新門紅丸
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さわやかな薫風が二人のあいだを吹き抜けていく。薄紅色の雲を広げていた並木道は今や青々とした葉を揺らしていて、穏やかな川のせせらぎが心地良い。
「全然人いないね。お花見の時期はあんなにたくさんいたのに」
「そういうもんだろ」
「そっか。そういうものかぁ」
見渡す限り周りに人はいない。聞き馴染んだ町の喧騒もどこか遠くに感じる。
「なんか贅沢だね」
「あ?」
「この場所をふたり占め」
そう言ってへらりと隣の彼を見上げたら鼻で笑われた。失礼な、嘘偽りない本心なのに。
この景色も、過ごす時間も、私にはもったいないくらい贅沢だ。
川沿いの長い一本道を肩を並べて歩いていると、するりと懐から零れた彼の手と私の手がほんの一瞬だけ触れた。
反射的に距離を取ろうと手を引くも、追いかけるようにくっついてきてそのまま絡め取られる。
「逃げんな」
懇願するような声色に動けなくなった。大きな手に包み込まれて、触れたところから熱が広がっていく。
「でも、誰かに見られたら……」
「誰もいねェよ。囃し立てる奴もここにはいねェ」
手を握る力が強くなって二人のあいだを埋めるように引き寄せられる。よろけた拍子にとんと彼にぶつかって慌てて謝ると、私を見下ろす紅い双眸の奥が揺れているように見えた。
「こうしてェと思ってるのは俺だけか?」
私はぶんぶんとかぶりを振った。私もずっと繋ぎたかった。触れたいと思っていた。
いつもは周りの目が気になって勇気が出ないけど、彼の言うとおり今なら––。
私も同じ気持ちだと小さく握り返すと無愛想な彼の顔がわずかに緩んだ。向けられるその表情がどうしようもなく愛おしくて、胸がきゅっと締めつけられる。
促すように手を引かれて、再び家路を辿った。
視界に映るのは赤い鼻緒と枝葉の隙間から溢れた光ばかり。心地良かった川のせせらぎも鳥のさえずりも私の心音がかき消してしまった。頬を撫でる緑風も木陰も冷たくて気持ちいいけれど、熱が下がる気配はない。
手を繋いでほんの少し歩いただけでこれだ。慣れれば余裕を持てるようになるのだろうか。
そっと隣を盗み見ると見慣れた横顔が真っ直ぐ前を見据えていて、ちょうど吹く風がさらりとした黒髪を攫っていくところだった。
「あ、」
「どうした?」
「ううん、何でも……」
「…い、おーい、新門大隊長ー!!」
かすかに聞こえた声に振り向くと見覚えのある車がこちらに向かって来ていた。小さくて顔は判別できないけれど、窓から身をを乗り出して手を振ってくれているのはきっとシンラくんだ。
車はあっという間に私たちのところにやって来て、予想通りシンラくんとその奥にアーサーくんもいた。運転手のヴァルカンくんに軽く会釈する。
声を掛けられて咄嗟に手が離れたからか、繋いでいたことには気付かれていないようだ。
「今日も修行よろしくお願いします! あ、よかったら新門大隊長たちも乗って行きますか?」
シンラくんはアーサーくんを押しのけてわざわざ二人分の席を作って見せてくれた。修行があるなら車に乗って早く帰ったほうがいいに決まっている。車に乗ろうと一歩踏み出すと彼に肩を掴まれた。
「俺たちはまだ警らの最中だ。先に詰所行ってろ。あとは紺炉に聞け」
遠ざかる第八の車を見送って隣を見遣る。
「警ら、ねえ」
「うるせェ。さっさと行くぞ」
「あ、待って」
足早に歩く彼に小走りで追いつく。隣に並ぶと懐から片方だけ手を出して、歩みがゆったりになる。
腕を組んで歩く貴方の癖、昔からよく知ってたはずなのに。ねえ、いつからそうしてくれてたの?
歩みに合わせて揺れる手をそっと掴めば一瞬ぴくりと指が動いて、ゆっくりと彼の熱に飲み込まれた。
「今日は暑いね。夏みたい」
「ああ、そうだな」
下がらない体温も、はやる鼓動も、彼の耳が赤いのも、早足で駆けてきた夏のせいにして二人ぼっちの道のりを行く。
願わくばもう少しだけ、あと少しだけこのままで。
「全然人いないね。お花見の時期はあんなにたくさんいたのに」
「そういうもんだろ」
「そっか。そういうものかぁ」
見渡す限り周りに人はいない。聞き馴染んだ町の喧騒もどこか遠くに感じる。
「なんか贅沢だね」
「あ?」
「この場所をふたり占め」
そう言ってへらりと隣の彼を見上げたら鼻で笑われた。失礼な、嘘偽りない本心なのに。
この景色も、過ごす時間も、私にはもったいないくらい贅沢だ。
川沿いの長い一本道を肩を並べて歩いていると、するりと懐から零れた彼の手と私の手がほんの一瞬だけ触れた。
反射的に距離を取ろうと手を引くも、追いかけるようにくっついてきてそのまま絡め取られる。
「逃げんな」
懇願するような声色に動けなくなった。大きな手に包み込まれて、触れたところから熱が広がっていく。
「でも、誰かに見られたら……」
「誰もいねェよ。囃し立てる奴もここにはいねェ」
手を握る力が強くなって二人のあいだを埋めるように引き寄せられる。よろけた拍子にとんと彼にぶつかって慌てて謝ると、私を見下ろす紅い双眸の奥が揺れているように見えた。
「こうしてェと思ってるのは俺だけか?」
私はぶんぶんとかぶりを振った。私もずっと繋ぎたかった。触れたいと思っていた。
いつもは周りの目が気になって勇気が出ないけど、彼の言うとおり今なら––。
私も同じ気持ちだと小さく握り返すと無愛想な彼の顔がわずかに緩んだ。向けられるその表情がどうしようもなく愛おしくて、胸がきゅっと締めつけられる。
促すように手を引かれて、再び家路を辿った。
視界に映るのは赤い鼻緒と枝葉の隙間から溢れた光ばかり。心地良かった川のせせらぎも鳥のさえずりも私の心音がかき消してしまった。頬を撫でる緑風も木陰も冷たくて気持ちいいけれど、熱が下がる気配はない。
手を繋いでほんの少し歩いただけでこれだ。慣れれば余裕を持てるようになるのだろうか。
そっと隣を盗み見ると見慣れた横顔が真っ直ぐ前を見据えていて、ちょうど吹く風がさらりとした黒髪を攫っていくところだった。
「あ、」
「どうした?」
「ううん、何でも……」
「…い、おーい、新門大隊長ー!!」
かすかに聞こえた声に振り向くと見覚えのある車がこちらに向かって来ていた。小さくて顔は判別できないけれど、窓から身をを乗り出して手を振ってくれているのはきっとシンラくんだ。
車はあっという間に私たちのところにやって来て、予想通りシンラくんとその奥にアーサーくんもいた。運転手のヴァルカンくんに軽く会釈する。
声を掛けられて咄嗟に手が離れたからか、繋いでいたことには気付かれていないようだ。
「今日も修行よろしくお願いします! あ、よかったら新門大隊長たちも乗って行きますか?」
シンラくんはアーサーくんを押しのけてわざわざ二人分の席を作って見せてくれた。修行があるなら車に乗って早く帰ったほうがいいに決まっている。車に乗ろうと一歩踏み出すと彼に肩を掴まれた。
「俺たちはまだ警らの最中だ。先に詰所行ってろ。あとは紺炉に聞け」
遠ざかる第八の車を見送って隣を見遣る。
「警ら、ねえ」
「うるせェ。さっさと行くぞ」
「あ、待って」
足早に歩く彼に小走りで追いつく。隣に並ぶと懐から片方だけ手を出して、歩みがゆったりになる。
腕を組んで歩く貴方の癖、昔からよく知ってたはずなのに。ねえ、いつからそうしてくれてたの?
歩みに合わせて揺れる手をそっと掴めば一瞬ぴくりと指が動いて、ゆっくりと彼の熱に飲み込まれた。
「今日は暑いね。夏みたい」
「ああ、そうだな」
下がらない体温も、はやる鼓動も、彼の耳が赤いのも、早足で駆けてきた夏のせいにして二人ぼっちの道のりを行く。
願わくばもう少しだけ、あと少しだけこのままで。