで一度も見たことがない。驚くほど欲がないのだ。
私に遠慮しているのか、はたまた心を許しきっていないのか。どちらにせよ、それを少し寂しく感じていた。私は頼りない大人かもしれないけれど、我儘の一つや二つ、言ってくれてもいいのにと。
そんな彼が「お菓子が欲しい」と言う。何とも可愛らしい、初めてのおねだりだ。可愛くていくらでも聞いてあげたくなってしまう。
「他に欲しいものはある?」
「……いい」
「そっか。君はもっと我儘言っていいんだからね」
「いい、のか?」
「もちろん!」
「わかった」とはにかみながら頷く52の頭を撫でてやる。年の離れた弟ができたみたいだ。
時間はかかるかもしれないけれど、彼がもっと自分の心に素直になれたらいい。
この時は確かにそう思っていたのだが。
「なあ、だめか?」
おずおずとこちらを見つめる紫の瞳も、躊躇いがちに発せられる言葉も昼間と同じ。でも状況が違いすぎる。
「52、あの……」
「アンタとゲームがしたいんだ。だめか?」
きゅっと手を握って請うよう言われてしまえば、断る意思がぐらりと揺れる。
そろそろ寝ようかと考えていた時のことだった。ソファーに座っていた私の元に52がやって来て、手には今日スーパーで買ったお菓子の箱。今から食べるのかと不思議に思っていると、
「俺とゲームしてくれ」
飲んでいたお茶が変なところに入って盛大にむせた。どこで情報を手に入れたのか、52は手に持つお菓子で行う『ゲーム』の存在を知り、興味を持ってしまったらしい。
「楽しいもんじゃないよ」
「そうなのか? でもやってみたい」
「相手はちゃんと選んだ方がいいと思う」
「俺はアンタがいい」
この問答はいつまで続くのか。52は折れる気配がない。私はと言うと、すでに心が折れそうだ。何度違う話題に持って行こうにも上手くいかず、52は意外と頑固なんだなと諦めモードに入っている。まぁでも一回くらいなら。
「わかった。わかったから」
できればやりたくないのだが観念して首を縦に振れば、余程嬉しかったのか、ぱぁと52の顔が明るくなる。眩しい。眩しくて直視できない。
包装を破いて52が棒状のお菓子を一本咥えた。チョコレート側をこちらに差し出してくれるのは、私がチョコ好きなのを知る彼の優しさだろうか。
ぎしり、安物のソファーが音を立てる。背もたれに両手を突いて、跨るように乗り上げて。
近い近いと彼の体を押すと、近付かないとできないだろと一蹴されてしまった。この遊びってこんな体勢でするものだっけ。
「ン」
ぐっと52が顔を寄せて来る。こんな風に見下ろされるのは慣れないからか変な心地だ。催促するような視線に差し出されたお菓子の先を喰むと、アメジストの瞳が満足げに細められる。
夜のリビングにぱき、ぽき、と音が響く。少しずつ近付く距離に耐えられなくて目を逸らしてしまいたかった。でもちゃんと見ていないと52は最後までやってしまうかもしれない。大人の私がしっかり線引きしないと。
52はゆっくりと勿体ぶるようにお菓子を食べ進めた。その間かち合う視線は妙に熱っぽくて、昼間の可愛い彼とはまるで別人だ。十五センチ弱の距離が縮まっていく。鼻先同士が触れそうになったところで私の方からお菓子に歯を立てた。
ぱきりと乾いた音がすると同時に52の体を押す。
「はい、お終い。これでどういうゲームかわかったでしょう」
息が上がる。緊張しすぎて途中から息をするのを忘れていたみたいだ。呼吸を整えてからちらりと52を見ると、それはそれは不服そうな顔をしていた。
「なあ、もう一回……」
「ゲームはもう終わり」
「もう一回したい」
「嫌だって」
「わがまま言っていいって言ったのはアンタだろ。なら責任持って聞いてくれ」
うっ、と返事に困っていると、52は駄目押しとばかりにもう一度強請ってきた。
「もう一回したい。だめか?」
52には自分の心に素直になって欲しいと思っていた。我儘を言っていいとも言った。でもこれは些か素直になりすぎじゃないだろうか。
私が許可するより先に52は新しいお菓子を咥えて顔を近付けてきた。
ここはきちんと断らなければ。そう思うのに「いいって言ったのに」と言質を取られている私は、結局52の我儘を聞くしかないのだった。