ジョーカー ・52
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カーテンの隙間から溢れる柔らかな日差しに目を細める。鼻をくすぐるのは香ばしいトーストと淹れたてのコーヒーの匂い。すっかり慣れた朝の風景に、ひとつ伸びをする。
顔を洗ってリビングに向かうとすでに朝食を終えたらしいあいつはマグカップに口を付けていて、こちらに気付いて顔を上げた。
「おはよう、52」
「ん……おはよ」
席に着くと焼きたてのトーストが目の前に置かれた。サラダとベーコンエッグ、そして決まって一緒に出てくるのは牛乳で溶かすタイプのココアだ。あいつ曰く、成長期に必要なものが入っているだとかなんとか。美味くてでかくなれるならそれに越したことはない。
スプーンで大匙二杯、そこに冷たい牛乳を注ぐ。なかなか溶けないココアと格闘していると、ことりとあいつが飲んでいたマグカップを置いた。
ほのかに湯気を立てるのは底知れぬほど黒い液体。とても飲みたいとは思えない色をしているが、毎朝欠かさず飲むくらいだからあいつはよっぽど好きなのだろう。
「なあ、それ美味いのか?」
「んー? 私は好きだけど、52にはまだ早いよ。これはブラックだしね」
そう言ってあいつが俺に向けてくる眼差しは、生暖かくて好きじゃない。早いかどうかなんて飲んでみないとわからないし、それを決めるのは俺自身であるはずだ。
隙を見てあいつからマグカップを奪い取る。カップのふちはうっすらと赤く染まっていて、何となくそこに口付けるのは憚られて、そのすぐ横に唇を寄せた。
カップを傾けると嗅ぎ慣れたコーヒーの匂いが一段と増す。結構好きな匂いなのだが、流れ込んできた液体は想像していた味とかなりかけ離れていて、何だこれ、すごく苦くて不味い。地下にいた頃の泥臭い水といい勝負だ。こんなものよく飲めるなと思う。
そう口にするわけにもいかず無言でごくりと飲み込むも、どうやら顔には出ていたらしい。向かいに座るあいつは肩を震わせていた。
どうにも格好がつかず、俺は何事もなかったかのようにそっとコーヒーの入ったマグカップを押し返し、口直しとばかりにいつものココアを流し込んだ。舌に残る苦味がココアの甘さに上書きされていく。カップ底のざりざりとした溶け残りすら今日はやけに美味く感じて、余計惨めな気持ちになった。
「だから言ったでしょう。52にはまだ早いって」
「……何でアンタはこんなもの美味そうに飲めるんだ」
「大人だからね。慣れると苦味も美味しく感じるんだよ」
そう言うとあいつは再びマグカップに口を付けた。ちょうど俺が口付けた辺りに赤い唇が重なって思わずドキリとするのだが、あいつの方はこれっぽっちも気にした様子はない。
いつもそうだ。俺だけが、俺ばっかりが、どうしようもなくドキドキしている。間接的でもキスはキスだ。少しくらい動揺してくれてもいいだろ。
「……アンタだけずるい」
ぽつりと零して腹いせにイチゴジャムをこれでもかと塗ったトーストを齧っていると、あいつが新しいマグカップを差し出してきた。
再びふわりとコーヒーの匂いが漂ってくる。真っ黒だった色は白っぽく和らいで、口に含むとほんのり甘くてほろ苦い。ミルクと砂糖の溶けたそれはあいつが飲んでいたのよりだいぶ飲みやすくて美味かった。
「これなら飲めそう?」
どうやらあいつは俺がコーヒーを飲めるようになりたいのだと勘違いしているらしい。気遣いを無下にもできず、こくりと頷くとあいつは安心したように頬を緩めた。
「ならよかった。焦らなくていいんだよ、52。君はゆっくり大人になればいい」
俺はその言葉には頷かずマグカップを傾ける。ゆっくりなんてしてられるか。俺は少しでも早く大人になりたい。早いとこ大人になって、それからーー。
コーヒーを飲みながらこっそり向かいに目をやると、テレビを見ていたはずのあいつと視線がぶつかった。ゆるりと弧を描く赤い唇に一際大きく心臓が鳴る。大人が子どもを見守るようなやわらかな微笑みに見惚れてしまう自分が嫌になる。
クソ、保護者気取りができるのも今のうちだ。大人になったら、俺がどれだけアンタを想っているか、嫌ってほどわからせてやる。
そう心に決めて、俺はまだ苦味の残るコーヒーを一気に飲み干した。
顔を洗ってリビングに向かうとすでに朝食を終えたらしいあいつはマグカップに口を付けていて、こちらに気付いて顔を上げた。
「おはよう、52」
「ん……おはよ」
席に着くと焼きたてのトーストが目の前に置かれた。サラダとベーコンエッグ、そして決まって一緒に出てくるのは牛乳で溶かすタイプのココアだ。あいつ曰く、成長期に必要なものが入っているだとかなんとか。美味くてでかくなれるならそれに越したことはない。
スプーンで大匙二杯、そこに冷たい牛乳を注ぐ。なかなか溶けないココアと格闘していると、ことりとあいつが飲んでいたマグカップを置いた。
ほのかに湯気を立てるのは底知れぬほど黒い液体。とても飲みたいとは思えない色をしているが、毎朝欠かさず飲むくらいだからあいつはよっぽど好きなのだろう。
「なあ、それ美味いのか?」
「んー? 私は好きだけど、52にはまだ早いよ。これはブラックだしね」
そう言ってあいつが俺に向けてくる眼差しは、生暖かくて好きじゃない。早いかどうかなんて飲んでみないとわからないし、それを決めるのは俺自身であるはずだ。
隙を見てあいつからマグカップを奪い取る。カップのふちはうっすらと赤く染まっていて、何となくそこに口付けるのは憚られて、そのすぐ横に唇を寄せた。
カップを傾けると嗅ぎ慣れたコーヒーの匂いが一段と増す。結構好きな匂いなのだが、流れ込んできた液体は想像していた味とかなりかけ離れていて、何だこれ、すごく苦くて不味い。地下にいた頃の泥臭い水といい勝負だ。こんなものよく飲めるなと思う。
そう口にするわけにもいかず無言でごくりと飲み込むも、どうやら顔には出ていたらしい。向かいに座るあいつは肩を震わせていた。
どうにも格好がつかず、俺は何事もなかったかのようにそっとコーヒーの入ったマグカップを押し返し、口直しとばかりにいつものココアを流し込んだ。舌に残る苦味がココアの甘さに上書きされていく。カップ底のざりざりとした溶け残りすら今日はやけに美味く感じて、余計惨めな気持ちになった。
「だから言ったでしょう。52にはまだ早いって」
「……何でアンタはこんなもの美味そうに飲めるんだ」
「大人だからね。慣れると苦味も美味しく感じるんだよ」
そう言うとあいつは再びマグカップに口を付けた。ちょうど俺が口付けた辺りに赤い唇が重なって思わずドキリとするのだが、あいつの方はこれっぽっちも気にした様子はない。
いつもそうだ。俺だけが、俺ばっかりが、どうしようもなくドキドキしている。間接的でもキスはキスだ。少しくらい動揺してくれてもいいだろ。
「……アンタだけずるい」
ぽつりと零して腹いせにイチゴジャムをこれでもかと塗ったトーストを齧っていると、あいつが新しいマグカップを差し出してきた。
再びふわりとコーヒーの匂いが漂ってくる。真っ黒だった色は白っぽく和らいで、口に含むとほんのり甘くてほろ苦い。ミルクと砂糖の溶けたそれはあいつが飲んでいたのよりだいぶ飲みやすくて美味かった。
「これなら飲めそう?」
どうやらあいつは俺がコーヒーを飲めるようになりたいのだと勘違いしているらしい。気遣いを無下にもできず、こくりと頷くとあいつは安心したように頬を緩めた。
「ならよかった。焦らなくていいんだよ、52。君はゆっくり大人になればいい」
俺はその言葉には頷かずマグカップを傾ける。ゆっくりなんてしてられるか。俺は少しでも早く大人になりたい。早いとこ大人になって、それからーー。
コーヒーを飲みながらこっそり向かいに目をやると、テレビを見ていたはずのあいつと視線がぶつかった。ゆるりと弧を描く赤い唇に一際大きく心臓が鳴る。大人が子どもを見守るようなやわらかな微笑みに見惚れてしまう自分が嫌になる。
クソ、保護者気取りができるのも今のうちだ。大人になったら、俺がどれだけアンタを想っているか、嫌ってほどわからせてやる。
そう心に決めて、俺はまだ苦味の残るコーヒーを一気に飲み干した。